||: La Corda Agrodolce :||

奏でていけない音色 - by M.


金色のコルダに基づいて創作したBL小説です。
同性愛という題材を取り上げたことをご了承お願いします。
土浦X月森。この物語は4章構成予定です。

3. 踏み出す変奏曲

 放課後、彼と練習室で待ち合わせる。
  俺は授業が終わったらすぐに行くけど、彼はゆっくりでも構わない。音楽科は練習室が近いけれど、普通科校舎からは少し遠いから。だから急がなくていい。ゆっくりで。こうして彼を待つですら今の俺がどれだけ楽しいか、彼は知らないだろうな。ヴァイオリンをやっていて、こんなに幸せだったことはない。アンサンブルができて本当に俺はうれしい。
  彼が好きだ……本当に。俺の気持ちが、伝わるだろうか。

♪〜〜〜踏み出す変奏曲−月森サイド〜〜〜♪

 来た。

「悪い、待たせたな、月森。」
  焦っているノックの次、彼の汗まみれの姿で現れた。
  期待と戸惑の序幕はこれで一段落がついた。
「何度も言ったが、走らなくていい。土浦、今日の練習はピアノ協奏曲第1番の続きにして構わないか。」
「あ、サンキュー。そうだな。確か、一昨日の練習で微妙にずれたところが多い。」
  文化祭は11月23日だった。演奏会もその一環のため、2週間前に元コンクールの出場者達とアンサンブルの練習を再開した。前月、学校の創立祭で初めて彼らを中心にするアンサンブルに入ったが、曲は土浦と一緒に演奏するのではなかった。アンサンブルは演奏の交流ができるものの、彼がいないとおかしいほど少し物足りないと思ってしまう。せっかく時間を費やせば彼と合奏した方がより有意義だと気がする。「同じ場所、同じ時空で、一緒に、何かを」という気持ちは果たしておかしいだろうか。今回の選曲につき、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番が選ばれたと知った時、正直にうれしかった。チャイコフスキーにこだわりはないが、やっと彼と合奏できる。演奏会はあと10日、個人の練習はかなりこなしていると思うが、アンサンブルの練習に入ると、やはり彼の音色との衝突が目立っている。確かに、微妙にずれたところが多い。
  ヴァイオリンを肩へと持っていて、土浦を見据えた。彼はピアノのふたを開き、楽譜を用意してこちらに目を向けた。
  彼の瞳は吸い込まれそうなほど深く、視線は強い。
  頷きを合図にして、俺は弓をヴァイオリンに当って動かし始めた。弦楽の前奏は順調に済んで、次はピアノの重い和音が力強く響くなか、ヴァイオリンの演奏でのびのびとした主題が始まる…はずだったが…
  土浦の音色はその通りに、重かった。力強かった。…しかし、何かが違う。…重すぎた。力強すぎた。まるで曲の全体を支配したがっているようで、強引すぎた。これは演奏の時間に収めようとしてピアノの主旋律をとる部分が編曲で切り落とされたせいなのか。
  おわりに向かい、ピアノは華やかに自己主張し、ヴァイオリンの和音は飲まれそうで、試しに堅くついてみれば、何故かケンカのような音が聞こえた。
「…」
  最後のフレーズを弾き終え、弓を下ろした途端、不意に溜め息を漏らした。
「明らかに合ってないな。何故だろう。」
  土浦は自嘲するようなコメントを出した。
「…ピアノで弾く主旋律の少なさは主因ではないか。」
  先ほど思ったことを口に出した。話し合えるのはアンサンブルに必要だと思うから。
「一体何を言いたいか。」
彼は不快げに顔をしかめた。
「君の音が、強引的に聞こえた。全員揃って練習する時はそんなに顕著ではないが、二人だけで弾くと、君の音が…オレの音を圧倒したがった気がする。」
「言ってくれるじゃねえか。」
彼は面食らったように見えて、目線が鍵盤にそらしたが、一度ドン・ドン・ダンと和音を軽く叩いてみたら、また言葉で抗弁した。
「手加減すると迫力がなくなるけど。」
「ふざけるマネをやめてほしい。要するに、二人のバランスが取れなかったんではないか。」
  彼の演奏からは彼の意思が伝わってくる。同じ曲を弾いてすら、まるで違う音色があるということを教えてくれたのは、誰でもなく彼だった。
  彼のひそめた眉を気にした。何かを言いたがっているが、口を開けてまた塞いだ。今の彼は、調子が狂っている。
「これ以上議論しても意味はない。…そのかわり、都合がよかれば、息抜きにどこかへ同行するのも悪くない。」
「ああ。…えぇ〜?どこかへって…」
「気分転換とも言えるが。学校でやるべきことが山ほど詰まっているなら、偶に外で息抜きした方が良いかもしれない。」
  普通科の課程、サッカーの部活、そしてアンサンブルの練習。余計のおせっかいとされるが、普通科の彼にはきっといろいろな事情がある。俺も、普段は屋上などでストレス発散するが、最近は学校にいる限り神経を張り詰めたまま…
「気分転換なら…」
  土浦は俺に近づき、俺の手からヴァイオリンと弓をケースに置いた。先ほどの仏頂面はニヤニヤになり、まるで何かを企んでいるようだ。
「気分転換なら、他に良い方法もあるさ。」
  彼は肩に手をかけ顔をよせた。
「つちうん…んぁ…」
  熱かった、彼の…キス。
  鼻が触れ、顔を傾け、唇が唇を求めている。
  確かに上手かった。上手くなった。密かに彼と付き合ってから二ヶ月、キスくらいはほどほどにする。最初は二人ともどうやってすればいいかわからないようで幼かったが、努力は人を裏切らないということはこのへんにも当てはまるわけだろうか。
  目を瞑って、俺は彼の情熱を素直に受け取った。偶には自分らしくないことをやっても息抜きの一つだと。
  彼はもっと先があるような気がして、もっと先に攻めてきた。絡んだ舌は攻防戦の前線になり、もっと先に進まないようにくつっていた。だが、気付けば、自分の左腕が彼の首に巻きついた。接点は唇から耳元、首筋、そして鎖骨に降下してきて、胸が高鳴った。…鎖骨?あまりも驚いて体を見れば、いつの間にか制服のスカーフは既に解かれて、シャツのボタンは上から二つも外された。
「いい加減に。」
  彼の抱擁から逃げ出した。練習室とはいえ、学校の範囲ではいかにも落ち着くことはできない。
「あ、悪かった。調子に乗りすぎて、つい…」
  彼はしまったという顔でうなずき、右手で髪の毛を掻き上げた。
「…気分転換はできたか。」
  制服を整理しながら、彼に訊いた。意地悪ではない。他に良い方法と言ったのは彼だもの。
「あ、おかげさまで。…いや、ごめん。」
  また謝った、彼は。
「謝る暇があるなら、改めて練習を再開しないか。」
「うん、そうだな。悪い。」
  何故また謝ったか、理解できなかった。
「一つだけ…」
  再びピアノの前に座った彼は急に俺に目をやって、声を出した。
「息抜きは、いつでも付き合ってやるよ。どっか遠くへ。」
  彼は、気遣ってくれた。俺の気持ちを大切にしてくれるのは心を暖めた。これは幸福感と呼ぶのなら、彼の存在が俺の中の音楽を呼び覚ましてくれる。この有難い気持ち、いつか素直に伝わるといいな…

