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日常化現象
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 ずっと、自分は特別なのだと感じていた。
 生まれたのは、ただの市民階級。しかし、そんなものが、何かの障害になるとは思ってもいない。
 何かに不満があったわけではない。それでも、どこかに本当の居場所があるというような気がしていた。

 強固な城門の前に立ち、私は王城を見上げた。
 城下町で育った私にとって、王城なんてものは見慣れたものだったが、近くで見た事は数える程しかない。近くで見ると、その圧倒的なまでの威圧感をひしひしと感じて、私は僅かに口許を歪めた。
 そのまま、私は顔を前に向け、すたすたと王城の中へと歩みを進める。城門で門番らしき兵に呼び止められたが、私は丁寧にチョークを使って門番を眠らせ、王城の中へと快く通してもらった。彼らも、私のチョークを体験することが出来て、さぞかし喜んでいるに違いない。
 一人納得していた私を、多くの兵士達が取り囲んだ。どうやら、誰かから私の事が彼らに連絡がいったらしかった。
 歓迎されるのは嫌ではないが、ここまでの歓迎は、流石に少々煩わしく感じる。私は愛用の棒を取り出して、軽く振り回した。瞬時に私の周りに気絶した兵士の山が誕生する。
 ――彼らには、少し眠っていてもらおう。
 そもそも、私が王城へきたのには訳がある。王城から、不思議な魔力を感じ取ったからだ。それがあまりにも不可思議なものであったから、私は直々に赴いてやったというわけだ。
「む、魔力の気配が濃い……」
 私はおもむろに立ち止まった。とたんに遠巻きに私を窺っていた兵士達が私を取り囲む。私は小さく舌打ちをした。
 歓迎してもらうのは、さっきも言ったようにありがたい。しかし、行き過ぎた歓迎は邪魔なだけだ。私は再び、愛用の棒を構えた。これぐらいの兵士の数ならば、一撃だろう。
 さあ、来い。
「はぁい、そこまで〜」
 ぎろりとにらみつけた私の気をそぐように、のんびりとした声が聞こえてきた。兵士達はその声に反応し、そそくさと道をあける。
 私はその声の主に目を向けた。
「散れ散れ。後は俺様に任せておけ」
 男の声に、兵士達は顔を見合わせ去っていく。
「暴走しそうだったら、僕が止めるから」
 それでも去ろうとしなかった少数の兵士達に、男の後からやってきた少年が声をかけると、ようやく少数の兵士達は安心したように頷き、先に去っていった兵士達に続いた。
 ――一応は、助けてもらった事になるのだろうか。だとすれば、礼は言わねばなるまい。
 私は考えて、現れた人物達に顔を向けた。
「うむ、皆の者、大儀であった。誉めてつかわすぞ」
 男は私の顔をまじまじと見て、にやりと笑った。本能が、この男は油断ならぬ相手だと告げる。私は一歩だけ下がり、男との距離を少しばかり広げた。
「大儀とはね……。面白いな、そう来るとは」
「僕もそう返すとは思いもしなかった」
 少年が男の言葉に相槌を返す。
 私はその僅かな隙に、二人を観察した。はたして、彼らは私の臣下となるに相応しい人物か、それを見極めなくてはならない。
 男は――どうやら魔法使いらしい。剣は所持しているものの、どう見ても、男の格好は魔法使いの礼服だ。それならば、兵士達が男の言葉に大人しく身をひいた理由もわかる。アーディルでは魔法使いというものの地位が高いのだ。
 そして、少年。一瞬少女かとも思ったが、着ている服はしっかりと男物であったし、声も少女と言える程高くはない。
 それにしても、この少年は一体どういう者なのだろうか。どこかで見たような気もするが、王城に知り合いがいるはずもない。私は少し首を傾げた。
「それで、あんた何者だ?何の用だ?」
 失礼にも男が突然声を上げた。
「私の名を訊く前に、己の名を名乗るのが礼儀というものであろう」
