ノルウェー旅行記

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夏休み(1998年8月)を利用してノルウェーを旅行した.

ノルウェーの中で,どうしても行きたいところとしてピックアップしたのは,フィヨルド,アルタ(ユネスコ世界遺産のある町)ノールカップ(ヨーロッパの北の端とされている岬)であった.有名なフィヨルドはノルウェーの南にあり,一方,ノルウェーの北端にもの行きたいとなると,自ずと,立てた予定は,かなりの強行軍となった.まず,飛行機で,フランクフルトからオスロを経由して,トロムソへ飛び,そこからレンタカーでアルタを経由してノールカップへ行く.折り返して,トロムソへ戻り,飛行機でオスロへ戻って,今度は鉄道でスタバンゲルに行って,リーセ・フィヨルドを観光する.スタバンゲルからは高速艇で,ベルゲンへ行き,そこから途中ソグネ・フィヨルドから枝分かれしたフィヨルドをバス,ボートで観光して,鉄道で,オスロへ戻る.最後に飛行機でフランクフルトに戻る,と行った具合だ.飛行機,車,鉄道,船と本当に使えるものは何でも使う旅行である.ノルウェーと言う国は,国土がかなり長細い上,フィヨルドで分断されているので,鉄道やバスなどによる移動にはかなりの制限を受けるからであった.(実際,鉄道でオスロから北極圏へアクセスするには,一旦スウェーデンに出ないといけないくらいだ.)

さて,実際に旅行を始めて,最初の訪問地となったのは,オスロであった.飛行機の乗り継ぎを待っている間,市内のムンク美術館を訪れた.”叫び”以外に,何の知識もなく,ムンクの作品を見た我々は,第一印象は,”ちょっと不気味”と言ったところであった.しかし,白夜の夏と太陽の昇らない冬を繰り返していると,こういう精神状態に陥っても全然不思議でないように思った.展示されていた絵の中で一番印象に残ったのは,太陽がぎらぎらかがいている,作品であった.ちなみに,このときには,我々は”叫び”はどこかへお出かけしていると思いこんでいて,見逃してしまった.(同行の友人は,しっかり見たと言っていた・・・)でも,同じ構図の版画多数飾れていて,この場はこれでかなり満足していた.

さて,我々は再び空港へ戻り,今度はトロムソ行きの飛行機に乗った.トロムソは,北極圏の中で最大の街で,ほとんどすべての物が,最北の何とかと形容されるような場所である.例えば,最北の大学とか,最北のビール工場とか,最北のマラソン大会とか・・・空港に到着して,とりあえずバスで町中へ向かい,宿泊予定のホテルにチェックインした.夜は,トロムソ大学に留学中の友人のお薦めに従って,スカルベンというレストランでシーフードを食べた.ドイツに住んでいてしばらく魚っけから遠ざかっていたので,山盛りのエビを一気に平らげたりして,堪能した.

翌朝,予約していたレンタカーをピックアップして,まずは,トロムソの街をぐるっと回った.北極圏博物館を見学したり,教会のステンドガラスを見学したりした.そして,トロムソの街を離れ,アルタを目指した.アルタには,入り組んだフィヨルドに沿って進み,およそ6時間で到着した.途中フィヨルドを形作る崖にたくさんの滝を見ることができた.この夜は,この街で一泊することにした.宿は,”Vica Hotel”という,家族経営のプチホテルであった.なかなか居心地が良く,快適に宿泊することができた.

さて,アルタでの最大の目的は,ユネスコ世界遺産に指定されている,古代の岩絵を見ることであった.絵と言っても,岩の表面に何か堅い物で施された彫り物である.推定されている年代は,紀元前4200年から500年と言うことである.そんな大昔に,冬には極寒の地となるところに,防寒装備など持っていなかったであろう人間が暮らしていたとは大変恐れ入った.そして,実際絵と対面して,その思いは一段と強くなった.岩面には,人間がトナカイや魚などを狩る様子や大きな船で海へ出ていく様子などがはっきりと描かれていた.そして,その数が半端じゃなかった.我々が,実際に見たのは,ほんの一画でしかなかったが,それでもかなりの絵を見ることが出来た.まだ,発掘されていない所まで含めたら,どれくらいの絵があるか想像もできないくらいであった.

