〜ブルース推薦盤 綿花畑でつかまえて!〜

           第1回 The!!!Beat 1966/Freddie King


                         written by 小幡浩二

 中学高校の頃はよく音楽を聴いていた。高校時代など、帰宅して寝るまで のほとんどの時間をレコードを聴くことに費やした。そのころ聴いていたの は洋楽のロックばかり。それ以外は馬鹿にしてあまり聴かなかった。それが 大学にはいることになると急に音楽を聴かなくなった。すくなくとも新しい レコードは買わなくなった。かわりに文学に傾倒した。その経緯は今話す必 要はないので、おいておこう。  それから20年もたった今年になって急に音楽を大量に聴くようになった。 きっかけは、この夏に「久しぶりにギターでも弾こうか」となぜかそう思っ たことにある。じつは、中学高校の頃はギターを弾いてロックバンドをやっ ていた。基本的な練習からやってみるかと「ブルース入門」みたいな本を買 って、10年以上も触らなかったギターも修理した。  ちょうどその頃、 「ブルースの起源と伝説」という古い録音を集めた5枚 組CDを安売りで買った。このCDがよかったというよりも、ブルースの世界の 一端に触れることで、なんだかとんでもない世界が広がっていることに気が ついた。おれの知らない素晴らしいブルースの世界がきっとあるはずだ、と 。インターネットのブルースML(メーリングリスト)に参加した。あとは、も う、ブルースのCDを買いまくる日々だ。  このコラムでは、私が聴いてみて、「これは素晴らしい。他の人にも聴い て欲しい」と思ったブルースのCDやビデオを紹介していくにする。しかし、 なにせブルースの世界に入ったばかりなので、視野は狭く知識は乏しい。浮 かれた初心者のうわごとだと思っていただきたい。 媒体:ビデオ アーチスト:Freddie King タイトル:伝説的音楽番組The!!!Beat 1966 フレディ・キング・ライブ 販売元:リットー・ミュージック 曲目:  1.FUNNY BONE 2.HAVE YOU EVER LOVED A WOMAN 3.SAN-HO-ZAY 4.I'M TORE DOWN 5.HIDE AWAY 6.I LOVE THE WOMAN 7.PAPA'S GOT A BRAND NEW BAG 8.SEE SEE BABY 9.SITTING ON THE BOATDOCK 10.SHUFFLE 11.SHE PUT THE WHAMMY ON ME 12.SAN-HO-ZAY 13.FUNNY BONE 14.HIDE AWAY  (From The!!!Beat,1966) 15.HAVE YOU EVER LOVED A WOMAN 16.BLUES BAND SHUFFLE 17.BIG LEG WOMAN  (From SWEDEN,1973)  アメリカの音楽番組「The!!!Beat」の映像とスウェーデンのライブ映像を 収録したビデオ。  フレディ・キングは昔から知っていた。エリック・クラプトンが好きだっ たので、クラプトンとフレディ・キングが共演したライブが収録されている 「1934-1976」とレオン・ラッセルがプロデュースした「テキサス・キャノ ンボール」をアナログレコードで持っていた。ロックぽい鋭いギターを弾く 人だという認識はあったが、このビデオで動くフレディ・キングを見て、あ 然呆然とした。  まずはアメリカの音楽番組「The!!!Beat」に出演したときの映像だ。何度 か出演したものを編集でつないでいる。  司会者がフレディ・キングを紹介する。場面が切り替わり、画面にはギタ ーのアップ。 チェリーレッドのギブソンSE335。カメラが引いてフレディ・ キングの姿が映る。スーツがはち切れんばかりの巨体。ギターストラップを 右肩に引っかけている。そして、大きな顔の上の異様な髪型。大きな顔とそ の髪型がまるで黒い白菜のようだ。私はこの髪型がリーゼントであることに 気がつくのにしばらくかかった。  フレディはリズムに合わせて体をゆらゆら揺らしながらギターを弾く。親 指でダウンピッキング、そして人差し指でアップピッキング。どうやら親指 にサムピック、人差し指にフィンガーピックをしているらしい。弾いた後に 消音のために右の手のひらを弦の上に載せる仕草も頻繁に行う。ほとんど見 たことのない奏法が新鮮に見える。そしてギターのネックを絞るようにベン ド(チョーキング)し、体ごとふるわせてビブラートをかける。これぞまさし くスクイーズギターだ。