  結局、彼と日曜日の午後に駅前の噴水で待ち合わせることになった。目的地は彼に任せる。とにかく遠くへ。
  時間厳守が基本的なマナーと思い、約束の時間より10分ほど早く到着した。日曜日の駅周辺は大変混雑だった。急いでいる人も、のんびりしている人も、このへんを通っていた。駅のソナタなら急-緩-急の3楽章で仕上げるのも悪くはない。階段の近くで一人の青年がギターを弾きながら歌い、道行く人々に自らの存在証明を求めていた。最近、ストリートミュージシャンを名乗る若い人達が増えている。俺も昔から時々駅通りでヴァイオリンの練習をやっているが、それは人前で演奏する緊張感に慣れるためだった。
「よう、早かったな。」
  土浦は反対側から歩いてきた。暗緑のジャケットに黒いジーンズ。彼に相応しい私服で、大人っぽく見えた。
  目的地を尋ねず、ただ彼について電車に乗った。しかし、シーサイドラインに乗り換える時、ようやくわかった。この列車の行き先は、「恋する島」とも称される観光スポットだった。何故そう呼ばれるのはぴんとこないが、そちらに遊園地や水族館のほか、近くに潮干狩りが楽しめる海辺もある。
「海は穏やかそうでよかったな。」
「ああ。」
  30分ほどがかかった電車の旅に、これは唯一の会話となった。
  窓外の景色は綺麗だった。暖かそうな太陽、青い海と空は無限のように広がっていった。時にはビル群しか見えなかったが、それはまるで海とのかくれんぼのようでむしろ面白いと思った。しかし、目的地に近ければ近いほど何故か不明な罪悪感が沸いてくる。
「着いたよ。」
「ああ。」

