PART.7

 新しいバイトは大変だったけど、やりがいはあった。最初の頃は失敗が多くて、店長に叱られることも多かったけど、一週間もしたら立派なウェイターになっていた。
 仕事仲間ともうまくやってた。中でも、尾崎和清(おざきかずきよ)というふたつ年上の先輩が優しくて面倒見のいい人だった。たった一週間の間にも、たくさん世話になった。
 ここのファミリーレストランは二十四時間営業だから従業員も三交替制なんだけど、俺と尾崎さんはほとんど昼間の担当だ。深夜は深夜でまた別のバイトがいるらしい。本当は深夜の方がバイト料いいんだけど、一応規則正しい生活しようと決めたことだし。
 夜になると、次の人と交替するので僕たちの仕事は終わりだ。帰ろうと着替えをしていた時、尾崎さんが声をかけてきた。
「今日、これから時間空いてるか?」
「え、あ、はい。暇です」
 突然で驚いて戸惑いながら僕が返事すると、尾崎さんが笑った。
「じゃあ、これから一緒に食事でもしないか?」


 尾崎さんに連れられて行った店は、カツ丼屋さんだった。さして広くもなければ、狭いというほどでもない。店の中にはちらほらと客がいたけど、いかついオッサンや、サラリーマンの二人連れみたいなのしかいなかった。
「ここのカツ丼うまいんだ」
「そうなんですか」
 向かい合わせに席について、おすすめのカツ丼をふたつ注文する。運ばれてくるまでの間、僕と尾崎さんは喋った。
「きみはよく働いてくれるから、店長も感心してるんだよ」
「ええ? まさか。だって僕、失敗ばっかりしてんるんですよ」
「最近なくなったじゃないか」
 尾崎さんがまっすぐに僕を見た。
 ふと、相沢を思い出す。
 あいつもまっすぐに人の顔を見る奴だ。
 尾崎さんはふたつ年上のフリーアルバイター。高校卒業して大学行こうか就職するか考えて、結局フリーターを選んだ人だった。自分の本当にやりたいことを見つけたくて、アルバイト三昧の生活をしているらしい。
 そんないろんなことを僕に気さくに話してくれたので、僕も高校中退してアルバイト生活してるくらいのことは言っていた。中退の理由やこれまでの生活は、当然話していない。
 いろいろと雑談しながら、運ばれてきたカツ丼を食べた。そうこうするうちに、だいぶ時間は遅くなった。
「じゃあ、今日はありがとうございました」
 僕が何度自分で払うと言っても、尾崎さんはおごると言って聞かなくて、結局おごってもらった。店先で挨拶すると、尾崎さんは名残惜しそうな表情をする。
「送ろうか。近くまで」
「いえ、大丈夫です」
 丁寧に断わった。正直言って、本当はこの夜道をひとりで歩くのは怖い。けど、そんなこと言ってたらいつまでも駄目だから。
「でも、送るよ」
「本当、大丈夫ですから」
 けど、尾崎さんは食い下がった。……女の子じゃないんだから。
 結局、家の近くまで送ってもらうことになってしまった。
 ふたりで歩きながら雑談する。尾崎さんは話上手で、僕を退屈させなかった。面倒見もいいし、人当たりもよくて、きっとこんな人の彼女になる人は幸せなんだろうと思う。
 アパートの近くまで来たところで、人影がひとつ階段の傍に浮かぶ。僕はぎょっとした。まさか、あいつがいるんじゃないかと思って。
 けど、街灯の下に現われた姿は、相沢だった。
「相沢……なにしてんの?」
 平日に現われるなんて、すごく珍しい。どうしたんだろう。
「悟瑠」
 相沢は僕に目を留めて、それから隣にいる尾崎さんを見た。
「あの、誰?」
 とても訝しんだまなざしで、尾崎さんを見ている。怪しい人じゃないのに。
「俺の新しいバイト先の先輩。いつも親切にしてもらってるんだ」
「尾崎です」
 反射的に愛想よく挨拶する尾崎さんを見て、相沢は二、三回、目を瞬かせる。とたんに態度を改めて、頭をさげた。
「相沢と言います。悟瑠とは、その、中学時代からの友人で……」
 戸惑ってた。
「今日はどうしたの?」
「……いや、その……あんまり理由とかないんだけど」
 困ったように相沢が頭をかいた。
「時間とか、空いたから……どうしてるかと思って」
「入りなよ。せっかく来たんだから」
 僕がそう言うと、相沢がホッとしていた。僕は尾崎さんの方を向いて、
