『啓示』
賑わうラーカンスは、珍客を迎えていた。
黒ずくめの長い衣装。革製であろう、同色の手袋とブーツ。
柔和そうな表情に丸いメガネをかけている。
そして胸にかけられた銀のロザリオ。
この店にやってくるような客の種類ではない。
珍客は、辺りを見まわし、そして俺と目を合わせた。
ゆっくりと近づいてくる。
整った歩調、体重を感じさせない足取り。
俺は心の中で感嘆しつつ、口を開いた。
「神父でも酒を飲むのか」
皮肉めいた俺のセリフにも動じず、神父は横に腰掛けた。
「神の下僕である前に、神父は人ですからね」
「破戒僧だな」
「人として欲求に従うのは在るべき姿ですよ」
マスターが神父にグラスを差し出す。
「ご注文は?」
「隣の方と同じものを」
俺の隣で、香澄がクスクスと笑っている。
自分と同じように水を求めると確信しているのだ。
「でも、これは・・・」
マスターが言いかけた時、神父は涼しい顔で。
「大丈夫ですよ」
「なら・・・」
琥珀色の酒が注がれる。
神父は、グラスを手に取ると、一気に飲み干した。
これには俺も意外だった。
「近頃の教会では、宴会でも開いているのかい?」
「酒は聖水のようなものです。神父が聖水に弱くてどうします?」
「なかなか言うな、あんた」
「麒麟と申します」
麒麟と名乗った神父は、細い目をさらに細めて微笑んだ。
「それで神父さんが何の用なの?お酒を飲みにきたわけじゃないでしょ。それとも布教活動でもしにきたの?」
隣から香澄がしゃしゃりでる。
「やけにトゲのある言葉ですね」
「神に頼って生きるとか、何かに頼って生きる人って嫌いなのよ」
「なるほど」
麒麟はメガネをハンカチで拭き、かけなおす。
たいして気にしている様子でもない。
再び麒麟は俺に視線を戻す。
「ハンターの留応さんですよね?」
「ああ。どこで知ったのかは知らないが、留応は俺だ」
腕が立つ者ならば、自然と名は知られる。
そして俺は、バーミンハンターとしてこれまで生きてきた。
人間が職とする中で、最も危険と言われるハンターとして独りで生きてきた。
知らない相手が、俺を知っていても不思議ではない。
「仕事を依頼したいのですが」
「ほう」
神父がハンターにいったい何を頼みたいというのだろうか。
「神父が何を依頼したいのか・・・そんな顔ですね」
「その通りだ。これまで神様には縁がなかったんでね」
「私とて、神をこの目で見た事はありませんよ」
麒麟は笑いつつ、一枚の写真を取り出した。
写っているのは、どこか脅えているような少年だった。
背景にはなにもない。
ただ白い壁があった。
「これは・・・少年か、いや、少女か?」
「そこに写っているのは少年の方です」
妙な物言い。
「そして同じ顔の少女も存在します。つまり双子です」
「・・・依頼というのは、その双子を探し出す事か?」
「その通りです」
一つため息をつき、俺はその写真を置いた。
「悪いが、他を当たってくれ。俺は探偵でも人探し屋でもない」
俺が笑う。
麒麟も笑った。
俺は胸のホルスターから銃を抜き、麒麟の眉間へと向ける。
一秒とかかっていない。
おそらく麒麟の目には、銃が突然あらわれたと錯覚しただろう。
「留応、なにしてんのよ!」
香澄が突然のコトに声をあげた。
マスターも目をむいている。
「人でなき命を奪い、その血を浴びて糧を得る俺だ。神父がモノを頼むには・・・」
「コンマ3秒といった所ですか、頼もしいですね」
銃を向けられてさえ、その涼しい顔は微塵として揺るがなかった。
それどころか・・・
俺は苦笑せざるをえなかった。
「あんた・・・本当に神父かい?」
「どちらかというと、こちらの方が本業でして」
「・・・納得したよ。いいだろう、詳しい事を聞こうか」
俺は銃をおさめる。
安堵している香澄とマスター。
「助かります。これも神のご加護です」
「よく言う」
麒麟もまた手を引いた。
胸をなでおろしている香澄やマスターからは見えなかっただろうが。
俺が銃を抜いた時。
