家庭用ゲームソフトにおける開発戦略の比較
−開発者抱え込み戦略と外部制作者活用戦略−
生稲 史彦(東京大学)
新宅 純二郎(東京大学)
田中 辰雄(慶応義塾大学)
1999年3月
【要約】
日本のゲームソフト産業では、雇用、教育、報酬制度や、外注方式によって「開発者抱え込み戦略」と「外部制作者活用戦略」の2つの対照的な開発戦略が観察される。「開発者抱え込み戦略」は、ゲームソフト開発に必要な様々なノウハウを効果的に蓄積するために一貫した人事システムを採用している。「外部制作者利用戦略」はソフト開発に必要なノウハウは属人的な面が強く、企業の側でそれを蓄積することは難しいとの認識を前提にして、多様なアイデアや能力を持った人材を上手く取りいれ、状況に応じて外部の制作者を利用することに関する企業の能力を高めようとしている。各社の発売タイトルと売上データに基づいた実証分析によると、両戦略のうち一方が全般的に優れた成果をあげているわけではなく、両戦略で高い成果につながる製品特性は異なっている。ノウハウ主導型ゲームでは、開発者抱え込み戦略をとる企業の方が売上、ヒット率ともに高く、一方、アイデア型ゲームでは、外部制作者活用戦略の企業の方が、売上、ヒット率ともに高い。
【目次】
1 はじめに
コンピュータは、かつては一部の法人や研究機関でしか使われないものであったが、現代では、多くの人々の経済活動や社会活動を支える道具としてパソコンが利用されるようになった。コンピュータというハードの普及にともなって、そのユーザー層も、コンピュータの専門家から一般の人々へと変化してきた。その結果、多くのユーザーは、自分でソフトウエアを作成するのではなく、市販のパッケージ・ソフトウエアを購入してパソコンを利用している。多くの一般ユーザーにとって、利用できるソフトウエアの質とバラエティーが、パソコンの利用価値を評価する際にきわめて重要な要素である。これは、コンピュータ産業が、ハードウエア中心から、ソフトウエア中心へと移行してきたことを意味している。さらに、インターネットが普及して多くのパソコンがネットワークで連結されると、それを通じて提供されるサービスや情報コンテンツが価値の源泉となると言われている(Moschella
[1997])。
日本企業は、ハードウエア中心で法人顧客中心の時代、とくにメインフレームやミニコンの時代には、IBMに遅れながらもキャッチアップして競争優位を高めてきた。しかし、ソフトウエア中心で個人ユーザー中心の時代になると、パソコンのハードウエアではある程度の地位を確保しているものの、ソフトウエアの分野で目立った競争力をもつ日本企業は少ない。とりわけ、パソコン用のパッケージ・ソフトウエアの市場では、世界市場に通用する製品を出している日本企業は皆無に等しい。
そのように情報技術分野で国際的な競争力が弱まりつつある日本企業にあって、家庭用テレビゲーム産業は際立った競争力を保持している業界である。とりわけ、ソフトウエアやコンテンツ産業では、日本企業が競争優位を保っている希有な例が、ゲームソフトであろう。家庭用テレビゲームは、内部構造的にはコンピュータと同様のハードウエアと、それを利用するためのソフトウエアからなる製品である。この産業で日本企業の国際競争力が強い理由として、ハードウエアを供給しているのが日本企業であり、長い間日本市場が最大の市場であったという要因もある。しかし、多くのベンチャー的なソフトメーカーが存在し、一部では世界市場でもヒットするゲームソフトを開発する企業が活躍していることを考慮すると、ソフトメーカー自体も競争力を維持していると考えられる。それらのソフトメーカーは、伝統的な日本の大企業にはない企業活動を行っているのではないかと推測される。本稿の目的は、日本のゲームソフトメーカーの活動、とくに開発戦略のパターンとその意義について明らかにすることである。この研究を通じて、ソフトウエア産業や情報技術産業における日本企業の今後のあり方について、何らかの示唆が得られるであろうとわれわれは考えている。
家庭用ゲーム機とそのソフトをめぐる産業では、少数のハードメーカーのほかに、数多くのソフトメーカーと流通業者が活動している。この3者が互いに補完的な役割を果たし、新しく魅力的なハードやソフトを生み出し、消費者に届けつづけてきた。中でも、世界に誇りうる素晴らしいソフト、バラエティーに富んだソフトが次々と世に出されてきたことが、今日にいたるまでの家庭用ゲーム産業の隆盛をもたらしている。任天堂や初期のサードパーティーのソフトは、ファミコンというハードのみならず、ゲーム産業そのものを立ち上げる起爆剤となった。その後のハードの世代交代期の業界標準争いや、市場そのもののより一層の成長の背後には、優れたソフトウェアの影響があった。
多数の、多様な優れたゲームソフトが世に出される背後には、数多くの才能にあふれたクリエイターによる開発(制作)活動がある。その開発活動は、初期には単一の個人の活動に依存する部分が大きかったが、今日では何らかの意味で組織化されたものになっている。まず、ユーザーにとって魅力的な製品コンセプトを定めたうえで、開発者のチームを編成し、彼らの活動を調整しながら、製品コンセプトに沿った魅力的なゲームを効率的に開発していくことが求められている。しかし、現状においてゲームソフトの開発に問題が無いわけではない。たとえば、開発費の高騰、多すぎるソフトの発売、斬新で「面白い」ソフトの不足による産業全体の閉塞感などは、多かれ少なかれゲームソフト開発に関係している問題であろう。そこで、ゲームソフトの開発を見直し、効果的な開発活動のあり方を探ろうというのが、本稿の狙いである。
以下の構成としては、まず製品開発の一般的な議論に基づいて、ゲームソフトの開発をどのように捉えるべきかについて、簡単に述べる。その上でまず、インタビュー調査に基づいて、ゲームソフトの開発を、主に企業の製品開発戦略の面から「開発者抱え込み戦略」と「外部制作者活用戦略」の2つに分類する。次に、その分類に基づいて、各戦略と成果との関係についてわれわれが行った簡単なデータ分析の結果を示す。本稿の基本的な考え方は、「ゲームソフトの開発を成功させるための中核的要素はゲームの種類によって複数あり、それによって開発者の雇用・報酬制度や組織化の方法は異なる」というものである。
2 ゲームソフト開発を見る視点
さて、近年製品開発の戦略と組織についての研究は盛んになってきたが、直接家庭用ゲーム産業、ゲームソフトの製品開発を扱った研究は少ない。1
そこでまず、ゲームソフトという製品の基本的な特性を抽出し、それと類似した製品の製品開発に関する研究成果を考察の出発点にしたい。
「ゲームソフトとはどのような製品か」という問いに対して、技術面からの解答は「コンピュータのプログラム(アルゴリズム+データ)である」というものであり、製品機能面からの解答は「ユーザーにエンターテイメントを提供する製品である」というものである。すなわち、コンピュータ・プログラムという技術的特性とエンターテイメント提供製品であるという機能的特性をもったのが、ゲームソフトであるととらえることができる。
まず、前者のコンピュータのソフトウェアの開発に関しては、過去の研究蓄積が比較的豊富な分野である。ソフトウェア開発を扱った既存研究は、元来工学系のソフトウェア・エンジニアリングに始まり、経営学の分野においても、近年精力的に成果が積み重ねられている分野である。その対象も初期の大型メインフレーム・コンピュータ向けソフトやシステム、1980年代以降のパソコン用OSやアプリケーション、更に現在では、ブラウザーなどのインターネット用ソフトウェアなど多彩である。そこでは、高い品質を達成しながら開発のリードタイムを短縮するために、どのように開発活動を分業し調整していくかについて分析されている。しかし、同じコンピュータ・ソフトウエアとはいっても、メインフレームのソフトウエアとパソコン用のパッケージ・ソフトウエアの開発では、効果的な組織化のあり方は異なっている。
メインフレームの代表であったIBMでは、事前に全体の基本設計を確定させた上で、構成モジュールのプログラムを一斉に開発し、次にそれらを統合し、最後にデバッグ作業を行う(Baldwin
and Clark [1997], Cusumano and Smith
[1994])。しかし、パソコンソフトの代表のマイクロソフトでは、全体の基本設計があいまいな状態で各モジュール開発をスタートさせ、随時全体として統合しながら、製品の全体像はその開発プロセスの進行と平行して徐々に明らかになっていく(Cusumano
and Selby
[1995])。インターネットのブラウザーソフトを開発しているネットスケープでは、開発途上で頻繁に試作品(β版)をユーザーに提供し、ユーザーの評価を取り入れながら製品の完成度を高めていくという(Cusumano
and Yoffie [1998], Iansiti and
MacCormack[1996])。
われわれが行ったいくつかのインタビューの結果では、ゲームソフトの開発はこのどちらの開発プロセスとも若干異なっている。ゲームソフトの開発と既存研究で取り上げられてきたソフトウェアの開発は、その組織やプロセスを始めとした様々な点で、確かに共通点もあるものの、大きく異なる点もある。
確かにゲームソフトの開発においては、他のコンピューター・ソフトウェアと同様、開発途中で大きく製品の内容を変えることができる(可変性が高い)、試作が容易などといった要素が共通して見られる。しかしながら、様々なアイデアを創出し、それを選び出して、製品に反映させる、あるいは開発プロセスの後期において徹底したテストプレー、バランス調整をして製品の完成度を上げていく、といった製品開発の進め方は、ゲームソフト以外のソフトウェア製品に欠けている要素である。より大きな違いは、従来のソフトウエア開発では、実現したい機能をいかに効率的に処理するプログラムを作成することやバグのないソフトを迅速に開発することが主要な開発目標であったが、ゲームソフトではそもそもどのような製品を創るかということがきわめて重要な開発目標になる。
そこで、そうした違いがどうして生まれるのかという疑問が生じる。その解答のヒントになるのが、「エンターテイメント提供製品」というゲームソフトの第二の製品特性である。ゲームソフト以外にも、映画や音楽などエンターテイメント製品はあるが、その製品開発についての研究はほとんど見られない。2
そこで、少ないながらも存在する既存研究と、現在われわれが目にしているエンターテイメント産業の事例を題材に、エンターテイメント製品の製品開発についての一般的な話を展開してみよう。
エンターテイメントという言葉の訳語としては、一般的に娯楽という語が当てられ、人を楽しませるためのものという意味が込められている。だが、一口に「楽しませる」といっても、他人の感情を汲み取り、自分が望む感情(楽しい)を抱かせることは非常に難しい。より具体的にいえば、何が、どの程度、何故楽しいと感じるのかは、一人一人の感じ方や嗜好によって違うことがありうるし、さらには消費者にそれらを尋ねたとしても明確な答えを返せるような人は少ないであろう。
だが、エンターテイメント製品を創造する人間には、そうした個々人の違いなどをも加味して、より多くの人が楽しいと感じるような作品を作り出すことが求められている。音楽にしろ、映画にしろ、ゲームにしろ、それらの制作に関わる人達は、「このようなことを取り入れたら楽しいと感じられるのではないか」というアイデアの創出を数多く行い、その中から自分の感性を、直感を頼りに本当に多くの人にとって「楽しい」「良い」と感じられるものを選び出して、実際の作品に反映させていかなくてはならない。
エンターテインメント製品であることによって生じてくる、こうした過程の重要性が、ゲームソフトの開発に、他のコンピューター・ソフトウェアや一般的な工業製品の製品開発には見られない特徴を与えていると考えらる。すなわち、製品開発のプロセスにおいてアイデアを創出し、創出されたアイデアの中から好ましいものを選び出して試行錯誤的に製品に反映させ、その結果生み出されたものをゲームバランスの調整によって仕上げていく。同時に、そうした活動は才能を持った人材の個人によってなされることが多いため、ゲームソフトの開発そのものが組織ではなく、個々の開発者の才能や、能力によって結果が左右されるという状況が生み出されるのではないだろうか。
3 家庭用ゲーム機産業で活動する企業像
われわれは、家庭用ゲーム機産業に関する体系的な研究成果が少ないことに鑑み、同産業を対象としたインタビュー調査を、研究の第1歩とした。これにより、家庭用ゲーム産業についての理解が深まり、今後の研究の基礎を作られるであろうと考えたためである。以下ではその結果の要約を提示する。
3−1 インタビュー調査の概要
3−1−1 インタビュー調査の方法と調査内容
インタビュー調査は、1998年7月から99年2月にかけて主要メーカー14社に対して行った。事前に質問表を送付し、基本的に各社のトップまたは開発責任者に対して2時間程度のインタビューを実施した。インタビューの質問項目は、既存公刊資料などの情報に基づき、われわれが家庭用ゲーム機産業の現状、今後を考察する上で有意義であると判断したものであり、以下のような構成になっている。
質問項目の第1として、まず企業の沿革や、規模、事業内容、製品戦略など、企業活動の基本的な項目を採用した。
次に既存資料などから、同産業の発展の原動力となってきた重要な要因が、ゲームソフトであると理解されたことに鑑み、ゲームソフト開発に対する各社の行動を質問項目に取り上げた。より具体的には、ゲームソフト開発における自社外への開発委託の状況、ソフト開発の組織、プロセス、などに関する事実が収集された。同時に、ゲームソフト開発を担う開発者が企業にどのように採用、育成され、処遇されているかについても質問をした。
第3に、家庭用ゲーム産業において問題が多いとされている流通の状況について、質問をした。ソニー・コンピュータエンタテインメント(以下、SCEと略)の参入後議論されることが多くなったプラットフォーム・メーカーによる流通の状況、ソフトメーカー自身による流通の有無、中古ソフト問題に関するソフトメーカーの認識などが具体的質問項目であった。
最後に、各社の海外展開、海外市場(主にアメリカ市場)の動向とそれに関する各社の認識について質問を行った。これは、本研究の基本的問題意識の1つが、「世界に通用する」数少ない日本のコンテンツ産業である、家庭用ゲーム機産業の現状と現在の優位性をもたらした要因を探るというものであったことに鑑み、また、今後同産業を考える上でも世界市場の中でどのような活動を行っていくかが極めて重要であると判断したためである。
調査においては、多くの場合企業から十分な回答を得ることができたが、時間的制約などのために、質問項目の全てについて全ての会社から回答を得るにはいたらなかった。この点については了解していただきたい。
3−1−2 インタビュー調査の対象企業
インタビュー調査の対象としては、家庭用ゲーム産業の基本的動向を把握するため、同産業の主要企業を中心とした。同時に、同産業の参入企業が極めて多様性に富んでいることも考慮し、既存資料などから特徴的な取り組みを行っていると判断された企業も調査対象に加えることとした。結果的に14社に対しインタビュー調査が行われたが、この14社の中には、主要ハードメーカー3社、大手ソフトメーカー8社が含まれている。守秘義務もあるため、各社の社名、詳細を述べることはできないが、家庭用ゲーム機産業の第1線で活動する企業はどのような企業であるのかについて認知し、また同産業における企業の多様性を認識して、以下の調査結果の理解が深められるよう、簡単に対象企業(群)の概要に触れておくこととする。
まず、各社の規模であるが、これは同産業における企業の多様性を端的に表しているといえる。資本金では、200億円を超える企業から1億円に満たない企業まであり、売上で見ても数千億円から100億円までの間に分布している。売上に関しては、ハードメーカーが特に大きく数千億円の売上を達成しており、家庭用ゲーム機市場中心・専業のメーカーはそれよりも小さい数百億円の売上のようである。この背景には、ハードメーカーがソフト1本につき一定のロイヤリティーをソフトメーカーから徴収する契約関係が同産業において支配的であることがあると思われる。
また、当然のことではあるが、同様の企業規模の多様性に関しては従業員数においても見られる。大規模な企業では数千人の従業員を抱えている一方で、従業員数が100人以下の企業も対象に含まれていた。対象企業全体の従業員数のオーダーとしては、数百人(500人以下)程度であると思われる。
