『美学』

 

 

 豪雨が降りしきる廃棄ブロックで俺は立っていた。
 月もない漆黒の夜の中、まるで恋人を待つように。
 後ろで束ねた髪も、くわえたタバコもぐしゃぐしゃに濡れそぼっている。
 やむ気配すらない雫に濡れて重くなった黒いコートは所々ほころんでいた。
 愛用の品だ。見てくれよりも愛着が捨てられない。
 そのスソをつまんで、ふと思い出す。

 「確かに・・・デートにはみっともない、か」

 つい苦笑してしまう。
 先日、沙奈と久しぶりのデートでこれを着ていったらカンカンに怒りやがった。
 恋人の俺を友人に自慢しようとしたらしいが・・・なんとも。
 まぁハンターの恋人なんて珍しいからな。その上、俺はいい男ときてる。
 ただ、このコートを着ていかなければの話だが。
 沙奈のご友人一同には、さぞみすぼらしく見えただろう。

 「それでも・・・な」

 コートに染みついた硝煙と爆薬の臭い、そして思い出と言えるほど美しくない記憶。
 バーミンとの戦いの狭間で常に俺を包み続けていたこのコートには、そんな俺の全てが詰まっている。そうそうおざなりにできるもんじゃない。
 だが沙奈はそれを臭いの一言で片づけやがる。
 戦う男の香りってものをまるでわかっちゃいない。

 「なんであんな跳ねっ返りなんて恋人にしちまったんだか・・・」

 俺はふとため息をついて、正面を見つめる。
 視線の先、距離をだいぶ置いたビルの角からゲストが到着した。
 巨大な体躯に、六本腕と四つの羽が特徴的なシルエットだった。

 「やっとお出ましか。あんまり人を待たせるなってママに教わらなかったのかね?」

 シルエットはまだ俺に気づいていない。ただ辺りを見回しているだけだ。
 おそらくは俺の気配と臭いだけをたどって捜しにきたのだろう。
 所詮はケダモノってヤツだ。だがこのままじゃフェアじゃない。
 俺は腰の銃を抜くと虚空に向けてトリガーを引いた。

 ドンッ・・・

 シルエット振り向いた。赤い瞳が不気味に輝いている。

 「散歩にはいい夜だ。そう思わないか?」

 人が笑顔でアイサツしてるってのに、シルエットは猛然と走り出したきやがった。
 礼節ってもんを知らないのかって・・・まぁ、同然か。
 そしてシルエットは飛んだ。

 「今夜の獲物は活きがいいな」

 濃緑の体が闇の空を疾風する。翼の音だけが雨と冷気を切り裂く。
 はっきり言って何も見えん。
 俺は棒立ちのまま、夜の空を見上げる。
 この季節、星が見えるはずなんだが雨のせいでムードもなにもない。
 戦いには最低限の演出ってもんが必要だ。
 一本のタバコと冷たい外気が包む夜、そしてわずかに散りばめられた星。
 今は最後の条件が欠落している。致命的だ。
 ため息をつきつつ、俺はコートのポケットから小さな鉄の箱を取り出す。
 全面を覆うようにつけられている粘着テープの保護シートをめくって弄ぶ。
 トン、トン、トンと足でリズムを踏みながら、

 「そろそろか?」

 俺は軽く横にステップを踏んだ。そして鉄の箱だけ浮かべるように宙に置いていく。
 すると、その場所を目にも留まらぬスピードで何かが通り過ぎていった。
 強烈な横風でくわえていたタバコが吹き飛ばされる。

 「・・・最後の一本だってのに」

 タバコはない、冷たすぎる雨と暗雲につつまれた夜空。もうサイテーだ。
 俺はなんだか泣きたい気分の中、カウントを始めた。

 「3・・・2・・・1・・・」

 指をパチンと弾く。
 背後の虚空で激しい爆発音が響いた。一瞬だけの光に俺の影がのびる。
 爆風が後ろから突き抜けて、俺は仕事を完了した。



 雨の中で傘をさす事は当然だ。
 だが俺は雨に打たれたまま、夜の街を歩いている。
 ちょっとした悲壮さとダンディズムがもっとも映えるシチュエーションだからだ。
 この程度でカゼをひくようなヤワな体じゃないし、なによりも雨に濡れて一人歩くは王道。それに戦う男が傘をさすなどみっともないマネはできない。
 新しく買ったタバコの封を切りくわえる。小雨程度におさまってきた空の涙の中で、鉄のオイルライターのフタを指先で弾き、タバコに火をつけた。
 だが惜しむは人通りの少なさ。周りには二、三人の通行人しかいない。
 美学というものは他人がいてこそ存在するという悲しい性質を持つ。
 今日は厄日に違いない。俺は今夜、二回目のため息をついた。

 「イヤ!誰か・・・・」

 悲鳴・・・?
 わりと近くから聞こえたが、どこからだ?
 さっきまでの気落ちから一転して、俺の心は躍動していた。
 小雨の中で響く悲鳴。それも女性、聞いた感じではうら若き乙女。
 まさに俺の為につむがれるべきドラマの到来を予感させずにはいられない。
 俺は耳をすます。もう一度。そう一度だけでいい、声をあげれば場所を確定できる。
 
