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Gary Farr & the T-Bones
ゲイリー・ファー&ザ・T・ボーンズ


The Group in Brief
60年代ロンドンのブルース・シーンで、ローリング・ストーンズ、ヤードバーズに継ぐ位置にいたブルース・ロック・グループ。キース・エマーソンが一時在籍したバンドとしても知られている。

クラブでは高い人気を誇り、伝説のマーキー・クラブには90回以上出演したが、レコードのセールスが不発だったため、短命に終わった。

結成: 1964年 ワージング(英国サセックス州)

活動時期: 1964年〜66年

主なメンバー:
ゲイリー・ファー
Gary Farr (lead vo. / 1964-66) [右端]
ウィンストン・ウェザリル
Winston Weatherill (g. / 1964-65) [右から2人目]
スチュワート・パークス Stuart Parkes (b. / 1964-65) [左端]
アンディ・マッケクニー Andy McKechnie (g. / 1964-65)
アンディ・スティール Andy Steele (drs. / 1964-65)
ブライアン・ウォークリー Brian Walkley (drs. / 1965-66) [中央]
キース・エマーソン Keith Emerson (kbd. / 65-66) [左から2人目]
キース・"リー"・ジャクソン Keith "Lee" Jackson (b. / 65-66)
デイヴ・ラングストン Dave Langston (g. / 65-66)
アラン・ターナー
Alan Turner (drs. / 1966)

Major Works
アルバム
Dem Bones, Dem Bones, Dem T-Bones (Columbia, 1965) [4曲入りEP]*
[編集盤]
Va. / Rock Generation, Vol.VII (BYG, 1972) [A6曲分のみ、B面はソフト・マシーン]
London, 1964-1965 (Charly, 1977)
One More Chance (Decal, 1987)
All the Hits (Magic, 1999)*

参加
Julie Driscoll "Don't Do It No More" (1965) [演奏を担当]

*印は、T-Bones with Gary Farr名義の作品

Biography
1964年2月、イギリス南部の海岸に面した街ワージングで結成。まもなくジョルジョ・ゴメルスキーと契約して、ロンドン周辺に上京、ゴメルスキーの運営するクローダディー・クラブに出演し始める。同年6月26日、マーキー・クラブで初公演、以後マーキーの常連になる。64年8月、ナショナル・ジャズ&ブルース・フェスティヴァルに出演。

64年11月、シングル「How Many More Times」で、レコードデビュー。65年、さらに2枚のシングルと4曲入りEPを発売、同8月、ナショナル・ジャズ&ブルース・フェスティヴァルに出演。同9月、新たにキース・エマーソンが加入、マーキーでの毎週金曜日のライヴで高い人気を集める。しかし、新たなレコードを発表しないまま、66年秋、解散。

元バンドメンバーのうち、アンディ・スティールは、ハード(Herd)を経て、セッション・ドラマーとして活動、また、キース・エマーソンは、VIPズを経て、67年、後期T・ボーンズで同僚だったリー・ジャクソンらとともに、ナイス(Nice)を結成。その後、エマーソン・レイク&パーマーで一躍有名になった。

ゲイリー・ファー
本名ゲイリー・アンソニー・ファー。イギリスで有名なボクサー、トミー・ファー(Tommy Farr)(1914-86年)の息子で、ワイト島フェスティヴァルを企画したリッキ・ファー(Rikki Farr)とは兄弟。サセックス州ワージングで育ち、地元で音楽活動を始める。64年から66年まで、T・ボーンズのメイン・ヴォーカルとして活動。

次いで、ケヴィン・ウェストレイク(元ブロッサム・トウズ)とのデュオ、ザ・ライオン&ザ・フィッシュ(the Lion & the Fish)で一時活動した後、ソロ活動を開始、69年、ジョルジョ・ゴメルスキーのマーマレイド・レーベルから、アルバム『Take Something with You』で、レコード・デビュー。翌年、リチャード・トンプソンとマイティ・ベイビーをバックにしたソロ第2作『Strange Fruit』を発表。同8月、ワイト島フェスティヴァルに出演。

世界各地を転々と旅した後、アメリカに渡り、ジェリー・ウェクスラーに見出されてアトランティック・レコーズと契約。アラバマのマッスル・ショールズ・サウンド・スタジオでレコードを制作し、73年、第3作『Addressed to the Censors of Love』として発表。74年2月12日、ニューヨークのライヴハウス、ボトム・ラインの開業初日に、前座を務める。

その後、ロサンジェルスを拠点に、兄弟のリッキ・ファーがマネジャーを務める新バンド、ライオンを結成。80年、アルバム『Running All Night』を発表。フレッド・タケットの組んだジャンピング・ドッグズ(Jumping Dogz)に参加して地元で音楽活動を続けたものの、プロのミュージシャンとしての生活からは引退。

80年代以降は、ロサンジェルスで結婚生活を営みながら、映画のスチール・カメラマンとして活動する。86年には、オリヴァー・ストーン監督の映画『サルバドール』に脇役で出演したこともある。1994年、心臓発作で死去。

Latest News
2004年、故ゲイリー・ファーの69年発表のソロ・アルバム、Take Something with You が初CD化(英Small Town)(Disk Union)。(2004)
Related Links
英語サイト

Gary Farr & the T-Bones @ The British Beat Boom: T-ボーンズに関する紹介ページ

Brian Walkley (Drummer / Actor): 元メンバーのブライアン・ウォークリーの公式ホームページ

Official Keith Emerson Website: 元メンバーのキース・エマーソンの公式ホームページ

日本語サイト

Gary Farr & the T-Bones @ Pretty Things & My Favorite Things: T・ボーンズ、およびゲイリー・ファーの作品紹介


Gary Farr & the T-Bones, 1965

60年代半ばに、ロンドンのR&Bシーンで
人気を集めたグループ


 

 

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