
Juniekのアメリカ旅日記
1998年1月のアメリカ旅行記です。
1/11/98
今、アメリカ行きの飛行機の座席で書いてます。mobile
life初体験は、うれしいな。
I教授も、パソコンを変えたとき、「ひっひっひ」とか書いてましたよね。
この間偶然N響のviolinistの根津さんのHPを覗いていたら、私が使っているのと同じPowerBookをお使いとわかり、うれしくなりました。
いつもは少しお酒を飲んで、寝てしまうことが多いのですが、Lost Worldを上映していたので、手に汗握って見てしまいました。一度見てみたいと思っていた作品だったので。あの作品の舞台は、私が去年まで住んでいた、サンディエゴなんです。
1/12/98
今、真夜中の2時前です。場所は、サンフランシスコ郊外の、スタンフォード大学の近くの友人宅。明日の朝5時に起きて、飛行場に行き、サンフランシスコ−デンヴァー−サンタフェと飛び、サンタフェの飛行場でレンタカーを借りてさらに2時間くらい?運転するという長旅をしなくちゃいけないのですが、時差ぼけのため、眠れません。こりゃ、本格的にアメリカ日記を書くかな?
1/11は、日曜日。朝サンフランシスコの飛行場に着いたけれど、さすがにあれだけ日本で頑張って働いた後、時差ボケもあって、さすがに疲れています。アメリカ人の友だちにチケットを取ってもらって、二人で「オペラ座の怪人」を見に行きました。すごくよかった...歌手に、クラシックの声楽の教育を受けたと人と、ミュージカル一筋の人がいるようなのですが、やっぱり前者の方が余裕のある歌い方で好感が持てます。本当はオペラハウスに行きたかったんだけれど、友だちはオペラを聴くような人じゃないので、オペラ座の怪人ならどう?とメールを打っておいたら、チケットを予約しておいてくれたんです。
1/12は朝から晩まで、スタンフォード大学の研究室にいて、かなりたくさんの数の先生を訪ね歩いては、仕事の話をしていました。ここを訪れるのは、4度目。アメリカ人の教授たちは、こちらが積極的に訪ねて行くと、すごく親切な人が多いです。かなりの大先生でも、暖かく迎えてくれます。こんなしんどい仕事をしている中での、楽しみの一つです。
偶然今そこに留学中の京都大学の先生と出会いました。日本人なんて、建物の中に二人しかいないし、共通の知り合いもいたので、初対面ながら、すぐ意気投合。彼の部屋に行くと、何と私が買ったばかりのこの愛機と同じ、PowerBook
2400cが置いてあるじゃないですか!日本語のメールのやり取りのため、日本で買って持って来られたんだそうです。さすが、わかる人はわかってるじゃないの!お言葉に甘えて、彼のマックを借りて、日本にアクセスして、メールをチェック。
大学時代以来お世話になっている大先生から、年賀状のお返事メールが。今年は年男なので、さらに張り切って研究しますですって!あの先生、72才になるのか。。。何たる元気!これは負けていられませんね。もう一通は、I教授から。時間がなかったので、大慌てでこの二人の先生にお返事を書きました。スタンフォードからのメールなんて、びっくりしたことでしょう。明日から学会で安ホテル暮らしだし、こりゃ当分送れないかな?
1/13/98
アメリカを旅行していると、同じ国内でも時差があるのでちょっと戸惑います。今はコロラド州デンヴァーの飛行場。ロッキー山脈を飛び越えて時計を1時間進めました。どうやらサンタフェ行きの飛行機はすごく小さそうだ。スペースマウンテンに乗って、もう2度と乗るまいと決意した恐がりで甘えん坊の私は、ちょっと恐いなあ。
アメリカ人は、よくもこんなばかでかいものを作るものです。飛行場のことですよ。アメリカに来ると、自分は日本人であることを痛感するものですが、今回は少し不思議な感じがします。
1/21/98
今、日本に帰る飛行機の中です。この間、何といろいろなことがあったことでしょう。いつものことながら、今回は今まで以上に忙しく、楽しい旅行でした。パソコンに向かって日記を書く暇は全然ありませんでした。以下、この1週間を振り返りながら、書くことにしましょう。キリンビールを飲みながら!