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フィヨルドに落ちる滝
アルタの岩絵

アルタを後にした我々は,一路ヨーロッパ最北の地,ノールカップを目指した.アルタから車で,コーフィヨルドまで行き,ここからホニングスボーグまで船を使い,また車でノールカップへ向かった.途中,トナカイを見たりしながら,6時間ほどで,ノールカップへ到着した.ノールカップには,結構立派な観光施設が建設されていて,そこでは,北極圏の自然を紹介する映画を見たり,ミッドナイト・サンを見ながらレストランで食事したり,土産物を買ったりすることが出来る.また,教会もあり,希望とあれば結婚式も出来るそうだ.われわれは,レストランで食事しながら,雲の向こうに時々現れる夜の太陽を見た.岬の先にある,記念碑まで行って,崖の下をのぞき込んだりしたが,とても寒く,防寒着を用意していたのにもかかわらず,その場に10分以上留まることは出来なかった.それにしても,周りは草一つ生えていない荒涼とした風景で,寒さも手伝ってか,とてももの悲しい雰囲気が漂っていた.最果ての地にいるという事実を再認識させられた.

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ノールカップへの道でトナカイに遭遇
ヨーロッパの
最北端
北緯71度の標識

ホニングスボーグで一泊して,翌朝には,トロムソへ戻るべくカーフェリーに乗り込んだ.コーフィヨルドから一気にアルタまで走った.それにしても,コーフィヨルドの辺りは,”荒涼”以外言葉が思い当たらないくらい何もないところであった.片方に崖,片方に海を見ながら,石板状の小石で地面が覆い尽くされている大地をひたすら走り続けた.オルダーフィヨルドを過ぎた辺りから,今度は景色が一変した.フィヨルドの連続で,アップダウンの続く道をひたすら走り続けた.驚かされたのは,あるフィヨルドではすごく天気が良くても,崖をのり越えて,隣のフィヨルドに下りると,すごく激しい雨が降っていたりして,天候がころころ変わることだった.アルタで,小休止をして,そこからフェリーなども使いながら,トロムソまで戻った.フェリーでフィヨルドを渡っているときに,甲板から水面を見下ろすと,水がエメラルドブルーに輝いていて,吸い込まれそうになった.トロムソに到着したときには既に夕方6時くらいになっていた.

翌朝,SASに乗って,2時間の飛行の後,オスロへ到着した.オスロでは,まずオスロの目抜き通りであるカール・ヨハン通りをウインドウ・ショッピングしながら歩き,フログネル公園へ行った.この公園には,グスタフ・ビーゲランの製作した彫刻が多数飾られている.大小さまざまあって,ぜんぶで193の彫刻があるそうだ.そのほとんど全てに人間が彫り込まれていて,その数は650体(人?)に上るそうだ.実際この公園に足を踏み入れると,本当に彫刻だらけで,しかも,人,人,人であった.これだけの彫刻を製作するのには,とてつもないエネルギーが要ったであろうと,感心させられた.別に彫刻を鑑賞する趣味など持ち合わせない我々であったが,とても楽しむことが出来た.ビーゲランは作品の解釈を一切拒否していたそうで,見た人の感想が全てと言うことだ.オスロでもっともお薦めのスポットだと思う.この後,アーケル・ブリッゲというオスロ港にある再開発地区で食事をした.