但し、従業員数と資本金、売上などの資金的規模の大小はそれほど関係が無いようである。むしろ家庭用ゲーム機関連以外の事業の有無、すわなち多数のオペレーション人員を必要とするアミューズメント施設運営事業の有無が従業員数に影響しているようである。
また、これらに加えた従業員数に見られる特徴としては、開発者の比率の高さが挙げられる。全従業員に占める開発者数の比率は、最低でも20%程度、最高では80%以上であり、多くの企業において過半数を超えている。この事実は、家庭用ゲーム機産業が、(ゲーム)ソフト開発中心の産業であり、各企業は開発にその中核能力を持っているということを端的に表しているといえよう。
インタビュー対象企業の概要を述べる最後にあたり、各社の家庭用ゲーム機産業への参入、及び関連事業の現状についての大まかな傾向に触れておく。
各社の家庭用ゲーム機産業への参入時期は、多くの場合、家庭用ゲーム機産業の第1世代、すなわち任天堂・ファミリーコンピューターがハード市場の標準であった1980年代前半であった。そして、実際にもファミリーコンピューター向けのソフトの開発・発売などを契機に家庭用ゲーム機産業に参入した企業が多く確認された。但し、一般にSCE・プレイステーションをはじめとする第3世代、1994年以降に同産業への新規参入が多く見られることが資料の分析等から明らかになっいる。従って、今回の調査において比較的早い時期に参入を行った企業が多く見られた事実は、大手企業に調査対象の中心を置いたことよる結果であると見るべきであろう。と同時に、参入障壁が比較的参入が容易であるといわれているコンテンツ産業でありながら、産業の中心を比較的「歴史ある企業」が支えているという事実は、同産業で成功することの難しさ、あるいは、成功を収めるために何らかの企業としての蓄積、能力が必要とされることを暗に示唆しているとも思われる3。
そして上記のような時期に参入した各社であるが、家庭用ゲーム機産業で事業を行うために設立された企業は殆どない。言い換えれば、家庭用ゲーム機、あるいはゲームソフトに技術的、市場的に関連のある事業を行っており、そこで蓄えた経営資源を生かして家庭用ゲーム機産業に参入してきた場合が多い(14社中11社)。
そうしたいわゆる「家庭用ゲーム機産業参入以前」の事業として、最も多く見られたのは、アミューズメント関連(機器の開発・製造・販売、施設運営)である。アミューズメント市場と家庭用ゲーム機市場は技術面、市場面の両面で関係が非常に深いことから、これは自然なことであると思われる。これらの企業の多くは現在においてもアミューズメント関連事業を手掛けており、明示的、暗黙的に両市場の間でシナジー効果を働かせようとする意図をインタビュー調査でも確認することができた。
また、「参入以前」の事業において、アミューズメント関連事業に次いで多く見られたのが、ゲーム以外のコンピューター・ソフトウェア、汎用機やパソコン用のアプリケーションソフトなどの開発、販売等である。これらの事業もやはり、技術面での類似性が強く、そこで蓄えた経営資源を有効に活用するために、より大きな市場である家庭用ゲーム機産業に参入することになったようである。
これら以外の家庭用ゲーム機産業への参入ルートとしては、出版などがあった。また、家庭用ゲーム機産業の中でも、大手メーカーからの開発の受託業務を手掛けることから事業を始め、資金や開発力を強化して独立のソフトメーカーに成長した企業もあった。
このように様々な経過を経て、家庭用ゲーム機への参入を行い、成長を遂げた企業が今回の調査対象となったわけだが、こうした「参入以前」の事業は、製品戦略、開発者の雇用政策などの面において影響を及ぼしているように思われ4、実際にインタビューにおいてもそれを裏付けるような発言を聞くことができた。
以上、今回の調査の方法とその対象企業の概要について述べてきた。以下では、上記のような調査の結果明らかとなった家庭用ゲーム機産業における代表的企業の企業行動について紹介していくこととする。
3−2 インタビュー調査結果の概要
本節では今回の調査で得ることができた、家庭用ゲーム機産業の企業像について述べることとする。なお調査結果の提示は、既述の質問項目に沿って、付表を交えながら行うことにする。
3−2−1 製品戦略
まずはじめに各社の基本的開発戦略について見て行くことにしよう。
ゲームソフトにおける製品戦略としては、大きく2つの要素があると考えられる。1つは、「どのような製品を開発、発売するか」という製品の内容(ジャンルなど)についての戦略であり、もう1つは、「それをどのハードに対応するソフトとして開発・発売するか」という対応プラットフォーム(以下PF)についての戦略である。それぞれの要素について、順に見ていくこととしよう。
1つめの製品の内容(ジャンルなど)に関する戦略と、その結果と考えられる主要製品の内容などを簡単にまとめたものが、<表3-1>である。各社の回答、主要製品は、当然その企業なりの独自性が反映されているが、次のような共通点も指摘することができる。
表3-1
表3-1 各社の製品戦略 |
|
製品戦略 |
主要な製品のジャンル |
年間発売 タイトル |
年間 プロジェクト数 |
A |
− |
各種アクションゲーム(格闘アクション含む) |
24 |
− |
B |
− |
アクションゲーム |
9 |
− |
C |
積み重ねがきくスポーツゲームを柱とし、他のジャンルのゲームでヒットを狙う
|
アクションゲーム、スポーツゲームなど |
68 |
80 |
D |
4作品がメインでシリーズ化、それを軸に他のソフトを展開 |
各種アクションゲーム(格闘アクション含む) |
8 |
4 (メイン) |
E |
アーケード⇒コンシューマーが大きな流れ 近年コンシューマーの比率がやや大きい
|
各種アクションゲーム(格闘アクション含む) |
43 |
20以上 (内外製合計) |
F |
主ターゲットは低学年層 主ジャンルはパーティーゲーム |
テーブルゲーム、パズルゲーム |
24 |
− |
G |
− |
各種アクションゲーム(格闘アクション含む) |
73 |
− |
H |
すべてのジャンルのソフトを発売 シミュレーションゲームがコア
→ソフトの売れる期間が比較的長く、ユーザーの年齢層も高い |
シミュレーション |
67 |
− |
I |
ユーザーの中心は高校生以上の高年齢層で比較的コア・ユーザー |
RPG,シミュレーション |
6 |
− |
J |
ハード立上期は、市場の立ち上げを優先
その後は利益・コスト・成果を勘案しながら基本的には「作りたいもの」を中心に制作 |
RPG、シミュレーション |
13 |
− |
K |
− |
スポーツゲーム、アドベンチャーゲーム |
26 |
8〜12 |
L |
− |
アクションゲーム、スポーツゲーム、RPGなど |
48 |
− |
M |
− |
RPG,シミュレーションなど |
6 |
19 |
N |
結果的に、シミュレーション・高年齢層向けのソフトが中心 |
シミュレーション |
20 |
8 |
注:年間発売タイトル数については、交換資料をもとに執筆者作成
|
第1の共通点は、ある種の「絞込み」である。各社とも様々な製品を開発・発売する一方で、いずれかのジャンルに自社の中核を置いている5。これは、主要製品のジャンルが1つ、あるいは関連の強い2〜3のジャンルにあることに明瞭に現れているといえる。また、付表にも示したように、そうした特定のジャンルへの絞込みを、戦略として明確に認識、表明する企業はそれほど多くなかったが、インタビューの端々に、自社の強み、得意分野として主要製品(のジャンル)を挙げることが多かった。
第2の共通点は、「安定化」である。ゲームソフトをはじめとするコンテンツ産業は、その製品の売行きの予測が難しいといわれている(小橋:1995など)が、それに対処するために各社は次のような手段を取っているようだ。
すなわち、まず大きなヒットに結びついた製品を「シリーズ化」することが安定化のための1つの手段である6。シリーズ化は、C社やD社が戦略として明示的に行っているが、製品履歴などから判断して他社においても同様の戦略が取られているといえる。
安定化のためのもう1つの手段は、「製品毎のメリハリ」である。これは、一方でシリーズ化やジャンルの絞込みなどを前提に、自社の強みを活かしたソフトを開発・発売し、確実に一定以上の売上が望み、他方でより斬新な内容を備えた実験的なソフトで新規にシリーズしうる製品、大ヒットを狙うソフトを開発・販売することである。このような製品展開の方針も、C、D、H社などでは明示的に、他社でも何らかの形でインタビューで発言されていた。
ちなみに、実際の製品発売の概要を見てみると(<表3-1>右側)、大きく2つのカテゴリーに分けることができそうである。1つの群は年間10本内外の製品発売を行っている企業群であり、もう1群は年間30〜50本(月平均2〜5本)の製品を発売している企業群である。これは、単純に各社の企業規模の差をあらわしていると見ることもできるが、以下で触れる対応PFに関する戦略とも関わりがあるようである。
さて、次に製品戦略のもう1つの大きな要素である、PFに関する戦略について見ていくことにしよう。この点に関し、ハードメーカーは当然のことながら自社のPF対応のソフトしか発売していない。他方、ソフト専門のメーカーでは概ね複数のPFに対応したソフトを開発・発売しているが、その中でさらに大きく2つの戦略に分けられるように思われる。
1つのPF戦略は、「真のマルチPF」戦略である。この戦略を取っているのは、C、E、F、H、の各社などであるが、これらの企業は、主要PFの全てあるいは複数に対応して、継続的にソフトを開発・発売し、同時に1つのソフトを複数のPFに展開することを積極的に行っている。当然のことながら、PFの状況(普及台数=ソフトの潜在的市場)を考慮して多少力の入れ具合に差はあるが、基本的な方向性としてはマルチPFであるといえる。結果としてこれらのソフトメーカーは、先程触れた年間発売タイトル数が大きくなる傾向が見られる。また、この背景には、1社・1PFが市場を独占することによって、相対的にソフトメーカーの交渉力が低下することを避けようとしている、あるいはどのPFが市場で支配的になっても対応できるようにしているといったことがあるようだ。
そしてもう1つのPF戦略としては、「実質1PFのマルチPF」である。この戦略を採るソフトメーカーは、上述した1PF化が起こった際の弊害、リスクを回避するために、一応マルチPFを標榜し、それに対応できる体制を取っているが、近年のPFの状況を勘案し、1PFに開発の主力を割いている。この背景には日本国内のPFとして(少なくとも普及台数では)SCEのプレイステーションが事実上の標準を獲得したこと、マルチPF化することによって生じる開発の非効率を避けたいことなどがあると思われる。従って、ソフト開発の技術的変化により、あるソフトの他PFへの展開が容易になったり、ハードの世代交代が起こって再び複数のPFが並存する状況になれば、これらの企業もまた再び「真のマルチPF」となる可能性があると考えられる。
3−2−2 製品開発の概要・ 〜ソフトの内外製〜
次に、上記の製品戦略とリンクし、家庭用ゲーム機産業の企業にとって重要な活動であると考えられる、ゲームソフト開発について見てみることにしよう。
ゲームソフト開発について考える際、1つ注意を払っておくべきことは、ソフトを発売している企業が自社内に経営資源(開発者)を抱えて全てのソフトを開発しているのではない、という事実である。これは他産業の製品開発ではそれほど見られないことであるが、企業によって、あるいは1つの企業のプロジェクトによって、自社で開発する場合(内製)と、外部に開発を委託し、自社では限定的な関与を行う場合(外製)が並存している。そして内製と外製ではソフト開発の管理等において大きく異なる可能性があるので、観察者としても、開発の実際、中身について見る前に、その企業、そのプロジェクトが内製、外製のいずれかであるかを押さえる必要がある。
では、インタビュー対象企業では、この内外製という点についてどのようになっているのであろうか。これを簡単にまとめたものが、<表3-2>である。
表3-2
表3-2 製品開発基本戦略
|
|
内製/外注 |
内/外の理由・基準 |
外注との契約、報酬支払いの方式
|
A |
内製:外製=4:6 |
内製の理由は、CS,AMの技術革新についていくため、社内に人間を抱えた方が交渉コストが安い
内製は技術的に難しいもの、外注はマンパワーが足りないとき |
− |
B |
基本内製 外部委託の場合、コーディングのみを出すことが多い
|
内部でのノウハウの蓄積に努めている |
外部に委託する際の契約は、信頼関係を前提とした「包括的契約」
|
C |
内製 外製するのは、一部のCG,イラストなど |
外製や人材の寄せ集めでは、ノウハウの蓄積、ソフトの連続性に乏しい
下請を使ったがうまく行かなかった経験 |
− |
D |
内製 |
内製の方が製作者のメンタルな面が表現しやすい
外製は些細な変更が不可(外注でやったことも有ったが結果が悪かった) |
× |
E |
内製:外製=5:5 |
外製は2つのパターン、a:自社でできない部分の部分外注、b:移植作品などの完全外注
内外製の判断基準は、・コスト・収益バランス、・(技術的に)内部で可能・不可能 |
ケースバイケース
ランニングインセンティブ重視のケースか、ミニマムギャランティ重視 |
F |
内製と外製 外製の内容は様々 |
外製はマンパワーの不足 外注の決定はマネジャーと経営陣
|
ケースバイケース |
G |
内製7〜8割、外注2〜3割
外製の形態は、完全外製・部分外製、及び外部制作ソフトの買取り、など様々 |
チーム単位の開発で内外にはこだわっていない |
固定+ロイヤリティ。
ロイヤリティーは、一定の本数を超えた分について支払 |
H |
自社開発基本。CGは外注に出すこともある |
ノウハウの蓄積のため、内製中心 |
− |
I |
内製のみ |
自分たちで作ることに意味があり、外部を利用してまでのラインナップの拡充は考えていない |
× |
J |
基本的に内製
内部に開発者を抱え込み、内部で開発者間の競争を促す仕組あり |
外注を中心にしようとしても外部に任せられる人材が少ないため、できない
外注にした場合、外注先にしか分からないノウハウができ、結果的に他社との差別化が難しくなる |
タイトル毎の契約 金銭的酬 に加え、機材や開発場所の貸与
|
K |
基本は内製(内製7:外注3)
開発のパターンは完全内製、企画内部・制作外部、一部(CGのみ)外製、に大別 |
内製は開発ノウハウの蓄積 マンパワーが足りないとき外注
|
7000〜8000万円で契約(固定報酬)
(変動的な)成功報酬は、インセンティブの付与というより契約金の補足 |
L |
内製と外製 |
− |
外部への完全委託の場合、ロイヤリティー中心、ロイヤリティーはソフトの上代価格ベース
2つの契約方式があり、事前に条件を確定させて契約 |
M |
参入当初から、100%(内容、制作作業とも)外注 |
ゲームのクオリティーを決めるのは個人であり、良いゲームを作れる才能のある人間は社内に抱え込めない |
完全印税方式。印税率は、PFによる。チームによって印税率が変わることはない
ゲームソフトの版権所有権は共同所有。タイトルの商標は自社 |
N |
以前は内製もあったが、現在は外製が基本
但し、完全外注はしない(必ず内部のプロデューサーをつける) |
内部には良いプロデューサーはいるが、優秀なクリエイターがいないため、外製
完全外注をしないのは、外注先のトラブルへの対処、サポートができなくなる可能性があるため |
ケースバイケース、基本は定額開発費+印税
商標は自社単独、あるいは受託先との共同で所有 |
付表で明らかなように、今回の調査対象企業の多く(A〜L社)は、内製を中心にしていた。これらの企業は、主力製品をはじめとして多くの製品を自社内で開発しているが、同時に、いくつかの開発プロジェクト全体を外部に委託する、開発プロジェクトのある活動について委託するなどの形で開発活動の外部への委託を行っていた。
ここで注意を要するのは、単にプロジェクト単位の内外製の比率などでは、その企業が内製中心なのか、外製中心なのかを判断することができないということである。例えば、A社は内:外の比率が4:6であるが、インタビュー調査によると、主力製品あるいは技術力を要する製品は内製しており、また、外製の場合でも自社の人間を派遣するなどしてほぼ共同作業に近い形で製品開発を行っているという(<表3-3>開発プロセス、管理も参照)。従って、同社の製品開発は実質的に内製であると考えるべきであると思われる。
