An Old Picture ‐‐‐ April 14th, 2001 |
セピア色に褪せてバラバラに裂けた一枚のモノクロームの写真を修復している。色の褪せ方が、いつも日のあたる場所、人目の触れる場所にあったのだろうということを想像させる。おそらく、50年以上前に撮られた写真だろう。 父方の祖母が亡くなってまだ一年しか経たないのに、今度は母方の祖母が危篤状態にある。去年から医者には何時死んでもおかしくないと言われていて、暮れから何度も危険な状態を乗り越えてきている。不謹慎にも、親戚一同、元旦(祖母の誕生日)に逝くだろうと予想していたのだが、どうやら人並み外れて心臓が強いらしく、なかなか医者の言うようにはならない。もともと、医者とか病院とかいう類が好きではない人だったせいか、最後まで裏切り続けるような気がする。正直言うと、意識もろくに無く、ただ苦しんでいるだけなら、早く楽になってほしいと思っている。家では、すっかり葬式の手筈も整って、心の準備もできてしまっている。そんな思惑も、いつまでも裏切ってくれるに違いない。 そういった事情で、横浜の上大岡にある祖母の家に見舞いがてら行く事が多くなった。 祖母の家は酒屋を営んでいて、今では珍しくなってしまったが、店内には立ち飲みのカウンターも付いている。上大岡界隈には、昔から安く飲める立ち飲み屋がたくさんあったのだが、近頃の所謂再開発でかつての庶民文化も消えつつある。祖母の所も例外ではなく、近代的なビルに囲まれた木造二階建てのボロ屋は、明らかに浮いてしまっている。おかげさまで経営は赤字もいいところだが、なんとか昔からの客に支えられながら、潰れない程度にやっている。店中は、祖母が留守にしている以外、いつも通り時間が流れているように感じる。ただ1つ違う事といえば、店の奥にある、いつもは散らかり放題の祖母の部屋が、入院して以来すっかり片付いてしまっていることだ。 部屋の卓袱台の上には、店の書類から個人的な持ち物まで、色々の物が整頓されて並んでいた。その中には、俺が5年前にアメリカから送った手紙も綺麗に保管されていた。祖母は"ずぼら"という印象が強かったので、意外だった。 祖母は、どうやら写真が好きなようで、アルバムにこそなっている訳ではないが、大量の写真も年代別に整理されていた。女学生の時代から現在まで、約70年分の写真がある。大正、昭和、そして平成。祖母は明治生まれだけど、子供の頃の写真はさすがに見つからなかった。その当時写真はまだ普及してなかったのだろうか、それとも、戦争で焼けてしまったのだろうか…。それにしても、現在まで残っているものの保存状態は、なかなか良い。 時代を遡って写真を見てみると、今みたいに使い捨てカメラがある時代のものとちがって、一枚一枚大事に撮られている。だいたいカラー写真に移る頃から、構図や表情が、自然と言えばそれまでだが、適当になってきている。無駄な写真も多い。昔の物にになればなるほど、構図もポーズも決まっていて、表情も硬い。 その中で一枚の写真が目にとまった。破れて色褪せてはいるものの、小さな紙袋に破片がまとめてあり大切に保管されている。家族を撮った良い写真だ。写真の中の母から想像すると、50年位前に撮られたものだと思う。 大学時代の写真の教授が、大昔の写真をCGで修復しているのを見た事がある。自分の家系を辿って、100年くらい前の写真から、劣化した物を選んで修復した後、デジタル化して保存している。モノクロに色をつけて、カラーっぽくしたりして面白そうだった。家族にも喜ばれるらしい。 ふと、そんな事を思い出してしまって、その写真を修復してみようと思った。まずバラバラになった写真をテーピングして一枚の写真に戻す事から始まった。その作業が難航したものの、コンピューターに取り込んでからは、作業は順調に進んだ。色を直したり、欠けたパーツを作ったり、新たに息を吹き込んでいるような気分だった。仕上がったら、祖母の枕元にでも置いといてやろうとも思っていた。 作業も終わり近づいて、最後の裂け目を修復している時に、不意に気付いてしまった事がある。熱中していたので作業を始めた頃は気に留まらなかったが、写真の裂け方があまりにも不自然で、明らかに人の手によってバラバラに引き裂かれているということだ。 その背景にあるドラマについては思い過ごしかもしれないし、推測もできない。ただ、もしかしたら今している作業が、誰かにとって全く歓迎されていないのではないかと思えてしまい、途端、前に進めなくなってしまった。 あと少しで終わるはずのものが、一月たっても終わらない。もう終わらないかも知れない、と思った。もしかしたら、そういう終わり方もあるのかもしれない。 最後の一筆は、難しい。 |
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