 私がもっともな事を言うと、男と少年は苦笑した。己の無礼さに気がついて、恥ずかしくなったのだろう。そういう事ならば、許さないわけにはいかない。
「名を名乗るがよい」
「名乗るがよいって……まあ、別にいいんだけどね。僕はシャルズ。どういう立場かな――そうだね、一応、捕らわれの御子息様って事で」
 捕らわれの子息、とは。この国、裏では何をやっているのかわからんな。私は呆れたため息をついた。
「シャルズといえば、シャルズルアンを呼び起こす名前だな。伝説の魔神シャルズルアン。その名は禁忌の名前とも思っていたのだが」
 その昔、アーディルのみならず、全世界を恐怖と混乱におとしめたといわれるシャルズルアン。只人であった彼は、魔精の王の力を借りて、魔神と呼ばれる存在になったといわれている。
 その魔神を封じたのが、アーディルという地であり、それのせいで、魔精を召喚する事が出来るのはアーディルの魔法使いのみになってしまったのだとも言われている。
 それが真実なのか、それとも御伽噺なのか、誰にもわかりはしないが、火のないところに煙はたたない。きっと、何らかの事実は含まれているのだろう。
「名前の由来は知らないよ。でも、シャルズという名前は今は亡き母がつけたと聞いているよ」
「へぇ……陛下ではないのか。俺はてっきり陛下だと思っていた」
 シャルズはかぶりを振った。
「マスターがつけたのは、精々、ミドルネームぐらいだろ。うちの父さんが、かわいい息子のファーストネームをつける権利をゆずるとも思えないし」
 成る程な、などと男が納得している。一体、どういう親なんだか。
 それにしても、この少年、国王をマスターと呼ぶとは……すでに国王の忠実なる僕という事なのだろうか。
 私は内心でうなった。彼が私の臣下に下りたいと言った場合、やはり、私は彼を諭すべきだろうか。しかし、無碍に断るのもかわいそうだ。……いや、待てよ。捕らわれの――という件からして、彼は強制的に?
「何か一人で考え込んでいるところ悪いが――俺はキール・ファルビアン。当然、偽名」
 くくくっと男が笑う。シャルズが男を怪訝げに見やった。
「名前はキルサラム。職業は――公務員ってとこで。とりあえずはキールでいいさ」
 キルサラム――といえば
「神王の名か。その昔、シャルズルアンを封じた神王キルサラムだな」
 私が目を向けると、キールはにやりと笑った。よくよく、この男、この笑い方が好きなようだ。
 と、シャルズがキールの足を蹴った。キールは大げさに痛がって見せている。
「嘘吐きだな、キール。キルサラムが本名だとは、初めて知ったよ」
「いや、分からんよ。俺は本当にキルサラムなのかもしれないし、はたまた、もっと別の名前……例えば、雷光院 春日なのかもしれない。俺は本名は、と言った覚えは一度もないね」
 やはり、この男侮れない。下手に近付かない方が懸命なようだ。
 私はやれやれとため息をついた。
 別にこのキールがキルサラムであろうがなかろうが、どうでもいい。そもそも、私はこの男に会いにきたわけではないのだから。
「ところで、君、さあ」
 シャルズが恐る恐るといった体で口を開いた。私はシャルズに顔を向けて、首を傾げる。一体どんな事を言い出すのか、興味があったのだ。
「もしかして、ルー君じゃない?ルーゼンテ・ナン君」
 いかにも、その通り。私は頷きかけて、思わず固まった。
 何故、彼がその名を知っているのか、分からなかったからだ。


「……いかにも。私がルーゼンテ・ナンだ。しかし、ルーなどという呼び名を許した覚えは……」
 いいかけて、私ははっと気がついた。
 今よりもずっと幼い頃、唯一対等である事を許した人物がいた。私よりも二つばかり年下で、頭はよかったが魔力の低かった、有名魔法使い家の次男。魔力が低いと認められないだろうか、と悩む彼に、私の片腕になるように言った覚えがある。
 その時、彼がどう答えたのか、何故か覚えてはいないのだが――。
「そうか……シャル、か」
 シャルズは――シャルはこくりと頷いた。
