PART.3

 翌日、目が覚めた時、すでに正午を過ぎていた。カラダ売る以外特別仕事なんてしてない僕にはどうでもいいことだった。何か食べないと死ぬから、冷蔵庫を探る。ふと僕は自分自身が急に可笑しくなった。こんなになってまで、生きようとしてる。滑稽だよな。
 冷蔵庫には何もなくて、僕は買い物のために外へ出た。近所のコンビニで適当に食べ物を選んで、アパートに戻ってみるとドアの前に人が立っていた。
 ……相沢だった。
 性懲りもなくまた来たのだ。
 どうやって追い返そうと考えながら僕はアパートの階段をあがった。僕の部屋は二階の一番奥だった。
 相沢は僕の顔を見て、戸惑いを見せた。そんな顔をするなら、来なきゃいいのに。
「何か用?」
 昨日のことなんか忘れたフリをして、何事もなかったような顔で僕は訊いた。
「学校があるんじゃないのか」
「早退した。おまえのこと考えると、授業どころじゃなくなって」
 間髪入れずに相沢が言った。僕は驚いて、まじまじと目の前の顔を見る。
「おまえがそこまで僕のこと気にする理由がわからないな。おまえなら友達だってたくさんいるだろうし、大学受験のこともあるだろ。僕に構ってる場合じゃないはずだ」
 鍵を開けて部屋に入ると、相沢も一緒になってついてきた。鼻先でドアを閉めてやろうかと思ってたのに、閉めさせるもんかとでも言うような力でドアが押さえられ、相沢は身体ごとねじ込んで肩で支えようとしていた。そこまでされて意地張るのも馬鹿みたいで、僕はあっさりとドアを閉めようとしていた力を抜いた。
 玄関先で肩をつかまれて、強引に振り向かされる。
「だって……おまえのこと、このままじゃ駄目だと思って。放っとけるはずないだろっ。見ず知らずの他人とかなら別だけど、俺はおまえのことよく知ってんだからっ」
「僕のこと理解できないくせに知ってるなんて、よく言えるな」
 相沢の手を振り払って、僕は部屋に入った。
「……おまえ、本気で性格歪んだだろ」
 玄関で靴を脱ぎながら、相沢が唸るようにして呟いてる。
「で、今日は何しに来たんだ」
 僕はそっけなく訊いた。コンビニで買ってきたカップラーメンのフタを開けて、ヤカンで湯を沸かす。それを見た相沢が、また文句をつけてきた。
「悟瑠、おまえそんなのばっか食べてたら、いつか倒れるぞっ」
「そんなのおまえには関係ないことだろ」
「……」
 湯が沸くまで、沈黙が降りた。相沢はすっかり部屋の一角に居座って、断固として動かない姿勢だった。僕はムキになって追い出すのがバカバカしくて、そのままにさせる。
「……夜になったら、仕事だから。その時は出ていけよな」
「仕事……って、なんのだよ」
「……」
 僕は一瞬言おうかどうしようか迷った。けど、相沢に愛想をつかされるためには、本当のことを言うべきかと思った。
「僕はね」
 振り向いてまっすぐに相沢を見て。
「カラダ売って生活してんだよ」
「……な……」
 相沢が絶句する。
「昨日のキスマークもそう。気が向いた時は毎日でも夜の街に立って、客の相手してる。中年のおやじが多いな。どいつもこいつも好きモノが多くて、たまにSMまがいのこともやらされる。一応相手は客だから、言われればどんなことでもしてやってるけど」
「……うそだ」
「うそじゃない」
 湯が沸いたので、僕はカップラーメンに注いだ。フタを閉める。
「調べてみればいい。僕は感度がいいらしいから、客もたいてい喜ぶ」
「うそだっ」
 相沢がムキになって怒鳴った。
