The Perfect Excuse
[前
編]
好きの意味が違う事、きっと始めからお互いが分かっていた。
だけど、なんとなく、口に出すことは出来なくて、
きっと、それを口にする必要も今まではなかったから、
だから、気がついたら時間だけが経っていた。
「無意味だろ」
僕のために用意されたリンゴを食べながら、キールが一つ呟いた。
僕もリンゴに手を伸ばしながら、訝しげにキールを見やる。
「何が?」
「全部」
しゃくしゃくと小気味いい音を立てながらリンゴをはんで、キールはにやりと笑った。
なんとなく、キールの言っている事は的を得ていて嫌になる。僕は少しだけむっとしながら、口の中にリンゴを突っ込んだ。そのまま、最後のリンゴの一切れに手を伸ばす。しかし、それを寸前にキールに取られて、僕はますますむっとしてキールをにらみつけた。
「それ、僕の」
「へぇ、このリンゴにお前の名前でも書いてあったわけだ」
「……子供みたいな事言わないでよ。――いいけどさ、リンゴ位……」
といいつつ、伝説の林檎「ハニースウィート」の最後の一切れをキールに食べられたのは、正直ショックだったのだけど。
だけど、今はそれよりも大切なことがある。
「で、全部無意味ってどういう事?」
「自覚したんだろ?自分の気持ち」
自覚した。確かに自覚した。確かに僕は恋をしている。――相手はメラフィではないのだけど。
だからこそ問題なのだ。
恋をしてしまった事を、メラフィに話さなくてはとは思ってはいるのだけど、どうしてもその勇気が出ないのだ。
「姫さんが傷つくようなたまかよ」
僕の心の中の気持ちを読み取ったように、絶妙のタイミングでキールが鼻で笑った。キールは自分に直接関係しない事柄ならば、とても敏感な
のだ。自分に関わる事に関しては、そうとは言い切れない部分も多いのだけど。
それにしても、一応は王女様に対して、すごい失礼な事を言っているような……。
「大体、誰が傷付こうが、お前は気にしないだろ?今更、どうしようもこうしようもないだろうが」
「どういう意味?僕が他人の事を一切気にしないって言っているように聞こえるんだけど?」
「違うのか?」
違うとも言い切れなくて、僕は思わず黙り込んだ。
確かに、僕は他人に対しては一線を引いてしまうところがある。結局、自分に関わってこられるのが嫌で、それよりは近づかないで欲しいと思ってしまうのだ。
だけど、反面、自分が認めた人に対しては、限りなく甘くなってしまう自分も知っている。
「メラフィは他人じゃないよ」
「とりあえずは婚約者だって?それとも、トモダチ?」
キールは口元だけで笑って見せた。
僕は詳しくは知らないけれど、キールには「友達」と呼べる人物はいないらしい。というよりも、友情というものを信じていない。傍から見れば、どう見ても親友同士なのに、キールにしてみれば「一番近しい知人」なのだ。
「トモダチってのは他人よりも遠いもんだぜ」
「ねぇ、なんでキールは友情ってのを信じていないの?」
「……お前も友達と呼べる人物は少ないんだろ?」
僕は少し考えて、一つ頷いた。
友達と呼べる人物というのは、メラフィだけだろう。エイジュは友達と呼べるような関係ではないような気がするし、ルーもフォスも友達とは呼びにくい。
だけど、なんとなくキールの言っている事とは根本的なところで違っているような気がする。だって、僕は友情を信じていないわけじゃない。
「でも、僕はメラフィを友達だって言えるよ?」
「この世には二種類の人間しかいない。自分が好きな人間と嫌いな人間だ。だったら、わざわざ、好きな人間をトモダチなんて言葉でひとくくりに
する必要はないだろ?……まあ、考えは人それぞれだけどな」
思わず見上げたキールの顔には含んだ笑みが浮かんでいて――それはいつもと同じだったんだけど、なんとなく、本当になんとなくなんだけど、触れてはいけない事に触れたような気がした。
僕はキールの事をあまり知らない。別に知りたいとも思わないんだけど……。だから、あまり深く突っ込まない方がいいのかもしれない。
「だけど、キールは愛は信じているんでしょ?」
友情は信じていないのに、愛情を信じているのは、酷く矛盾しているような気がする。しかし、キールは確かに愛情とやらは信じているらしい。しかも、盲目的に。
一般論を言うとなれば、きっと愛情の方が友情よりも、より信じられないものなんじゃないかって思うんだけど。
「そりゃあな。愛ってのは本能的なもんだろ」
妙にキールの言葉に現実味がこもっている気がする。だけど、未だ子供な自分を演じている僕が理解してはいけない部分なのだろう。
とりあえず、愛の定義を発展させるととてつもない話が出てきそうだったので、僕は話をかえることにした。
「じゃあ、友情は?」
「つくりもん」
きっぱり、という表現が一番正しいだろう。キールは一拍の間もなく僕の質問に答えを返してきた。それは、まるですでに用意されていたものかの
ように、よどみがない。
「キールがそう言うと、本当にそうだと思ってしまうから不思議だよね」
「俺様の言葉は真実のみだからな」
「ふうん……」
納得したわけではないけれど、こうもきっぱりと言われてしまえば、それ以上、何も言えなくなってしまう。
「ともかく、隠し続けるのは無意味だ。姫さんは、お前が思っているよりも鋭いと思うぞ」
それって、メラフィが僕の気持ちに気付いているって事なんだろうか。
確かに、だとしたら無意味なのかもしれないけれど……
「でも、多分、口に出されるまでは確信はもてないんだろうけどな。その場合は、姫さんも傷付くだろうなぁ」
キールは僕をちらりと見て、にやりと笑った。
「言ってる事が全く違うじゃないか。キールは、無意味だから言ってしまえっていってなかった?」
「俺様は人が悩む姿を見るのが好きなんだよ」
嫌な性格だなぁ、相変わらず。
「悩め悩め、青少年よ。正しい事なんてこの世にゃないんだよ。一方の正しさは、一方の間違いってな」
「それは真理だね」
「だろ?だったら、普通は自分の正しさを選ぶだろうが」
確かに、真理なんだろうけど……納得いかない気分ではある。
僕が小さく唸ると、キールは僕の頭を二、三度叩いて立ち上がった。
「全ての者に対して正しい事をしたいんなら、新興宗教の教祖になるしかないだろ」
「何で?それこそ正しくない場合だってあるでしょ?」
「少なくとも、自分の信仰の世界を前提にすれば、正しくないことも正しくなるだろ?間違っていても正しいと言い張ることだって出来る。最も、俺
は嫌いだけどな、そういうの」
僕は苦笑してため息をついた。キールは時折、突拍子もない事を言い出してくれる。それはそれで面白いのだが……。
「僕も嫌だよ、そんなの」
キールは僕の返事にふっと笑って、部屋の外へ出て行った。
……一体、どうすればいいのかな。せめて、穏やかに、さらっとメラフィに告げてしまいたいんだけど……。
キールの他に相談出来るような人もいなくて、結局、僕はその場に残って考え込む事しか出来なかった。