雪と雲の狭間で
California州とは大陸の対岸にあるNew York州は、季節と天気の変化がはっきりとした、まるで日本のような気候です。夏は暑く湿度が高く、冬は暗く寒い。雨や嵐も一年を通してやってきて、一年中春と秋を繰り返しているようなCAとは大違いです。CAにいたころは、3000ft Broken (地上から約1000mの高さに空の半分以上を覆う雲の群れがある) で飛行訓練を止めていたりしていましたが、NYでは1500ft Overcast (地上から約500mの高さのところに空の7/8以上を覆う雲の群れがある) でも視界が許す限り飛びます。風は常に10Knots以上で吹き続き、風向きも一時間で360度一周したりすることもありました。そんな中でも飛ばないと、訓練は継続できませんでした。
2001年1月。NY州Farmingdale。この年はいつになく雪が多いようで、毎週のようにSnow Storm (雪嵐) がやってきます。3日前から雪が降って飛行訓練ができませんでしたが、今日は久しぶりに飛行が可能な天気です。Republic空港のATIS (Automatic Terminal Information Service: 空港の気象状況を一時間ごとに更新、または必要に応じて臨時更新して無線や電話で放送している) を聞くと、Visibility (視界) は6Miles、Ceiling (雲による空の天井の意味。空の半分以上を覆う雲の層の、最も低いものまでの地上からの高さ) は2000ft Overcastとなっています。予報では夕方の5時ごろに雲が下がってきて雪が降り始めるそうです。でもまだ2時過ぎですから、一時間の飛行をして戻ってくるまでは大丈夫でしょう。
生徒のPreflight Inspection (飛行前点検) が終って、訓練機のDA20-A1 Katanaに乗り込みます。14時47分、Engine Start。Runway 14へ向かいます。滑走路端で離陸の準備をしていると、目の前を何機かの飛行機が離着陸の訓練で通り過ぎて行きます。雲が低いですが、いつもと何の変わりもない風景。Long Islandの南岸で訓練をするため、Straight Out Departureを要求して南東に向けて離陸をします。生徒にはとりあえず2000ftまで上昇してと伝えます。この高度ではおそらく雲に入ってしまうでしょうが、実際の雲までの高さが分かりますし、生徒に雲が近くなるとどう見えるかを経験させることもできます。
上昇して、予想よりも早く雲に入りそうになりました。高度計は1800ftを指しています。思ったよりも低いようです。でもまだ訓練が出来る範囲なので、高度1500ftを維持して旋回や速度調整の訓練をします。上昇下降の訓練には少々狭い空間ですが、出来る範囲で練習してみます。
気が付くと、1500ftでは頭のすぐ上を雲がかすめるようになってきました。時間は15時30分。Ceilingは明らかに下がっています。でもあと2周は旋回をしたいところ。生徒に1200ftまで降りようと伝え、海岸沿いで訓練を続けます。そのころ、Republic空港の管制塔との交信では、空港の10Miles北の方ではすでにCeilingが800ftまで下がっているとの会話がされていました。10Milesもあるし、まだ大丈夫と思っていると、すでに1200ftでも雲に入るようになってきました。
このままではIMC (計器飛行が適用される気象条件。有視界飛行は許可されない) になってしまうので、少し早いけれど空港に戻ろうと生徒に言います。高度を1000ftに下げ、使用中のRunway 14のLeft Downwindを目指します。Ceilingが下がるだけでなく、雪が降ってきました。VisibilityもCeilingも一気に低くなります。気温-5度C。翼に氷が付く可能性があるので、早めに着陸をしなくてはいけません。着氷は氷点下を少し下がった気温がもっとも起きやすくなります。地平線はすでに見えず、飛行機の水平を取り辛くなってきたので、生徒から操縦を代わります。空港はまだ見えませんが、目標物は見えているので安心です。Visibilityは低く、恐らく3Milesか、ひょっとしたらそれ以下…。でも無事にRunway 14のLeft Downwindにたどり着きました。
先ほどまで飛んでいた訓練機は、みんな地上に降りてしまったようで、もう誰も飛んでいません。これなら待たずにすぐに着陸させてもらえそうです。が、その時。「Katana 0DA, Learjet is 7mile final. Extend downwind. I call your base turn.」 (Learjetが7Milesのところで最終進入状態なので、滑走路に平行に飛び続けろ。次の旋回は連絡があるまで待て) 非情にも着陸は後回しになりました。さらに雲に押されて、高度はすでに800ft。遠くまで離れてしまわないよう、速度を安全な範囲で落とし、ゆっくりと飛びます。このとき、なぜ360 (360度の旋回をDownwind上で行って、時間稼ぎをする) や、交差するRunway 19への着陸を要求しなかったのだろうと思いますが…。
ようやく旋回を許された時には、空港は雪の向こうに隠れて見えませんでした。Downwindを延長すると、速度を落としても追い風に流されてしまって、想像以上に空港から離れます。高度はすでに500ft。この辺りの障害物も地形も把握していますが、低空飛行は気分のいいものではありません。「帰ったら雪遊びができるな」と冗談を言ったりします。念のために管制塔にお願いして、空港の方向を指示してもらいます。15時53分、出発したときと同じくRunway 14をようやく視認して着陸。管制塔に丁重にお礼を言って、駐機場に戻ります。飛行機から降りると、管制塔はもう雪で見えなくなっていました。
この飛行訓練中に、10Milesのところでの天候の悪化が知らされていたのに、私はまだ10Milesもあるのだから大丈夫と思ってしまいました。しかし、予想よりも早く天候が悪化しているということは、その動く速度も速いということで、空港も自分の今いる場所も時間の問題ということです。天気を甘く見てはいけないと、飛行機のCanopyを閉じながら考えていました。
Propの飛行日誌へ
Prop's Hangerへ