映画史上最高の瞬間


                      written by みーまー

 画面に“You?”という字幕が映し出される。  そして浮浪者の顔、そして娘の顔。  そして浮浪者、“You can see now?”。  娘が答える、“Yes,I can see now”。  そして一輪の花を持った右手を口元に置いた浮浪者の笑顔でこの映画は終わる。  四分の一世紀前に、私に涙を流させたのはまさしくこのシーンであり、語るのは 淀川長治であった。  それは一本の映画ではなく、チャップリン映画の名場面を集めて、淀川が解説を するテレビ番組であった。  私がこの映画を観たのはそれから数年後であり、堂島の毎日ホールであったか、 肥後橋のSABホールであったか、さだかな記憶はないが、まだビデオが現在のよ うに普及していないころ、このような名作とはいえサイレント映画などはテレビの 映画放送番組では観ることができなかったため、そういう映画は特殊な上映会を頼 るしかなかったのだ。  このラストシーンはチャップリンの「街の灯」だ。 このシーンを「映画の創造しうる至上の瞬間」と評したのは詩人で評論家のジェ イムズ・エイジーだ。  しかし、このシーンは残酷なシーンでもある。娘は自分を助けてくれた男を金持 ちの紳士だと思っている。ほのかな恋心を抱いてもいる。自分を好いてくれている のではとも思っている。しかし現実に自分の目の前に立った男は浮浪者であった。  映画は浮浪者チャーリーの微笑みで終わる。  映画はその後を語らない。  だが、ラストシーンに映し出されたチャーリーの微笑みには、その残酷さを包み 込んでなおあまりある無垢なる愛がある。  その愛の姿に、私は涙を流さずにいられなかった。  1931年、世はすでにトーキーの時代に、あえてサイレントで製作された。  そして“You?”という字幕はサイレント映画史上最も感動的な字幕となった。  エイジーはチャップリンをこう評した。  「彼こそ沈黙に魂を吹き込んだ最初の人である」と。    「沈黙に魂を吹き込んだ」という評を最も感じさせる映画は1925年製作の「 黄金狂時代」だ。  映画史上の傑作だ。  喜劇が映画の王であった時代の、まさしく王の中の王だ。  冒頭、チャーリーの後ろを熊がついてくるシーン。  吹雪の山小屋にビッグ・ジムと二人で閉じこめられたチャーリーたちが飢えて、 ドタ靴を煮て食べるシーン。  それでもまだ飢えたビッグ・ジムが幻覚で、チャーリーが巨大な鶏に見え、追い かけるシーン。  大晦日の夜、あこがれのジョージアを招いた夢をみるチャーリーは、夢の中でロ ールパンのダンスをみせる。足に見立てたパンのステップとチャーリーの顔の表情 との至芸のシーンだ。  記憶を失ったビッグ・ジムと山小屋へ行ったチャーリーは、吹雪で崖っぷちに飛 ばされる。崖から半分せり出した山小屋で、チャーリーが咳をするたびに山小屋が ずり落ちていくシーンはスペクタクルだ。  それらのギャグは常に新鮮で、観る度に笑わさせてくれる。  そしてこの映画を観る度に思うのだ。  私にとって映画を観る楽しみはいろいろある。興奮や恐怖やときには怒りもある。  しかし、私が映画にもっとも与えてほしいもの、それは笑いと感動の涙であるこ とを。  サイレント映画においてチャップリンが「沈黙に魂を吹き込んだ」のならば、ト ーキー以後のチャップリン映画は不滅の言葉の洪水だ。  1936年に製作されたサイレント映画(映画の中のチャップリンが歌う「ティ ティーナ」はトーキー)の「モダンタイムズ」において、チャップリンが言葉に深 い意識を持っていることがすでに伺える。  1940年には「独裁者」でヒットラーを批判し、その映画としての是非はさて おいても、ラスト6分間の演説は心にしみいるものだ。  “人類はお互いに助け合うべきである。他人の幸福を念願として、お互いに憎み 合ったりしてはならない。...人生は自由で楽しいはずであるのに、貪欲が人類 を毒し、憎悪をもたらし、悲劇と流血を招いた。...知識を得て人類は懐疑的に なった。思想だけがあって感情がなく人間性が失われた。知識より思いやりが必要 である。...独裁者の奴隷になるな!彼らは諸君を欺き、犠牲を強いて家畜のよ うに追い回している!彼らは人間ではない!心も頭も機械に等しい!諸君は機械で はない!人間だ!心に愛を抱いている。愛を知らぬ者だけが憎み合うのだ”と叫び 続ける。  1947年製作の「殺人狂時代」においての“一人殺せば犯罪だが戦争で百万人 殺せば英雄だ”は反戦ということでは言葉そのものが一人歩きしているといっても 過言ではないだろう。  1952年に製作された「ライムライト」はチャップリンの最後の傑作だ。  例によって製作、脚本、監督、主演、作曲、指揮、衣装デザイン、バレー振付と やってのけ、彼が無双の天才であることをあらためて証明してのけた。  “魅惑のライムライトの中に若者が登場したとき、老人は引き下がらねばならな い”  “生きるという奇跡を消してはいけない。星に何ができる。ただ軌道を回ってい るだけだ”  “生きることが日課だ。希望がなくても生きられる。すばらしい瞬間があるから”  “人生は素晴らしい。必要なのは勇気と想像力と少しの金だ”  “自分の人生のために闘うんだ。生き、苦しみ、楽しむんだ。クラゲの人生だっ て美しい”  これらの言葉は人生への、人間への深い愛情に満ちていて、不変の価値を持って いる。  映画は美しくそして哀しい音楽にのって、それらを謳いあげる。  この映画にシェークスピアの悲劇に通ずるものを感ずる人も多いという。  私もまた、トーキーを得たとき、チャップリンは20世紀のシェークスピアとな ったと信じている。 ・・・あとがき・・・  「日曜洋画劇場」が放送30周年を迎えたそうである。  放送開始当時は土曜の夜の放送であったが,私の記憶では1970年秋に日曜の 夜に移り,その最初の放送はジョン・ウェインの「エルダー兄弟」だったと思う。  そのころはまだテレビの映画放送番組もこの「日曜洋画劇場」だけで(その後二 年ばかりのあいだに他局でも相次いで放送するのだけれど),当然の如くその解説 をされていた淀川長治氏の影響を強く受けることになった。  氏の書かれた本も何冊か読ませていただいたし,私のチャップリン信仰もその影 響であろう。  グラウコンさんに「映画評を書いてみませんか」とお誘いを受けたとき,あまり 深く映画を観ることをしない私は,映画評というのは苦手なのでお断りをするつも りだったのですが,批評でなく映画についてなんでもかまわないのなら書かせてい ただきますとお返事しました。  というのは,映画と自分との関係史のようなものを自分なりに文章で残しておき たいと常々考えていたからで,そういうものはなかなかきっかけがないと書けない ものであります。  で,この機会を利用させていただこうと考えたわけです。  ゆえに,これは皆さんに読んでいただくものというより,自分自身に残しておく ためのものとして書いております。  映画に対しての自分なりの感想や,あるいは他の人の批評の中で我が意を得た表 現なども書き添えていきたいと考えていますが,拙文の中で,読んでいただいたか たにその映画を観てみたいと思っていただければ幸いと思っております。  できるだけ映画を見直し,資料を確認してはおりますが,もっぱら記憶をたより に書いておりますので,記憶違いということもままあるでしょう。  もし気づかれた間違いがありましたら,ご指摘いただければ幸いであります。  なお,本文の敬称は略させていただきました。

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