イギリスでインフルエンザは大流行しているか

日本のマスコミでも,イギリスでインフルエンザが大流行し,癌の手術まで延期され多数の死者が出ていると報道されています。

患者さんでも「大変なことだ,予防接種を受けなければ。」といってくる人もいます。間違いとはいえませんが,日本のマスコミが浅薄だからこの様な理解となるのです。

イギリスで死者が出たり,癌の手術が受けられなくなったのは,ICU(重症者を扱う集中治療室)がいっぱいだからです。決定的にICUの数は足りません。ところが,隣のフランスやベルギーでは同じ様にインフルエンザが流行しているのに一切問題にはなっていません。ドーバー海峡の近くのフランスで,イギリスの重症者を受け入れるかどうかの議論さえ出ていたのです。これを考慮せず,死者が出たから大流行だとのみ騒いでいるのが日本のマスコミです。

労働党と保守党の責任のなすり付けあいの結果, 最後にイギリス政府の出した解決策というのが,「看護婦の賃金を数%上げる。」国家の医療費予算「NHSの予算を5%上げる。」というものです。単に予防接種の不足や,伝染力の強いウイルス,重症化しやすいウイルスならばこの様な対策は役にたたないはずです。日本のマスコミの報道はこういう事を無視して,予防接種キャンペーンの様な話に矮小化してしまうのですから,情けないものです。

日本でも堺屋太一氏等通産省グループが,医療の完全民営化,福祉解体民営化路線など露骨に医療削減を訴えていますが, イギリスでもサッチャー以降,最低の医療保証と上乗せの民間医療等の福祉削減が進んでいます。 日本の厚生省の考える理想の医療が実現したのがイギリスです。 どこの国も,役人は管理して,制度を自分の支配下に置きたがります。イギリスの医療は共産主義者も真っ青になるくらいの,国家管理医療です。「財政再建」「最低限の医療を保証する」「効率的な医療」という美名の元に,制限を押し付けます。最低限の医療は保証するがそれ以上は,自分で金を払えというシステムです。患者さんは決まった開業医の所にしか通うことは出来ません。隣の開業医にも行けないのです。予約制で軽い風邪などの段階で受診するのはすぐには出来ません。ましてや,交通事故でもない限り,規模の大きい病院に直接行くなど考えられません。すべての国民は一人の開業医を登録し,そこにしか通院できないのです。開業医は登録された人数分の支払いを受け,実際に治療した数と支払とは関係ありません。これが,医療費の「まるめ」「包括化」の究極の姿です。高度な医療,高度な機械の導入をすればするほど開業医は負担に苦しむことになり,医療は萎縮していきます。一時,優秀な医者ほどアメリカを目指すといわれました。

一方,役人の管理は当然公的大病院にもおよびます。地域医療計画が作られ,ベッド数は削減されます。看護婦の人件費も当然国家が決めるのです。看護婦は,重労働の割に合わない低賃金に,次々やめていきます。ただでさえベッド数が少なく,役人管理で地域のなかでのICUの数もぎりぎりなのに(隣のフランスの半分だそうです),看護婦不足でICUが一部閉鎖されていたのです。そこへ,インフルエンザが少し流行して,老人の肺炎などを収容することになったものですから,癌の患者の手術を延期しているうちに,転移が拡がり,手術不能になったりして大騒ぎになったのです。予防接種の不足などではないのです。

ここまで読めば,インフルエンザ対策が看護婦の賃金上昇だというのが納得できるでしょう。

もちろん,イギリスも自由経済です。 イギリスでも民間病院はあるようです。競争で民間病院も努力しなさいとなります。国は最低限の医療を供給し,それ以上のサービスは民間病院で行いなさいという事です。民間病院へ行くのは自由ですが,公的には面倒をみません。私的大病院は自由に使えるが,個人に多額の金がかかります。結局金持ちは民間病院へ行けということです。かるい風邪のうちに簡単に受診出来れば,入院が増大することも少なくなりますが,公的には許してくれません。結果一般人は少しのインフルエンザ流行で手術も受けられないことになります。この様な,公的医療と付加的自由診療の混合はまさに日本の厚生省や,堺屋太一氏らの通産省関連研究会の目指すところです。これが,「医療の民営化」「福祉の最低限保証」「医療・福祉への自由競争原理の導入」「グローバルスタンダード」等の帰結です。「落ちこぼれには最低限のセーフティーネットを与え,富むものには自由を与え,格差を認める。」ということです。これらは現在,反論の出来ない錦の御旗です。低レベルの日本のマスコミなどまともに反論できず,政府グループの言いなりで,お先棒をかつぎます。介護保険はまさにその,厚生省の理想のように作られています。日本でも,いずれ医療にも同じ考え方で再編成が策略されているのです。堺屋太一氏らの新自由主義的改革路線の目指す方向でもあります。

インフルエンザも,大地震も自然災害です。個人で出来る対策も少しはありますが,その被害を拡大させるのは制度の欠陥であり,それを作った役人と政府です。関西人は阪神大震災で嫌というほど,人命を犠牲にして,それを学びました。

国民のレベルが低いと,とんでもない役人が生まれ,被害が拡大します。国民のレベルが低いと,低レベルのマスコミが生まれます。美人ニュースキャスターが「イギリスではインフルエンザが大流行しています。日本も注意しましょう。うがいをしましょう。」とにっこり笑っています。こんな報道など,小学3年生の作る壁新聞となんら変わりはありません。

イギリスの医療制度も常に変わっていて,私は専門家ではありませんので一部不正確な表現があるかもしれませんが,お許しください。

現地に取材せずに,これくらいの記事が書けるのです。特派員は何を見,何を聞き,日本へどんな記事を送っているのでしょうか。

最近朝日新聞などを読んでいて,突っ込みの足りない表面的記事が目にあまります。新聞のレベルがきわめて下がったのか,こちらの見識が上がっただけなのか。多分両方でしょう。マスコミの報道はもう一歩も二歩も踏み込んで報道してほしいものです。

この話から解るように,イギリスやアメリカなどに較べても,問題はあるにせよ,日本の医療制度はかなり素晴しいものです。もちろんマスコミはけなすばかりですが。

2000.03.22追加
3月21日イギリス政府の予算案が発表されました。今後5年間に徐々に医療費を増額し,NHSの予算を5年後には現在の35%増しにするというものです。対GDP比で5%から7.6%になる大増額です。看護婦の不足はそれでも解消しないと思われています。日本は削減の事しか考えていませんので,このままだと対GDP比でも日本を追い越すのは確実でしょう。それでも,イギリスの医療費はEU諸国に比較して少なすぎると騒いでいます。日本はよくぞこんな低医療費,低賃金でがんばっているものです。おろかなマスコミは医者の批判ばかりしていますが。

2000.07.01 追加
東南アジアからの看護婦だけで足りず、NHSは北京の病院まで人あさりに出かけています。BBCの結論が「英語がしゃべれないのが問題です。」とはあきれます。NHSの焦りを読み取らないといけません。黄色人種を単なる使役の召使と思っていると見るのは、私の偏見なのでしょう。

2000.07.26
イギリスの改革具体策がでました。病院を100以上増やす。看護婦2万人!増。開業医2000人増。7000ベッド増加です。また、手術待ちを平均18月から6月へ3年で達成するというものです。日本で手術待ちが6月なら、人権問題化するところですが、イギリスでは自慢できるのです。日本の医療がいかに効率的かの証明です。

2000.01.17

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