それでは、何故調査対象の企業の多くが内製を選択しているのであろうか。これについても<表3-2>に簡単に示されているが、大きく分けて3つの理由があるようだ。
1つめの理由は、開発ノウハウの蓄積のためであるという7。このことに関しては、J社のインタビュー中の発言によく表現されているが、外注では自社にノウハウが蓄積できず、他社との差別化が難しくなるため、内製を選択するというロジックである。
内製を選択する2つめの理由は、ゲームソフトの開発を効果的に行うためには、外製では難しい要素があるということである。この点に関しては、D社のインタビュー中の発言が最も端的に表現している。加えてインタビューでは、各社が過去にソフトの外製を行ってそれほど良い結果が得られなかったとする発言が多く聞かれた。すなわち、外製によってソフト開発を行うことの難しさが、経験を通じても認識されていることが内製中心にさせているといえる。また、これに関連して、内製中心化の理由としてコストを挙げている企業もあった。内外製のコスト比較に関しては、企業間で違いがあり、内製の方がコストを押さえられるとする企業と、外製の方がコストが低いとする企業があった。一般的に考えれば、外製の方が安いように思われるが、上記のような外部開発受託会社の管理の難しさに伴うコスト(取引費用)の増大を考慮すれば、内製の方が低コストになる可能性も否定はできないであろう。
最後に内製を選択する3番目としては、外部に開発を任せられる程の能力を持つ企業が少ないという意見が聞かれた。これについては、ソフトメーカーの独自ノウハウの蓄積との関連――自社に独自のノウハウがあるため、それを持たない外部開発受託会社の能力が低く認識されるようになる――も考えうるが、家庭用ゲーム産業全体の傾向として高い技術力、製品開発能力が求められる段階に達しており、その獲得にはそれ相応の企業の努力が求められていることもあると考えられる。
このように内製を選択する企業の側の状況を述べてきたが、反対に外製中心の企業の状況についても触れておこう。
今回の調査対象の中で外製中心の企業はM社とN社の2社であると考えられるが、それぞれが一定の理由から外製を選択していた。M社が外製を選択した理由は、ゲームでは個人の能力が重要8であり、必要とされる能力を備えた個人を組織の中に抱え込むことが難しいことであった。これに対し、M社が挙げた理由は、社内での人材の不足であった。但し、後の開発プロセスの管理で述べるように、両社とも外部開発受託会社で行われるプロジェクトを管理する人材(両社とも「プロデューサー」と呼称)を自社で持つことには積極的な意味を見出している点では共通している*。
ちなみに、内製中心、外製中心を問わず、外部の開発受託会社を利用した場合、どのような契約、報酬の仕組みを整えるかも興味深い問題である。この点については、<表3-2>の右端にあるように、ケースバイケースとの回答が多かった。だが、報酬の一般的な傾向としては、定額支払と販売本数に応じた支払の2つに大きく分けられ、どちらかといえば、後者がより多いようである。また、開発の委託先については、必ずしも全社から回答を得たわけではないが、基本的傾向として、以前からの付き合いや実績を勘案して、継続的・固定的な委託先を各社が抱えているようである。
3―2―3 製品開発の概要・ 〜製品開発組織、製品開発プロセス〜
続いて、製品開発のより具体的な姿について見ていくことにしよう。
今回の調査では、各企業の製品開発のあり方を理解するために、製品開発組織、1製品の開発活動の規模(開発予算、開発期間、開発人員)、1製品開発のための組織構造・組織編成過程とリーダーシップ、製品開発プロセス、そして開発ノウハウの有無などについての質問を行った。今回の調査目的の1つが、家庭用ゲーム機産業の一般的な姿を掴むことにあることから、以下では、企業間の共通点を中心に、これらの項目について<表3-3>を参照しながら概観していくこととする。
表3-3
表3-3 製品開発の概要
|
|
開発組織 |
開発予算 |
開発リードタイム |
開発チーム人数 |
A |
− |
− |
1.5〜3年 (ジャンルによる違い有り) |
主力=15人 最終段階で20〜30人の応援 |
B |
ハード・ソフト両者を手掛ける4つの部とソフト専門の1つの部
開発部門内において、職種分けは明確ではない |
数億円 (大きいもので10億円) |
平均3.5年 (最短2.5年) |
・20人〜50人ほどが平均的 (ケースバイケース)
|
C |
開発会社は、管理部門、スタッフ的な開発職と、開発ラインで構成
|
2億円 (最大10億円) |
1.5-2年(スポーツは1年) |
10人程度 |
D |
職種別の4班、4つの開発チーム(各1ライン) |
ソフトによる |
1.5年 |
ソフトによる 典型的なもので50人 |
E |
プロデューサーと機能長のマトリックス+他に開発サポート部門
|
− |
1〜2年 |
30〜50人程度 |
F |
研究所と、ソフト開発部門で構成
ソフト開発部門は3つのプロダクトチームと専門チーム |
2億円 (外注) |
1〜1年半 (最短6ヶ月、最長2年) |
合計10〜40人程度 |
G |
AMと家庭用のソフト開発は分化 家庭用の内部は更にいくつかに分化
|
− |
− |
10-100人 (ケースバイケース) |
H |
ジャンル別+機能別 PFが異なっても同一組織で対応 |
2億円 (PCゲームは1億円) |
1.5年 (PCゲームは1年) |
最大30人 |
I |
3開発ラインがと専門部署
職種は、プログラム、2Dグラフィック、3Dグラフィック |
約1億円 |
平均8ヶ月 (最短3ヶ月、最長16ヶ月) |
10〜20人 |
J |
独立採算的なプロダクションと専門部門
開発子会社で本体が得意としないソフトを独自開発 |
3〜30程度(内製) 1億円以下(外製) |
1〜1年半 |
− |
K |
98年4月より4開発部制、各開発部は2〜3プロジェクトを担当
|
1〜1.5億円 (外注は7-8千万円) |
1〜1.5年(内製) |
15〜20人 |
L |
既存の人員で既存の製品ラインを維持。新規の企画は新たに制作者を雇い入れる形で対応
職種区分による管理・組織は無し |
− |
− |
最大で100名 標準的なもので15〜20名の人員
|
M |
プロデューサーとプロデューサーのサブなど |
プロジェクトによる |
1.5年 (遅れることあり) |
プロジェクトによる |
N |
現在は3開発部と開発サポート |
3億円 |
1〜1.5年 |
−
|
表3-3 製品開発の概要(続)
|
|
開発チームの編成 |
開発のリーダーとその役割 |
開発ノウハウの有無とその蓄積
|
A |
各職種で構成するチームに20〜30人の応援が適宜加わる
メンバー選定の最終決定は各機能長だが実際には企画策定段階である程度メンバーを想定 |
− |
技術革新についていくため内製し、ノウハウを蓄積
文書化しても伝わらないノウハウがあるので内部に人材を抱え、ノウハウを蓄積 |
B |
− |
各部のリーダークラスは、常時複数のプロジェクトを担当
タイトル毎にプロデューサー、ディレクターなどの役割を担う。 |
内部でのノウハウの蓄積に努めている |
C |
チームに適宜サウンド等のスタッフ的な開発者が参加 企画の専門家は置かない
基本的にシリーズものは同じ子会社で行うが、チームの固定性、チームとしての一体感は少ない |
ディレクター進捗管理を基本に、品質管理、貢献度表の作成など
|
ジャンルによってノウハウの蓄積有り |
D |
タイトル毎に編成 シリーズ化されていてもマネジャー変更有り
|
プロジェクトマネジャー(プロマネ) 副社長に最終決定権
|
ノウハウ蓄積のための具体的な取り組みを行っている
|
E |
チーム編成は個人単位で管理者が決定
報酬の不公平、過去の経験の活用、個人の能力伸長のバランスを取って、チームを編成 |
プロデューサーチームメンバー決定、コスト管理、開発スケジュール管理など。基本的に1プロジェクトを担当
ディレクター製品のクオリティーの管理。1プロジェクトに専属 |
ノウハウの蓄積は重要と考え、独自のノウハウを持つ
|
F |
各専門職で構成するプロダクトラインにテンポラリの要員(デザイン、サウンド)が加わる
PCゲームの時代には1人で全て開発、その後サウンドやグラフィックが強化されるにつれ、人員が増大 |
プロダクトチームのマネジャー工程管理、予算管理、広告、人員調整など
企画担当者、ディレクタープロダクトラインの管理 |
− |
G |
チーム編成の基本は作れる人とビジネスの分かる人を揃えること
開発チームは比較的固定されているが、随時入れ替え |
ディレクター、プロデューサー |
− |
H |
− |
プロデューサー工程管理、人員配置
ディレクター(0〜数人)企画作成、シナリオ作成、仕様書作成 |
人材育成などを通じ、ノウハウの蓄積を狙っている |
I |
ラインに、企画担当者と社長などが加わって構成
足りないときには他のラインからの応援有り |
プロデューサー進捗管理、仕事の割振、制作指示、メモリー割り当て等
ディレクターアイディア、ゲームバランス、その他開発業務 |
− |
J |
ディレクター以下の開発者は基本的に1プロジェクトに専属
プロジェクト立上げ後、コアメンバーからの指名や公募でチームを決定 |
プロデューサー、ディレクター |
内製を行うことで、ゲーム開発のノウハウを積極的に蓄積しようとしている− |
K |
各職種で構成するプロジェクトラインにサウンドがテンポラリーに加わる
一部入替有るが、チームの継続性はあり |
(社外ソフト)プロデューサー企画、スケジュール管理 |
ノウハウ(人的ノウハウ・マネジメントノウハウ)の蓄積有り
|
L |
チームの編成は、リーダーからの個人への呼びかけと当人との話し合いを通じて決定される
シリーズ化されている製品のチームの継続性はケース・バイ・ケース |
− |
良い人材であれば雇い続けノウハウ蓄積を実現したいが、優秀でない人を雇いつづけ、育てるつもりはない |
M |
プロデューサーが外部の人材を集め、チームを編成
成功したチームは固定的に残す |
プロデューサー企画の提案(但し内容はチーム任せ)、チーム編成、進捗 管理、機材調達など。内容に対する意見はするが、基本的にチーム主導
|
− |
N |
各開発部に、テンポラリーな要員が加わって構成 |
プロデューサープロジェクト全体の管理、進捗管理 |
−
|
まず、各社の開発組織であるが、これは基本的にプロジェクト・チームベースの組織編成であるといえる。この背景には、後述するように個別の製品開発プロジェクトが比較的メンバーの専属性が高い(プロジェクトチームの「括り」が強い)プロジェクト・チームでおこなわれていること、開発人員がタスクに比して少なく各開発者が何れかのプロジェクトチームに所属している期間のほうがそうでない期間より長いこと、などの事情があると考えられる。また、こうしたプロジェクトベースのライン的な部分のほかに、サウンド(BGM、音響効果など)や開発のサポートなどの開発者を集めたスタッフ的な部分があるという組織編成も多く見られた。
次に1製品の開発活動の規模であるが、これは概ね類似しているようだ。予算額では、1〜2億円、開発期間1〜2年、開発人員10〜20、30人というのが平均的な開発の規模である。但しこれらの質問に対し、インタビュー中しばしば「ケースバイケース」という言葉が発せられたことに象徴されているように、実際の開発活動の規模は、開発する製品によって大きく異なる。予算、期間、人員それぞれ最大で、30億円、数百人、2年以上の開発期間といった場合も存在するようである。
3番目に、1つの製品開発を行う際の組織構造、組織編成過程、リーダーなどといった事柄を見てみよう。上述のように製品開発実行部隊の組織構造は、プロジェクトチームである。このプロジェクトチームには、プログラマー、グラフィック担当者等が含まれており、場合によっては、企画や開発の諸業務を行う人員、サウンド担当者なども含まれていた。但し、サウンドなど一部の職種の人員は、開発プロセス中の必要な時期に一時的にチームに参加するようになっている企業も少なからずあった。
また、こうした組織を編成する過程としては、大きく分けて、管理者(開発部門長、機能・職種部門長、プロジェクトチームのリーダーなど)が指名する「トップダウン」的な場合と、個々の開発者が自ら参加を申し出る「ボトムアップ」的な場合と、両社の組合せの場合が見られた。但し、完全に「ボトムアップ」的なケースがあることについては確認されなかった。
また、チーム編成の際、既存のプロジェクトチームを継続させ、メンバーを固定化する傾向があるのかについても質問を行ったが、完全なメンバーの入替、一部メンバーの継続、一部メンバーの入替などが行われていることは確認されたが、完全にメンバーを固定化するケースは少なかった。この理由について、各社のインタビュー中の発言を基に考えてみると、固定化による、製品の(アイディアの)行き詰まり、新しいことに取り組めないことによる士気の低下、チーム内の人間関係への配慮、開発タスクの固定化に伴う個人の能力の固定化などのデメリットを回避することを重視しているためであると考えられる。
そして開発チームのリーダーに関しては、多くの企業において、プロデューサー、ディレクターという2つの種類のリーダーを設定しているようであった。基本的にプロデューサーは、予算、スケジュール、人員などを含めたプロジェクト全体の管理、ディレクターはより現場に近い位置で製品の内容面を管理するようであ・SUP>9。
4番目の論点として、開発プロセスについて触れることにしよう。
残念ながら、この項目に関しては、各社からまとまった回答を得ることはできなかった。だが、インタビュー中の発言などから、ゲームソフトの開発は、その初期において現場の個々の開発者が提示するアイディア提案が重要であること、製品のクオリティーを向上させるために開発後期における調整活動(テストプレー、ゲームバランス調整など)が重要であること、プロセス管理においては、クオリティーの向上とスケジュール管理の両立が難しい問題であること、などが各社、各プロジェクトの共通項であうように思われる。
ゲームソフト開発の概要についての説明を締めくくるに当たり、開発ノウハウとその蓄積の有無について触れることとする。
インタビュー対象企業の14社のうち、半数以上の企業からゲームソフト開発のノウハウの蓄積というものがあり、また自社がその蓄積のために努力しているとの回答を得た。そしてその蓄積、活用に関しては、データや文書などを通じて行うとする企業があったが、同時にそうした企業を含め多くの会社が、人材育成を通じてのノウハウの蓄積、活用を志向しているようでもあった10。
3−2−4 開発者の雇用政策
インタビュー調査の結果明らかとなった、家庭用ゲーム産業における企業の姿に関する第4の論点として、ここでは開発者の雇用のあり方について見ていこうと思う。以下では、開発者の採用、育成、報酬制度、定着率(離職率)の順に概観していく(表3-4参照)。
開発者の雇用に関しては、新卒、中途採用のいずれもが行われている。採用方針としては、人材の潜在能力を重視する企業と、即戦力になりうる、すなわち採用時点で開発の能力を有しているか否かを重視する企業がある。近年の状況として、ゲーム専門学校や大学などでの教育を通じ、新卒者であってもある程度の開発の能力を有している場合もあるが、基本的な傾向として新卒者中心と潜在能力重視の採用方針、中途採用者中心と即戦力重視の採用方針は一致しているようである。そしてこのことは次に述べる開発者の育成にも関係を持っている。
表3-4
表3-4 開発者の雇用政策
|
|
開発者の採用 |
開発者の育成 |
開発者の報酬制度 |
社員の離職率 |
A |
殆ど新卒採用 潜在的な能力を重視 |
OJT(ノウハウも蓄積)
→4ヶ月程度である程度の技能が身に付き、半年〜1年で現場に投入 |
明確なインセンティブ制度は無し
売上と技術に応じて報奨金と昇給昇格で評価 |
1%以下の離職率 |
B |
− |
開発の仕事を行う中で、各個人の適性が分かり、一定の職種の仕事を担当するようになる |
通常給、インセンティブ制度はない |
終身雇用を含む「日本的な雇用形態」 離職率は低い
|
C |
新卒者が中心 即戦力を採用
各開発会社も面接を行い、本体でまとめて採用 |
OJT |
3年目から年俸制
