反逆者前線接近中 [前編]
アーディル王国学院という学院がある。三学院――つまりは、サミスーラの学院とスノライの学院と、そしてアーディルの学院の三校を合わせた総称のようなものだけど――の繋がりは半端ではなく強いためか、その三校を分けて考える人は少ない。
それはともかく、アーディルには学院がある。そして、僕は、何故かキールと共にそこにいた。
今、現在、不本意ながらアーディルの、王子として育てられたお姫様の婚約者となってしまった僕は、一人で行動することが許されていない。といっても、僕自身、大人しい方じゃないから、勝手にこっそりと一人だけで行動してたりするんだけど……。まあ、ともかく、そういうわけで、お付きと称してキールが僕と行動しているわけだ。何故、筆頭の魔法使いともあろう彼が、僕のお供なんかしているのか、全く持って謎なんだけど。
エイジュは最初の頃は自分がついていく、とごねたものだったけど、ここいらの地理に疎いという事もあって、結局、お付きには認められなかった。それで、今は僕の騎士になるべく目下訓練中。魔精なのに騎士ってところが普通ではない考えだけど、どうやらキールを酷く敵視しているらしく、フィールドの重なってしまう魔法の方からは離れたいみたいだった。
まあ、キールは僕の事情をよく知っているし、一緒にいて息の詰まるような人間ではないからよかったものの……。
そういえば、それをキールの部下となった兄さんにふとしたはずみでもらしたら、キールなんかと馴れ合うな、と泣かれてしまった。馴れ合っているわけではないのだけど。
僕はそんなとりとめもない事を思い出しながら、クッキーをかじった。適度な甘さが僕のお気に入りの、モービーディックというコーヒー屋さんのラズベリージンジャークッキーだ。僕は、甘党と一口で言っても、砂糖がどっぱりのっただけの、単調な甘さは苦手だったりする。
我がままと思うなら、そう思え。それでも、僕は甘さへのこだわりは捨てきれないんだから。
「シャルズ殿が城へあがったのは知っておったが」
苦笑するのは、フォス・フェイト・カーボニル。学院で教授を務める、僕の数少ない「同僚」だ。いや、同志、と言うほうが正しいのかな?
教授としては若いのに、その口調から年を取っていると思われがちな四十代。変人、奇人と名高い彼だが、実は、彼はアーディルにいる二人の一級賢者のうちの一人なのだ。
「シャルズ殿はよいとして、そちらも城に仕えておったとはな」
そちら、と目線を向けられたキールはふふんと笑って見せた。
「俺にもいろいろと事情があってね」
どうやら、フォスとキールは面識があるらしく、フォスはキールの役職を聞いて、酷く驚いていた。昔、ちらっと会った事があるとか、顔は見たことがあるとか、そういう類の知り合いなのだろうか。
「ところで、カーボニル教授、こいつがもう一人の一級賢者なんだろ?」
キールは、こいつ、と僕を指で指した。疑問系ではあったが、本人である僕に、すでに事実確認をとっているのだから、今更だろう。
フォスが僕に真実をのべてもいいのか、と問いたげな目線を向けてきたので、僕は一つ頷いてやった。
どうせ、もともと隠していたわけじゃないのだ。訊かれなかったから、言わなかっただけで――。だから、僕が一級賢者だという事を知っている人間は少ない。家族に対しては隠しているけれど。
「ふむ。……いつわかった?」
「こいつに会ってすぐ、か。もっとも、確信を持ったのはこいつのトモダチだか何だかに会ってからだけどな」
キールは何故かトモダチ、ととても嫌そうな声を出した。
それにしても、そんな前に知られていたとは、思いもよらなかった。そんなに分かりやすいとは思わないのに。何しろ、普通は年齢的な事を考えたら、僕だとは思わないでしょ。
僕の内心の疑問に気付いてか、キールが僕に意味ありげな目線を向けてきた。そしてにやりと笑って――
「だって、分かりやすいんだもん」
などとのたまって下さった。キールらしい返事だとは思うけど。
「実のところ、魔力は低いのに、えらく高い魔力耐性を感じた」
それを感じ取るとは、流石は筆頭、という事か。確かに、僕には魔力耐性とやらがあるのだ。それは。一級賢者が自身の身を守る為のもので、一級賢者以外には持ち得ない特殊能力なのだ。
「それを調べるために、43回も弱めの眠りの魔法をかけてみました」
キールは悪びれずに、しれっと言う。それは、ある意味犯罪行為だろう。
「それにしても、なんでキールが知っているの?」
その特殊能力の存在を。
キールはただ笑ってコーヒーを口に運んだ、答えるつもりはないらしい。やがて、僕も諦めて、黙ってコーヒーをすすった。
キールはかなりの秘密主義だ。自身のことすら、ろくに話そうとしない。彼も僕と同じで、訊かないから言わないだけなんだろうけど。
とにかく、僕はキールは実はアーディルの出ではないと考えていたりする。多分、それもあながち違うとは言い切れないだろう。どこが、と問われると、かなり困るんだけど。
――いいんだけどね、別に。
そう、自分には結局関係のない事だ。キールの正体に興味はあるけど、今知らなきゃ、すぐ知らなきゃといったような切羽詰った状態ではない。
「ハルヒ殿」
いきなり、フォスが一人の名を呼んだ。どこかで聞いた事がある名前だけど、どこできいたんだっけ?
「――と、キール殿。どちらがよろしい?」
「今はキール・ファルビアンのモードだけど、別にこだわんないな。どっちも俺様なわけだし」
キールは口許だけで笑って見せた。
そうだ、ライコウイン ハルヒ。確か、キールがそう名乗ったんだった。――冗談かと思っていたのだけど。
「ライコウイン ハルヒってハルヒが名前?」
思わず尋ねると、キールはコーヒーを飲みながら、器用にそうだと声にだして答えた。飲みながら、はっきりと声を出すなんて、やっぱり、人間じゃない。
「って事は、スノライの名前?」
「詳しいねぇ。流石は一級賢者」
「もしかして、こう書く?」
「雷光院春日」と近くにあった紙に書き付けると、キールは一つ頷いた。
やっぱり、どこかで見たことがある。――キールがそうだと名乗る前に。
「別に、珍しい名前じゃないだろ」
十分、珍しい名前だと思うんだけど……。僕が反論しようと口を開いたと同時に、突然、辺りが真っ暗になった。意識が遠のいたとか、そういうんじゃなくて、本当の意味で、辺りが暗くなったのだ。
「停電だろうか……珍しい」
フォスの声が近くから聞こえてくる。
「ちょっと、俺が見てこよう」
続いてキールの声。僕も何か口にしようとして――けれど、何も口には出来なかった、何か強い力に拘束されるように、全ての動きが封じられていたからだ。
――他力本願ではあるけど……キール、何とかしてよね……。
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