1/13
Santa
Feの飛行場でレンタカーを借りる。車はカローラ。久しぶりの左ハンドルにも今回はすぐ慣れて、快調にスタート。とにかくだだっ広い。日本では絶対に見られない景色だ。宮沢りえの写真集で有名になった場所でしたね。そうだ、アメリカのホテルのSPA(ジャクジーつきのお風呂)は、水着を持ってないと入れないんだ!shopping
centerに立ち寄って、水着を買う。どうせ買うならと思って、日本ではあんまりお目にかかれないような、リゾートホテルでアメリカ人が着るような、だぶだぶの水着にする。
Stanfordでかなり忙しかったので、睡眠不足が続き、眠い。学会の会場のTaosまで1時間半位らしいけれど、これはゆっくり行った方がいいなと思い、Santa
Feの街に入る。アメリカで一番古いというカトリック教会を見つけ、見学することに。フランシスコ・ザビエルが日本に来た頃、スペイン人はこんなところに来て、街を作ったんですね。
夜から学会開始。レセプションがあるので期待してお腹を空かせて行ったら、おつまみだけでがっかり!
学会のスケジュールがすごい!朝8時から研究発表開始。午後は休みで、みんなスキーに行く。4時に戻って、夜は10時半過ぎまで。アメリカ人はタフですよね。
1/14
朝寝坊をして朝一番の講演に遅刻!ロシア人のおばさんの話はおもしろかったらしいので残念。午後は、久しぶりに再会したアメリカ人の友だちに誘われて、スキーに。スキーをするのは5年ぶり。5年前もアメリカでした。山の頂上は、富士山の頂上に近い高さ。さすがロッキー山脈だよね。
夜のセッションが終わった後、かつてのライバル?のDavidと積もる話をいろいろ。将来一緒に仕事ができるといいねえと、いろいろ情報交換。彼はすごく優秀だけど、なかなか優しい人柄で、よい友だちに慣れそうだ。気がついたら、午前1時。
1/15
太股が痛い...でもめげずに、もう1日スキーに。もちろん朝早くから夜遅くまで、会議で討論してましたよ。辛いことも多いけれど、この仕事をしてる楽しみの一つは、今まで論文の上だけで名前を知っていただけの世界中の人たちと次々出会えること。ある意味で私の競争相手の、ウィーン大学の若手は、どう見ても身長2m以上。あんな体格の奴には勝てないなあ。でもここで友だちになって、ウィーンに遊びに行ければうれしいなあという下心も持って?話しかけると、音楽には興味はなさそうだけれど、仕事の話はいくらでも。これはとびきり優秀な男と見た。ベルリンの若い女性研究者は、逆にすごく小柄ですごい美人!これはタイプ!とか思って話しかけると、「あなたはKazuね!私のことKatie(ケイティー)と呼んで!」なんて言ってくれるじゃないの!でも左手の薬指には、ちゃんと立派な指輪をしていましたよ。
1/16
毎日早朝から夜遅くまで続くので、さすがに午後の休憩時間は、ホテルでのんびり。お風呂好きの私は、Santa
Feで買った水着を着て、長風呂を楽しみました。
1/17
今日だけは夜のセッションはお休みで、大パーティー。日本だったらカラオケになるところが、こちらは、ディスコダンス。こちらでは、かなりのお年のおじいさんもいっっしょに踊っているんですよ。中国人の女の子(人妻です)を誘って、ペアーを組んでもらう。二人とも踊りはぎこちない。世界中の同業者と親しくなれるのは、このような機会なので、実は結構大事です。
1/18
名残惜しくも、学会最終日。再会を約束してまたね〜と握手を交わす。でもちゃんと夜は11時近くまでやってました。
1/19
朝早くホテルをレンタカーで飛び出して、大移動の開始。サンディエゴに着くや否やまたレンタカーを借りて、走り回る。
2時半:住んでいた頃お気に入りだった店に行って、好物のチェリーパイや、お気に入りのシャンプーなどを買い込む。
3時:共同で仕事をしていた人のところに行って、今後の仕事の打ち合わせ。
4時:合唱団の親友で、一緒に武満の合唱曲などもやった、海洋研究所の副所長のMullin先生のお宅にうかがい、音楽談義。最近は、メサイア以外のヘンデルのオラトリオに取り組んでいて、Deborahをやるとか。
6時:友人一家と夕食。中華料理食べ放題の店。
8時:合唱団に飛び入り参加。C.P.E.
Bachの曲をやっていた。初めての曲で、楽しかった。
1/20
かつての仕事仲間が待ち構えていて、朝から晩まで仕事。
夜8時半:学会で知り合った人のところを訪問。一人友だちが増えてうれしい。
夜9時半:友人の中国人宅にようやくたどり着き、夕食。奥さんの手料理は、日本やアメリカの中華料理屋で出てくる脂っこい料理とはかなり違う。一見とっつきにくいけど、なかなかおいしい。
1/21
朝早くから3人の知人を訪ね歩いた後、飛行場へ。実に密度の濃い(実質)2日間のSan
Diego滞在でした。
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