国王の選挙制度
ドイツでは、10世紀初めより世襲制にかわって、諸侯の中から選挙によって国王が選ばれることが行われるようになり、徐々に選挙制度の整備が進んだ。
大空位時代後の1356年には、カール4世がいわゆる金印勅書 (die Goldene Bulle) を発布し、その中で国王の選出はフランクフルトにおいて7人の選挙侯による多数決で決めることを公式に明文化した。 選出権を有するいわゆる「選挙侯」の構成は聖職者3名、世俗貴族4名で、ボヘミア国王が加わっている点 (カール4世はもともとボヘミア国王であった) を除けば、既に13世紀前半には定着していた顔振れをそのまま踏襲している。
- トリアー大司教 (Erzbischof von Trier)
- マインツ大司教 (Erzbischof von Mainz)
- ケルン大司教 (Erzbischof von Koeln)
- ライン宮中伯 (Pfalzgraf bei Rhein)
- ザクセン公 (Herzog von Sachsen-Wittenberg)
- ブランデンブルク辺境伯 (Markgraf von Brandenburg)
- ボヘミア国王 (Koenig von Boehmen)
選挙侯の起源は必ずしも明らかではないが、もともとは王国の最高官職に付随する特権として生まれたのではないかと言われている。 因みに神聖ローマ帝国においては、儀式における最高官職 (Erzaemtern) には以下のようなものがあり、名誉職として世襲されていた。
- Truchsess - 宮内職の筆頭で、儀典・宴席を司る (内膳頭とも)
- Marschall - 軍務を司る宮内職 (主馬頭とも)
- Kaemmerer - 財務を司る宮内職 (内蔵頭とも)
- Schenk - 膳務(食糧・酒類)を司る宮内職 (主酒頭とも)
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Last modified: Sun Jan 31 23:33:05 CET 1999