自動車旅


アメリカの旅はやっぱり車だ。縦横に走っているインターステートハイウェイで、ハイウェイの番号と東西南北を示すEWSNと出口番号だけで何処へでも行ける。

車に何でもかんでも詰め込んで、行きたい方向へ走って行き、泊まりたい所でハイウェイを降りると幾らでもモーテルがある。少々のお金と時間と車だけあれば旅は出来る。

車の旅が本当に気楽に出来るようになるまでには1年かかった。その時には後1年しかアメリカ生活が残っていなかった。

ケンタッキー州内、隣の州、テネシー、オハイオ、ミシガン州、ワシントンDC、ノースカロライナ、サウスカロライナ、ジョージアといろいろ車で行った。片道14,5時間も平気になった。女房も運転できるので、疲れると少々運転を変わってもらった。

ケンタッキー州、テネシー州には美しい場所、町が沢山ある。

初めての車の旅が、テネシー州ナッシュビルへの4時間の旅だった。

ワシントンDCへ行った時は、車の調子が悪くて大変だった。アパラチア山脈を越えるので、上り下りが多く、下りは良いのだが、車のパワーがなく登りでは後ろからどんどん抜かれた。途中で疲れてモーテルに泊まったら、そこからワシントンまでは2時間程の距離だった。ワシントンDCといわれる町の部分は非常に小さい地域で、隣接する町が活気がある。川を渡ったジョージタウンは国際色豊かな各国のレストランがあり、ショッピングも楽しめる。裏通りにジャズのライブ・バーがあり、通りかかると聞いたことのある音楽が聞こえたので入る。トランペットのディジィ・ガレスピーが吹いていた。ステージが終わって、わが子が可愛いとディジィが抱こうとしたら大泣きに泣いてしまった。ワシントンDCの町中には観光以外には余り見るものはなかった。

日本から両親が来たので、帰りがけにデトロイト郊外に住んでいる叔母の家に連れていった。叔母の家は湖の脇にあり、庭先までボートで来て、係留しておける。周りのうちも皆ボートを持っていて、ボートが生活の一部になっている。初めて会うアメリカ人の叔父、久々の叔母、歓待してくれて、湖をモーターボートで案内してくれたり、ボートでレストランへ行ったりと楽しんだ。モーターボートでガソリンスタンドによって、ガソリンを入れるのは始めて見た。所によっていろいろな事があるもんだ。
ここからシカゴまで両親を送って6時間の車の旅。途中での集中豪雨は凄かった。シカゴでの1泊、両親は綺麗なシカゴの夜の散歩を楽しんだと思う。

金曜日の夜から友達家族とグレートスモーキーマウンテンへ行った時もある。遅く出掛けたので夜中にモーテルに到着。道端から下を見下ろすと、野生の熊がいた。山脈地帯が観光地になったところで、新婚旅行のメッカのようだった。大きなアウトレトモールもあり、女房達は買い物の大騒ぎ。

自動車旅行には大きな地図が必要。AAAの会員になると無料で道路工事状況まで反映した目的地までの案内図を作ってくれるし、州毎の観光案内本をくれる。多くの州の本を集めたが、毎年更新されているので、もう10年ほど前の観光本になってしまった。誰かセットでくれないかな。これはアメリカ国内だけでなくカナダはじめ世界中があるようだ。ヨーロッパの本も貰った。
AAAの会員になると車の故障への対応だけでなく、結構特典がある。

帰国前に寒さを避けて南に行こうと、サウスカロライナ州チャールストン目指して出掛けた。車はセリカだけになっていて、かつセリカの燃費も非常に悪かったが、親子3人での旅には充分だった。15時間位かかったチャールストンで2日程遊びもっと南下、ジョージア州サバンナを目指した。途中でヒルトンヘッドアイランドという標識があり、前から聞いていた名前なので寄り道。避暑地の良い感じで気に入った。シーズン前なので人も少ない。ホテルに泊まろうとフロントで聞くと、100ドル位言われ、安くならないのと言ったら、その場でクーポン券を出してくれ半額くらいになった。部屋はそんなに良くはないが、浜辺側のガラス戸を開けると、そのまま浜。夜にはレストラン街で食事。夕日を眺めてののんびりとした気分で、最高の気分だった。翌日サバンナに行ったが、南北戦争か何かで有名なだけで私たちには面白くなかった。そのまま帰途へ。途中、アッシュビルという町にある富豪が立てたお城に寄った。ぶどう酒を作っていたが、広大な敷地の城であった。



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copyright 1999 Makoto Aida