ロイヤリティー分は貢献度で開発者に配分(最大1千万円) |
退職者は毎年平均開発者全体の3〜5% |
D |
潜在能力を重視 学歴不問 |
新卒社員を対象としたかなり厳しい研修 →約8割が開発者になる
|
通常の給与(月給+ボーナス)+売上本数にリンクしたインセンティブ
給与水準はやや高め |
低い |
E |
新卒定期と通年
採用者は、プロデューサーあるいは各機能部門の人間が決定 |
基本的に内部で育成 OJTが中心 |
固定給と、「チーム利益」リンクの変動給(5:1) |
退職者は多い(50-40人退職) |
F |
出身不問 →結果的にゲーム専門学校卒多
契約社員で採用し、1年後に本社員採用の可否を決定 選考は、現場の人間と経営サイドの面接で行う |
6ヶ月間研究所にて訓練、その後OJT |
入社2年目までは普通の給与、3年目から実績とリンクした年俸制
評価は売上技術的成果を考慮し、現場が決定 |
技術者は低い |
G |
新卒者と中途採用 採用は面接中心で、応募者の能力を重視して評価
|
開発者が企業の持つノウハウを吸収し、一人前になるには5年程度
|
− |
企業としての「財産」となる優秀な人材の退社はやはり打撃であり、繋ぎ止める努力 |
H |
新卒採用中心。中途採用もあり 大学出身者中心
ゲーム専門学校出身者は殆どいない |
OJT在籍3年以上の社員がマンツーマンで指導 |
従来、賃金格差はほとんどない。 現在、年俸制報奨金などを検討中
|
| |
I |
新卒採用中心、学歴不問。採用時に簡単なテストと面接を行う
ゲーム業界経験者はあまり採用していない |
OJT |
インセンティブ制はなし |
中核的人材はやめない |
J |
直接社員採用とアルバイトを通じた育成を経るの2種類の採用ルート
|
アルバイトを通じた育成(を経ての採用)
才能のある人をアルバイトとして雇いながら教育を施す |
報酬制度の基本的は、能力部分(年俸)と成果部分(ボーナス)
ボーナス=プロダクション単位で利益を算出し、更に細分化して個々人に配分 年俸= 年齢給(ほぼ固定)+ 能力給(職位を反映)
|
正社員は、自ら退職する人員は少ない(年数人〜年20〜30人が退職)
開発アルバイトの人の出入りは活発 |
K |
(非開発者を含め)新卒20人、中途採用20人程度採用
学歴は、大卒、大学院卒、美術系大学卒 |
OJT
ゲーム専門学校出身者であれば数ヶ月で仕事ができるようになるが、そうでない場合約1年ほどかかる |
インセンティブ制なし 現在,インセンティブ制度の導入を別組織で試行中
|
平均在籍3年 5年で約半分が退職 |
L |
通年採用 インターネットや求人広告、大学の就職課などを通じて募集
他企業からの転職者も多数 |
(ゲーム制作の経験が無い人の場合) 入社後OJTで教育
|
全員契約社員 固定給(=年俸) + ロイヤリティー |
自ら退社した人間は、毎年10人ほど |
M |
初期は中途採用が多かったが、現在では新卒者も採用 |
(プロデューサーはOJT、2回失敗したら配置転換) |
− |
− |
N |
− |
(プロデューサーは、能力の有る人をプロデューサーのサブとして仕事をさせ、育成) |
通常の給与(給与+ボーナス)のみ |
低い、少なくとも重要な人物の流出はない
|
また、開発者の育成に関しては、多くの企業がOJTによる育成を行っている。
ここで、採用、育成に関する方針の違いをより細かく見てみると基本的傾向として次のような違いを指摘することができる。すなわち、内製中心の企業のうち、A〜I社では新卒者を中心に採用し、OJTによる育成によって社内で開発者を育成することを基本としている。他方、内製中心であっても、J〜L社では採用において新卒、中途のいずれを中心に据えているかが必ずしも明確ではなく、育成に関しても開発能力が不足している場合にOJTを行うというように、必ずしも自社による育成を重視しているわけではない。
こうした人材の採用、育成の基本的傾向の違いは、報酬制度においても同様に見られる。前者の内製中心、内部育成中心の企業では、年俸制などは採り入れられているものの、開発成果=開発に携わったソフトの売上に応じたインセンティブ制度は採用されていない。他方、内製中心であっても、内部育成を重視しない企業の場合、報酬制度においてインセンティブ制度が明確に採り入れられている。
こうした内製中心型の企業群の中で、後者の「内部育成非重視・インセンティブ制度有り」という企業の雇用のあり方は、外製中心の企業のそれに類似していると考えることができる。付表では、外製中心型企業の内部人材の処遇を記述しているため、一見すると外製中心型の企業と内製中心型の企業の雇用のあり方は差がないように見えるが、本来は外製中心型の企業で実際に開発活動を行っている外部の人材の処遇を、内製中心型企業における開発者の処遇と比べるべきであろう。今回のインタビュー調査は、外製中心型企業自体に対して行われたため、そのような外部の人材に関する情報を十分に得ることはできなかったが、断片的な情報や類似の産業における人材のあり方を参考にすると、彼らは、企業組織に依存せず自身の責任と努力で能力を開発し、随時M社やN社のような企業と契約を結び、インセンティブ制度に近い形で報酬を受け取ることを前提に、製品開発に当たっていると考えられる。従って、能力の開発(個人的なノウハウの蓄積)、企業との関係、報酬制度のあり方などの点において、外製中心企業の開発者と、内製中心型でかつ「内部育成非重視・インセンティブ制度有り」の企業における開発者とは、極めて近い雇用のあり方であるといえる。いいかえれば、報酬制度と能力育成に着目した開発者の雇用のあり方に基づくと、A〜Iのような実質的な内製中心型企業いわば「開発者抱え込み戦略」と、J〜Nのような実質的な外製中心企業いわば「外部制作者活用戦略」とに分けることができるといえよう11。
ちなみに、雇用のあり方、人材の処遇は、このように大きく2つに分けられるが、両者の間で社員の定着率における大きな違いは見られない。インセンティブ制度により社員の離職を防いでいる実質的外製中心型企業は、いわゆる外的動機付けが強く働いているためと考えられるが、そうした仕組みの無い実質的内製中心型については、別のインセンティブ・メカニズムが働いていると考える必要があろう。今回の調査ではそれが何であるのかを明確に把握するにはいたらなかったが、ツールや社風、ゲームソフトユーザー時代から持っている企業への憧れ等を含めた広義の内的動機付けが働いているのではないだろうか12。この点についても今後の調査で明らかにしていく予定である。
3−2−5 流通政策
ここまで、各社の製品戦略や、製品開発活動について述べてきたが、5番目の論点としてやや角度を変えて、ゲームソフトの流通に関する各社の行動、認識を概観することにしよう。
流通に関する1つのトピックは、どのような流通システムを採用するかである。ゲームソフトという製品では、流通のもつ重要性が相対的に高いといえる。その背景の一つとしては、企業から発して消費者へと向かう一連の活動の中で、生産活動がもつ重要性が低く、その他の活動である製品開発活動や流通が、企業にとって利益の源泉として、あるいは企業の独自性を発揮する場として相対的に重要になっている。
同時にこの傾向が、家庭用ゲーム機産業の過去の歴史的経緯によっても強められてきたとも考えられる。すなわち、任天堂のPFが主導的であった状況、換言すれば任天堂と繋がりの深い初心会という問屋組織が流通のイニシアティブを握っていた状況が、新しい流通の仕組みを携えてSCEが新規に参入し、同社が産業の主導権を握ったことによって変化した。この一連の変化が、ソフトメーカーに現行の流通構造が持つ問題点を客観的に把握する機会を与え、流通改革の可能性や、その重要性を認識させ、実際の行動に踏み切らせる契機となったとも考えられるのである。
こうした経緯を受けて進められている現在のソフトメーカーの流通行動は、支配的なSCEの流通に対する行動が中心であると考えられる。つまり、基本的にPFメーカーがが問屋として自社PF対応ソフトを一手に扱い、小売りへの直販を行う現在支配的なSCEの流通の存在を前提に、ソフトメーカーがSCEの流通システムに参加するか、それとも自社で独自に流通(自主流通)を行うかが基本的な選択となっている。
表3-5
表3-5 流通政策 |
|
流通、自主流通 |
中古問題についての見解 |
m |
任天堂SFC時代から自主流通を行っている
自主流通に対し、SCE側からクレームや制裁があったことない SCE向けのソフトの場合、物流に関してはSCEのものを利用 |
非常に重要な問題 深刻な被害を受けている |
n |
自主流通を行っている
生産量の決定に当たっては、リピート体制を充実させ、足りない場合はリピートで補うスタンス |
やはり問題
現状の仕組みを変えることにより中古が減るのではないかと考えている |
o |
自主流通を行っている |
ソフトの良し悪しについて、消費者が事前に判断を下せないことに問題があるかもしれない
現実の対抗策としては、一定期間後に低価格版を発売 |
p |
自社流通を行っている |
− |
q |
子会社を通じて自主流通 流通チャネルによりでは販売のスタンスが異なる
|
− |
r |
1999年度より子会社を使い自主流通を行う予定
流通マージンの獲得、在庫不足への対応、マーケットへの対応が狙い |
中古ソフトは許されない 真剣な取り組みを考えている
|
s |
問屋を利用 |
CESAの一員として活動はしているが単独の動きはしていない 中古の防止の難しい
ソフトメーカー、PFメーカーにも相応の努力が必要 |
t |
自主流通はなし
自主流通を行わないのは、毎月1本のソフト発売が難しく、売掛金回収のコストもかかるため
自主流通のメリットは、自分たちの営業方針を打ち出せる、与信枠の制限が無い |
反対 2次利用が難しいので中古の被害は大きい
中古を法的に規制するよりも、中古に一定の課金を行う方が良いのではないか |
u |
自主流通は行っていない(但し、自社で行える準備はある)
自主流通を行うには年間12本のソフトを安定的に出す必要があるため現在は行っていない
リピートが最短でも3週間ほどかかるため、初回出荷の目安は約1ヶ月の店頭在庫 |
中古に対しては否定的 対抗策としてソフトの価格を下げることにも懐疑的
|
v |
自主流通はなし |
− |
w |
自主流通は行っていない |
悪いと思うが、ソフトメーカー側にも中古が無くなるような努力が必要と考えている |
x |
自主流通は行っていない
但し自社で小売店に対するプロモーション活動は行っている |
公式には反対
但し社内的には、ベスト版のように価格を下げて中古製品に対抗すべきとの意見も有る |
y |
− |
− |
z |
自主流通は、考えていない
顧客さんの声が開発に届くことが重要であり、それは現状で達成されている |
中古は、クリエイターに対しての背信行為
中古においても、最低でも何らかの見返りが必要 |
こうした状況の中行われたインタビュー結果は、<表3-5>に示した通りである。付表から明らかなように、調査対象の企業のうち、6社が自主流通を実施あるいは予定している。公刊資料等から判断すると、現在の家庭用ゲーム機産業(特にSCEのPF対応ソフト市場)ではSCE流通に参加する企業の方が圧倒的に多いことから、約半数弱の企業が自主流通を実施、志向しているという結果は、やや偏った結果であるといえる。
インタビュー結果が自主流通が多い企業に偏っている理由としては、インタビュー対象企業が家庭用ゲーム機産業の大手であることが考えられるであろう。大手企業では、自主流通に必要な経営資源を所有している可能性が高く、従って大手企業を多く含む調査対象では産業全体の傾向より自主流通企業の比率が高くなっていると考えられるのである。
但し、単純に大手企業である、企業規模が大きいということが自主流通の実施に繋がるわけではない。インタビュー調査対象の中でも、大手企業、大企業でありながら自主流通を行っていない企業が確認されている。そしてそれらの企業や、自主流通を行っている企業の発言から、自主流通のメリット、デメリットは次のようであるといえる。自主流通のメリットとは、流通における自由度が高まることである。この自由度の中には、生産量の決定、セールスプロモーションの内容、流通チャネルの選択についての自由度が含まれている。また、SCEに任せていては得ることができない流通マージンの獲得も大きなメリットの1つである。
他方、自主流通を行うことに伴うデメリットとは、端的にいって費用である。当然のことではあるが、自主流通を行うためには、販売網、販売員など様々な費用を自社で負担しなければならない。これらの費用負担に耐え、上述のようなメリットを発揮するためには、概ね毎月1タイトル以上のソフトを発売しなければならないとの意見が聞かれたが、大手企業も含め、そのようなことが実現できない、あるいは実現可能でも自主流通のメリットが大きいものだとは判断していない場合に、SCEの流通システムへの参加を選択しているようである。
流通に関する2つめのトピックとしては、中古ソフトの問題がある。ゲームソフトがデジタルなコンテンツ製品であり、使用による劣化が非常に軽微なことが、中古ソフトが取引される基本的条件を形成していると考えられる。そして中古ソフトの取引は基本的に「ユーザー間」の取引であるため、ソフトメーカーに売上、利益が入らない。これらの結果、中古ソフトの販売によって、新品のソフトの売上が減少し、それに伴ってソフトメーカーの利益が減っているといわれている。これがいわゆる「中古(ゲーム)ソフトの問題」である。
インタビュー結果は<表3-5>に示した通りであり、当然の結果とも言えるがソフトメーカーは基本的に中古ソフトの流通に反対の立場を取っている。だが他方、中古ソフトを買うという選択を行うユーザー側の事情や、現在のソフトメーカー流通構造の問題点を指摘し、中古に一定の理解を示すメーカーもあった。但し、これらの企業も決して中古ソフトの流通を是認しているわけではなく、「必要悪」といったような認識をしているとした方が妥当であると思われる。だがより重要なのは、これらのメーカーが中古問題を単なる自社の権利侵害と捉えるのはなく、自身の問題点は無いのかという視点を持って考えていることであり、同産業の健全さを現われではないかとも思われる。
3−2−6 海外展開、海外市場の動向
インタビュー結果の概要を紹介する最後として、各社の海外展開、各社が認識する海外市場の動向について述べることとする。
インタビュー調査において、このような質問を発したのは、われわれが「海外で通用するコンテンツ産業」としての家庭用ゲーム産業を認識しており、それがどの程度正しい認識であるのかを確かめるためであった。そのために、その海外活動における実態はどのようなものか、また、潜在市場である海外市場や、競争関係にある海外ソフトメーカーについてどのような認識を持っているか、などを知る必要があると考えたのである。
海外展開、海外市場の動向についてのインタビュー結果をまとめたものが<表3-6>である。
表3-6
表3-6 海外展開、海外市場の認識
|
|
海外でのソフトの発売 |
海外での開発 |
海外のゲーム産業事情 日本の家庭用ゲーム産業が持つ世界市場での優位性
|
イ |
有り 海外マーケット開拓のために海外現地法人 |
日本向け中心 |
− |
ロ |
有り アメリカに販売子会社(業務用、家庭用対象) |
− |
日本のゲーム産業が強いのは事実 |
ハ |
有り |
アメリカに開発会社 現在はソフトのライセンス業務、ローカライズ |
− |
ニ |
有り(ロイヤリティー方式) |
− |
アメリカはプロモーション、ブランドの必要性が低く、やり易い
|
ホ |
− |
− |
− |
ヘ |
有り |
各市場ごとに現地で開発すべき |
PFメーカーが日本企業であることがゲーム産業全体の強さにつながっているのでは
エンターテイメント産業の基礎力はアメリカの方が強い |
ト |
有り 現在では国内中心にしながら、海外を徐々に拡充中 |
海外の開発拠点必要(既に一つあり) |
海外のパソコン向けのメーカーはプログラミング等の技術が優れている
技術や企画発想では日米の間に違いがあるとは思えない 日本と海外(アメリカ)では、受ける製品、面白さの感覚が違う |
チ |
有り |
ヨーロッパとアメリカに、ソフトメーカーあり
一部の例外を除き、制作段階から海外市場を視野に入れない |
業務用機などでの日本の優位,北米市場がPC中心になったことにより、家庭用ゲーム機分野では日本からの輸出が大きくなった
