PART.20

 二度目の撮影は、順調に終わった。
「おつかれさまでしたー」
「おつかれさまでーす」
 終了を意味する声がスタジオの中を飛び交う。
 撮影前にはスタッフの人たちと打ち合わせもした。コンセプトやイメージなどを話し合い、形に作り上げていく。
 そんな経験は初めてで、何をどうしていいのか僕にはよくわからなかったけど、隣には尾崎さんが同席して、いろいろ意見を言っていた。
 ひとりだけの撮影だけかと思ったら、尾崎さんと一緒の写真も撮ることになって、正直戸惑った。
 一部の人の間では、僕と尾崎さんはデキてることになっている。一緒に並んでる写真なんて掲載したら、ますますその噂に拍車がかかるんだろうなぁ、なんて考えた。
 それを言ったら、尾崎さんは笑った。
「俺としては嬉しい噂だよ」
 写真自体はとてもノーマルな映りだ。
 だから余計な詮索とか、裏読みとかしなけりゃ、アヤシくは見えない。
 けどなぁ……と僕はため息をついた。
 同じファミレスで働いてることを知ってる人たちにとっては、十分アヤシく見えるんだろうなぁ。
「あ、いたいた、悟瑠くん」
 帰る仕度をしていると、雑誌編集者の人が慌てて走って来た。
 戸惑って尾崎さんの顔を見て、編集者の人へと視線を戻す。
 ……なんだろう?
「これまで、正式にうちから依頼したことなかっただろう? いつも尾崎くんに仲介頼んでばっかいたから。うちとしてはレギュラーで使いたいから、ちゃんと契約書にサインしてもらいたいんだ。ギャラについても、きちんと話し合いたいし」
「え……」
 茫然としていると、横から尾崎さんの肘につつかれた。
「これまでの口約束から、正式依頼になったんだよ」
「え……でも」
 これっきりだと思ってたし。
 どうしてもやりたい仕事ってわけじゃないし。
「どうか頼むよ。アンケートの結果見ても、きみはかなり好評なんだ。うちはホラ、男性向けファッション雑誌だけど、女性読者もかなり多い。あ、そうだ、ファンレターも来てるから、後で渡すね。それにしても、一回載っただけであれだけ反響来るなんて、すごいねぇ君は。いやいや、尾崎くんも相当なものだけどねぇ」
 僕は何と答えたらいいのかわからなくて、ぼうっと突っ立っていた。
「冒険とか、挑戦ってのも、たまには面白いよ」
 尾崎さんに耳打ちされて、僕の決心がぐらついた。
 やってみても、いいかもしれない。
 そんな風に。
 どうせ他に目指してることとか、やりたいことなんてないんだし。
 やってみるのも、いいのかもしれない。



「と、いうことになったんだ」
 食卓で今日のことを話して聞かせると、相沢が「へえ」と言った。
「本格始動するんだ?」
「本格じゃないよ。あくまでもバイト。本物のモデルになりたいわけじゃないし」
「でもまぁ、悟瑠が積極的に世の中と関わろうとするのは、いいことだな」
 相沢が笑った。
 確かに、昔の僕は生きてるのか死んでるのか、よくわかんないような生活してたよ。
 世の中の裏側で、投げやりに生きてたよ。
 相沢と再会して、いろんなことが変わった。
 尾崎さんと出会って、考えもしなかった方向に進んだ。
 世の中の表側に、いま僕はいる。
 こんな日が来るなんて、思ってもみなかったけど。
「でも、ちょっと怖いんだ」
「怖い?」
「うん。昔の僕を知ってる人だって、たくさんいるんだよ。それがちょっと怖い」
「ファッション雑誌なんて、若い子しか見ないさ。大丈夫だよ」
 僕が何に対して怖いのか、相沢はちゃんとわかっていた。
 それでも、大丈夫だって言ってくれた。
 昔、僕は身体を売って生きていた。
 客はほとんど、金を持ってる中高年のおやじばっかだった。何人の相手と寝たのか、思い出せないほどの人数を重ねてる。
 それを知っていても相沢は僕を愛してくれる。それがすごく嬉しかったけど。
 雑誌で世間に顔や名前を公表するってことは、同時にその時の客たちの目にも入るかもしれない可能性を秘めている。
 だから、それが怖い。
「……そうだよね。若い人しか見ない雑誌だもんね。大丈夫だよね」
 自分に言い聞かせるように言った。
「もし、何かあっても俺が守るから」
 相沢がはっきりと言う。
「……うん」
 その一言がすごく嬉しかった。