「今日は本当にありがとうこざいました。送ってもらったりまでして」
「いや……いいんだよ。じゃあ、また明日」
「あの、お茶でも」
「いや、もう遅いから帰るよ」
 呆気ないほどあっさりと、尾崎さんは帰ってしまった。
 ……相沢がいたからかなあ。
 尾崎さんて人見知りするタイプじゃないのに。
 僕は相沢を連れて部屋に入った。
「鍵持ってんのに、なんで中で待ってなかったの?」
 不思議に思って僕は訊いた。
「電気消えてたし……勝手に入んのも、なんかなぁ……と思って」
「いつも無断で入るじゃん。遠慮のかけらもなく」
「それは、おまえ中にいる時だろ。バイトも新しく始めたわけだし、まだ帰ってないとちょっと心配にもなるし。まあ、いろいろと気になるし……」
 珍しく相沢は歯切れが悪かった。
「コーヒーでも飲む?」
「もう夜だぞ」
 言われて時刻を見たら、既に十時過ぎていた。
「じゃあ、何か食べる?」
「食べてきたよ。おまえも食べてきたんだろ?」
「うん。まあね」
 冷蔵庫にはたいしたものは入っていない。缶ビールは相変わらずあるけど。
 だから相沢に向けて缶ビールを投げた。
 僕と付き合ってるうちに、だいぶ酒類に強くなった相沢は、今さら文句なんて言わない。 ためらいもなく、プルタブを開けて口をつけた。
「悟瑠」
「うん?」
 僕も缶ビールを開けて飲んだ。相沢はやけに真剣な顔で僕を見てる。
「おまえさ、その……保護欲そそる顔してるから、気をつけろよ」
「……なに、それ」
 僕は少し驚いて相沢を見つめた。
「その気のない奴までその気にさせちまうもの、あるから」
「……なんだよ、それ」
 相沢の口から相沢らしくない言葉が洩れて、僕は軽い怒りを覚えた。
「その気ってなに? セックスの意味?」
 僕がはっきり言ってしまうと、相沢がうろたえた。困ったように視線をそらし、何をどう言ったらいいのかわかんない様子だ。
「誰のこと言ってんの、それ。その気のない奴って、尾崎さんのこと? それとも、相沢のこと?」
 僕が怒って詰めよると、相沢はやや開き直ったような、ヤケにでもなったような目で僕を見た。
「俺のことだよ」
「──」
 僕は口をつぐんだ。頭のてっぺんから、背中にかけて、すぅっと何か冷たいものが走ったような気がした。
「相沢?」
 気まずそうに相沢が横を向いた。唇を噛みしめた。
「べつにいつもそんなこと考えてるわけじゃない。けど、だけど、俺はたぶんおまえのこと好きだ。それがどういう意味で好きなのか、自分でもよくわかんねえけど、友情とかそういうのとは少し違う意味だと思う。最初はそんなんじゃなかったけど、最近……おまえ見てるとちょっと変な気分になるんだ。自分でもどうしたのかわかんなくて。でもなんとか抑えてるんだ。おまえのこと傷つけるの嫌だし」
「……傷つける?」
 それはどういう意味?
「僕を傷つけるようなこと、考えてるってこと?」
「ちがう! そうじゃなくて、傷つけるのが嫌なんだ」
「相沢が僕の目の前から消えて、音沙汰なくせば、僕はいくらでも傷つくよ」
「……」
 相沢が目を瞠って口をつぐんだ。
「相沢がいなくなった時、僕は傷つくんだ。それ以外のことじゃ傷ついたりなんかしない」
「悟瑠……」
 相沢の腕が、僕を包んだ。僕は黙って従った。しばらく、しがみつくようにギュッと抱きしめて動かなかった。ふいに唇が塞がれる。相沢の唇が、僕の唇に重なる。暖かかった。
「悟瑠、実は俺、おまえが欲しい」
 そう言ってほしかった。ずっと。
 僕が相沢に求めていたのは、友情じゃなかった。
 さっき聞いた言葉が頭の中に流れた。その気のない奴までその気にさせる。それが僕のせいなのかどうかはよくわからない。相沢はそんな気ないのに、僕がいたから妙な気分になっているということ? 嫌な言葉だとは思った。抱くことを傷つけることだと誤解もしてた。相沢の考え方はまだそんな感じだってこと、わかってたけど、そんなの急にどうでもよくなった。
 畳の上に倒された。その上から相沢が僕の顔を覗き込む。愛しいものでも撫でるように、僕の頬を包む。僕はそんな相沢を見つめる。
 相沢の手が僕の身体を這う。脱がされる服。まさぐられる肌。
 僕は目を閉じた。
 相沢の体温は心地いい。全身が包み込まれる。僕は相沢の手に触れられるたびに、身体が熱くなっていくのがわかった。腕を背中にまわして、相沢を求める。