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フログネル公園の
彫刻の前で

翌朝は,まず,駅の窓口で,この先の移動のための鉄道,高速艇の切符を買って,その後国立美術館へ行った.国立美術館では,ムンク美術館では見逃してしまったムンクの”叫び”を鑑賞することが出来た.解説によると,ここにある”叫び”こそ,門外不出の本家本元だそうだ.コーフィヨルド周辺の極限の自然環境を見た直後だっただけに,そういう自然の厳しさ,冬には太陽が無くなる寂しさに追い込まれて,叫ばずにいられなくなってしまう気持ちが分かるような気がした.とにかく,お目当ての絵を見ることが出来て,一安心した.他にも,印象派の絵もいくつか見ることが出来て,短かったが充実した時間を過ごすことが出来た.そして,昼過ぎには,スタバンゲル行きの特急電車に乗り込んだ.なかなか快適な列車だった.日本の新幹線と比べるととてもゆっくりしているのだが,地形を考えると致し方ないと思った.

スタバンゲルに到着したときには,11時を回っていて,辺りは真っ暗になっていた.翌朝は,徒歩で港まで行き,そこから,タウ行きのフェリーに乗った.港でバスに乗り換え,ヨースペランまで行き,そこから2時間ほどトレッキングして,プレーケストーレンというところを目指した.トレッキングでは,沢のような所をひたすら登り,続いて,真っ平らの岩場をどんどん進んでいった.遠くには滝が見えていて,すばらしい眺望が開けていた.ただ,天気はそれほど良くはなかったけれど・・・そして,とうとうプレーケストーレンに到着した.ここは,リーセフィヨルドを見下ろす,断崖絶壁で,本当に自分の真下に水面があった.そして,遙か足もとの水面を米粒のような船が進んでいくのを見ることが出来た.今まで見た中で,ダントツの絶景だった.それほどを高いところを苦にする方ではないけれど,ここは全く別だった.断崖の先へ行くと足がすくんで立っていることが出来なかった.海面までは600mもあるらしい.こんな危険なところに柵もロープ無く,自由に断崖に近づくことが出来るなんて信じられなかった.日本にはこんな場所はないだろうと確信した.

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プレーケストーレン

興奮状態で,プレーケストーレンを後にして,スタバンゲルまでの帰路に就いた.乗り物の接続が悪く,待ち時間だらけで,スタバンゲルに付いたときには,夕方遅くになっていた.歩き疲れと,乗り物の待ち疲れが出て,この日は外に出ていくのがしんどかったので,ホテルの部屋でピザを取った.

翌朝は,再び港まで行き,高速艇に乗ってベルゲンを目指した.激しい揺れで少し酔いそうになったが,元気なうちになんとかベルゲンに辿り着くことが出来た.ベルゲンは,ノルウェー第2の街だけあって,さすがに活気を感じた.港について最初に目に入ったのは,フィッシュ・マーケットだった.獲れたての魚やエビを山積みにして売っていた.とても美味しそうだった.いくつかのお店を冷やかしながら見て歩いた.そうしていたら,お店の女の子が突然,日本語でしゃべりかけてきた.なんでもしばらく日本で生活していたそうだ.見るからに北欧の人なのに,とても流ちょうな日本語をしゃべるので,とてもびっくりした.

さて,この後,ベルゲンでは,ハンザ同盟時代の建物が残るブリッゲン地区を歩いたり,フロイエン山へケーブルカーで登って街の眺望を楽しんだりした.そうこうしていると,夕方になって,お腹もすいてきた.せっかくなので,先ほどのフィッシュ・マーケットから,魚やエビを調達して,ホテルで,ワインでも開けながらゆっくりしようということになった.沖茹でのエビを山盛りと,たっぷり身のついたサーモンの炭焼きを買った.これらをホテルの部屋で食べたのだが,本当にすばらしく美味しかった.エビを食べようと殻をむいているときに,二人とも一言も口にしないで黙々と仕事に徹していたのがおかしかった.

