2003年企画「大阪の境を歩く」
第3回 サウスオブ大和川

■ 5/24(土)
行程概略
当日は曇りがちながらもまずまずの天候。地下鉄駒川中野駅前を出発してま
ず駒川商店街を南下、酒君塚(古墳)から進路を東北に。近鉄の高架をくぐっ
て区画整理地区を抜けると針中野のエリアに。伊藤さんの書きこみにもあると
おりここで「鍼」の中野家前へ。それにしてもこの家、入り口の門が2つの倉
を挟む形で構成された独特のもの。前近代の民間医療でも、医者はさほどに儲
かったということか。裏手はごく農家風のそれ。
(左から)
《鍼中野正門・鍼中野裏門・鍼中野道標》
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その後、概ね街道筋(八尾街道)に沿って南下。鷹合神社には伊勢神社の遥
拝所が。穴の穿たれた石が伊勢の方向を示していた。「鷹合神社なんか見物し
てどないすんねん」とくさす地元のガキを尻目に南下を続ける。
長居公園通の南側は街道筋をそれて照ケ丘矢田を抜ける。地名から、もしや
開発住宅地かと一片の期待を抱いていたが、モダンな丸窓の民家を発見した他
は変哲もない住・商混在地区。
(左から)
《鷹合神社・遥拝所・丸窓の民家・三ツ矢ソースの看板》
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近鉄矢田駅近くのサテンにて途中休憩、街道筋へ復帰。川が近づいたせいか
空が広がり、辺境っぽい雰囲気にも感じたのは賽の神神社をみつけたせいか。
大和川手前の阪和貨物線を渡る際、約1名がちょっとした悲劇にみまわれたの
は賽の神が関係していたらしい。大和川を渡っていよいよ”その先の大阪市”
へ。途上東側に見えた巨大な伽藍は関西出雲大社教という出雲大社の奉賛団体
らしきものとのことだが、公道に接続する参道がガードレールで塞がれていた
のはなぜか。やがて今回の最終目的地に到達。大阪市最南端(三番目の?)は
とあるカレー屋であることを確認し一行で記念撮影。帰路は地元ローカル路線
(日本城バス)で我孫子へ向かった。
《阿麻美許曽神社と大楠・阿麻美許曽神社》
《阪和貨物線(東向)・大和川(東向)・関西出雲大社教への参道》
《大阪市南端での記念撮影》
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ウォッチング後はあべのベルタの市民学習センターにて研究発表会。辻野氏
よりブルーグラスミュージックについての啓蒙的報告、柏原氏の韓国旅行報告
は珍しい韓国の鉄道事情などを画像に沿って報告してくれました。
蛇足・所感
駒川周辺の区画整理地区にもかなりの長屋のあることを知りました。塀型タ
イプや洋風長屋など比較的ハイグレードなのが多い。個人的には、風呂場に改
造されていたとある台所部屋の窓枠デザインが印象に残る。横線強調、ブルー
&白の2トーンでシンプルな構成からモダニズムのオーラが。
ウォッチングではよく神社へ立ち寄りますが、今回立ち寄った所はどこも楠な
どの木立が大変立派でした。街道筋の脇は大抵段差になっていたりして微地形
と河川の関連などを想像しながら歩くのは、特に大阪の町歩きの楽しみです。
逆に、多少なりとも古地図やらをあたってからウォッチングに臨んでいればと
毎度思うのだけれどもいつもそれきり。
水質で全国ワーストの1、2位を競う大和川は、橋から見下ろした限りでは
思いのほかきれいに見えた。ともあれ川底の砂が砂色のまま透けている。
尤も、降雨や増・渇水やらでコンディションも変動するのだろうけど。(報告
者 川内会員)
【参加者】(W)伊藤、川内、澤居、島崎、壺田、三原、山田計7名 (研)
川内、澤居、壺田、三原、柏原、神牧、辻野、山田 計8名
編集・発行:大阪都市文化研究会事務局