  着駅を出て、彼と平行しなく少し距離を置いた。同じ列車で来た人達は全員遊園地の方へ向い、海辺へ行くのは俺たちしかいなかった。北風がひんやりとして、11月の海辺はさすがに涼しかった。
「季節外れだからがらがらだな。夏なら、潮干狩りでアサリが大漁できるぜ。ちょっと歩いていこうか。」
  土浦は髪の毛を掻きあげて、海の向こうを眺めた。
「ああ。」
「…お前、さっきからずっと様子がおかしいけど、大丈夫なのか。」
「いや、まー…少し歩いてみよう。」
彼に見抜かれたのか。心が僅かに揺らいでいた。
「結構鈍いな、お前。ほら、行こうぜ。」
  不意に右手が握られ、彼に砂浜へ引っ張られていて少し歩調を速めた。彼の手は大きく、暖かかった。しっかりした手は、ピアニストとしての好材料と認めざるを得ない。思い返せば、彼と手を繋いだことは初めてだった。
「人ごみはどうせ落ち着かんじゃねえかと思ったからさ。気分転換にならないなら申し訳ないしな。だから。」
  口を利かなかった。同じ考えで来たのは思わなかった。実際、ここは初めてではなかった。コンクール期間、一度だけ日野を誘って息抜きに来たことがある。彼女は同じくコンクール参加者で、しかもヴァイオリン同士だから、偶然に話の流れでお出かけのことになった。
「その…もう少しうまく話でもできれば違うんだろうけどな。」
彼は話を続けて、なんだか目が回りそうだった。
「月森さ、…イルカ、好きかな。」
「何故訊くんだ。」
「知ってるか。イルカは音で会話するらしいよ。前にどっかで聞いた。もしかしたら、今日は水族館へ行った方がよかったかなと。」
  彼は意味有りげな眼差しで向けた。
「まー、知っているは知っているが。もう少し経てば、あの辺りにクリスマス向けのライトアップも始まるらしい。」
  その日、いつか音楽で会話できる日がくるかもしれないくらいの甘い発言もした…彼となら、確かに言葉より音楽の方が意思を伝えやすい気がするが。自分の気持ちを語るのは難しいものだな。
「結構詳しいじゃねえか。」
「昔のニュースで見たことがあるだけだ。」
「えぇ、お前、ニュースと言って、テレビを見るんだ。なんか面白いことを発見。」
「テレビを見るのはどこかおかしい?」
「いや、なんでもない。」
  彼のニヤリに少しムカついた…しかし、こうしてさりげなく会話できることで、ささやかな夢のような錯覚を起こした。絶え間ない潮騒、海の香り、冷たい風、彼の手から伝わった温もり…彼の目線は学校でのより優しかった。
「ね、お母ちゃん、見て見て。お兄ちゃん達が手を繋いでいるよ。仲良しだね。」
「ほら、見ちゃダメよ。もう行くわ。」
  遠くないところに親子二人がいた。4歳くらいの子供がこちらに指を指しながら母に共感を求めていたが、彼女に引っ張られて去っていった。
手を離れようと引けば、彼にもっと力強く握られていた。
「夏休みに校外コンサートの手伝い…あの夜のことまだ覚えてるか。落ち着けるまで離さないって言ったろ。俺は約束をちゃんと守るぜ。」
「…土浦。」