「なんでムキになるんだ。どうでもいいことだろ? 僕はおまえとは何の関わりあいもないんだから。僕がどんな生活したところで、おまえには何ひとつ迷惑なんかかからないだろ。わかったなら、帰れよ。僕とおまえとは住む世界が違うんだ」
「……どう……したらいいんだ」
 当惑した声につられて、僕は振り向く。
 相沢は青ざめた顔で、真剣に考えていた。
 なんでこいつは愛想をつかす、ということを知らないのだろうか。
「どうもこうも、おまえに出来ることなんてないよ」
「このままじゃ、おまえ駄目になってく。カラダなんか売るな」
「そうしなきゃ、生活できないんだ」
「俺が……っ」
 そこまで言って、相沢は黙ってしまった。当然だ。高校生でしかない相沢に何ができる? 僕の生活の面倒なんて、見ることができるはずない。だいたい、相沢にそこまでしてもらう義理もない。
 ラーメンが出来たので、僕は相沢から少し距離を置いた場所に座り、食べはじめた。そんな僕を、相沢は睨んでいるのかどうかよくわからない目で見る。
「帰らないの?」
 僕が訊くと、相沢が困ったような顔を見せた。うなだれる。
「……帰れるわけ、ないじゃんか」
 なんで。
 帰ればいいんだ。それで僕のことなんて忘れてしまえばいいのに。
「……家に、戻れよ」
 しぼり出すように相沢が言った。
「なぜ?」
「そうだよ。よく考えたら、おまえが家に戻ればいいんじゃないか。そしたら、カラダ売って生活費なんて稼がなくてもいいんだし、高校中退でも何もかもが駄目になっちまうわけじゃない。いくらでもやり直しはできるんだ。なのに、なんでおまえはそんなに壊れちまってんだ? なんで……!」
「……さあ。僕にもわからないな」
 食べ終わってしまい、僕は手持ち無沙汰になった。こんな風にいつまでも僕は相沢と問答しなきゃならないんだろうか。
 相沢は僕の部屋から動かない。僕も座ったまま動かなかった。
「高校、退学になった理由、教えてくれよ」
「……言う必要、ないよ」
 あんな情けない過去、口に出す気にもなれない。僕は忘れてしまいたいのに。
「なんで教師を殴ったりしたんだ……?」
「おまえには関係ないんだよ」
 何を言っても無駄な僕に、相沢は苛立ってきたらしい。視線がきつくなってきてる。
「……昨日、言ったよな」
「……」
「俺に抱けって。そうしたら……おまえ、カラダ売るのやめるのか?」
「……なに?」
 一瞬相沢が何を言っているのか、わからなかった。
「おまえ言っただろ。身体が疼くって。だから、カラダ売るような真似してんのか? それなら……俺が代わりにしてやるから、もうそんなことはやめろ」
「……相沢……?」
 相沢は真剣だった。昨日僕があんなこと言ったのは、相沢が驚いて出て行くだろうと思ってのことだった。なのに、こいつは本気にしてる。
 馬鹿だな。
「おまえにできるの? 男どころか女も抱いたことなんてないんだろ?」
「女の子くらい……抱いたことあるよ。バカにすんなよっ」
 照れ臭さまじりのムキになった声。
 ……こりゃ、驚いた。
 三年も経てば成長するもんだ。
「……ふーん。意外とやることやってたんだ。へーえ、もっと真面目一筋かと思ってたのにねー」
 わざとちゃかしたのに、相沢からは何の反応もなかった。難しい顔して口を一文字にして、ジッと僕のこと睨むように見てる。
 なんとなく安堵感が僕の中に宿った。なぜかはわからないけど。
 僕と関わったことが間違いのもとだよ、相沢。どんどんヤバイ所に入ってきてることに気づかないのか? もし本当にここで僕を抱いたりしたら、おまえはどんどん元には戻れなくなってしまう。それがわかってて言ってるのか?
