Dope‐‐‐Nov.13th,1999 |
ノアと知りあって、もう5年になる。テキサスへ来て間もない頃、彼は近所のレッドウィングで働いていて、彼からブーツを買った事があった。その時、同じ大学の建築学科に在籍していると聞いていたが、最近まであまり顔を合わせることがなかった。 今学期ノアは、僕の隣のスタジオで仕事をしている。あちらが最初に、僕の存在に気付いて、声をかけてきた。始めのうち僕は誰だったか思い出せなかったが、彼は独特の喋り方をするので、徐々に思い出した。彼は、自分の話術にどうしても自信があるらしく、人を言いくるめるような喋り方をする。彼にそのつもりが有るのか無いのかは知らないが、不思議と僕は、その口調を不快に感じた事はなく、むしろ彼の話しを楽しんでいた。そう感じていたのは僕だけではなかったらしく、同じスタジオに居るクラスメイト達で、彼を知らない人間は居なくなった。彼の周りは、何時も賑やかだった。 僕は普段、人が居ると仕事がはかどらない性質なので、夜中あまり人の居ない時間を選んで、スタジオで仕事をするようにしていた。ノアも、日中は働いているらしく、夜中にクラスの仕事をこなしていた。僕が休憩時間に煙草を吸いに学部ビルの外へ出ると、ノアも必ずついて来た。僕が煙草を吸ってる間、彼は誰も居ないのを見計らって、アンティークの店で買った小さな吸引機を使って、マリファナを吸い始める。マッチ箱くらいの大きさの金物製で、1回ごとに細かく砕いたハッパを込め直す、携帯式の吸引機だ。ストレス解消にはそれが一番らしい。彼のデスクの引出しには、ビールが何時も入っていて、それとスピード入りのコーヒーを交互に飲みながら製図したり、模型を創ったりしていた。 ノアは、自分はジャンキーではなく、薬で目を覚ましている事が必要なのだと言った。僕のような、のんきな留学生と違って、彼は自分の学費を自分で稼いでいる。生活費も全て。しかも建築学科と云う、タフなメジャーの仕事をこなす為には、覚醒剤は不可欠らしい。ノアに聞くまで知らなかったけど、自前のコーヒーポットで、コーヒー飲みながら仕事してる奴は怪しいそうだ。 1つのデザインプロジェクトのデッドラインは、どのスタジオも似たような時期に重なっている。流石に、その時期に近づくと、何時も静かな夜中のスタジオも、生徒達で活気付いてくる。ノアは、何時もより賑やかなスタジオで、更に一緒に賑やかになる。ビールもコーヒーも、外に吸いに行くハッパの量も、徐々に増えてくる。相手をする人間が、僕以外にたくさん居るからだ。一旦外に出ると、1時間は戻ってこない。スタジオに戻ってきても、ノアはもう、定規を使っても真っ直ぐな線すら引く事が出来ない。そしていつのまにか、居眠りをしている。 最近気付いた事だが、ノアと喋ってる人は、見ていて楽しそうだが、ノア本人が本気で楽しそうにしてる顔は見た事が無い。僕と話しているときを含めて。逆に、クラスメート達が、徹夜で必死になって設計している時も、薬のせいか、涼しげな顔をしている。仕事が終わらなくても、ニヤニヤしている。どんな言い訳をされても、その失われた顔の表情にだけは、哀れみに似た複雑な感情を抱いてしまう。 |
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