欧米と日本では技術に対する認識の違う 日本と海外におけるゲームの嗜好は以前に比べ接近してきたが、依然として異なる面もある。
|
リ |
有り |
− |
全体として見れば、やはり日本(企業)が世界のゲーム産業の中心を占めている
日本の強さの源泉は、ハード、ソフト、ビジネススキーム、市場、の4つの領域での状況が相俟って生まれているのではないか
日米ではソフトに関するテイストが違う 外国のゲームは日本のユーザーに |
ヌ |
有り 現地販社あり |
ワールドワイド前提の開発 海外専門の開発組織無し |
必ずしも日本のゲームソフトに国際競争力があるとは思われない
日米の嗜好の違いは確かにある |
ル |
有り AM部門でも積極的に海外展開 |
現地開発主義 NES時代はアメリカの会社にライセンシング
現在はアメリカに家庭用事業の拠点あり |
アメリカでは開発とパブリッシングが分業しているのが一般的で、人の出入りも激しい
アメリカ人の方が個人の能力がすごい
ソフトウエアの個別技術単体でみれば、アメリカの方が強いが、ゲームソフトエモーショナルな部分もあるので日本もやれる |
ヲ |
有り(ロイヤリティー方式) |
過去に経験はあるが、現在は海外での開発はしていない |
日本のゲーム産業が強い理由は、当初の企業が自由で個性的であったこと、TOP10のメーカー間での競争が厳しく行なわれていることなどがあるのではないか
アメリカは発想力がすばらしいが、つくりが雑。イギリスには技術力ですばらしい会社もあるし、フランスでは音楽・デザ |
ワ |
|
開発拠点有り 自社のノウハウを伝えるために技術者派遣 |
日本のソフトが強い理由は、(私見だが)2つ ・(日本的な)ゲームの作りこみができている
・ハードメーカーが偶然にも日本に3社もあり、PFの情報が(日本語で)豊富に入手可能 |
カ |
有り |
海外に200人の人員を配置した開発拠点 |
代表的なソフトに象徴されるように、日米欧の市場の嗜好は異なっている
アメリカの開発体制は日本とは異なっている 同社の技術力は特異。世界でもトップクラスの技術力を有している
|
海外でのソフトの発売に関しては、多くの企業が発売をしている。その方法は、大きく分けて、現地法人(販売子会社)などを通じてのソフトの販売と、海外企業に対するロイヤリティー契約を通じての間接的な販売との2つである13。
一方、海外市場向けの開発、海外での開発については販売よりも企業間の差があるようである。海外向けのソフト開発の方針としては、ヌ社を除き、基本的に海外のある市場に受け入れられるソフトを開発するためには、当初からその市場を念頭において作ることが必要であるとの認識を持っているようである。そしてそのように考える企業のうち、いくつかの企業は実際に開発拠点を海外に有している。
このように、海外市場での販売、開発の海外展開につ「ての、やや表面的に見ると、われわれの当初の認識はかなり正しいものであったように思われる。だが、海外市場や海外ソフトメーカーについての意見を求めると、日本の家庭用ゲーム産業の海外での競争に関して意外なほど先行きを危ぶむ声が聞かれた。例えば、アメリカ企業の持つ技術的な優位性、海外市場と日本市場の嗜好の違い、日本企業の優位性の低下などはいくつかの企業で聞くことができた。(詳細は<表3-6>右端)
そうした「危機感」が本当に現実になりうるものであるのか、言い換えれば、日本家庭用ゲーム産業の持つ世界市場での優位性が、従来主張されてきたほど大きくないのか、ということに関しては、現段階で即答することはできない。この点に関しても、今後の調査を通じ明らかにしていく必要があろう。
3−3 小括
以上、本節では、われわれが行った主要14社へのインタビュー調査の結果に基づき、家庭用ゲーム産業とその中で活動する企業の姿の概要を描き出すことに努めてきた。ここまでの調査結果は以下のようにまとめられるように思われる。
・家庭用ゲーム機産業は、多様なプロフィール、規模、業容を持つ企業が存在する産業である。
・各社の製品戦略は、「絞り込み」、「安定化」、あるいは「安定化」の達成のための、シリーズ化、製品毎のメリハリなどの共通の戦略で特徴づけられる。
・各社の製品開発における基本方針は、「内製中心型」と「外製中心型」に分けられる。但し、こうした分類は只単に製品開発プロジェクトの内外製比率などを見るだけでは適切な分類とは言えない。それに加えて、それぞれの会社の製品開発のプロセス、組織、あるいは開発者の雇用政策なども検討すべきである。
・ソフトウェア開発に関するノウハウは、存在する可能性が高い。また、そのノウハウの内容は、文書やデータなどの形式化された知識に止まらず、より伝達の難しい要素をも含んでいる可能性がある。そしてこのことに関連して、人材の育成が重要な意味を持っていると考えられる。
・1製品の開発活動の規模は、予算額では1〜2億円、開発期間1〜2年、開発人員10〜20、30人というのが平均的な開発の規模である。但し実際は、ケースバイケースの部分がかなりあり、このような「平均的規模」から外れる規模のプロジェクトもある。
・1つの製品開発実行部隊の組織構造は、プロジェクトチームである。このプロジェクトチームには、プログラマー、グラフィック担当者等が含まれている。その他の企画や開発の諸業務を行う人員、サウンド担当者などは、プロジェクトチームに属する場合と、プロジェクトチーム外に属して、一時的にプロジェクトチームに参加する場合があった。
・開発チームのリーダーは、多くの場合プロデューサー、ディレクターという2つの種類のリーダーが存在した。基本的にプロデューサーはプロジェクト全体の管理、ディレクターは製品の内容面を管理するようである。
・開発者の雇用、報酬に関し、「開発者抱え込み戦略」の企業タイプと「外部制作者活用戦略」の企業タイプが大別された。また、両者の違いは開発ノウハウの蓄積とも関連がある可能性がある。
・製品の流通に関しては、自主流通を行っている企業と、行っていない企業が確認された。自主流通にはメリット、デメリット両者があり、各企業は自社の経営資源などを勘案して自主流通実施の可否を決定しているようである。
・海外展開に関しては、販売面では多くの企業が、開発面では数社が海外へ展開を行っている。但し、海外市場での日本企業の強さ、日本の家庭用ゲーム機産業の強さに関しては懐疑的な意見も多い
このようにインタビューを通じ、日本家庭用ゲーム機産業の現在の姿について一定の理解をすることができたように思われる。しかしながら、様々な点において不十分な点もまたあり、それらについては今後の調査、研究を通じて知見を深めていこうと考えている。
4 ゲームソフトの売上とノウハウの影響についての分析
4-1 売上特性の分析
4-1-1 ゲームソフトのヒット率
前節では、ゲームソフトの製品特性と、われわれが行った探索的なインタビューの結果に基づいて、ゲームソフト開発における企業の開発戦略の類型化、すなわち企業がゲームソフトを開発するに当たり取りうる立場・戦略のバラエティーについて、やや論理的に考えてみた。本節では、ゲームソフトの売上=ソフトメーカーの成果を絡めた分析を行って、企業の開発戦略についてより深く考えてみたいと思う。なお、以下の分析では、メディアクリエイトが集計した各タイトルの週単位の売上推計値を用いている。対象としたソフトは1997年と1998年に発売されたものであり、計1183タイトルである。
表4-1 売上本数の分布
表4-1 売上本数の分布 |
万本 |
プレイステーション |
セガサターン |
NINTENDO64 |
合計 |
97年 |
98年 |
97年 |
98年 |
97年 |
98年 |
97年 |
98年 |
計 |
0〜 |
95 |
176 |
98 |
72 |
10 |
7 |
203 |
255 |
458 |
(31%) |
(41%) |
(45%) |
(45%) |
(28%) |
(28%) |
(36%) |
(41%) |
(39%) |
1〜 |
102 |
157 |
66 |
54 |
11 |
8 |
179 |
219 |
398 |
(33%) |
(36%) |
(30%) |
(34%) |
(31%) |
(32%) |
(32%) |
(35%) |
(34%) |
5〜 |
38 |
37 |
27 |
21 |
8 |
3 |
73 |
61 |
134 |
(12%) |
(9%) |
(12%) |
(13%) |
(22%) |
(12%) |
(13%) |
(10%) |
(11%) |
10〜 |
38 |
33 |
18 |
8 |
3 |
4 |
59 |
45 |
104 |
(12%) |
(8%) |
(8%) |
(5%) |
(8%) |
(16%) |
(10%) |
(7%) |
(9%) |
20〜 |
23 |
18 |
8 |
3 |
4 |
2 |
35 |
23 |
58 |
(7%) |
(4%) |
(4%) |
(2%) |
(11%) |
(8%) |
(6%) |
(4%) |
(5%) |
100〜 |
15 |
13 |
0 |
2 |
0 |
1 |
15 |
16 |
31 |
(5%) |
(3%) |
(0%) |
(1%) |
(0%) |
(4%) |
(3%) |
(3%) |
(3%) |
合計 |
311 |
434 |
217 |
160 |
36 |
25 |
564 |
619 |
1183 |
ヒット率 |
25% |
15% |
12% |
8% |
20% |
29% |
19% |
14% |
16% |
ヒット作品の本数シェア |
83% |
74% |
55% |
47% |
64% |
84% |
77% |
71% |
74% |
* メディアクリエイト作成の売上本数より筆者作成。
|
はじめに、現在ゲームソフトの売上がどのようになっているかを概観してみることにしよう。表4-1は、ゲームソフト市場では売上の少ないタイトルの数が非常に多いことが端的に示している。全体で見ると約40%が1万本未満の売上であり、10万本未満の売上のタイトルが全タイトル数の80%以上を占めている。しかもこの数字は、メディアクリエイトがデータとして発表しているのが、各週の売上上位(1〜90ないし100位まで)のタイトルのみを対象にしたものであることを考えれば、ソフト市場全体としてはより厳しい状況があると考えることができよう。
こうした状況を違う角度から浮き彫りにするために、「ヒットソフト」、「ヒット率」というものを考えてみた。ここでヒットソフトとは10万本以上の売上を上げたソフトを指し、ヒット率とは対象タイトルの総数に占めるヒットソフトのタイトル数の比率である。ヒットソフトとそうでないソフトの区切りを10万本とした背景には、公刊資料の分析とわれわれのインタビューの結果から、ソフトメーカーが開発費を回収し、利益を上げるために、平均的には10万本程度の売上が無くては難しいと考えられるからである。そして、ヒット率、及びヒットソフトの売上本数の合計が全ソフトの売上合計に占める割合(「ヒットソフトシェア」)について計算してみた。その結果は表4-1の下の部分に記されている。
ヒット率はどのプラットフォームで見ても多くの場合20%以下であるが、本数で見てみると全売上本数に占めるヒットソフトの売上本数の比率は非常に高い。少なくとも50%以上、平均で70%程度がヒットソフトの売上である。1998年のヒットソフトシェアが1997年よりもやや低下していることから、いわゆるビッグタイトルのプレゼンスが上昇しているとは言えないようだ。
プラットフォーム別に見ると、セガサターン(以下SSと略)においてはヒット率、ヒットソフトシェアが平均して低く、NINTENDO64(以下N64と略)において高く、プレイステーション(以下PSと略)はその中間であるといえる。また、2年間の動きとして、SS、PSではヒット率、ヒットソフトシェアが低下しているが、N64では上昇している。
これらの結果から、ゲームソフト市場の全体像は、プラットフォームによって多少の違いはあるものの、大勢においては、一部のソフトに売上が集中しきわめて大きい売上を上げている一方で、多数のソフトが少ない売上しか達成できない、というものであるといえる。
さらに、ゲームソフトは開発費を中心とした固定費の割合が高く、そのため売上が大きいければ利益も非常に大きくなりやすいという特徴もある。一般的にソフト販売1本当り粗利は約2000円であると言われているので、開発費1億5千万円のタイトルであれば、売上10万本で5千万円、売上20万本で2億5千万円、売上100万本では20億円近い巨額な利益がソフトメーカーにもたらされることとなる。これらに、ヒットソフトとした売上10万本以上のソフトの内半分以上が20万本以上売れていることを考え合わせると利益という面で見ても、少数のタイトルが非常に大きい利益を上げている一方で、開発費を賄うことが難しいソフトが多数あるという厳しい状況があるものと考えることができる。
次に、こうしたタイトル単位で見られる売上の集中という現象について、企業という単位に着目して概観してみよう。ここでは企業という単位を分析するために前述のデータを企業ごとに集計して各企業の売上本数を算出し、プラットフォームごとに各社のシェアを計算している。その際、売上の集中度の指標として、「上位5社集中度」、「ハーフィンダール指数」の2つを用いた。14
表4-2 集中度の推移
表4-2 集中度の推移 |
|
プレイステーション |
セガサターン |
NINTENDO64 |
|
97年 |
98年 |
97年 |
98年 |
97年 |
98年 |
上位5社集中度 |
61.0% |
53.9% |
56.4% |
64.0% |
86.9% |
97.5% |
ハーフィンダル指数 |
0.115 |
0.067 |
0.126 |
0.161 |
0.284 |
0.644 |
対象企業数 |
98 |
133 |
85 |
65 |
22 |
12 |
対象タイトル数 |
311 |
434 |
217 |
160 |
36 |
25 |
* メディアクリエイト作成の売上本数より筆者作成。
|
全体的に、上位5社集中度は50%を超えている。プラットフォーム別で見ると、ハードメーカーである任天堂がソフトにおいてもきわめて高いシェアを獲得しているN64では上位5社集中度、ハーフィンダール指数とも高く、他の2つのプラットフォームでは2つの指標はそれほど高くない。1997年、1998年の2年間の動きとしては、N64、SSの両プラットフォームの集中度、ハーフィンダール指数が上昇しているが、PSにおいては低下している。これは、N64ソフトでは任天堂自身のソフトの売上がきわめて高くなったこと、SSに関しては発売企業が減ったこと、PSでは発売企業が増えたことなどがその原因であると考えられる。
続いて同様に企業という単位に注目したソフト市場の分析として、先程提示したヒット率という指標を企業ごとに算出したものを見てみることにしよう。端的にいって、どちらかといえば上記の企業別集中度よりも、こちらの方が重要であると考えられる。なぜなら、上位のメーカーが豊富な経営資源(ヒト、モノ、カネ)を利用してタイトル数を増やし、それによって市場におけるシェアを高めることは可能であるが、それが各企業にとって望ましい結果、すなわち高い利益を上げていることに結びついているとは必ずしもいえないからである。各企業の利益の向上により結びつきやすいと考えられる、企業別ヒット率を見ることの方が重要であると考えられる。
図4-1 企業別ヒット率の分布
ここでは、後述する売上分析の対象となる56社のみを取り上げた。図4-1から明らかなように、比較的大規模(期間内発売タイトル10以上)な企業であっても、必ずしもヒット率が高いわけではない。ヒット率がきわめて高い企業が数社存在するものの、むしろ大勢としては、ヒット率が非常に低い企業の方が多いという実状がある。
以上、売上本数の分布と集中度、企業別ヒット率という3つの側面からソフト市場を概観してみた。まず、ゲームソフトの市場とは、ヒットソフトが出れば大きな利益を上げられるが、そうしたソフトはごく少数しか存在しないことが明らかになった。現在、ソフトメーカーを取り巻く環境として、開発費や広告・宣伝費の上昇などによって、ヒットソフトを生み出す必要性がより高くなっている。だが、大手といわれる企業は確かに売上総数に関しては一定のプレゼンスを持っているが、利益に繋がると考えられるヒット率に関しては必ずしも高くはない。つまりヒット率を見る限り、単純に大手企業であればヒットソフトを容易に生み出すことができ、高い利益率を維持できるというわけではない。そこで次に、こうした厳しい状況において、どのような取り組みをすればヒット率を高めることができるかという問題について仮説を立て、その検証を試みたい。
