脳ドックを検証する


  

事実が解明されるとしあわせになれるか?  

 

 


マスコミは何でも事実関係がわかれば、真実に到達でき、幸せになれると信じています。何でも暴いて自身以外を非難するのが得意です。

単純な中途半端な学問をかじるとこんなところです。

一時は、「背骨の歪みが万病のもと」とかいっていた時期もありました。今はまったく無視です。
マスコミの報道など一時の流行で、無責任なのこの上ありません。マスコミ流に真実をあばいて、幸せに到達できるか大いに疑問です。


脳死移植を考えてみてください。ドナー家族とレシピエント両者とも心に少しは葛藤があります。彼らをあばき立てていったい誰が利益を得るのでしょう。マスコミは社会正義だと叫びますが、本当の理由はマスコミの下劣な覗き見趣味だけです。

10年位前、脳ドックの記事が盛んに載りました。寝ているだけの安全な検査で、脳梗塞の小さいのや、動脈瘤が見つかり、致命的なクモ膜下出血が予防できる。「気がかりな方は、一度検査を受けて見られてはいかがでしょう。」くらいが結論です。

さて、マスコミに飛びついて検査を受けた人が、どのようになったかの統計がまとまったのを発見しましたので、検証してみましょう。

なお、異論があるのは百も承知です。数%もの事故や副作用なら医師も割と早く気づくので、問題は少ないですが、1000人に一人以下程度の発生率のものはすぐには解りませんし、大規模な統計をとらないと発見できません。また、統計のとり方により、微妙な発生率は5倍くらい違うこともあります。あくまで一つの報告の数字を根拠の統計的推論です。技術レベルででも、微妙な数字に差はでます。しかし、私の判断では、客観的で妥当なところと考えるので引用するのです。マスコミの少しの勉強で思い込みの記事と混同されては困りますので、はじめに断っておきます。また、論文の出た1998年末の最良の推計値と考えますが、その後推計に若干の違いがあるかもしれません。(画像診断:1998.10)

以下の数字は、日本の人口10万人あたりの数字です。

いったんくも膜下出血が発生すると30%から50%が死亡します。残りの25%が後遺症を残し、25%が全快します。 脳ドックを行わず放置した場合、10万人のうち40人発病し、20人が死亡し、神経学的後遺症が10人、全快が10人と推計できます。これが大前提です。

脳ドックを行うと、動脈瘤は2.7%に発見されます。これは解剖などの数値より悪く、血流がない動脈瘤や小さな物が見つからないためと考えます。これが、どれくらい破裂するかという推計ですが、10年で10%、20年で26%、30年で32%という数字がありますが、60歳以上では4.7%と減少するという報告もあります。よくわかっていないのが現状です。ここがこの論文の弱点です。この論文では生涯破裂率を12%と見積もっています。推計といっても、海外の論文を根拠にしており、荒唐無稽の数字ではありません。

動脈瘤手術は安全なもので、手術による死亡率は約1%と見積もれます。

MRで発見された動脈瘤は手術の前に、ほとんどの例で血管造影で確認する必要があります。血管造影も非常に安全になってきていますが、対象が生物という不均一なものであるため、副作用を0にすることはできません。血管造影で死亡する率は0.1%が妥当です。軽度の麻痺が残るなど神経学的合併症は0.3%と見積もれます。これは、日本の統計でも確認できます。

MR(MRA)で動脈瘤がないと診断できる率は約80%とされています。逆にいえば、15%は動脈瘤の存在が疑われることになります。

ながながと数字をならべてうんざりかもしれませんが、マスコミと違い正確な議論と、あとで不正確とわかった場合、どこに問題があるか検証するためにこれらの数字が必要です。思いつきのマスコミ記事との差ですから辛抱してください。

さて、いよいよ動脈瘤発見に対する結論の計算です。

10万人に脳ドックを行うとします。膨大な機械の費用と人件費が必要です。
診断率85%として、15000人に動脈瘤の疑いがあることになってしまいます。本当にあるのは2500人強です。除外のために血管造影を行うと、合併症が約45人、死亡例が15人未満くらい出ることになります。

2000人に動脈瘤がやはりあると診断されます。部位、大きさ等で手術は半分の1000人に行えるとします。(この数字もいいかげん)
手術の死亡例は数人で、合併症・後遺症は40人に発生します。生涯破裂率は12%としましたから、120人は破裂を予防できた計算ですが、880人は無駄な手術をしたことになります。

これを、まったく放置した人口と較べると、放置した場合、20人死亡、10人後遺症、10人全快です。
結論として、脳ドックを行い、積極的に検査・手術を行うと、トータルで約5人以下(20-15-数人)死亡が防げるが、合併症は約65人増加することになります。(微妙な数字です)

膨大な経費をかけ、880人に無駄な手術を行った上ですから、これでは引き合いません。

検査自体が存在してはいけないというものではありません。もちろん、父も兄も脳動脈瘤破裂で死んだ人などは、検査を受ける利益が大きいと考えられますが、何の危険もない一般人に脳ドックを無条件に推進する理由はこの時点で見出せません。

症状のある人に検査を行う意義は非常に大きいです。脳内を調べるのにこれほど有用な検査はありませんが、健康人に行う意義を問題にしているのです。それなら、医師が必要と判断する人だけに行えばよいということになるのです。