 「・・助け・・・」

 十分だ。
 俺はタバコを捨てて走り、声の主の元へと急ぐ。
 こういった場合のセオリーである路地裏からそれは聞こえた。
 ネオンも街灯もない、人工の輝きの中に造られた人工の闇。
 そこは一般で言う荒くれ者、俺から言えばただの筋肉ダルマが集まる酒場の裏だった。
 物陰に身を潜め、状況をうかがう。

 「静かにしろってんだ!」
 「うーうー!」
 「ちゃんとおさえてろよ」
 「失神させんなよ、俺だって楽しみてぇ」
 「すぐに代わるって」

 袋小路のそこは卑わいな落書きで装飾されたコンクリートのカベに囲まれていた。
 その奥で二人の筋肉ダルマに一人の女性がおさえつけられている。
 残念ながら、その容姿は陰になっていて確認できない。

 「・・・うーむ・・・」

 判断が難しいところだ。まぁ、襲われるほどだからそこそこの美人なんだろうが。
 問題は名乗りを上げて派手にいくか、それとも静かにクールで決めるか、だな。

 「いや・・いやぁ!」

 と、あまり逡巡もしてられんようだ。とりあえず・・・

 「よしな・・・」

 俺はユラリ、と身をあらわす。そして心持ち下を向けていた顔をゆっくりと上げながら最も重要、そして難しいシーンに入る。
 壁に背をもたれかけ、同時にタバコをくわえる。そしてライターに火をともす。
 この火の加減が難しい。明るすぎても暗すぎてもいけない。俺の顔が見えるか見えないかの光量が必要なのだ。
 もっとも・・・俺ぐらいのレベルになると非の打ち所はないだろうがな。
 俺は火のついたタバコを指先ではさみ、チッチッチッと振った。

 「女性はもっと大切に扱うもんだ。微風に揺れる一輪の花のように・・・」

 完璧だ。まさにビクトリー。
 ここから予想されるのは悪人どもが脅え、ヒロインが俺の背に逃げ込む事だけだ。
 カッコよく、強すぎる俺だからこそ可能な・・・

 「やめ・・・やめて、お願い!」
 「おい、ちゃんとおさえてろって!」
 「このアマ、暴れんな!」
 「・・・・・・・」

 俺は銃を抜いた。
 スタスタと歩く。歩いて、銃口を筋肉バカの背中に向けた。そして撃った。
 
 ドンッ!

 「ぐあ!」
 「な、なんだてめ・・・」

 もう一人が振り向いた。

 ドンッ!

 倒れた。

 「・・・・・あ・・・」
 「もう安心です」

 俺はへたりこんでいる女性の前にかがみこむ。
 そしてまず足を見る。白く柔らかい曲線はタイトなスカートの先に続いている。そして腰から胸にかけてのライン、ふくよかではないものの決して物足りないプロポーションではない。むしろ躍動的な美と獣のようなしなやかさを兼ねているのだ。
 そして俺は誠実な瞳で見つめた。

 「大丈夫でしたか、お嬢・・・」
 「あぅ・・・」
 「ちゃん?」
 「ひっ・・・・う・・・」

 俺の期待していたドラマは悲惨な終結を迎えるに至る。
 襲われていた女性、いやガキは十四、五歳と言った所だ。
 地に伏してるヤツラがロリータ趣味とは予想しなかっただけに、俺のミスでもある。
 ちなみに俺の銃の弾頭はゴムだ。それでも痛い。気絶させる程度には。
 
 「ふぅ・・・ヤレヤレ。こら、小娘。こんな所でなにやってんだ?」
 「・・うぅ・・・あ・・・」

 ショックで口もきけないか。
 小さな体が振るえているのは雨の寒さじゃない事は一目瞭然だ。大の男、それも二人がかりでレイプされそうになってたんだ、無理もないか。

 「とっとと帰れ。ガキはもう夢の時間だろ」
 「・・・ぁ・・・ぅ・・・」

 俺は三度目のため息とともに立ち上がった。今夜はロクな事がない。
 そしてそれは続く。悪夢のように。

 「・・・・・・」

 俺は小娘を見下ろす。正確には俺のコートをつかんでいる手を。

 「何のマネだ?」
 「・・・いかな・・いで・・・」
 「そんなにヒマじゃないんだ。お前につきあう時間はない」

 そうヒマじゃない。
 帰ってすぐにベッドに潜り込むという大偉業が待っている。

 「怖いの・・・たすけて・・・」
 「あのな・・・俺にはそいつらみてーな趣味はないの」
 「・・・あ・・・・」

 ピッとコートを小娘の手から強引に奪い返す。

 「早く帰れ。また襲われるぞ」
 「いや・・・連れていって・・・」
 「あのなぁ、助けたからって俺が安全ってわけじゃないんだぞ、ちったぁ用心ってもんを知らないのか?」
 「・・・・」
 「俺だって飢えればどうなるかわからんぞ。おまけに今は気が立ってるしな」

 ガオーと両手を上げて襲いかかるマネをする。

 「・・・・」

 が、ただ懇願する瞳に俺はその手を上げた。

 「わかった、降参だ。勝手にしろ」
 「・・・ありがとう」

 俺はだいぶ遅れた家路についた。背後にオマケを連れて。

 

『美学』  END
to be C・・・・


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