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1968年7月8日(月)
日記より(注釈)
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(学校)
3時間で早退して池袋に行き
名和プロ
(テレビ番組に派遣するエキストラを仕切っていた芸能プロダクション)に寄って、
ギャラ
(6月の「ヤーヤーヤング」の分?)をもらってから
「ドラム」
(タイガースがよく出演していた池袋のジャズ喫茶)に行って
写真
(何かタイガース関係のもの?)をもらって、フジTVへ。
「ヤーヤーヤング」のVTR撮り。
(オンエアは7月24日でした)

研二
(追っかけ仲間内では、『ジュリー』と言わず、『研二』と呼んでいた)に会うのが
とっても恥ずかしかった。
(恋する乙女?)ロッカーを開けているとき、研二が向こうからやって来て、
私が
(恥ずかしさのあまり気付かない振りして、背中を向けて)とぼけていたら、

「元気だったかね?」だって!

驚いて
(振り返って)見ると、研二が振り向いて笑ってた。うれしい、最高。研二、研二。
(このとき、周りには誰も人が居なくて、私が後ろ向きで気付かない振りをしていたにもかかわらず
ジュリーの方から話しかけてくれて、しかも「元気だったかね?」ですよ! 気絶ものでしょ!)


それに、本番のときも、何かのきっかけで私の方を向いて笑ってくれた。あー幸福。
でも、ゲストが小川知子で、質問するとき、研二、照れてた。気があるのかな?
(照れる=気がある、という15歳らしい発想・笑)
かつみ(トッポ)も知子と笑い合って何か話してた。くやしい。
(また「知子」と呼び捨て!ゴメンナサイ、知子さん。
この半年後にはティーンズとして「小川知子ショー」に出ることになるとは夢にも思わず・・・

とにかく、相手が大人だろうと有名芸能人だろうと、タイガースに近付く女性とあらば
すべての人に張り合おうとする、世界一の身の程知らず&恥知らずでした・・・苦笑)


サリーのあの歩き方、思い出してもおかしくなっちゃう。
このごろ研二に会うと恥ずかしくって、恥ずかしくって。 −略−

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BGMは、
ジュリーと小川知子さんが
デュエットした
ハワイアン・ウェディング・ソング