 言われてみれば、どうして再会した時に気がつかなかったのだと思うぐらい、シャルは幼い頃の面影を残していた。そういうと、多少は嫌な顔をするのだろうが。
「しかし、シャルが国王と主従関係を結んでおるとはな」
 それは予想していなかった。そう告げると、シャルは怪訝そうに眉をひそめ、首を傾げた。
「主従って……どういう事?」
「国王をマスターと呼んでいたのではなかったか?」
 ああ、とどこか納得したようにシャルが頷く。
「違う違う。マスターをマスターって呼ぶのは、マスターが酒場のマスターだからだよ。国王が酒場のマスターやってんの」
 ……ふざけた国だ。いくら平和が続いているからといって、やっていい事と悪い事がある。
 それでも、私は納得したように頷いてやった。無論、そんなふざけた事に対して納得したわけではないのだが。
「それならば、何故ここに?苦しゅうない、言ってみろ」
「苦しゅうって。まあ、いいか。ともかく……それは僕の疑問だとも思うんだけどな」
 私達は思わず顔を合わせ、苦笑する。確かにシャルのいう事はいちいちもっともであった。
 他の人に、何故ここにいるのだ、と問われても、素直には答えないだろう。私がどこへ行こうと、勝手なはずだ。しかし、相手がシャルとなると、曖昧な言葉ではぐらかすわけにもいかない。
「魔力を感じた」
 ぴくりと視界の端でキールが反応を見せた。
 そういえば、彼は王宮魔道士だ。何か知っているのかもしれない。
「それも、普通ではない……奇妙な魔力だ。それを確かめにきただけだ」
 私は横目にキールの反応を伺う。しかし、キールはそれ以上、何の反応も示さなかった。
 用心深いのか、それとも本当に何も知らないのか……キールのようなタイプの人間の本心は読み辛い。きっと、このままこっそりと彼の本心をのぞこうと頑張ったところで、それは不可能な事なのだろう。
 私は諦めて、シャルに視線を向けた。しかし、シャルも分からない、と首をかしげている。その様子に嘘はないようだ。私はキールをまっすぐ前に見据えた。
「魔力を強く感じるのは、この――王城の中。何を隠しておる」
「何を、ね。ま、隠しているつもりはないようだが?」
 キールはふんと鼻を鳴らした。
「奇妙な魔力っつったら、やっぱり、あれのせいだろ。あれ」
 くいっとキールが首を動かす。その先に目を向けて、私は顔をしかめた。二人の人影が、一直線にこちらへ向かってきているのだ。猪突猛進、というのだろうか。
「ほれ、右側の……あの影珠っつう魔精のガキ。あれは魔精界でも有数の紫眼族のご長男だ」
 言われてみれば、確かに不思議な魔力を持っている。……私の感じていた魔力とは違う気はしたが、彼が近付いてくると同時に、違和感も消えていったところから考えて、やはり彼だったのだろうか。
 いや、それだけではないはずだ。
 魔精の少年と、一人の少女はシャルの前で走るのを止めて、私の顔を不思議そうに見つめてきた。
 このような王城の中では、私のような人物に会うのは珍しい事なのだろう。本来ならば、無礼に当たる行為ではあるが、相手はまだ子供だ。私は寛大な心で許してやった。
「シャルちゃん、この人、誰?」
「ルーゼンテ・ナン。僕の……何だろうね。……『同窓生』って所かな?」
 確かに、同じ師についていたわけではないが、同窓生というのが一番近いかもしれない。
「ふむ……して、お前の名は?」
「普通、そんな偉そうな言葉遣いだったら『そち』とか『お主』とか使うんじゃないのか?」
 私の言葉を遮るように、キールがにやにやと笑いながら声をあげた。
 そんな偉そうな言葉遣い、といわれても、実際偉いのだから仕方がない。それに、第一、考えて言葉を使っているわけではないのだ。
「私が何を使おうと勝手であろう。それに、私は別に王というわけではない。無意味は威圧は必要ないだろう」
「そう来ますか」
 バカにされているようではあるが、まあ、この際いいだろう。
「して、お前の名は?」