体とギターを絞るように音を出す。まさに真髄。  2曲目の"Have you ever loved a woman?"ではじめて歌を聴かせる。まだ 声が細いので甲高い声が突き刺すようだ。そしてワンフレーズ歌った後に見 せる笑顔がチャーミングだ。首をふって拍子を取ったり、足でステップを踏 んだり、とにかくひとつひとつの動作が強烈でチャーミング。それが時代を 感じさせる古いものなのだが、なんだかすっごくいい。名曲"I'm tore down "の最後の礼儀正しいお辞儀なんて最高だ。  ブルースがダンスミュージックであるとは本で読んで知っていても、実際 にブルースで踊っているところを見たことがない人が多いだろう。このビデ オでは、 なんと女子高生3人の踊りが見られる。言葉では表現しがたいので 、詳しくは説明しないが、30年間をワープするこの衝撃を実際に見て確かめ ていただきたい。バックバンドの踊りながらの伴奏もかなりあぶない。  視覚的な話が多くなってしまったが、なんと言っても演奏が素晴らしい。 名盤とされている"Blues guitar hero"よりずっといい。後年のロック色の 強い演奏に比べるとおとなしいが、ギターの音もよく、ソロは十分に聴かせ るし、 スタイルはひとつの完成に達している。(後期はロックっぽさを増す のだが)  また、曲目も、"Have you ever loved a woman?"、"Hide away"、"I'm to re down"といったクラプトンでもお馴染みのナンバーがあって、ロックを聴 いていた人も入りやすい。クラプトンファンならば、本家フレディ・キング の演奏と聴き比べて楽しむといいだろう。はっきり言って、存在感では圧倒 的にフレディ・キングの勝ちだ。  クラレンス・ゲイトマウス・ブラウン(Clarence Gatemouth Brown)がバッ クをつとめていることも注目だ。 1曲だけ、前に出てきて、ちょこっとギタ ーソロを聴かせる。露骨なまでのカメラ視線と特異な奏法には驚く。ぴょん と伸ばした指を弦の上に打ち下ろして音を出している。左手のフィンガリン グもせわしなく動き、何とも不思議な弾き方だ。ギターに興味がある人は一 度見ておくといい。ブルース・ギタリストは独自な奏法で独自な音を出す人 が多い。なんであんな音が出るのだろうかといくら考えてもわからないとき は、映像を見ると疑問が氷解するかもしれない。  「The!!!Beat」の映像の最後に他のゲストが3人出てきて踊るのだが、 こ の光景がかなり異様。当時のダンスのセンスがいかに現代の感覚とかけ離れ ているか、想像を絶するものがある。彼らの顔がまたすごい。  スタジオライブが終わると、1973年のスウェーデンのライブ映像が続く。 フレディ・キングは1976年に急逝しているので、最晩年のライブ映像という 意味でも貴重だ(ちなみに1974年のライブ映像も売られている)。  ここでのフレディは、さらに円熟味を増し、すさまじくパワーアップして いる。見た目もすごい。パンチパーマ。一辺が10センチはあろうかという二 等辺三角形のもみあげ。 唇の下には一辺が1センチの正三角形の小さなあご ひげ。ピンクのスーツとズボン。20センチ以上もあるシャツの襟がびろーん とスーツの外に出ている。この驚異的なファッションセンスにはノックアウ トされる。  演奏は絶品だ。自然なディストーションがかかったギターの高音がよくの びる。鋭いピッキングで気持ちのいいフレーズを連発する。歌もこなれてい て、しかもパワフル。おしむらくは、このライブは何かのフェスティバルに でも客演しているらしく、客がフレディ・キングのファンではないことだ。 やや冷めた客の反応はこの際無視してフレディの音楽に浸りきろう。  フレディのこの演奏を聴いてから、エリック・クラプトンの演奏を聴くと 、クラプトンが小物に見えてくる。かつてあれほど好きだったクラプトンが 偽物のように思えてくる。それは一面悲しいことだけど、本物のブルースの すばらしさに気がつく瞬間でもあるので、むしろ喜んでいいことだ。シェル ターレーベルに移籍以降のフレディ・キングはロックっぽくていかんという 声もあるのだが、伝統の殻の中にいるだけがブルースの条件ではあるまい。 これはこれで本物のブルースに違いない。  ロックからブルースに入りたい人は、まずはこのビデオを見るがいい。

Copyright (C) 1997 by 小幡浩二 obata@netjoy.ne.jp


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