後編 小奇麗にセッティングされた小さな部屋には、僕とキールとメラフィと始闇――そして、この国の王であるメラフィの父親がいる。 一体何があったのか、キールと始闇が二人でやってきて、僕とメラフィを呼び出したかと思うと、いつの間にやら用意されていた部屋で、国王マスターと対峙する事になった――というわけだ。 何時ものことながら、キールの行動力には頭がさがる。何しろ、先ほどの会話から、まだ二時間も経っていないのだから。
「つまり、婚約を解約したいと?」 きっぱりとメラフィに言われて、マスターは引き締めていた顔を情けない程に緩める。奥さんには逃げられたものの、基本的に娘には甘いお父さんなのだ。最愛の娘に嫌われる事程恐ろしいものはないらしい。 「し、しかしだなっ、彼はいかん!」 びしっと始闇を人差し指で指すと、マスターは片手で頭を抱えてふるふるとかぶりを振った。その指先をすかさず始闇が叩き落す。 「お父さん、人を指で指しちゃ駄目でしょ?」 その後、言葉を続けたのは始闇ではなく、メラフィであった。阿吽の呼吸とは、こういうものをいうのかもしれない。心が繋がりあっているというのか……気があっているっていうのか……とにかく、あらゆる意味でお似合いではあるのかもしれない。 「し、しかししかししかし、だっ。ともかく、許さんぞ!」 僕はマスターの怒鳴り散らす様子を、半ば呆れながら見詰めていた。 ここで、マスター一人反対したとしても、僕も含めて、他の人間はメラフィの味方なのだ。最強なキールさえメラフィの味方なのだから、マスターに勝ち目はないのだ。 「どうして駄目なのよ!」 と、ここで、マスターが言葉に詰まる。 メラフィはいまだ危惧しているようだが、僕が知っている限り、マスターは基本的に種族が違うとか、身分とか全くこだわらない人なのだから、それが原因で反対しているはずがない。 「正統な後継者が……」 しばらく考え込んで、マスターはようやくもっともらしい答えを思いついたのか、息つく間も惜しいとばかりに声をあげた。 「そうだっ、メラフィの夫となる者にはアーディルの王位を継いでもらわなくてはならない!始闇君は魔精王であるのだし、無理だろう。そう、無理だ!」 まるで聞き分けのない子供が駄々をこねるように、無理やり正統な理由をこじつけてくる。メラフィは、そんな父親の態度に怒りを感じたようだった。 「だったら、私が継ぐ」 とはいえ、突然飛び出してきた言葉は売り言葉に買い言葉、といった物ではなかったのだろう。真っ直ぐにマスターを見詰めてメラフィが言うと、マスターは驚いたように全ての動きを止めた。
「私が王様になればいいんでしょ?」 数瞬硬直していたマスターは、我に返り大声を上げた。 「王位は女性には荷が重過ぎる!簡単に勤まるものではないのだ!」 僕の個人的意見としては、マスターが王様をやっていられる以上、メラフィでもやっていけるんじゃないかと思っているんだけど……。 「お父さんだってしてるじゃない!私に無理だって誰が決めたのよ!」 メラフィもどうやら同じ事を考えていたらしい。酒場のマスターを兼任する国王様は、再び言葉に詰まることとなった。自業自得ともいえるのだけど。 「もし子供が産まれたら――」 往生際悪く、マスターが更に言い募る。 「よかったな。魔法使いの血を入れたかったんだろ?生まれてくる子供はそれ以上だ」 それまで黙っていたキールがにやにやと笑いながらマスターに告げた。 「それに、魔精王は世襲制ってわけでもないしな」 キールの言葉に始闇が頷く。そのまま、始闇は真っ直ぐな視線をマスターに向けた。 「アーディルの国王、我は本気です。我には立場があり、彼女にも立場があり――それ故に、全てを捨てるとも、捨ててくれとも言えませんが――それでも、本気です。娘さんをいただきます」 お嬢さんを僕にください、といったしおらしさを感じさせる挨拶ではないが、それは始闇なりの精一杯の挨拶なのだろう。マスターは苦々しい表情を浮かべた。 さて、そろそろ僕もメラフィの友達として、メラフィの恋路を応援してやる必要があるだろう。 僕は一歩前に足を踏み出した。 「メラフィが王位を継ぐのなら、僕はアーディルを選んでもいい」 僕の視線の端で、マスターがぴくりと反応した。僕の言葉の意味を、正しく理解しての結果だろう。
「王としてのメラフィの助けとなってあげるよ――僕の石にかけて誓う」 メラフィが別の言葉を思い浮かべている事を、僕は知っていた。だけど、僕は微笑んで頷いてみせる。 「そう、僕の石にかけて――。メラフィが王となる場合のみ、僕はアーディルを選ぶ」 一級賢者として――。 本当は、どこかの国に縛られた生活は送りたくなんてない。だけど、メラフィの事は大切は友人だから、協力はしてやりたい。 「ゆ――許したわけではないからなっ!」
マスターは、小さく吐き捨てて、大きくため息をついた。 「ありがとね、シャルちゃん」 メラフィが僕に向かって微笑んでくる。僕は、特に何もしていないので、苦笑してかぶりを振った。 「ところで、シャルちゃんの意志って何?」 僕はもう一度かぶりを振った。 「今はまだ知らなくてもいいよ。――ところで、まだ、解決したわけじゃないんでしょう?」 マスターは未だに往生際悪く、二人の仲を認めない。いずれは、二人の仲を認める事にはなるのだろうが、その前には、まだまだ多くの壁が立ちはだかっているのだ。 「うん。だけど、始闇がいるから」 始闇は穏やかな笑みを浮かべながら、メラフィを守るようにそっと横に寄り添っている。僕も、二人の穏やかな様子につられるように微笑を浮かべた。
「二人なら、大丈夫そうだよね」 軽くメラフィに言われて、僕は胸がどきりと音を立てるのを感じた。顔はきっと真っ赤に染まっているのだろう。 「シャルちゃんの恋も、上手くいくといいね」 メラフィと始闇の恋が上手くいったのかは別として――僕は、今度は自分自身の事を考えて、途端に不安になってしまったのだった。
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