Ken Yoshioka : Blues Harp Player


ケン吉岡:プロフィール

カナダ・トロントを拠点に活動するブルース・ハープ/クロマテック・ハーモニカ・プレイヤー。トロントのジェイ・クラーク&ザ・ジョーンズ、マイク・オグラディ・バンドなどのロック・グループに在籍し、ジュリアン・ファウス、ボー・ベイジアック、ジョン・ナイト等のブルース・ミュージシャンのサイドマン、またはソロ、デュオでも活躍中。シカゴ、ウェスト・コースト・スタイルからデルタ・スタイルまで各種ブルースをこよなく愛す。基本的にはブルース・ミュージシャンであるが、ロック、ジャズ、カントリーからケルティックまで幅広い音楽を吸収した"Versatile"なハーピスト。耳の良さをいかし曲に対して非常に柔軟で、メロディックなフレーズも個性的。時間にしばられない私生活とはうらはらにリズム、タイム感覚にうるさく、グルーブを大切にするプレイヤーである。

神奈川県鎌倉市腰越出身。中学時代洋楽を聴き始めまずはギターを手にする。明治大学在学中ロック系軽音楽クラブ・ケイパースに所属、当時はボーカリストとして"自爆紳士"なるバンドに参加し学園祭や都内のライブ・ハウスで活動する。ローリング・ストーンズでRockに目覚め、その後Bluesの洗礼を浴びブルース・ハープを吹き始める。石川二三夫氏よりレッスンを受ける。

1994年、カナダ・トロントに渡り北米での音楽活動を開始。ダウンタウンにあるいくつかのブルース・クラブのジャム・セッションに通い修行を積むと同時に、トロントの主にブルース系のミュージシャンとのネットワーク作りを行う。

1995年、ロッキン・ブルース・バンド
キッキン・レッド・ルースターに加入、トロントを中心にクラブ、フェスティバルなどでLiveパフォーマンスを精力的に行う。

1996年、ロック・バンド、
ドクター・ズース(ZEUSS)の1st CD参加、初レコーディングを経験する。この頃からブルース・ハープの個人レッスンも開始。

1997年、いくつかのローカル・バンドとギグを行い、同時にサブウェイ・バスキングのライセンスを取得し地下鉄駅内で2年間演奏、フルタイムのミュージシャンとなる。トロントのローカル・テレビ、ラジオ番組にも出演する。

1998年、一時日本に帰国。
大慈弥崇のサポートを数回行う。その時の1曲がライブCD化される。地元藤沢、都内でもローカル・バンドのライブに参加する。トロントに再び戻ってからは、キッキン・レッド・ルースター、ロウ・キーキャム・ロバーツ塚田稔樹などと定期的にギグを行う。

1999年、
ジュリアン・ファウス(Vo,Piano,G)、マイク・ロバートソン(G)とセミ・アコースティック・ブルース・バンド、ダーク・ホラー(Dark Holler)を結成。ルーツ・ロック・バンド、ジェイ・クラーク&ザ・ジョーンズにもこの頃加入、この2バンドとその後長い活動を共にすることになる。また一時期ハープを中心とする実験的なインスト・バンド、ケン・ヨシオカ・トリオでレギュラー・ギグを行う。

2000年、この年マイケル・セオドア・バンドと頻繁に活動する。カナダを代表するブルース・バンド、ダウンチャイルドのメンバーと共演。ジェイ・クラーク&ザ・ジョーンズの1st CD発表。またブルース・ハープの教則本『ロッキン・ハープ・スクール』を入門編、プロ・テクニック編と執筆し日本でドレミ出版よりリリースされる。トロントの音楽情報誌、ローカル日本語紙などに取り上げられる。

2001年、ジェイ・クラーク&ザ・ジョーンズと北極圏にロードに出る。ケルティック/ロック・ミュージシャン、
マイク・オグラディのバンドに参加。

2002年、ジェイ・クラーク&ザ・ジョーンズ2nd CDをリリース。カナダの人気バンド
ブルー・ロディオのメンバーと共演。ドクター・ズースのメンバーを中心とする新バンド、シュガー・ダリ1st CDリリース(2曲参加)。ジュリアン・ファウスの1st CDに参加しポール・レディック(ザ・サイドメン)デイヴィッド・ロタンド(ブルー・カナディアンス)ボブ・ムーヴァー(もとチャールス・ミンガス・コンボ)らカナダのトップ・クラスのミュージシャンと名を連ねる。マイク・オグラディのアイルランド・ツアー、ジュリアン・ファウスのキューバ・ツアーにはビザの関係で参加できず。この年クロマティック・ハーモニカによるプレイも開始し塚田稔樹との2人組みで再びギグを行う。

2003年、ウィンター・フォーク・フェスティバルではジュリアン・ファウスのバンドでマダガスカル・スリムと共演。マイク・オグラディ・バンドの1st CDリリース。ジェイ・クラーク&ザ・ジョーンズとモントリオール、オタワなどにロードに出る。新たなハーモニカ教則本発売。ノース・バイ・ノースイースト・フェスティバルには5年連続出演。ホーリー・ジョーンズ・チャリティ・コンサートのライヴCDにはミッシェル・ラムボールとのデュオで一曲参加。11月よりオープン・ステージのホストと、同時にアコースティック・ギターとホルダーにつけたハーモニカを演奏しボーカルも取るスタイルでソロ活動も開始する。

2004年、ウィンター・フォーク・フェスティバルに
ボー・ベイジアックと出演。ボー・ベイジアックとCDレコーディング、リリース。ジェイ・クラーク&ザ・ジョーンズ3rd CDリリース。ジェイ・クラーク&ザ・ジョーンズとはロン・セクススミスサウスサイド・ジョニーのオープニングも行う。8月新しいブルースハープ教則本を出版。ローカル・セッション・ミュージシャンとゲイリー・US・ボンズ、リッチ・ロビンソン(ブラック・クロウズ)、ザ・マホーンズのオープニング。またブルース・ギタリストとしても活動を開始。

2005年、CIUT-FMに
ビル・ヘファナンと出演。日本人ブルース・ギタリストケンミと定期的に活動。ブライアン・グラッドストーンのCDに3曲参加、ポーランドでチャート入り。月刊最多ギグ計30(9月)。ホルムス・ブラザーズのオープニング。トロントの日本語情報誌Bitsで音楽コラムを掲載。

2006年、初のソロ・アルバムをリリース。東京、神奈川にて帰国LIVE。ケン吉岡ブルース・バンド始動。ドキュメンタリー映画「Harmonica man from Japan」撮影。アンクル・ハーブ・デイルのCDに参加。

参加CD、著書はディスコグラフィ参照。


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