麒麟は俺よりも早く黒塗りのナイフを拭き、俺の肋骨に当てていた。
この技量ならば、心臓まで刃を到達させる事は容易だろう。
接近戦において、ナイフはガンよりも速い。
頭ではわかっていたが、体験したのは初めてだった。
麒麟はマスターにグラスを差し出し、話を続けた。
「とりあえず、腕のいいハンターがあと二人は必要です」
「その二人は、もう決まっているのか?」
「一人だけは心当たりがあります」
「という事は、あと一人必要なわけだな」
「そうなりますね。誰か良い人を紹介ねがえますか?」
と、そこへ。
「あたしじゃダメかしら?」
「香澄・・・本気か?」
俺は静かに問い掛けた。
冗談にしては笑えない、そんな表情を浮かべていただろう。
それをまたぐように、麒麟が声をかける。
「香澄さんとおっしゃいましたか。ですが、先ほどは私のような人間はお嫌いだと」
「仕事の選り好みができるほど裕福じゃないの。それに留応にはカリがあるからね、こんな機会じゃないと一生、返せないわ」
ふんぞりかえるようにして、俺を見る香澄。
いや、睨むといった感じだ。
「失礼ですが、貴女の実力を私は存じておりませんので」
「なによ、疑ってるの?」
その一瞬、麒麟の体から突きぬけるような殺意が香澄に放たれた。
俺はすぐさま立ちあがり、銃のグリップを握る。
「なにやってんの・・・留応?」
麒麟に動きはない。
ただ柔和な笑顔で香澄を見つめているだけだった。
そういう事か。
「残念ですが、香澄さん。この仕事を貴女に依頼するわけには」
「何でよ!あたしの実力を見てから言いなさいよ」
香澄、お前はもう試されたんだよ。
口にはださなかったが、麒麟はすでに香澄の実力を知ったのだ。
あれだけの殺意に反応すらできなかった二流のハンターと判断されたろう。
「やめておけ、香澄」
「なによ、あんたまでさ!」
「やめろ」
「う・・・」
俺が睨みつけると、香澄はおとなしく従った。
「話は戻りますが、誰かお知り合いは?」
グラスを傾け、俺は数人の顔を思い浮かべる。
「麒麟、一つだけ聞きたいんだが?」
「危険な仕事か、などという愚問はご遠慮させて頂きますが」
「生きて帰れる可能性は?」
「・・・・・」
涼しい顔で微笑む麒麟。
「なるほどね。絶望的ってワケだな」
「その通りです。貴方の腕でも一割ないでしょうね」
隣でジュースのような酒を飲んでいた香澄がせき込む。。
「あんた、そんな仕事を依頼しに来たの!?」
「いけませんか?」
「いけませんか?じゃないわよ!」
「ですが、貴女に依頼しているわけではありませんので」
麒麟は俺を見る。
初めて見た時からの違和感。
やっと気づいた。
この男の笑顔、その瞳は常に濡れている。
涙ではない。だが、どこか悲哀を訴えるような瞳の色をしているのだ。
「麒麟、お前はいつも・・・泣いているのか?」
「・・・・・」
ほんの一瞬だけ、神父の仮面がはがれかけた。
怒りと悲しみが入り混じったかのような表情は、すぐに仮面の下へと隠れる。
「留応さん、貴方で二人目ですよ・・・」
「ん?」
「何でもありません。私は貴方に出会えた事を神に感謝せねば」
目を閉じ、十字をきる麒麟。
そして、再び俺に問う。
「どうです?私の依頼を受けて頂けますか?」
香澄が俺のそでを引っ張り、やめろと小声で言う。
「普通なら断るのが当然だな。しかし、なんで俺を選んだ?」
「実力を考慮して・・・」
俺は首を振る。
「わかりました。本音を言えば、貴方が死に場所を探しているようでしたので」
「なによ、それ!?」
「香澄、お前は黙ってろ」
麒麟は言葉を続ける。
「貴方の噂は聞いていますよ。死を恐れない、超一流のバーミンハンターと」
香澄が得意そうにうなずいている。
確かにそう呼ばれる事もある。
「ですが、私にはそれが真実の裏返しのように感じられまして」
「・・・・」
この男が、どこまで俺を知っているのかはわからない。
だが、今、この男が言った事は・・・・間違っていない。
俺は死を迎えるべき場所を探して、ハンターになったのだから。
