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日常化現象
[中編]


「……いかにも。私がルーゼンテ・ナンだ。しかし、ルーなどという呼び名を許した覚えは……」
 いいかけて、私ははっと気がついた。
 今よりもずっと幼い頃、唯一対等である事を許した人物がいた。私よりも二つばかり年下で、頭はよかったが魔力の低かった、有名魔法使い家の次男。魔力が低いと認められないだろうか、と悩む彼に、私の片腕になるように言った覚えがある。
 その時、彼がどう答えたのか、何故か覚えてはいないのだが――。
「そうか……シャル、か」
 シャルズは――シャルはこくりと頷いた。
 言われてみれば、どうして再会した時に気がつかなかったのだと思うぐらい、シャルは幼い頃の面影を残していた。そういうと、多少は嫌な顔をするのだろうが。
「しかし、シャルが国王と主従関係を結んでおるとはな」
 それは予想していなかった。そう告げると、シャルは怪訝そうに眉をひそめ、首を傾げた。
「主従って……どういう事?」
「国王をマスターと呼んでいたのではなかったか?」
 ああ、とどこか納得したようにシャルが頷く。
「違う違う。マスターをマスターって呼ぶのは、マスターが酒場のマスターだからだよ。国王が酒場のマスターやってんの」
 ……ふざけた国だ。いくら平和が続いているからといって、やっていい事と悪い事がある。
 それでも、私は納得したように頷いてやった。無論、そんなふざけた事に対して納得したわけではないのだが。
「それならば、何故ここに?苦しゅうない、言ってみろ」
「苦しゅうって。まあ、いいか。ともかく……それは僕の疑問だとも思うんだけどな」
 私達は思わず顔を合わせ、苦笑する。確かにシャルのいう事はいちいちもっともであった。
 他の人に、何故ここにいるのだ、と問われても、素直には答えないだろう。私がどこへ行こうと、勝手なはずだ。しかし、相手がシャルとなると、曖昧な言葉ではぐらかすわけにもいかない。
「魔力を感じた」
 ぴくりと視界の端でキールが反応を見せた。
 そういえば、彼は王宮魔道士だ。何か知っているのかもしれない。
「それも、普通ではない……奇妙な魔力だ。それを確かめにきただけだ」
 私は横目にキールの反応を伺う。しかし、キールはそれ以上、何の反応も示さなかった。
 用心深いのか、それとも本当に何も知らないのか……キールのようなタイプの人間の本心は読み辛い。きっと、このままこっそりと彼の本心をのぞこうと頑張ったところで、それは不可能な事なのだろう。
 私は諦めて、シャルに視線を向けた。しかし、シャルも分からない、と首をかしげている。その様子に嘘はないようだ。私はキールをまっすぐ前に見据えた。
「魔力を強く感じるのは、この――王城の中。何を隠しておる」
「何を、ね。ま、隠しているつもりはないようだが?」
 キールはふんと鼻を鳴らした。
「奇妙な魔力っつったら、やっぱり、あれのせいだろ。あれ」
 くいっとキールが首を動かす。その先に目を向けて、私は顔をしかめた。二人の人影が、一直線にこちらへ向かってきているのだ。猪突猛進、というのだろうか。
「ほれ、右側の……あの影珠っつう魔精のガキ。あれは魔精界でも有数の紫眼族のご長男だ」
 言われてみれば、確かに不思議な魔力を持っている。……私の感じていた魔力とは違う気はしたが、彼が近付いてくると同時に、違和感も消えていったところから考えて、やはり彼だったのだろうか。
 いや、それだけではないはずだ。
 魔精の少年と、一人の少女はシャルの前で走るのを止めて、私の顔を不思議そうに見つめてきた。
 このような王城の中では、私のような人物に会うのは珍しい事なのだろう。本来ならば、無礼に当たる行為ではあるが、相手はまだ子供だ。私は寛大な心で許してやった。
「シャルちゃん、この人、誰?」
「ルーゼンテ・ナン。僕の……何だろうね。……『同窓生』って所かな?」
 確かに、同じ師についていたわけではないが、同窓生というのが一番近いかもしれない。
「ふむ……して、お前の名は?」
「普通、そんな偉そうな言葉遣いだったら『そち』とか『お主』とか使うんじゃないのか?」
 私の言葉を遮るように、キールがにやにやと笑いながら声をあげた。
 そんな偉そうな言葉遣い、といわれても、実際偉いのだから仕方がない。それに、第一、考えて言葉を使っているわけではないのだ。
「私が何を使おうと勝手であろう。それに、私は別に王というわけではない。無意味は威圧は必要ないだろう」
「そう来ますか」
 バカにされているようではあるが、まあ、この際いいだろう。
「して、お前の名は?」
「……一体何処の王子様、貴方様は」
 少女が不機嫌そうににらみつけてくる。子供ににらまれても怖くもなんともないのだが。……やはり、ここは怯えてみせるべきなのだろうか。
「まあ、いいわ」
 考え込んだ私に、少女はため息をついて見せた。やはり、まだまだ子供。結局は、私に名を告げたくて仕方がないのだろう。
「私はフェツ・フェルン・メラフィ・アーディル。一応、この国の王子様として育てられているお姫様よ。それで、シャルちゃんの一応婚約者」
 成る程……魔法使いの血を王家に入れようという魂胆か。国というレベルに捕らわれた弱き国王の考えそうな事だ。
「それは一石二鳥であろうな。王家に魔法使いの血を入れ、なおかつ、国王が真に欲しがっている人材をも手に入れる事が出来るのだからな」
「人材、ね。確かに魔法使いは確かに貴重だものね」
「魔法使いなど、関係ないのではないのか?」
「何で?」
 この少女は国王に従っているだけで、何も知らないのかもしれない。だったら、深くは語らないでいてやるほうがいいのだろう。それに、おそらくはシャルも知られたくないはずだ。
「深い意味はない」
「成る程。噂は本当か」
 キールが腕組みをして、納得がいったと声をあげた。私が沈黙を守ろうと思った話を、蒸し返すつもりらしい。全く持って礼儀のなっていない人物だ。
「噂?」
 キールの言葉に、当事者のシャルが眉をあげた。
「いや、別に」
 キールはそれ以上話すつもりはないようだ。キールの性格を知っているのか、それ以上、キールに詰め寄るような人物はいなかった。
 ふとシャルを見ると、シャルは何かを探るようにキールの顔を見つめている。どうやら、キールがどこまで知っているのかを探ろうとしたらしい。
 やがて、シャルは諦めて、小さくため息をついた。
「ところで、エイジュ、といったか」
 私は話を変えるべく、エイジュに話しかける。何故かキールに真実をつかまれるのは嫌だったからだ。自分の事ではないというのに。……それだけ、私も屈折しているのかもしれない。こんな事ではいけないとは思うのだが。
「この魔力はお前のものか?」
「……この、といきなり言われてもな……。多分、水鏡のせいじゃないか?」
「水鏡。名前からして、何かを見るものであろうとは思うが……。それで何を覗いているんだ?」
 エイジュは怪訝げに私の顔を見上げてきた。……エイジュよりは私の方が若干背が高い。
「それがこの魔力に関係があると思うのだが……?」
「それは……多分正しい」
 意外にも、エイジュは素直に私の言葉を認めた。
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