4-1-2 ゲームソフトの売上逓減曲線
前項では、ゲームソフトの総売上本数をベースにしたヒット率を中心に分析したが、ゲームソフトの売上についてもうひとつの顕著な特徴はその売上推移のパターンである。ゲームソフトの売上の推移について見てみると、発売直後の週にピークがあり、その後急速に売上げは逓減していく、いわゆる高初期値逓減型の曲線を描いている。ゲームソフトと同様の高初期値逓減型の売上曲線は、映画の入場者数や(柴田[1997])、音楽CDの売上(加藤[1997])でも観察される。ゲームソフトのようなエンターテイメント製品では、消費行動が流行に影響を受け、新しく発売された製品をいち早く購入したいという心理が働いている。さらに、ゲームソフトのように中古市場がある製品では、早く購入したほうが、より高額で中古市場で転売できると考えられる。ゲームソフトメーカーは、このような消費パターンを勘案した開発、マーケティング戦略を考えていかなければならない。
そこでまず、売上逓減のパターンを把握するための主要な変数を定義する。これまでの筆者の研究から、ゲームソフトの売上は、一般的に急速に逓減するカーブを描くため、下記のような式で回帰するとフィットの良い結果が得られることが、分かっている。この式は、累積生産量と単位コストの関係を表わす経験曲線と同様のものである。
Y=aXb ..............................(1)
ここで、Yは各週の売上本数、Xは発売日を含む週を1とした発売後の週数、aは初週の売上本数、bは逓減の程度を示す係数で負の値をとり、bが小さいほど逓減の程度が大きいことを示す。この式を前提にして、ここでは次の2つのインデックスを使って、売上推移パターンを表現することにする。
初発率=初週売上本数(a)÷総売上本数
逓減率=2b
逓減率の意味は、発売後週数(X)が2倍になったときに売上本数(Y)がどの程度減少するかを表わしている。例えば、bが-1のとき逓減率は0.5になり、このとき2週目の売上本数は1週目の、10週目の売上本数は5週目の、20週目の売上本数は10週目の、それぞれ半分になる。逓減率が0.25なら、それぞれ同様に4分の1になる。
そこで、メディアクリエイトの売上データをもとに、初発率と逓減率を算出してみた。そのためにはまず、各週の売上データをもとに(1)式による回帰分析を行ない、係数bを推定する必要がある。15 データとして観測されている週が少ないと、回帰分析の自由度が小さくなるので、暫定的に15週以上のデータがあるタイトルだけに限定し、1997年と1998年に発売された中から104のタイトルをサンプルとした。個々のタイトルの回帰分析の結果の詳細は省略するが、自由度調整済みのR二乗値は0.9以上が90タイトル、0.8〜0.9が7タイトル、0.8未満は7タイトルだけであった。また、係数bのt値は1タイトルを除いて1%水準で有意であった。
図4-2 売上推移の平均像
回帰分析の対象とした104タイトルについて、初発率、逓減率、総売上本数、観測された週数の基本統計値を示したのが図2の下部分の表である。これをもとに104タイトルの平均像を描いてみると、初週に全体の30%が売れ、その後50%の逓減率で売上は減少していく。したがって、8週目には初週の8分の1の売上になる。その様子を図示したのが図4-2である。初週からの累積売上は10週目(発売後2.5ヶ月)で総売上の約80%に達し、24週目(6ヶ月後)でほとんど売れなくなってしまう。16 したがって、最初の数週間、とくに発売週のマーケティング活動が、ゲームソフトメーカーにとっては重要である。
ゲームソフトの平均像を示すためにあえて平均値を使ったが、図4-1下段を見れば明らかなように、初発率や逓減率にはタイトル間で大きなばらつきがある。そこで、ソフトメーカーが自社の発売タイトルの売上を大きくするための施策を、2つのインデックスに則していうと、初週売上(a)を大きくするか、逓減率を小さくするか、あるいはその両方を達成すれば良いということになる。初週に購入するユーザーは、友人からそのゲームソフトを借りて実際に自分自身で評価してから購入することはほとんどできない。したがって、初週売上の大きなソフトは、発売前の雑誌などのメディアによる評価や、ソフトメーカーの広告宣伝などによって、多くのユーザーに大きな事前の期待を抱かせることに成功したソフトであろう。また、前作がヒットしたシリーズ・ソフトも、ユーザーが事前の期待を大きくさせる効果がある。一方、発売後の継続的な広告活動やユーザー間の口コミ効果は、逓減率を小さくするであろう。そこで、実際に初週売上、逓減率、総売上の関係がどのようになっているかを調べた。
図4-3 初週売上と逓減率
まず、初週売上と逓減率の関係を示したのが、図4-3である。両変数の間には負の相関があり、高い初週売上と小さな逓減率は両立しない。すなわち、初週売上が大きなタイトルほど、その後の売上の逓減が大きくなっている。
次に、総売上と逓減率の関係を図4-4で示した。総売上と逓減率の間には、図4-3ほどではないが、弱い負の相関があり、総売上の大きなタイトルは逓減率が大きくなる傾向が見られる。前記の点と併せると、「総売上の大きなタイトルは、初週売上が大きいが、その後の逓減率も大きい」ということが指摘できる。この傾向は、総売上が50万本程度のタイトルまではそれほど顕著ではないが、それ以上、特にミリオンセラーのタイトルではほとんどが初週で50万本以上販売し、30%程度の逓減率になっており、これらは図の右下に位置づけられている。ミリオンセラー・タイトルの多くは、前述の広告やメディアによる評価などによってユーザーの事前期待を高め、発売と同時に大量に販売し、その後は急速に売上がしぼむというのが、実際の姿である。
図4-4 売上規模と逓減率
一方、図の左上部分、すなわち初週売上は小さいが逓減率が小さなタイトルとしては、「ベスト版」などの名称で販売されている旧タイトルの廉価版がある。このようなタイトルは、新作ではないので話題性はなく、初週の売上を高める要因が小さいためであると考えられる。ただし、これらの廉価版は、もともと新作としてヒットしたタイトルの復刻版として発売されることが多い。したがって、新作の売上と廉価版の売上を合わせて考えると、トータルとしてそのタイトルの売上の逓減を補う効果を持っている。
さらに、50万本以上売れたタイトルに着目してみると、傾向値から右上に外れたものが数タイトル見られる。この種のタイトルについて検討してみると、その多くがSCEが発売したものであった。具体的には、「みんなのGOLF」「XI【sai】」「IQ〜インテリジェントキューブ〜」の3タイトルである。この3タイトルの初発率はそれぞれ順に、8.4%、15.7%、3.2%で、同じく逓減率は60.5%、56.2%、81.0%である。
このうち、「みんなのGOLF」を取り上げ、発売時期と総売上本数が類似したスクウェアの「ファイナルファンタジータクティクス」と対比して図4-5に示した。みんなのGOLFは1997年7月17日に発売されて98年末までで158万本、延べ1年半以上売れ続けているタイトルである。これに対して、ファイナルファンタジータクティクスは97年6月20日に発売されて128万本のミリオンセラーであったが、売上は急速に逓減し、発売後36週でメディアクリエイトが集計したデータには現れなくなる。また、ファイナルファンタジータクティクスの初発率は53%、逓減率は30%であり、みんなのGOLFとの違いは明白である。繰り返し強調するが、ミリオンセラータイトルの中では後者が一般的なパターンである。
図4-5 ヒットタイトルの売上パターンの比較対照
それでは、なぜSCEの3タイトルはミリオンセラーの中で特異な売上パターンを示しているのであろうか。現時点ではこの疑問に対する明確な解答を示すことはできない。考えられる仮説は、継続的な広告投入によるユーザーへの認知努力が、売上低下を抑制したというものである。さらに、これらのタイトルは、ゴルフゲームとパズルゲームで、比較的単純なルールに従ったものであり、RPGゲームのような流行性・話題性は低い。そのため、初週売上を極端に大きくすることは難しい反面、ユーザーへの認知度を維持すれば、ハードの新規購入者を含めてある程度の売上を持続することが可能になる。これが継続的な広告投入と結びついて、息の長いヒット・タイトルになったというのが、現時点でのわれわれの暫定的な説明である。
4-2 仮説と検証
4-2-1 ノウハウインデックスと企業タイプ
ここでは前節で触れた開発戦略の実行に絞って見てみたい。すなわち、ソフトメーカーが取りうる開発戦略として、「開発者抱え込み戦略」と「外部制作者活用戦略」の2つがありうると前提し、それらが企業の成果=ソフトの売上に影響を及ぼすか否かを検証してみようと思う。
但し戦略というものは、戦略自体のみで完全に優劣が決まるものではなく、むしろある戦略の採用を決定し、それに沿ってビジネスを展開していくことの方が重要である。ゲームソフト開発に関していえば、前節でも簡単に触れたように、「開発者抱え込み戦略」であれば蓄積したノウハウを活かせるような製品を、「外部制作者活用戦略」であれば、アイデアが重要な役割を果たす製品を開発、発売することが戦略に合致した製品開発を行っていることとなる。このことをソフトの側から見れば、何らかのノウハウが重要な役割を演ずるソフトの場合には、「開発者抱え込み戦略」を取る企業の方が「外部制作者活用戦略」の企業よりも高い売上、ヒット率をあげる可能性が高く、一方、アイデアが重要な役割を果たすソフトの場合には「外部制作者活用戦略」を取る企業の方が「開発者抱え込み戦略」の企業よりも高い売上、ヒット率をあげる可能性が高いと考えられる。以下ではこの仮説の検証を試みよう。なお、ゲームソフト開発のノウハウと言っても、様々なものが考えられうるが、ここでは技術的なノウハウに限定して以下の分析を進める。
技術的なノウハウが活かされるソフトとしては、画面やキャラクターの動きの速さやレスポンスの速さが求められるジャンルのゲーム、アクションゲーム、格闘アクション、シューティングゲーム、スポーツゲーム、レースゲーム、テーブルゲーム(パチンコゲーム、クイズゲーム、ボードゲームなどを含むが、パズルゲームは含まない)の6ジャンルを想定した。これらはノウハウが主体ゆえ、「開発者抱え込み戦略」の企業にとって適合的なソフトであり、以下ではこれらをノウハウ型ゲームと呼ぶ。これに対し、アイデアが重要なソフトジャンルとしてはロールプレイイングゲーム、アドベンチャーゲーム、パズルゲームの3ジャンルを考え、これをアイデア型ゲームと呼ぶ。アイデア型ゲームは、外部制作者活用戦略の企業に適合的と期待されるゲームである。最後に、シミュレーションゲーム・その他ゲームをまとめて「その他」ととする。シミュレーションゲームは、発売されるゲームの数も多い大項目であるが、ノウハウの要素が大きいゲーム(歴史・職業シミュレーションなど)と、アイデアの要素が大きいゲーム(育成・恋愛シミュレーションなど)が混在しており、分類が困難なのでここでは分析の対象からはずした。この措置のため、シミュレーションに特化した企業ではノウハウインデックスは過少になる偏りが生じるので注意が必要である。
分析の手順としては、まず各企業のノウハウ重視の程度を表す「ノウハウ・インデックス」をその企業の発売ソフトの履歴から算出する。具体的には、ある企業が期間中に発売した全ソフトタイトル数の中で、ノウハウ型ゲームに分類されたソフトタイトル数が占める割合がノウハウ・インデックスとなる。すなわち、
ノウハウインデックス=(開発したノウハウ型ゲームの数)/(全開発タイトル数)
である。定義より0≦ノウハウ・インデックス≦1である。このインデックスが高い企業ほどノウハウを重視しているということになる。ノウハウ重視の程度の指標を作成するに当たり、その企業の過去の発売履歴に基づくのは、ノウハウを重視している企業であれば、そのノウハウを活用しようとする結果、長期的には自然とノウハウが重要なソフトを開発、発売する可能性が高いと考えられるからである。
ノウハウ・インデックスを作成するために、統一されたジャンルを含むソフトタイトルのデータが必要となる。これに関しては、メディアクリエイトのデータと徳間書店の『大技林ユ98秋版』をデータソースとした。そして2つの資料から、1994年以降1998年12月までに、PS、SS、N64のプラットフォーム向けに発売された全ソフト3044タイトルを列挙した。この中からまずゲームでないもの、過去のアーケード版の移植、プラットフォーム間やプレミアム付きで重複しているタイトルを除き、2886タイトル(PS=1711、SS=1070、N64=105)に絞り込んだ。次に、発売タイトル数が少ない企業を対象にすると、分析結果の安定性が損なわれると考えられたため、当該期間において発売タイトル数が10以下の企業とその発売タイトルを分析対象から除いた。結果として、56社が今回の分析対象となる。
また、各タイトルのゲームジャンルについては、データソースによって異なることがあることを考慮して、上記の2つのデータソースとプラットフォームメーカーが発表しているジャンルの3種類のデータを利用し、一定のルールに基づいてこれら3つのデータの間で調整を行い、ジャンルを確定した。その上で、各々のソフトをノウハウ主導、アイデア主導、その他の3タイプに分類した。
なお、企業名に関してデータソースの間で若干異なる場合もあったが、実質的に異なる企業のものであるか否かを確認した上で、同一の企業と考えられるものについては統一の企業名を付して上記の処理を行った。
これらの事前処理を行ったデータを使用して、先に述べた方法(ジャンル群1のタイトル数÷当該企業の総発売タイトル数)でノウハウ・インデックスを算出した。その結果は、表3の左側の通りである。表4-3を見て分かるように、ノウハウ・インデックスのばらつきは0(ノウハウが重要なソフトを過去に全く発売していない企業)から0.93まで広く分布している。
<表4-3 分析対象データの概要>
表4-3 分析対象データの概要 |
ノウハウ・インデックス |
売上本数データ |
平均値 |
0.542 |
平均値 |
85,218 |
標準偏差 |
0.235 |
標準偏差 |
215,350 |
最小値 |
0 |
最小値 |
1,025 |
最大値 |
0.931 |
最大値 |
3,273,779 |
企業数 |
56 |
合計 |
856本 |
|
10万本未満 |
687本 |
10万本以上 |
169本 |
ヒット率 |
19.7% |
まず、われわれがインタビューを行った企業に関し、インタビュー結果から判断される各社の開発戦略とノウハウ・インデックスの高低は概ね一致しているかどうかを見てみよう。インタビューした14社のうち、10タイトル以上開発しているのは13社である。これを開発者抱え込み戦略の企業は8社、外部制作者活用型戦略であるのは3社、中間型の2社に分類した。17 これら13社について、ノウハウインデックスを計算してグラフにしたのが図4-6である。
<図4-6 ノウハウインデックスと開発戦略>
左から、開発者抱え込み戦略の企業、中間型の企業、外部制作者活用戦略の企業である。一社の例外をのぞいて、左の開発者抱え込み企業の方が、外部制作者活用企業よりもノウハウインデックスが高い(例外の一社については後述)。すなわち、抱え込み戦略の企業は、ノウハウの必要なゲームを開発する傾向があり、外部制作者活用の企業はアイデアが必要なゲームを開発する傾向がある。これはここれまでの議論を支持する結果である。実際、出しているゲームタイトルを見ると、開発者抱え込み企業8社のなかには格闘アクションゲームやスポーツゲームで名のしれた企業がずらりと並んでいるのに対し、外部制作者活用企業3社はロールプレイイングやパズルゲームを含む幅広い作品を出す会社である。
なお、図2の開発者抱え込み企業のなかで例外的にノウハウインデックスが低い1社は、シミュレーションゲームに非常に特化した企業であり、そのためインデックスが過少になるバイアスがかかっている。仮にシミュレーションゲームを分母から除いてインデックスを計算すると値は0.5まで上昇するし、あるいはこの会社のシミュレーションゲームはほとんど歴史シミュレーションであるので、これをノウハウ型ゲームとみなせば、インデックスは0.9近くに上昇する。すなわち、この例外企業は、われわれの分析でシミュレーションゲームをその他に分類したために生じたのであり、仮説への反証ではない。