その姿勢が、他人には死を恐れないと受け取られているのもまた事実だ。
「・・・報酬は?」
「留応!?」
香澄を黙殺する麒麟。
「そうですね、きっとご満足いただけるものとだけ、申しておきましょうか」
聞くまでもなかった。
すでに麒麟は報酬を口に出している。
満足できる死に場所に案内してくれる、と。
「・・・・いいだろう、受けよう」
「ありがとうございます。では、あと一人のパートナーはそちらで?」
「ああ、捜しておく。連絡先は?」
麒麟は、西の第5ブロックの教会に住んでいると告げた。
「廃棄ブロックのすぐ隣じゃないか、よく住んでいられるな?」
「住めば都ですよ、それでは私はこれで」
「ああ」
「あと、あまり時間もありませんので」
「わかった、二日以内には顔を出そう」
「お待ちしております」
麒麟はいくばくかの金をカウンターに置き、去っていった。
「ちょっと、留応どういうつもりよ?」
「何だ?」
「何だ?じゃないわよ、あんな依頼を受けるなんて!?」
香澄の言いたいことはわかる。
危険度は最悪、報酬ははっきりとしたものじゃない。
自分でも、こんなバカげた依頼はないと思うし、引き受ける奴がいるとも思えない。
だが俺は受けた。
麒麟ならば満足のいく死を与えてくれるという期待が。
それに神父によって授けられる皮肉な死ならば、悪くない。
「香澄、もう会うことはないかもな」
「ちょっと・・・やめてよね、下手な冗談は・・・」
俺はそれに答えず、ただ笑った。
「やめてよ!行かないでよ!」
「すまない」
何に対して自分が謝っているのかもわからない。
だがそうすれば、少しでも心が楽になるような気がしたから。
「じゃあ・・・」
金を置こうとした時、マスターが差し止める。
「なんだ、おごってくれるのか?」
「バカ言え、ツケにしといてやるから、ちゃんと払いに来いよ」
「ツケか・・・」
マスターらしい言い方だった。
俺がハンターとしてやる事には口を挟まず、親友として言葉をかける。
生きて戻ってこいと言ってくれた事は嬉しくも思う。
俺はもう一度笑って、そして金を置いた。
「今度ばかりは、なんともいえない」
「お前・・・」
ハンターを続けて五年。
今日まで、何度も命を落としかけ、そして生き続けてきた。
だが、それにも少々・・・飽きてきた。
生きるという事に麻痺し始めたのかもしれない。
「じゃあ、俺はパートナーを探しに行かなくちゃいけないんでね」
「待ってよ、留応!」
「・・・なんだ?」
「あたしがパートナーになるわよ、だから一緒に・・・」
なりふり構わず大声を上げる香澄。
その瞳は涙ぐんでいる。
香澄が俺に涙を見せたのは・・・いや。
涙を隠そうとしなかったのは、初めてのことだった。
「それはできない・・・」
「なんでよ!あたしだってハンターよ!」
「諦めろ・・・」
「留応!」
「諦めろ!」
「・・・・う・・・」
俺は香澄に背を向けた。
香澄がハンターとして、あと三年生き延びられていたならパートナーにしただろう。
だが、まだ未熟すぎる。あまりにも弱すぎる。
バーミンを殺せるかが、今回の依頼の条件ではあるまい。
戦闘者としての資質と経験、それが条件だろう。
「お願い、連れて行ってよ!」
「・・・・」
「留応・・・お願いだか・・ら・・・」
背を向けた時、香澄が嗚咽を上げ始めていた。
それを笑顔に変える事は容易だ。
ただ足を止め、振り返ればいい。
言葉は一つで事足りる。
『依頼は断ろう』
それだけだ。
そしてオレはたったそれだけの事ができない。
納得できる死に場が待っているかもしれないのだ。
惰眠をむさぼるように、抜け殻だった俺の命が。
ようやく・・・・
そして俺はラーカンスを出た。
止めてあったバイクにまたがり、キーを回す。
「姉さん、もうすぐ会えるかもな・・・」
俺の呟きは冷たい夜風に混じって消えた。
夜の街はいつもと変わらず。
ただ月だけが赤く輝いていた。
血のような赤だった。
『啓示』 END
to be C・・・・