「あ……」
 首筋から喉へ、そして鎖骨へ。唇が這う。少しくすぐったくて、でも気持ちいい。
「悟瑠……」
 耳元で囁く相沢の声。なぜか急に僕は幸せになる。
 ズボンも下着も取り払われ、触れる相沢の指に身をのけぞらせる。
 絡みつく指は僕の一番敏感な場所を、容赦なく奮い立たせる。その都度僕は喘いで息を乱し、相沢の名前を呼んだ。
「あ……っん……」
 僕の身体に相沢が絡みつく。相沢に抱かれてると思うだけでも、もう僕は達してしまいそうだった。身体がまるで溶けていくみたいだ。
 好きな人に抱かれるというのはこういうことなんだ。
 最初、相沢の手に導かれて一度達した。次に相沢は僕の双丘を割り、指を差し込んだ。思わず僕はのけぞって、声をあげる。下半身が痺れた。
「……いい?」
 囁くように相沢が言った。呼吸が乱れていた。僕はこくりと頷く。
「……いい、すごく……」
 何度か指が差し抜きされた後、ふいに引き抜かれた。足が持ち上げられる。
「……相沢……後ろからせめて」
 思わず口をついて出た僕の言葉に、相沢がびっくりした顔になった。
 けどすぐに。
「いやだ」
 まるで怒ってるみたいに。
「顔が見えなくなる」
 子供みたいに。
 僕は思わず吹き出した。相沢ってかわいい。
「じゃあ……今度ね。……来て」
 足が抱えられた。急激に襲ってくる割り開かれる感覚。思わず僕はぎゅっと目を閉じて、最初の痛みに耐えた。相沢のものが僕の中に入ってくる。熱い。
 ……熱くて、変な感じ。こんなこと慣れてるはずの僕が、なんで変な感じしなきゃなんないんだろう。……相沢だからかな。
 前と違ってちゃんと愛してくれてる。
 相沢のすべてが僕の中に入る。つながってる。なんて心地いいんだろう。
 僕の全身が相沢の全部を感じ取ろうとしてる。
「……痛く、ない?」
「平気……」
 少しくらい痛くてもそんなの痛みなんかじゃなかった。
 相沢にだったら何されてもいい。
「あっ」
 相沢が動きはじめた。僕の身体がびくりとはずむ。
「あっあっ……あっ……っ」
 激しい。
 相沢じゃないみたいだ。
 平静さを欠いてる。
 余裕なんてない。
 でもそれは僕も同じ。
「あいざわ……っ。ああっ……」
 しがみつくものを探して相沢の肩につかまる。
 たくましい肩。
 いつも着痩せしてたんだと気づく。
 しがみついて、声をあげた。
 痺れる。
 相沢の人形みたいに自由にされてる。
 それが心地いい。
「あ……っあああっ……!」
 脳天が真っ白になって。
 何かがはじけた。
 ふっと意識が遠くなる。
 目の前が見えなくなる。
 わかるのは、相沢の感触と。
 温もりと。
 それだけ。
 でもそれは一瞬だったみたいで、すぐに意識が戻った。
 ぼんやりと見上げると、相沢が僕を見おろしてる。
 どこか心配そうな優しい顔。
 嬉しくなった。
 腕をのばして相沢の背中に置いた。そのまま引き寄せて抱き締めた。
 すると相沢も抱きしめ返してくれた。
 ずっと無言の抱擁が続いて、そしてどちらともなく唇を重ねた。
 舌を絡ませた。
 熱かった。
「……すごい」
 唇が離れると同時に僕が言うと、相沢が顔を赤くした。照れてる。
 ……かわいい。
 大好き。
「すごく気持ち……よかった。もう、ダメだよ僕……」
 メロメロってのは、こういうのを言うのかな。
「駄目ってなにが?」
 優しい声音で相沢が訊く。
「……相沢がいてよかった……」
 相沢の唇が寄せられて、僕の唇をおおった。もう、何度目のキスかわからない。
「前と……ずいぶん違うな。欲しいと思ってするのと、そうじゃない時とじゃ、全然違う。俺もすごくよかった。気持ちよかった。溶けるかと思った」
「僕も……」
 今の僕の声はうっとりしてたかもしれない。
 夢見てるみたいに。
 僕たちはそのまま朝まで一緒に寝た。疲れたせいなのか、僕は完全熟睡してたらしい。相沢の腕がずっと一晩中、僕の首の下にあった。だるくなると思うのに、全然何も言わないで支えてくれた。
 僕はただ……幸せだった。

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