 月刊で発売される雑誌に出るようになって、三か月。
 ファミレスのバイトを続けながらの副業は、順調だった。
 バイト先には女性客以外にも客が増え、僕と尾崎さんを動物園の動物のように見物する人までいた。どこからどう広がっていくのか、僕らがここで働いていることは知れ渡っていく。
 特定の彼女がいないことまでどうやって知るのか、仕事中にもかかわらずアタックしてくる女の子までいる始末だった。
 僕も尾崎さんも苦笑してやり過ごすと、ますます僕らの仲がアヤシイということになっていった。
 この三か月間、僕と尾崎さんの間に横たわっているボーダーラインを、尾崎さんが越えてくることもなく、かといって距離が広がるわけでもなく、以前と変わらない親しさで接している。新しくはじめた副業でも尾崎さんは先輩なので、一緒にいるとあれやこれやと学べることが多かった。
 アイドル視されるというのは怖いことで、家まで訪ねてくる女の子まで出てきた。
 そこから広がったのか、相沢とふたりで暮らしていることまで知られ、こっちはこっちでデキてるという噂になっていった。
「ごめんね、相沢。妙なことになって」
 晩飯を食べ終わった頃、殊勝に僕は謝った。
「べつにいいんじゃないか? デキてるのは事実だし」
 相沢は余裕の態度だった。本当にいいのかなぁ……。
「普通、こういう状態の人が特定の彼女なんか作ったりしたら、その相手が攻撃されちゃったりするんだろうね。怖いね、すごく。付き合ってる相手が相沢でよかったと思うよ。でもみんな、噂にしてキャーキャー騒いでる時はいいけど、これが事実だと知ったらぶっ飛ぶんだろうな」
 不思議なことに女の人(一部だと思うけど)って、好きな男(アイドル的な場合)が男とデキてることにして喜ぶパターンが割と多い。好きな男が男を好きだと逆に困るんじゃないかって思うのに、不思議なことにそういう人が結構いる。
 だからって実際にそうだと信じている人は意外に少ないんじゃないかと僕は思うんだけど……。
 実際、彼氏がそうだと嫌がるパターンが多いみたいなのに。
 ってのを、こないだなんかの雑誌で見かけたけど。
「それにしても、僕が雑誌に出るようになって、まだそんなに経ってないのにさ。こんな反響来るとは思ってなかったよ。全国誌ってすごいよね。芸能人に比べたら、ファンの数は全然少ないんだろうけどさ。近くの人しか来てないと思うし」
「中学の頃、おまえのこといいって言ってる女の子、結構いたよな。そういう子って、たいがいおまえのいないところで、悟瑠くんかわいいよね、って言ってた。本人に直接言わなきゃ伝わんないのに。知らなかったろ」
「僕はよく、相沢くんカッコイイよね、っての聞かされてたけど? おまえのいないとこで」
 僕たちは互いに顔を見合わせて、笑った。
 バレンタインにチョコが机や下駄箱に入っていても、直接告白されたことなんて、一度か二度程度。中学卒業する時にも告白ラブレターのラッシュがあったけど、連絡先どころか名前すら書いてなかったりする。
 僕は小さく笑った。
「そんなもんだよね、中学の時なんてさ。女の子と口きくことも少ない時期だし」
「高校に入ると増えるけど、途中から俺は誰かさんしか目に入らなくなってたしな」
「それ、誰?」
 わかってたけど、僕は訊いた。
 相沢がちょっと照れたような顔をして、僕を見る。
「目の前にいるだろ」
 思わず僕の顔がほころぶ。
「なんだよ、嬉しそーな顔して」
「嬉しいんだもん」
「照れるだろ」
 そんな態度が可愛くて、僕はさらに笑顔になった。


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