「……一体何処の王子様、貴方様は」
 少女が不機嫌そうににらみつけてくる。子供ににらまれても怖くもなんともないのだが。……やはり、ここは怯えてみせるべきなのだろうか。
「まあ、いいわ」
 考え込んだ私に、少女はため息をついて見せた。やはり、まだまだ子供。結局は、私に名を告げたくて仕方がないのだろう。
「私はフェツ・フェルン・メラフィ・アーディル。一応、この国の王子様として育てられているお姫様よ。それで、シャルちゃんの一応婚約者」
 成る程……魔法使いの血を王家に入れようという魂胆か。国というレベルに捕らわれた弱き国王の考えそうな事だ。
「それは一石二鳥であろうな。王家に魔法使いの血を入れ、なおかつ、国王が真に欲しがっている人材をも手に入れる事が出来るのだからな」
「人材、ね。確かに魔法使いは確かに貴重だものね」
「魔法使いなど、関係ないのではないのか?」
「何で?」
 この少女は国王に従っているだけで、何も知らないのかもしれない。だったら、深くは語らないでいてやるほうがいいのだろう。それに、おそらくはシャルも知られたくないはずだ。
「深い意味はない」
「成る程。噂は本当か」
 キールが腕組みをして、納得がいったと声をあげた。私が沈黙を守ろうと思った話を、蒸し返すつもりらしい。全く持って礼儀のなっていない人物だ。
「噂?」
 キールの言葉に、当事者のシャルが眉をあげた。
「いや、別に」
 キールはそれ以上話すつもりはないようだ。キールの性格を知っているのか、それ以上、キールに詰め寄るような人物はいなかった。
 ふとシャルを見ると、シャルは何かを探るようにキールの顔を見つめている。どうやら、キールがどこまで知っているのかを探ろうとしたらしい。
 やがて、シャルは諦めて、小さくため息をついた。
「ところで、エイジュ、といったか」
 私は話を変えるべく、エイジュに話しかける。何故かキールに真実をつかまれるのは嫌だったからだ。自分の事ではないというのに。……それだけ、私も屈折しているのかもしれない。こんな事ではいけないとは思うのだが。
「この魔力はお前のものか?」
「……この、といきなり言われてもな……。多分、水鏡のせいじゃないか?」
「水鏡。名前からして、何かを見るものであろうとは思うが……。それで何を覗いているんだ?」
 エイジュは怪訝げに私の顔を見上げてきた。……エイジュよりは私の方が若干背が高い。
「それがこの魔力に関係があると思うのだが……?」
「それは……多分正しい」
 意外にも、エイジュは素直に私の言葉を認めた。


「この国の結界の礎を探っていた」
 彼の言う通り、この国には結界が存在する。魔力を魔力として感知できなくするような、否、他の国の魔法を無効化するような結界だ。何故、そのような結界が張られたのか、詳しい事は分かっていない。しかし、おそらくは次元の歪みで繋がってしまった『アーディル』と魔精界の関係を維持するためだったのだろう。
 そんな結界が出来たのは、随分と昔――まだ、この国がリファルナとだけ呼ばれていた頃の事だといわれている。リファルナがアーディル=リファルナとなり、そして数年前にアーディルとなった今でも変らず、結界はその存在を保っている。
「礎となるもんはなかったけどな」
 幾分か苛立ち気味にエイジュが言った。その後、ふいに顔を曇らせて、何故かキールに目線を向けた。キールは意味ありげに、不敵な笑みを浮かべている。
「いや――見つけたっていえば、見つけた……事にはなる……か」
 やはり、この魔力にはキール・ファルビアンが関わっているのか?とはいえ、リファルナ時代にはられた結界に、アーディル=リファルナとなった時代に生まれたキールが関与できるはずがない。
「まあ、一応……わけわからないまま、補強はしておいたけど……」
「補強って……結界、壊れたの?」
 いい質問をしたのは、シャルであった。流石は、私が唯一対等である事を認めた男だ。
「壊れたっつうか……」