さて,翌日は,フィヨルド観光をしながらオスロへ戻る予定を立てていた.まず,鉄道に乗ってボスへ行き,ここからバスでグドバンゲンへ行き,船に乗り換えて,ナールオイフィヨルドとアウランフィヨルドを観光した.これらのフィヨルドは,世界一長いソグネフィヨルドから枝分かれしたものである.前前日にリーセフィヨルドを見た我々には,ここのフィヨルドは,すこし穏やかすぎて,あまり大きな感動は得られなかった.余談だが,この船が港を出る前には甲板は人でいっぱいになっていて,座る余地がなかったのだが,出発して間もなくすると,寒さをこらえきれずに客室に入っていく人が続出した.われわれは,ノールカップで着るために持ってきた防寒着を持っていたので,最終的に,甲板でゆったりフィヨルド観光を楽しむことが出来た.さて,フロムの港で観光船から下船して,ここで電車に乗り換え,ミューダルまでひたすら険しい坂を上っていった.断崖をずんずん登っていく電車の車窓から見える眺めはすばらしく,なかなか感動的だった.ごつごつした岩肌をくり抜く工事は,困難を極めたそうだが,それにしても,良くこんな所に線路を引けたものだ.途中,ヒョース滝の前で数分間の停車があって,ミューダルへ到着した.ここで,特急電車に乗り換え一路オスロを目指した.特急電車もごつごつした岩場を縫うようにして走り,徐々に標高を下げながら森林地帯を抜けると,オスロに到着した.すでに辺りは真っ暗だった.

なお,参考までに書いておくと,我々は,オスロを出て,鉄道でスタバンゲルへ行き,高速艇でベルゲンに移動し,そして,フィヨルド観光をしながらオスロへ戻るという周遊チケットを偶然知って,これを利用した.このチケットは,時間に余裕のある人には一考の価値があると思う.リーセフィヨルド観光は,フロム−グドバンゲン間のフィヨルド観光とは比べ物にならないくらいすばらしいので,フィヨルドを見るのが目的なら,こちらのルートを強くお薦めする.

さて,翌朝になって,いよいよ旅行の最終日を迎えた.フランクフルト行きの飛行機に乗るまでに半日ほどあったので,この日は,ビィグドイの博物館地区を訪れることにした.ビィグドイ地区までは,オスロ市庁舎前からでている船で行った.本当に良く船に乗る旅である.さて,ここではまず初めに,フラム号博物館を訪れた.北極海の海流を調査するために建造されたこの船を展示する博物館である.フラム号は,氷河の中に閉じこめられてもつぶされることがないように,壺型をしていて,一見,ずんぐりとして変な形をしていた.この船は,実際に氷河の中に2年間も閉じこめられたが,無事に海流に乗って,氷河から抜け出し,その性能を実証して見せたそうだ.フラム号は,この後,アムンゼンによる南極探検に利用されたらしい.次に,コンチキ号博物館を訪れた.ここには,インカの文明とポリネシア文化のつながりを立証するため,ペルーからポリネシアまでの8000kmを帆掛け船で漂流したハイエダールの記録が残されていた.また,これに続き,エジプト文明と南米のつながりを立証するために大西洋を漂流した時の記録が,パピルス船ラー2世号とともに展示されていた.なんともノルウェー人は冒険好きだと思った.どちらもかなりのぼろ船なのだが,これでよく大洋を綿労などと考えたものだ.つくづく感心させられた.

これら2つの博物館を見学した後,船でオスロ湾を渡り,ホテルに戻った.そして,荷物をピックアップして,空港へ向かい,フランクフルトへの帰路に就いた.何とも忙しい旅がこれで終了した.大自然に感動した10日間だった.

さて,この旅行記を締めくくるに当たって,最後に書いておきたいことがある.それは,ノルウェーの物価の高さだ.恐ろしく高い.感覚的に日本の倍だろうか?我々はドイツから旅行したので,さらにその差が大きく感じられた.日本でもおなじみのマクドナルドも,値段だけは最後までなじめなかった.バリューセットのような物を頼んだだけで1000円を優に超えてしまうのだから・・・でも,他の物はさらに高くつくので,結局2回度ほどハンバーガーのお世話になったのだが・・・ノルウェーよりも物価の高い国は,地球上に存在しているのだろうか?




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