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君に捧げる
− 押し売り −

後編


「お初にお目にかかります、陛下」

 ライルは国王に一歩歩みより、深々と頭を下げた。

 ライルは確かに人前に姿を見せる事は滅多にない。しかし、だからといって礼儀を全くわきまえていないというわけではないのだ。

「成る程、パトンドール当主が女性だったとは」

 ルース王国国王はライルに目を向けて、ふわりと笑った。

「だけど、お会い出来て嬉しいですよ」

 整った顔立ち。優しい言葉遣い。後光がさすようなまばゆいばかりのこうごうしさ。何人も、彼の前では従順にならずを得ないだろう。

 ……約数名、例外を除いて――だが。

 ルース国王はその例外である人物に目を向けて苦笑を浮かべた。

「そして、出来る事ならばお会いしたくありませんでしたよ、ロード・ロゼウス。まさか、貴方がパトンドールの補佐をしているとは考えてもおりませんでしたよ」

 同じようにロードも国王に向けて微笑んだ。

「ええ、言ってませんでしたから」
「成る程、ロード・ロゼウスらしい」

 にこにこと微笑んでいる国王の瞳が、ロードに向けられる時だけその穏やかさをなくす事に気付いたのは、おそらく、その瞳を向けられているロードだけだろう。ロードは一層微笑んで見せた。

 そんなロードを見て疑問に思ったのか、ライルがロードの顔を覗き込む。

「ロード、知り合いなの?」
「どなたとですか?この、……くそバカ国王陛下とですか?」

 ライルは少し首を傾げて、それでもこくりと頷いた。

「ええ。不本意ながら、どうやら俺と彼は知り合いらしいですね」

 にっこりと微笑みながら言うと、視界のはしで国王が不機嫌そうに顔をしかめた。

「それはこちらの台詞ですよ、ロード・ロゼウス。貴方は私のたった一人も愛妹の求愛をたった一言で切り捨て、あげくにパトンドールの補佐などをするとは」
「ですが、俺は妹君に求婚されるよりもずっと前にパトンドールの補佐になったんですけどね」

 ロードはここで一息ついて、ちらりと王女殿下に視線を向けた。

「それに貴方だって、別に俺が好きで求愛したわけじゃないですよね?」

 王女殿下は国王以上に顔をしかめて、黙ってきびすをかえして謁見室から姿を消した。

 その後姿を見ながら、ロードは思わず細く笑った。どうやら図星だったらしい。

 実際は、それが真実であったかは分からなかったのだ。ただ、今回、王女殿下がライルの顔を見たことがないまま、ライルに求婚をしてきた事から、彼女の言葉に愛などは存在しない事に気がついたのだ。

 大体、その求愛をしてきたのも、彼女が四つの時だ。すでに時効だろう。

 もっとも、その真実を国王は忘れているのかもしれないが。

「ロード・ロゼウス……。また、私の邪魔をなさるおつもりですね?」
「俺の邪魔をするから、俺が全力で貴方の邪魔をせざるを得ないはめになっているだけですよ」

 ロードはごくごく自然な振る舞いでライルが自分の背中の影になるように立ち位置を変えた。

 これがライルではなく、他の人間であれば、喜んで国王に捧げていただろう。しかし、ライルに国王はふさわしくない。彼女にふさわしいのは自分だけなのだ。

「……ロード、一体どういう知り合いなの?……陛下とお会いする事なんて、そうそうあることではないでしょ?」
「そうですね」

 確かに国王と顔をあわせる事なんて、貴族でもそうある事ではない。ましてや、ロードは補佐なのだ。ライル以上にそのチャンスは少ないだろう。

 それでも、ロードは国王一家とはしょっちゅう会っていたという間柄だ。気心が知れている気の置けない友人以上に、気心を知りすぎていて、友人になるのも、彼がそこにいるのもなんか嫌、という関係なのだから。

 ロードは国王を見て、鼻を鳴らした。

「別に貴方が気にされる必要はありませんよ。……面白くもない知り合いですから」
「だけど、気になっちゃうし……」
「ただの……そうですね、幼馴染です」

 そんなものでひとくくりに出来るようなものでもないのだが、それが一番しっくりくるだろう。

 ライルは納得したのか納得していないのかよく分からない、微妙な頷きを返してきた。おそらくは理解はしてないに違いないのだが。

「ルース国王、彼女が俺の命を捧げる相手ですから」

 一人悩んでいるライルを放って置いて、ロードは国王に目を向けた。

 国王がロードの口調の真剣さに僅かに居住まいを正して、やがて苦笑を浮かべた。

「成る程……ロード・ロゼウスのおっしゃっていた相手とは彼女の事でしたか」

 ロードの牽制に気がついて、なおかつそれが真剣だという事をたった一言で悟ったのだろう。国王は降参をするように、両手を上にあげた。

「手は出しませんよ。それこそ、一生。貴方が昔から言っていた相手が彼女だとわかったのなら、尚更」
「当然ですよ。手を出したら…………過去の二の舞……いえ、それ以上の事をさせていただきますから」

 その言葉にライルが首を傾げてロードを見上げ、国王は本気でおびえた顔を見せた。


・・・・・・・・・


「ねぇ、本当にロードと陛下って幼馴染だったの?」

 屋敷に帰り着くなり、ライルが声を上げた。やはり、まだ納得していなかったらしい。

「どうしてですか?」
「だって、陛下、本気で怖がってなかった?ロードの事」

 そうだろうな、とロードは思う。

 なにしろ、国王は流石は国王を務めているだけあってバカではない。どこまではセーフラインなのか、はっきりと理解している。だから、国王はロードの逆鱗には触れないのだ。逆鱗すれすれには触れていても、だ。

「一体、ロード、何したの?」

 ロードはライルの問いに一つ苦笑した。

「俺も若かったですから」

 若い以上に幼い、の方が近い言葉だったが、ロードはあえて若いという言葉を選んだ。

「ルース王国の機密書類を数枚抜き出しました。本当はそれを売ろうとも思ったのですが、流石にそれは控えておきましたけど」
「……な、なんで?」
「国王が……その時は皇太子でしたが……俺の花のしおりを盗んだんです」

 花のしおり?とライルが口の中で呟く。花のしおりです、とロードはもう一度言った。

「ライル様が初めて俺にくださった誕生日プレゼントの花のしおりです」
「誕生日……ってなんとなく覚えてるけど。……あの、庭の花を摘んで押し花にした、あれ、の事?」

 確か、ライルはまだ6つ程だった。誕生日を誰かからきいたらしく、わざわざロードの好きな花を選んでしおりにしてくれたのだ。

 国王から取り戻した今も、大切に使用している。王国の法律書にはさむには、少々かわいらしすぎるのが難点だが、ライルがくれた物、という事で全て帳消しにしてしまえるのだ。

「私のしおりで、どうしてそこまで……」
「貴方が作ってくれたから、じゃないですか……」

 そう言っても、鈍感なライルは自分の気持ちに気付いてくれないのだろうけれど……。それでも、いいか、とロードは一つため息をつく。

 今は、とにかくライルの周りから余計な虫を排除しなければならないのだ。

 いずれくる、ライルと自分の幸せな二人の世界を作るために……。





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