  あの夜のこと、忘れるわけはない。何もかも、あの夜に狂って始まった。
  夏休みに、学校を通してコンクール参加者としてホール閉館記念の出演依頼に頼まれた。それは海沿いにある小さな公立のホールで、出演前日に近くの旅館で一泊することになった。同行するのは柚木先輩、火原先輩、土浦と志水で、伴奏者になれるのは土浦しかいなかったため、仕方がなく彼と組んでみたが、案の定彼との伴奏は合わなかった。夕べ、もう少し演奏について話し合おうとしたら、彼は伴奏の楽譜をホールに置いてしまい、話そうとしても無理になった。その後、俺達は一言も口を利いていなかった。夜は激しい雷雨。5人部屋で、俺と土浦はそれぞれ両端の布団に入った。明かりを消し、次の日に備えて早く寝るつもりだったが…稲光が窓越しに部屋を照らしながら、雷鳴も絶えなく轟き、睡眠に酷く障っていた。怖いという感じより、落ち着かないという言い方にしよう。両親が出国のことが多く、一人っ子の俺は、小さい頃から何に遭っても自分しか頼られないことに慣れてきた。雷光と雷鳴に負けるわけにはいけない。何故か汗がどっと出て、顔でも洗おうと思い、静かに部屋を出た。深夜の廊下は誰でもいなかった。一際大きな雷鳴で全身が嘘のように脱力し、そのまま座って用意したタオルを頭にかぶっていた。一瞬、どうすれば早く落ち着けるだろうかと彷徨った。
「おい、大丈夫か、月森!」
  もっとも聞きたくない声が雷鳴の共に響いた。
「…あ、大丈夫。ほっといてくれないか。」
  気に合わないやつに悪い格好が見られて大変みっともなかった。土浦は俺に近づき、様子を見にきた。
「ほら、冷や汗めっちゃくっちゃ出てるぞ。人を呼んでくる。」
「余計なおせっかいは迷惑だ!」
  本能で彼の腕を掴み、無謀の行動を止めさせた。
「一時的に落ち着いていないだけ。心配には及ばないから…」
  雷光は眩しく、手は震えてたまらなかった。
「わかった。じゃ、落ち着けるまで離さないから覚悟をしろ。」
  彼はタオルで汗をよく拭いてくれて、そばにいてくれた。
「…何故ここに来たか。」
「そりゃこっちのセルフだろう。こっちは窓側に寝てるくせにな、カミナリがうるさくて目を開けたら、お前が幽霊のように立ってて、正直びっくりしたよ。なんか様子がおかしいと思ってさ、まー、つい…」
「随分お世話焼きだな、君は。」
「あ、褒め言葉として受け取っておこう。」
  雷雨の夜にはいつも落ち着かない。枕を抱いて音楽などを考えて朝を迎えたことが多い。孤独、不安、寂しさ、虚しさ、絶望…雨音を通して広がっていく。それに対して、彼の声はムカつくほど穏やかに聞こえた。少し安心できて眠くなってきたら、爆弾のような雷鳴で…不意に彼を抱きついた。感じた。彼の手が背を撫で下ろした。繰り返して、繰り返して…落ち着くまで…
「やべえな…」
  彼が呟いたような気がした。
「おい、月森…まだ起きてるか。」
  聞こえたが、彼の体はまるで枕のようで…安らぎに誘惑された。
「…ったく。マジで襲うぞ。」
  襲うって殴られるかもしれない。だって男同士に抱きつかれたもの。しかし、殴られても構わないと、その時は本気でそう思った。

  その夜、夢を見た。緑の翼が生えた妖精が俺の唇に優しくキスした。
  翌朝、俺は自分の布団で目覚めた。
  部屋の障子を開け、夜の雷雨が嘘のように、空は青く映した。朝食の席につき、俺も、土浦も、ただ黙って箸を動かしてメシを取った。昨夜の全ては現実なのか、それとも幻なのかと、疑問のままにしておいた。
  コンサートは開催直前にトラブルが発生したが、結局無事に済んで円満に行われた。
  控え室に二人きりでいた時、土浦にこう訊いた。
「唇、思ったより柔らかかったな。」
  彼を驚かせた。
「その…夕べ、悪かった。」
  はやり夢ではなかった…しかし、何故か気持ち悪くはない。
  …落ち着けるまで離さないって、確かに。

「おい、月森、聞いてるか。」
「ああ。」
11月の風は涼しい。彼の手は暖かい。
「大事な話だが、俺、来年から音楽科に転科することに決めた。金やんや家族の意見を聞いて、いろいろを考えて、自分の音楽に対する気持ちも含めて、やっと決意をした。ということで、これからもよろしくな。同じクラスになれたらうれしいな。ライバルとして絶対手を抜かないが。」
  揺らがなく、それは彼の音楽対しての真剣さ。感心すべきところだが、うれしくならなかった。だって俺は来年…
「ただの噂ではないことだな。」
こうしか応じなかった。
「なんだか、練習してるあのピアノ協奏曲第1番が頭に浮かんだ。俺達とちょっとだけ似てると思わないか。」
  チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番は、もともと友人のピアニストでに「各主題に関連性ない上に構成もよくなく、無価値で演奏に値しない作品だ」と酷く批評されたが、諦めず堅持した結果、この曲の発表は大成功し、その友人もこの協奏曲の素晴らしさを見なおして過去の評価の誤りを認めた。その後、彼自身のピアノによりこの協奏曲が演奏され、チャイコフスキーは大いに満足した。
「最初は無理と見えたところはそうかもしれないな。」
「お前はホント…まー、いっか。文化祭の演奏会が終わったら、水族館でも行こうか。」
「その前に、あの曲をもっと練習しなくちゃいけないが。ひどい組み合わせは聴衆にも失礼なことだから。」
「ああ〜また言ってくれるじゃねえか。まー、お前、ちゃんと切り替えができているようで何よりだな。」
「ああ…では、帰ろうか。」
  微笑んでいられるのは、きっと彼のおかげだ。
  俺達の関係、また一歩を踏み出したような気がした。良い方向かどうかわからず、ただ変奏曲のようで人生に変化が少しずつ起こっていく。

つづく

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土月同盟土月アンソロジー 月森を泣かせ隊コルダ愛

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