これも、熱心に行う医師がいたから出てきた数字です。対象が生物で、理論どおりには行かないことも多いので、実際にやってみないと非常に小さい数字はわからないということは医学にはあります。慎重に進めて、実地応用しないとわからなかったことは多いということです。

もちろん、上に挙げた数字は確率の問題です。MR検査で10万分の880無駄な手術を受ける可能性が増加するということです。(念のため)

では、無症候性の(無症状の)脳梗塞が発見できた場合も考えてみましょう。これなら意義がありそうです。また、MRで非常に多くの無症候性の虚血を疑う所見が得られます。

動脈硬化に関連するような変化が見つかったとします。MRの結果が悪いのなら、それの危険因子である、喫煙・糖尿病。高血圧・コレステロール・中性脂肪・心房細動などに悪い点がないか捜します。運動も長期的には改善を促進します。

ここで、この論文は発想を逆転します。

MRの結果が良くても、これらの改善点のチェックは行うべきです。その他の生活習慣病(成人病)の予防に重要です。

無症候性の軽微な脳の変化を見つけても、学問的には面白いですが、老化の変化と区別できませんし、特別な治療法も確立されていません。一見、血流を良くする治療を行うべきのように、素人判断はできますが、その効果は証明できないのです。結局、MRで病変をみつけるより、安い普通の血液検査や心電図検査を行ったほうが原因に迫れることになります。成人病の検査を受ける前にMRを行っても、行わなくても生活改善を行うべきであるのは真理だからです。多額の費用をかけてMRを正常人に行う意義は認められません。安い成人病検診を受けていれば良いというのがこの論文の主張です。

脳ドックは登場当初から「見つけた動脈瘤は症状もないのに手術するの?」「小さな梗塞は本当に意味があるの?」と多くの医師は疑問に感じていたものです。

視聴率や、売上の増加に結びつくので健康情報はなざかりです。

これくらい検証してもこの説が100%と主張するつもりはありません。ところが、健康バラエティーでは4人を2グループに分け、「これを2週間摂ると、血液がさらさらになりました。」などと主張するのは、非科学ばか番組です。医学をおもちゃ扱いしているのです。

マスコミは健康とか医学をどんどん利益の対象にし消費していきます。芸能情報も医学情報も、関心があれば同一レベルで消費されていくのです。売名目的の教授連がおどり、医学もバラエティー番組にされるのです。科学的根拠や厳密な数字を検証などしていないのです。というより、できないのです。

医学は自然科学であるのは厳然たる事実です。学問をお手軽な情報として扱うからこんなことなのです。科学ですから、面倒な検証・細かい数字が必要なのですが、「安全な検査だから受けてみましょう」くらいの無責任報道ばかり氾濫します。「これさえ摂れば健康になれる」というのは、ばかの考えることです。

 家族がみているので、つい一緒になって「ガチンコクラブ」を見てしまいます。不良や暴走族を訓練し、プロに育てる番組です。ここで、必ず出てくる言葉に「素人にはほとんど同じに見えるが、どこがダメというのか」や「プロとアマには超え難い一線がある」があります。ボクシングなら、プロならもう1cm届くが、アマにはできないです。基本ができていないと、プロでは通用しません。医療とて同じことなのですが、ダイオキシン問題のように、基本の訓練なしに、聞きかじりの知識を振り回し、プロのような記事を作りマスコミは平気です。それを信じるのはレベルの低いことなのは、ガチンコクラブをみればわかります。

マスコミは政治家や役人の汚職追及で最大の成果を上げてきました。人間は誰でも成功体験から離れられなくなり、同じ手法を使えば何にでも有用だと錯覚してしまいます。つまり、何を見ても、「悪徳・強欲な人間がうまい汁を吸っていて、庶民は被害者である。」という感覚でしか見れなくなっているのです。犯人を断罪すれば社会正義が実現できると錯覚してしまうのです。
これが、マスコミがいつも魔女狩りで犯人を「追及・断罪」したがる原因の一つなのです。しかし、現実の社会や人間関係とその心理はこんなに単純なものではありません。単純なのはマスコミの頭の中身です。

マスコミは医者や政治家の責任追及は熱心です。しかし、自分自身はけっして責任をとりません。

先日、日本のインフルエンザワクチン中止により、年間4万人の命が失われたとの論文がアメリカの権威ある雑誌にのりました。いまだに、朝日新聞など、ワクチン反対論者のコラムなど載せています。計算上、60万人くらいが、マスコミの無責任なワクチン廃止論で死んでいったことになります。

食中毒でも起こせば、死者が出なくてもマスコミは社長の辞任を迫ります。ところで、ワクチン廃止キャンペーンで多大の被害が出ても、マスコミの社長が辞任したのは聞きません。キャスターや記者ひとりの処分も出ないのです。所沢ダイオキシン誤報でもそうです。NHKのダイオキシン報道もそうです。

何でも暴露されれば真実により近く、幸せになるなどというのは低レベルの脳が考え出す幻想ではないでしょうか。知性がないと、判断できない重要で重いテーマもいくらでも世の中にはあります。少し首を突っ込んで、知ったかぶりの得意顔をしても、めっきはすぐにはがれるものです。

いいかげん、マスコミの低レベル無責任情報に振り回されるのはやめましょう。多額の金を使い、効果はほとんどないか、後遺症が増える可能性さえあるのです。大衆への被害は大きいのです。
利益のため医学を消費し、非科学無責任記事やバラエティーにするのはやめてください。

2001.05.01
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河合 医院

河合 尚樹

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