こうして、例外の一社を除いて考えると、図4-6でのノウハウインデックスと企業の開発戦略の間の関係は非常に明瞭である。この図では0.52程度で上下に分かれているほどである。そこで、以下の分析では、ここで作成したノウハウインデックスが企業の開発戦略を示す代理変数としても使用することにしよう。すなわちノウハウインデックスを、その企業が「開発者抱え込み戦略をとる度合い」を表す指標と見なすことにする。
4-2-2 売上数へのノウハウインデックスの影響(集計量)
売上への影響を見るために必要な2つ目のデータは、各ソフトタイトルの売上データである。ここでは、メディアクリエイトが集計したデータの中から上記の56社が1997年1月1日〜1998年11月30日までに発売したソフトの売上データを使用した。サンプル数は856タイトルであり、これらのソフトに関する基本的な統計値をまとめたものが表3の右半分である。これによると、856タイトル全体でのヒット率は19.7%で、表1に示したソフト市場全体としてのヒット率16%よりやや高くなっている。また、対象企業における企業別ヒット率の平均値は、13.4%とやや低めだが、他方20%以上のヒット率を達成した高成績企業は14社あり、最高のヒット率を収めている企業では77%にも達していることから、必ずしもヒット率が低い企業ばかりが分析の対象となっているわけではないといえる。
仮説の検討にはいろう。まず、単純に企業を「開発者抱え込み戦略」と「外部制作者活用戦略」に二分類したとき、平均売上本数に差があるかどうかを見てみよう。企業を2分類する指標にはノウハウインデックスが使える、すなわち、ノウハウインデックスを企業戦略の代理変数と見れば、ノウハウインデックスがある水準以上の企業は開発者抱え込み戦略、その水準以下の企業なら外部制作者活用戦略であると見なせば良い。2分するポイントは、図4-6での、(開発者抱え込み戦略のなかの例外1社を除く)二つの戦略の切れ目の値、0.52を暫定値として用いることにする。その結果、31社が開発者抱え込み戦略、25社が外部制作者活用戦略となる。表4-4は、こうして2分した企業のゲームタイプ別の売上本数、その標準偏差、タイトル数を表したものである。Saleは売上本数、STDは標準偏差(単位はいずれも万本)、#はタイトル数である。全タイトル数678の内、387タイトルが開発者抱え込み企業の開発で、291タイトルが外部制作者活用企業の開発である。なお、表4-4では、ジャンルが未確定のものならびに復刻版を除いたために総タイトル数は678に減少している。
表4-4
表4-4 企業タイプ別、ゲームタイプ別の売上本数 (単位 万本) |
|
|
1タイトルあたり売上 |
抱え込み型企業 |
外部制作者型企業 |
抱え込み型 |
外部制作者型 |
(1)Sale |
(2)STD |
(3)# |
(4)Sale |
(5)STD |
(6)# |
(7)=(1)/(3) |
(8)=(4)/(6) |
ノウハウゲーム |
2093 |
14.39 |
242 |
897 |
28.27 |
86 |
8.65 |
10.43 |
アイデアゲーム |
743 |
25.26 |
73 |
1585 |
40.19 |
100 |
10.18 |
15.85 |
その他 |
614 |
15.48 |
72 |
727 |
19.2 |
105 |
|
合計 |
3450 |
|
387 |
3209 |
|
291 |
注:(3)(6)の#はタイトル数である。
出所:メディアクリエイト資料より筆者作成。 |
タイトル1本あたりの売上本数を計算したのが、(7)(8)欄である。開発者抱え込み企業は、ノウハウ型ゲームでは1タイトルあたり8.65万本、アイデア型ゲームでは10.18万本売っている。一方、外部制作者活用企業は、ノウハウ型ゲームでは1タイトルあたり10.43万本、アイデア型ゲームでは15.85万本の売上である。したがって、外部制作者活用戦略の方がいずれも高く、外部制作者活用戦略の方が絶対的に優位にあることになる。
が、だからといって、開発者抱え込み戦略の存在意義がないというわけではない。なぜなら、売上のばらつき(リスク)が異なるからである。標準偏差を見ると、開発者抱え込み企業では売上のばらつきがより小さい。ノウハウ型ゲームについて見ると、抱え込み戦略企業の売上の標準偏差が14.39であるの対し、外部制作者活用戦略では売上標準誤差が28.27もあり、ざっと1対2の差がある。アイデア型ゲームについても同様である。ちなみに分散比のF検定すると、このばらつきの差は有意水準1%で有意となる。つまり開発者抱え込み戦略をとる企業は、ゲームのタイプに寄らず、売れ行きの当たりはずれの幅が小さく、リスクが小さい。これに対し、外部制作者活用戦略をとる企業は、ゲームのタイプに寄らず、売れ行きの当たりはずれが多く、リスクが大きい。このリスクの差を考えれば、(投資家あるいは経営者がリスク回避的であるかぎり)均衡ではリスクの高い外部制作者活用企業は、平均売上本数が高くなければならない。このように考えれば、外部制作者活用戦略の平均売上本数が抱え込み戦略より高いことは合理的であり、また、それにも関わらず開発者抱え込み戦略の企業が存在しつづけていることも説明できる。18
さて、仮説の検討に戻ろう。リスクを考慮に入れた場合、平均売上本数の絶対水準の差は問題ではない。問題なのは絶対的な優位さではなく相対的な優位さに差があるかどうかである。国際貿易理論と同じように、相対的な優位さすなわち比較優位を比によって表そう。すなわち(開発者抱え込み企業の平均売上本数)/(外部制作者活用企業の平均売上本数)で比較する。この比は、開発者抱え込み企業の平均売上本数を、外部制作者活用企業のそれを1として表しており、外部制作者活用企業と比べたときの開発者抱え込み企業の「相対的な」平均売上本数と見なせる。ノウハウ型ゲームの場合、この比は(8.65/10.43)=0.829となり、アイデア型ゲームの場合、(10.18/15.85)=0.642となる。前者のほうが後者より高い。ゆえに、開発者抱え込み企業は、相対的にはノウハウ型ゲームでの平均売上本数が高いことになる。つまり開発者抱え込み戦略はノウハウ型ゲームに売上の面で比較優位を持つ。これは仮説を支持する結果である。
4-2-3 売上数へのノウハウインデックスの影響(回帰分析)
最後に、個々の売上データを使った回帰分析で仮説の検証を試みよう。仮説の内容をもう一度確認しておく。
ノウハウ主導型ゲームでは、開発者抱え込み戦略をとる企業の方が売上、ヒット率ともに高く、一方、アイデア型ゲームでは、外部制作者活用戦略の企業の方が、売上、ヒット率ともに高い。
この仮説は、ノウハウ型ゲームについての述べた前半とアイデア型ゲームについて述べた後半とからなっていることに注意されたい。なお、開発者抱え込み戦略か外部制作者活用戦略かを表す代理変数は、言うまでもなくノウハウインデックスである。
まず、ヒットか否かをロジット回帰した。ヒットの基準値は10万本とした。すなわち、あるタイトルが10万本以上売れていればダミー変数として1を、それ未満の売上であれば0を付与し、これを被説明変数として取り扱う。説明変数としては、仮説の対象たるノウハウ・インデックスに加え、該当プラットフォームの普及台数とプラットフォームメーカー・ダミーを採用した。
追加した説明変数のうち、1つ目の該当プラットフォーム普及台数とは、そのタイトルが発売された時点での対応プラットフォームが国内で何台普及していたかを示すものである。この国内普及台数が大きいほどそのソフトにとっての潜在市場が大きいことになり、従ってヒット率の上昇に結びつく可能性がある。2つ目のプラットフォームメーカー・ダミーは、そのソフトがプラットフォームメーカー(SCE、セガ、任天堂)が発売したものであれば1、そうでない場合は0となる。この変数を採用したのは、ハードを発売している企業は、知名度やハードに関する技術的知識において、純粋なソフトメーカーより優位性をもっており、従ってそうした企業が発売したソフトのヒット率が高まる可能性があると考えられたからである。
表4-5 ヒットソフトのロジット分析
(a)ノウハウ型ゲーム(データ数309、ヒットゲームの数75) |
変数 |
係数 |
標準誤差 |
t-値 |
傾き (slope) |
標準誤差 |
t-値 |
p-値 |
p-値 |
CONST |
-3.238 |
0.741 |
-4.368 |
-0.578 |
0.121 |
-4.758 |
0.000 |
0.000 |
INDEX1 |
1.683 |
0.871 |
1.932 |
0.300 |
0.154 |
1.955 |
0.053 |
0.051 |
PLATF |
0.108 |
0.044 |
2.454 |
0.019 |
0.008 |
2.5 |
0.014 |
0.012 |
PFMAKER |
0.795 |
0.381 |
2.086 |
0.142 |
0.067 |
2.114 |
0.037 |
0.035 |
Log of likelihood = -165.811 |
Note: Slope is calculated at the mean of independent
variables |
|
(b)アイデア型ゲーム(データ数164、ヒットゲームの数39) |
変数 |
係数 |
標準誤差 |
t-値 |
傾き (slope) |
標準誤差 |
t-値 |
p-値 |
p-値 |
CONST |
-1.351 |
0.758 |
-1.783 |
-0.239 |
0.130 |
-1.838 |
0.075 |
0.066 |
INDEX1 |
-0.330 |
0.999 |
-0.331 |
-0.058 |
0.177 |
-0.331 |
0.741 |
0.741 |
PLATF |
0.011 |
0.060 |
0.190 |
0.002 |
0.011 |
0.19 |
0.85 |
0.849 |
PFMAKER |
1.206 |
0.448 |
2.691 |
0.213 |
0.079 |
2.714 |
0.007 |
0.007 |
Log of likelihood = -86.475 |
Note: Slope is calculated at the mean of independent
variables |
|
変数の説明 |
従属変数 |
Hit:ヒットダミー(10万本以上売れると1) |
独立変数 |
Index1:ノウハウインデックス |
Platf:プラットフォーム普及台数(百万台) |
Pfmaker:プラットフォームメーカーダミー
|
分析結果は、表4-5のとおりである。最初に、(a)ノウハウ型ゲームについてみると、3つの変数のp値は5%程度あるいはそれ以下であり、すべて有意である。ノウハウインデックスの係数が正の値で有意であることから、開発企業のノウハウインデックスが上昇するとヒットの確率が上昇すると言ってよい。これは仮説2の前半の主張を支持する結果である。すなわち、ノウハウ型ゲームの場合、企業が開発者抱え込み戦略になるにつれて(=ノウハウインデックスがあがるにつれて)ヒットの確率が上昇する。係数のうち、確率への影響である傾き(スロープ)の値は0.3であるので、たとえばノウハウインデックスが0.5上昇するとヒットの確率は15%上昇することになる。19
一方、(b)アイデア型ゲームの場合、開発企業のノウハウインデックスは有意ではない。p値は70%を超えており、まったく効いていない。すなわち、アイデア型ゲームでは、企業が抱え込み戦略でも外部制作者戦略でもヒットの確率に大きな差が無いことになる。この結果は仮説2の後半の主張を支持しない。もっとも、仮説2の前半と後半をセットにして「ヒット作が多い」という時の「多い」とは相対的な問題と考えれば、片方が有意であれば、仮説2は検証をくぐり抜けたことにはなる。20
ノウハウインデックスの効果をグラフで見るために、売上本数とノウハウインデックスの関係をグラフに描いてみよう。図4-7がそれであり、横軸にそのタイトルを開発した企業のノウハウインデックス、縦軸にタイトルの売り上げ本数を描いた。(a)がノウハウ型ゲームの場合である。何度も述べるように売り上げデータは異常値が多く傾向が読みにくい。が、真ん中にある2つの異常値を除くと、ノウハウインデックスの上昇とともに、売り上げ本数が大きい企業が現れ、右側にむかってひろがる三角形の形をしていることが読みとれる。すなわち、ノウハウインデックスが上昇するとヒットが出やすくなっているわけで、これがロジット分析での係数の有意性となって現れている。一方、(b)のアイデア型の場合、そのような線形の傾向は見られない。強いて言えば、0.4あたりにピークがある山のような形をしており、関係があるとしても非線形的である。線形関係の欠如から係数が有意になっていないのである。
図4-7 売上本数とノウハウインデックス
以上のロジット分析の結果は、売上数量を従属変数として通常の回帰分析を行っても確かめられる。表4-6がその結果である。売上本数の分布は異常値(大ヒットソフト)が多くて所得分布のように正の方向に偏るため、従属変数は売上本数の常用対数とした。また、回帰式の説明力をあげるため、さらに独立変数としてダミーを二つ追加した。一つは移植ソフトダミー(transp)であり、海外ゲームソフトの移植が主の企業のとき1をとるダミーである。もうひとつはヒットシリーズダミーであり、前作が20〜30万本以上売れたと思われるシリーズ物ソフト(○○○2、○○○3など続けて出るソフト)のとき1をとるダミーである。*
また、すでに述べたように、データはカットオフされており、売上げ本数の少ないゲームのデータは信頼性が乏しいので、売上本数が5000本以下のタイトルを除外した。
表4-6 売上本数への回帰式
(a)ノウハウ型ゲーム(データ数253) |
変数 |
係数 |
標準誤差 |
t-値 |
p-値 |
CONST |
4.161 |
0.151 |
27.472 |
0.000 |
INDEX1 |
0.458 |
0.191 |
2.395 |
0.017 |
PLATF |
0.019 |
0.009 |
2.020 |
0.045 |
PFMAKER |
0.291 |
0.085 |
3.422 |
0.001 |
TRANSP |
-0.410 |
0.145 |
-2.819 |
0.005 |
SERIESHT |
0.827 |
0.129 |
6.388 |
0.000 |
残差平方和= 57.2320 標準誤差= 0.4814 |
決定係数= 0.2342 (自由度修正後 0.2187) |
|
(b)アイデア型ゲーム(データ数133) |
変数 |
係数 |
標準誤差 |
t-値 |
p-値 |
CONST |
4.249 |
0.196 |
21.709 |
0.000 |
INDEX1 |
0.339 |
0.245 |
1.380 |
0.170 |
PLATF |
0.015 |
0.015 |
1.003 |
0.318 |
PFMAKER |
0.307 |
0.112 |
2.728 |
0.007 |
TRANSP |
-0.339 |
0.368 |
-0.919 |
0.360 |
SERIESHT |
1.141 |
0.143 |
7.971 |
0.000 |
残差平方和= 32.5128 標準誤差= 0.5060 |
決定係数= 0.3740 (自由度修正後 0.3494) |
|
変数の説明 |
従属変数 |
Lsale:売上本数(万本)の常用対数 |
独立変数 |
Index1:ノウハウインデックス |
Platf:プラットフォーム普及台数(百万台) |
Pfmaker:プラットフォームメーカーダミー |
Transp:移植ソフトメーカーダミー |
SeriesHit:ヒットシリーズダミー
|
まず、(a)はノウハウ型ゲームの場合である。ノウハウインデックスの係数を見ると、5%水準で有意である。したがって、ノウハウインデックスが大きい企業、すなわち開発者抱え込み戦略をとる企業の方が売上げが多いことを意味しており、再び、仮説の前半を支持している。係数は0.458で、従属変数が常用対数であるから、ノウハウインデックスが0.5上昇すると売上げが1.7(=100.458*0.5)倍に増えることになる。他の4つの変数もすべて5%水準優位である。一方、(b)はアイデア型ゲームの場合であるが、ノウハウインデックスの係数は10%水準でも有意でない。ロジット分析のときと同様に、ノウハウインデックスはアイデア型ゲームについては説明力が乏しい。
