Ur-faktum

侵害、暴力、搾取を相互に慎み、自分の意志と他者の意志とを平等視すること。
これは、もしそのための諸条件が与えられている(各個人の力量と価値尺度が
事実上似ており、しかも彼らが一つの団体に共属している)ならば、ある大雑把な
意味では各個人間の良俗になりうる。しかし、この原則をもっと広くとり、できれば
社会の根本原則とさえ見なそうとするとき、ただちにそれはその正体を、すなわち、
生の否定への意志であり、解体と頽落の原則であることを暴露するであろう。
ここで人はその理由について根本的に考え、あらゆるセンチメンタルな軟弱さを
斥けなければならない。すなわち、生そのものは本質的に他者や弱者をわがものに
すること、侵害すること、打倒することであり、抑圧すること、苛酷なること、自分の
形式を押しつけること、同化することであって、少なくとも、ごく控えめに言っても
搾取することである。

「搾取」は堕落した社会や不完全で原始的な社会に属することではない。それは
有機的な根本機能として生けるものの本質に属することであり、生への意志に
ほかならない本来的な権力への意志の帰結である。 −これは理論としては新しい
ことかもしれないが− 現実としてはあらゆる歴史の原事実(Ur-faktum)なのだ。




Nietzsche Jenseits von Gut und Böse
ニーチェ 『善悪の彼岸』




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