 わかってない。全然わかっちゃいない。
 誰かの代わりにおまえが抱いたからって、僕が変わるはずなんかないのに。
「じゃあ、やってみなよ」
 僕はあっさりと請け負った。
 キレイ事ばかりの相沢を汚したかったのかもしれない。
「その代わり今夜はどこにも行かないからさ。約束する」


 相沢の手で服を全部脱がさせて、僕は床に横たわった。
 相沢は困ったような戸惑ったような表情を消すことができないようだ。嫌ならそんなこと言い出さなきゃいいのに。
 ゆっくりと相沢の愛撫が始まった。
 首筋を強く吸う。胸から腰へとさする手が移動する。僕は相沢の動きのひとつひとつを目を閉じて待つ。どんな姿を見せてくれるのか楽しみだった。
 きっと相沢は付き合った女の子に同じことをしたんだ。少しぎこちない。相沢の経験なんて、もしかしたらたった一度程度なのかもしれない。憶測だけど。
 相沢の手が僕の下半身に延びて、そこにあるものに戸惑ったようだ。一瞬の躊躇のあと、手の中に僕のものを握る。僕があえぐと相沢は驚いたようだった。
「……ほんとに、いいのか? こんなことして……」
「今さら……なに言ってんだ。やるって言ったの……おまえだよ」
 相沢の手が動く。僕は一瞬眩暈を覚えた。
「……あっ、……ん」
「……いいのか?」
 複雑な声が耳を打つ。手の動きに迷いはない。どうやったら気持ちいいか知ってる手だ。こいつが部屋か風呂場でひとりでどうやってんのか、想像がつく。僕は相沢に向かってうなずいた。
「ほんとに?」
 こいつは女と寝た時にもこんなに質問してたんだろうか。
 さすがに口に含むような真似はしなかった。それでも僕は頂点に達してしまい、相沢の手の中に精を放つ。うっすらと目を開けて相沢を見ると、戸惑いながらも欲情していることがわかった。濡れた手を、僕の秘処に濡りつける。男同士のやりかたなんて知らないみたいだったくせに、結構素質ありそうだった。腿をつかんで腰を引きつけようとする。
「……痛かったら、言えよ? 男は本当に初めてなんだからな」
「……ん」
 相沢が中に入ってきた。僕は目を閉じて、息を詰める。慣れたとはいえ、楽に入るものではない。僕の苦痛がなくなるわけじゃない。
「……う……あっ」
 完全に相沢が中に入ってしまうと、僕は息をついた。こんなことまでできてしまった相沢が不思議でならなかった。どうしても僕のヤツに対するイメージは『真面目』であり、僕ひとりのためにここまで墜ちてくるとは考えられなかった。
「……相沢、どう? 僕の中は」
「聞くな」
 恥ずかしかったのか、嫌がられた。今さら照れることじゃないと思うけど。
「……行くぞ」
 相沢の声が耳を打つ。
 それが合図のように、相沢が動き出す。
「ああっ……あっ……あ……」
 身体が揺れ、僕は思わずあえいだ。戸惑いながらのくせに、相沢は遠慮なく動いてくる。その辺りはやっぱり男の本能でも働くのかもしれない。全身が熱かった。僕の頭の中が真っ白になり、じきに何も考えられなくなった。
「は……っ、あっ……」
 意識が何度か飛びかけて、やがて何もわからなくなった。
 

 目を覚ますと、相沢がいた。じっと僕を見つめていた。何を考えているのか、表情からじゃわからない。
「……なに、見てんの……」
 僕が言うと、相沢が泣きそうな顔になった。
「俺……おまえのこと抱いてみれば、少しでもおまえのことわかるかと思ってた。おまえの生活の仕方許せなかったし、こうするしかおまえを引き止められないんだと思った」
「うん……それで?」
「……余計、どうすればいいのかわからなくなった」
「……」
 僕は眠い。寒くないなと思ったら、いつの間にか毛布にくるまれていた。……親切なやつ。よく見たら相沢も服を着ていた。やるだけやって帰ってもよかったのに。
「僕は……どうだった?」
「……よかったよ」
 相沢は顔を赤くしながらも、正直に答える。バカがつくほど素直なヤツ。
「そう。じゃ、問題ないね」
 眠くてまぶたがくっつきそうだ。
「誰にでも、こんなことさせてんのか、おまえ」
「ん……」
「あんな姿さらしてんのか」
「……悪い?」
 眠いんだから解放してよ。
「悪いに決まってる。おまえ全然自分を大事にしてないだろ。今さら俺がこんなこと言うのも変だけど、何がきっかけでこんなこと許すようになったんだよ」
 僕はぼんやりと相沢の顔を見た。泣きそうな顔だ。なんで泣くの? 僕のことでしょ。おまえには関係ないってのに。
「……変な奴」
「変だよどうせっ。眠いところ起こして悪いけどなあっ、俺怒ってんだよっ。おまえ肝心なこと何ひとつ言わないから、俺余計にわかんなくなってんだよっ。なんでおまえ、こういうことに抵抗ないんだっ! 昔のおまえだったら絶対させてないよなっ!」
 まだ言ってる……。今の僕は昔と違うって、何回言えば理解するんだろう、こいつは。
「相沢」
「……な……んだよ」
「僕のこと好き?」
 相沢が唖然とした顔を見せた。いきなり話題と違うことを僕が言ったからだろう。
「す……好き、だよ。でもそれは」
「友達として」
「……そうだよ」
「わかってる」
 僕は目を閉じた。本格的に眠い。
「……大丈夫だから、僕は。帰れよ」
 相沢はどんな顔をしたのだろう。目を開けて見てみたかった。でも眠くてそれどころじゃない。
 ただ朦朧とする意識の中で、僕の髪に触れる手があったのは、たぶん気のせいじゃなかったんだと思う。

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