Charies Chaplin‐‐‐July, 15th,1999 |
日本にいた頃、よく行ったバーで頼むカクテルの名前。そのバーは、還暦をとっくに過ぎた老夫婦によって営まれていた。でも、営業時間は、夜8時くらいから朝6時くらいまでだった。そんな不良っぽいところが、好きだった。店内は10人入れば、動く場所も無い。4人かけられるカウンターと、大きなカウチだけだった。オーダーすれば、好きなMUSIC・LDを流してくれる。ピストルズを聴いていたりすると、オヤジに”お兄さん、アナーキストだね。僕は、もっぱらブルースと演歌だけどね・・・。”と粋な事を言われたりする。 当時まだ10代後半だった僕だけれど、他のショットバーでは、いつも、甘くないカクテルを頼んでいた。でも本当は、酒の味なんて、判らなかった。自分より、少しだけ大人っぽい雰囲気に、酔いたかっただけだった。だから、いつも馬鹿みたいに、酔って吐くまでまで飲んでいた。当時の僕にとっては、カクテルなんて、居酒屋で飲む、チューハイの延長線でしかなかったのだろう。 そのバーに行ったのは、いつものように、友達と飲んでた時だった。その時は珍しく、まともな話をしながら、スローなテンポで飲んでいた。どのショットバーも、居酒屋も、閉店してしまう時間になって、すこし飲み足りないと感じた。その店の事は知っていた。前に別の友人と来て、ビール一杯飲んで、店を出た事があった。多分、当時、自分のイメージするバーの雰囲気と、少し違ったからだろう。スルメみたいなおじいちゃんが、寝床から出てきたばかりです、みたいな格好で、シェイカーを振っていたからだ。二度と行く事は無いだろうと思っていた。だから、2度目に行ったのは、ただ酒が飲みたくて、話の続きをしたくて、仕方なく行った、という感じだった。 店に入り、カウンターに腰掛け、マティーニを頼んだ。”おいてません・・・。”と、オヤジに無愛想に言われた。カクテルのメニューを見せてもらった。10種類足らずの品揃えで、飲んだ事の無いカクテルが1つあった。チャーリー・チャップリンという、世界一の喜劇俳優と同じ名前を持つカクテルを、なんとなく、オーダーした。 カウンターからは、厨房が丸見えだった。試した事の無いカクテルだったので、作り方が見たくて、覗いてみた。オヤジは並んでいるグラスの1つを手に取った。カウンターにあるグラスは1種類だけだった。グラスと言うよりコップだ。そのコップに、それの口より少し直径の短い、野球ボールを、少し小さくしたような、まん丸の氷が入り、2種類の液体が、少しずつ注がれた。ずいぶん簡単だなぁ、と思った。その名前からは想像できないような、真っ赤で、透明なカクテルが、僕の目の前にあった。少し強いけど、甘酸っぱくて、美味しかった。単純な味だった。でかい氷のせいで、分量自体は、ヤクルト一本分くらいだったので、すぐに終わってしまった。何がベースか知りたくて、尋ねてみた。アプリコットブランデーがベースで、それ以上は秘密・・・、といって、僕に初めての笑顔を見せた。もしかしたら、作ってる本人も知らないのかも・・・?、と一瞬頭をよぎったが、どうでも良くなって、同じ物を、何度か繰り返し頼んだ。何故か、その安っぽい味が好きになってた。かなり酔ったけど、けして悪酔いはしなかった。 店を出ると、丁度、夜明け後だった。冬独特の、冷たく澄んだ空気が、少しだけ酔いをさました。いつもの喧騒が嘘のように、朝の街は、無人で鎮まりかえっていた。その街で、初めて鳥の音を聞いたような気がした。普段は、人ごみの中、背筋を丸めて歩く街中を、大あくびをしながら、少しだけ胸を張って歩いた。 テキサスへ行く事を決めた後、何度か機会をつくって、いつも同じ物を飲みに行った。その胡散臭さが、いつも可笑しい。 *Charles Chaplin・・・本当は、アプリコットブランデー・チンザノロッソ・スロージン・レモンジュースを、シェイカーを使って作る。(たぶん・・・) |
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