まとめると、ノウハウインデックスが上昇するとノウハウ型ゲームの売上げが上昇するという効果はロジット分析でも通常の回帰分析でも確認される。ノウハウインデックスが企業の戦略(開発者抱え込み戦略か否か)をあららす代理変数であるとすると、開発者抱え込み戦略であればあるほど、ノウハウ型ゲームの売上げが伸びるという関係が確かめられたことになる。すなわち、仮説の前半は支持される。
一方、仮説の後半、すなわち外部制作者活用企業ではアイデア型ゲームの売上げが大きいという主張は、係数の有意性としては検証されなかったことになる。ただし、それでも、外部制作者活用企業はアイデア型ゲームに「比較」優位を持つという主張は、なお可能であるから、仮説は全体として反証されたわけではない。しかし、アイデア型ゲームでノウハウインデックスが売上に影響を与えなかったことは、回帰式としては失敗であり、アイデア型ゲームの売上本数を説明する別の要因を考えなければならないことを意味する。これは今後の課題としたい。21
最後に他の変数の効果についても見ておく。まず、プラットフォーム普及台数(Platf)はノウハウ型ゲームでは有意である。売上回帰での係数0.0188、ロジット分析での傾き0.019より、プラットフォーム普及台数が100万台増えると、ノウハウ型ゲームでは売上本数が4.4%増加し(=100.01881)、ヒットする(=10万本以上売れる)確率がパーセンテージで1.9ポイント上昇することになる。100万台という増加の大きさと比較すると、これはそれほど大きな効果ではない。さらに、アイデア型の場合には普及台数は効いていない。
普及台数は潜在ユーザーの数であるから、事前の予想では、売上にはかなり影響を与えると想定されたが、思いのほか効果が小さかった。考えられるひとつの理由は、○章で述べたように、最大シェアを持つプレイステーションで新規ソフトメーカーの参入が続き、集中度が低下したという事実である。普及台数が増えても、同時に競争相手も増えれば、ひとつのソフトタイトルあたりの売上はあまり増えないからである。
プラットフォームメーカー・ダミー(Pfmaker)は、ロジット回帰、売上回帰、両方の回帰式で正の値で有意である。すなわち、プラットフォームメーカの出すゲームは、そうでないメーカーの出すゲームより売れゆきがよく、ヒットしやすい。売上本数では約2倍(10
0.2913 と10
0.3065)であり、ヒット確率でいえばパーセンテージで14.2ポイントの上昇(ノウハウ型ゲームのとき)、あるいは21.3ポイントの上昇(アイデア型ゲームのとき)である。これはかなり大きな売上あるいはヒット率の改善である。プラットフォームメーカーであることの有利な点とは、技術情報を他社より早く手に入れられること、あるいは資本力があることなどいろいろ考えられるが、その有利さは確かに存在している事がこの回帰式で推測される。
移植ソフトメーカーダミー(Transp)は、ノウハウゲームについては、売上本数を有意に下げている。係数が−0.4097で効果も大きく、移植ソフトは、約6割程度、売上本数が少なくなる。アイデア型ゲームでは有意ではないものの係数自体は大きい(−0.3385)。移植ソフトダミーがマイナスに働く理由はいろいろ考えられる。需要側の要因としては、ゲームソフトには国によってユーザの好みの差のような存在しており、それが壁となって移植ソフトは国産ソフトほどは売れないのかもしれない。聞き取り調査のなかでも、海外展開に関連してしばしばこのような好みの差が指摘された。22 また、供給側の要因も考えられる。移植ソフトは海外でヒットしたソフトを輸入するのであるから、開発コストが低いはずである。したがって、売上本数が少なくても収支が引き合うがために、低い売上本数のゲームでも出し続けている可能性がある。
最後にヒットシリーズダミー(SeriesHit)は、売上本数に対してはノウハウ型、アイデア型どちらについても有意な正の効果を与えており、かつその説明力も大きい。まず係数を見ると、ノウハウゲームでは売上本数が6.7(=100.827)倍に、アイデア型ゲームでは売上本数が13.8(=101.14)倍になっている。ただし、この係数の絶対水準にはそれほどこだわる必要はない。なぜなら、ヒットシリーズダミーは前作が20〜30万本以上ヒットしたタイトルに対して1をとるダミーであるから、ある程度高い倍率が出るのは当然だからである(前作を50万本以上とすれば係数はもっと大きくなる)。重要なのは、回帰直線全体への説明力で、実はヒットシリーズダミーは決定係数を大きく改善する。ヒットシリーズダミーを入れないときと入れたときで決定係数を比較すると、ノウハウ型ゲームのときは、0.0933→0.2187へと上昇し、回帰直線の説明力のうち半分をヒットシリーズダミーが生み出している。アイデア型ゲームの場合にいたっては0.0316→0.3494と実にほとんどの説明力がこのヒットシリーズダミーから生み出されている。
ヒットシリーズダミーは、ゲームの品質についての不確実性を低下させる効果を測定するダミーである。ユーザは前作がヒットしたということで、ある程度の品質を保証されたと考えるし、企業は次回作にある程度の売上が見込めるのでこの次回作の開発に投資を行い、さらに品質を高めるだろう。ヒットシリーズダミーがこれほど説明力を持つと言うことは、このような不確実性の減少がゲーム産業にとって重要であるということであり、これを考慮にいれた分析を行うべきことを示唆している。本研究はどちらかといえば平均値に関心を絞った分析になっており、不確実性(分散)を正面から扱う分析になっていない。この点は今後の課題としたい。
5 最後に
以上、ここまでゲームソフトの製品開発はどう捉えられるのか、ゲームソフトを手掛ける企業はどのような開発戦略をとるべきか、といった事柄について述べてきた。一連の考察、分析を通じて明らかになったことは、次のようにまとめられる
- ゲームソフトの開発には、「開発者抱え込み戦略」、「外部制作者活用戦略」の2つの対照的な戦略が観察され、両者で雇用、教育、報酬制度や、外注方式などが異なる。
- 「開発者抱え込み戦略」は、ゲームソフト開発に必要な様々なノウハウを企業が蓄積しうるとの前提に立つものである。そしてわれわれが行った分析の結果、そうしたノウハウが存在し、それを蓄積、活用した企業が高い成果をあげている可能性がある。
- 「外部制作者利用戦略」はソフト開発に必要なノウハウは属人的な面が強く、企業の側でそれを蓄積することは難しいとの認識を前提にしている。従って、多様なアイデアや能力を持った人材を上手く取りいれ、状況に応じて活用するため、内部に開発者を抱え込まず、外部の制作者を利用することに関する企業の能力を高めようとしている可能性がある。
本稿において行い得たのは、ゲームソフト開発についての簡単な考察とデータ分析でしかない。従って、本稿で十分な分析や考察を行い得なかった事柄、例えば技術以外のノウハウの内容や、それと企業成果との関係、「外部制作者利用戦略」における企業の能力の問題などは今後更なる調査、研究によって明らかにする必要があるであろう。また、本稿で依拠した視点や視角についても、今後の更なる研究によってより精緻なものにする必要があるであろう。その意味で本稿はゲームソフト開発及び家庭用ゲーム産業を対象とした考察のほんの一歩でしかない。
しかし、本稿の限られた考察を通じて、少なくとも家庭用ゲーム産業を含めたエンターテイメント産業が既存の経営学のフレームワークの延長線上で理解しうる部分とそうでない部分が確認されたように思われる。願わくば、こうした研究の成果が、広くゲーム産業やその他一般の産業の実務家にとっても、一見の価値のあるものとなって欲しい。
【謝辞】本研究を進めるに当たって、貴重な時間を割いてインタビューに協力していただいたソフトメーカーの方々、また貴重なデータを快く提供してくださったメディアクリエイトの方々に厚く感謝いたします。なお、本稿はわれわれの研究グループの研究成果の一部であり、とくにデータ分析の部分は立本博文、和田剛明の多大な協力をいただいた。
【参考文献】
- 相田洋・大墻敦[1997], 『新・電子立国4 ビデオゲーム巨富の攻防』 NHK出版.
- Brooks, Frederick [1975], The Mythical Man-Month, Addison-Wesley
(滝沢 徹・牧野 祐子 他訳, 『人月の神話』,アジソン・ウェスレイ・パブリッシャーズ・ジャパン(星雲社), 1996).
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- 矢田真理[1996], 『ゲーム立国の未来像』日経BP.
【注】
1 それらの研究についての紹介は、
http://www.e.u-tokyo.ac.jp/~shintaku/TVGAME/source.htmlの文献解題を参照されたい。
2 音楽製作の組織について分析したものとしてはPeterson and
Berger [1971]、音楽CDや映画などのコンテンツ産業の事業戦略を分析したものとしては柴田[1992]を参照されたい。
3
このように産業・企業の概要にも暗示されている「蓄積」、「企業能力」の存在は、以下の調査結果にも垣間見られるものである。また、第4節においてわれわれが提示している分析は、そうした「蓄積」の重要性「開発ノウハウ」という側面に限定してを明示化したものであると考えられる。
4
こうした過去の事業経験と、家庭用ゲーム機産業における事業展開の間の関係は、いわゆる「経路依存性」の概念と合致するものであるように思われる。本調査、本稿ではこのことについてこれ以上の分析を加えることはできないが、今後の研究課題として興味深いものであると考えている。
5
ある特定のジャンルへの「絞込み」という戦略が、インタビューにおいて確認されたことは、本稿第4節のノウハウ・インデックスの妥当性を裏付けるものであると考えられる。ノウハウ・インデックスの詳細については、4-2-1参照のこと
6
「シリーズ化」が戦略として妥当であることは、われわれのデータ分析の結果にも現れている。詳しくは、本稿4−2−3参照のこと
7
開発ノウハウについては本稿3−2−3の後半を参照のこと。また、開発ノウハウの蓄積は、ソフトの内製以外にも、人材面(開発者の内部での育成・抱え込み)とも関係があると考えられる。この点に関しては本稿3−2−4参照のこと。そして、これらに関係したデータ分析に関しては4−2-1参照のこと。
8
ゲーム開発における個人の能力の重要性に関しては、M社以外の企業のインタビューでも述べられていた。
9
このような人材に代表される「外部開発受託会社管理能力」はこのような外製中心企業が蓄積しているノウハウの1つである可能性がある。この点についても今後の研究を通じて明らかにしていきたい。
10
但し、現実には両者の役割分担は必ずしもこのとおりではないようであり、何れか一方が他方の役割を果たしているケースもあるように思われる
11
このようにインタビュー結果から、ゲームソフト開発に関するノウハウの存在が示されたことは、本稿42における分析の存在価値を高めるように思われる。また、ノウハウの蓄積、活用が形式化された知識だけではなく、人材の育成を通じて行われている可能性があることは、ノウハウの蓄積と開発者の育成=開発者抱え込みとの関連付けを基礎とした同分析の妥当性を高めるものであると思われる。
12
上記のような実質的な内外製の分類は、企業のノウハウを考える上で非常に重要である。というのも、脚注9で述べたように、ゲームソフト開発に関するノウハウは、形式化された知識にとどまらず、人材の育成を通じて形成される側面がある。このことを考慮すれば、企業が本当の意味でノウハウを形成し、蓄積しているか否かは、その企業が内部で人材を育成しているか否かに分かち難く関係しているということになる。こうしたことを考慮し、本稿の第4節の分析では、ここでいう実質的な内外製区分を前提に分析を行っている。
13
上記のような分類をした場合、中間的な存在がK社である。K社の場合には、育成においては社内教育を基本的に行っており、報酬制度に関してはインセンティブ制度が現在のところない。従って、A〜Iの企業群に近いと考えられるが、他方、採用において新卒、中途が1/2づつであり、離職率が比較的高い。これらのことからK社は「折衷形」といえるのではないだろうか。
14
なお、海外でのソフト販売に関連して、アメリカ市場での事業の難しさを訴える発言が複数のインタビュイーの口から聞かれた。彼らによると、アメリカ市場は商慣行が異なり、特に在庫の処理のために大きな損害を被ることがあったとのことであった。
15
上位5社集中度は、企業ごとの売上本数上位5社の売上本数が全売上本数に占める割合、ハーフィンダール指数は各社のシェアの二乗和である。ハーフィンダール指数は、産業の集中度を測定する場合によく使われる指数であり、もし1社で独占している市場ならば1、きわめて小さいシェアの企業ばかりの市場では0に近い数字となる。
16
回帰分析により、係数aを推定することも可能であるが、ここでは実際の初週売上をaの値として代入し、係数bだけを推定した。
17
メディアクリエイトのデータは、各週の売上規模でおよそ1000本以下になると集計されない。
18 開発者抱え込み戦略の特徴は、(1)開発スタッフの正社員としての固定雇用と育成」、(2)比較的少ない報酬格差であり、外部製作者活用戦略の特徴は、(a)開発スタッフの外部化・流動化、(b)売上に連動した大きな報酬格差である。分類はこの基準によって行い、これらの特徴が混在したときを中間型とした。中間型とされた2企業のうちの1社は開発スタッフは内部の正社員であるが、会社内部での雇用が流動化しており、利益連動で決まる報酬格差が非常に大きかった((1)と(b)の組み合わせ)。また、他の1社は報酬格差は小さく企業としては正社員として固定的な雇用と育成を意図しているが、事実としてはスタッフの離職率が高くて雇用が流動化している企業である((2)と(a)の組み合わせ)。
19 なお、標準偏差のこのような違いもある程度われわれの仮説に沿って説明できる。第一にノウハウは安定して品質を向上させるから、そのぶん売れ行きの落ちこみが小さくなる。アイデア型のゲームでもノウハウの要素は多少は入っているから、その部分に関してはノウハウを蓄積した開発者抱え込み戦略企業が安定した品質の作品をつくることができるだろう。一方、外部製作者活用戦略ではそのような安定した品質を保証することはできないので、アイデアが外れたときには売れ行きは徹底して落ち込む。その代わりその時点で流行のテーマの作品を、外部の優れた才能を使ってつくることができるから、大きなヒットも飛ばしやすくなる。第二の説明として参入の難易の違いも考えられる。ノウハウ蓄積のためには時間が必要であるから、開発者抱え込み戦略で新規参入するのは簡単ではない。これに対し、外部製作者活用戦略では、よいアイデアを持つ人材を外部から探すのであるから、資本さえあれば参入できる。ゲーム産業は現在拡張期にあるので、参入が多く、とすれば新規参入者は外部製作者活用戦略となって参入し、ばらつきを広げる結果になっているだろう。
20 傾きは独立変数の平均値で評価してあるので、厳密に言えばその平均値(ノウハウインデックスの平均値は0.628)の周辺でノウハウインデックスが変化したときの効果である。たとえば、0.4から0.9まで変化したとすれば、ヒットの確率はおよそ15%程度上昇する。
21 表4のときと同じように相対的な(比較優位型の)ヒット率を比べれば、外部製作者活用戦略企業の方が、アイデア型でのヒット率が高いと言いうる。なぜなら、外部製作者活用戦略のヒットは常にインデックスに寄らないのに対し、開発者抱え込み戦略のヒットはノウハウ型ゲームではインデックスと相関するから。このとき二つの企業タイプが市場競争すれば、開発者抱え込み戦略はノウハウゲームに、外部製作者活用戦略はアイデアゲームに、それぞれ比較優位のある方に特化していくだろう。かくして仮説は否定されたわけではない。
22 前作が20〜30万本売れたかどうかの判断はデータがある時にはそれによったが、前作が96年以前で売上げデータがないものについては、筆者らの知識・判断によってヒットしたか否かを判定した。この点でこのダミーには恣意性がある。しかし、このダミーを取り除いても、決定係数は低下するものの、係数の有意性にはついてはほぼ同じ結果が得られる。