 エイジュが言葉を探るように、遠くを見つめる。肯定とも否定ともとれない、独特の間がその場を支配していた。
「喰われてた」
 エイジュの言葉に、私達は思わず疑問の声をあげた。……そして、視界の端でキールが声を押し殺して笑っていた。

*********

 現物を見りゃわかるだろ。納得できかねない私達に、キールがにやにやと笑いつつ言い放った。
 だから、今、私達はここにいる――この国の王女、フェツ・フェルン・メラフィ・アーディルさえその存在を知らなかった、王城の地下室に。
 地下室は不思議な魔力で満ち溢れていた。何故、この魔力を感知できないのかと、自分自身を疑ってしまった程、禍々しい雰囲気の全くない、純粋な魔力が満ちているのだ。
「感知できないのは、しょうがない。ここは、もともとそういう場だしな」
「場?」
 キールの簡単な説明に王女が尋ねる。普通の人間だったら、場というものが何なのか理解は出来ないだろう。
「魔法が一番関与できる場所のことだ。俺達魔精にとっては魔精界。まあ……こっちの世界では、アーディルだな」
 その質問に答えを返したのは、魔精であるエイジュであった。実際、魔精を召喚できる場所は、アーディルに限られている。その為、アーディルの外へ一歩でも出れば、魔精を呼び出す事はおろか魔精界を媒介とした魔法すら使えなくなってしまうのだ。魔精自身は魔法を使う事は出来るのだが。
 私も、それ以上は詳しくは知らない。魔法使い一家出身であるシャルはもっと詳しい事を知っているのだろうが、話すつもりはないらしい。
「だが、どうして、その場にいるにも関わらず、今までこの私が魔力を感知できんかったのだ?」
「そりゃあ決まってる。地下室の外は場ではない。簡単なこったろ?」
 私は絶句した。分かりやすいといえば分かりやすい、けれど、わからないといえばわからない、不親切な説明だ。キールらしいといえばキールらしい。といっても、まだ彼と出会って数時間も経っていないのだが。
「そうか」
 説明は十分とは言いがたかったが、おそらくは私に説明するという大役に舞い上がっていたのだろう。そう考えれば、許してやらないわけにはいくまい。
「それで、結界が『喰われる』とはどういう事だ?」
「違う。結界が喰われたわけじゃなくて、礎が喰われたんだ」
 それの二つの意味がどう違うのか、魔力は高くても魔法使いではない私には理解ができなかった。こういう場合は、説明が必要だ。
「……説明する事を許す。言ってみよ」
「――お許し、どうも」
 一息ついて、キールは形のいい指を前方に向けた。私は、指の延長線上に眼を向ける。そのまま、私は思わず眉をひそめた。
 ふと、周りを見ると、周りも私と同じようにキールの指先に視線を送っていた。とはいえ、三人の表情は全く違う。
 エイジュは、全てを知っているからだろうか別段何かを気にとめた表情ではない。王女は理解できていないのだろう。先程とかわりのない、ただ疑問に満ちた表情を浮かべている。そして、シャルは――。
「何か気がついたのか、シャル。私が聞いてやろう」
「あ――うん。……もしかして、礎って『魔精花』だった?」
 前半は私に、後半はキールに向けてシャルは言った。
「魔精花?」
 王女が鸚鵡返しに尋ねる。シャルは一度頷いた。
「そ、魔精花。食べれば、使い果たした魔法力回復の作用があるらしいよ。……けど、魔法力を最初から持っていない人にとっては、ただの毒。確か魔精界の空気でしか生きられない、貴重な花だよね」
 キールはふふんと鼻を鳴らして、その通りだと断言した。
 こいつ、まさか喰ったんじゃないだろうな……。
 否定は出来ない。何しろ、このキール、只者ではないのだから。
「お前……、俺は喰わんぞ、そんなもん」
 どうやら、人の心を読む力もあるらしい。流石は筆頭の魔法使いというべきか。
 しかし、だったら誰が魔精花とかいうものを食したというのだ?キール以外には考えつかない。
「でも、俺のペットが食った」
「ペット?魔精花なんか食わすなよ!」
 ……エイジュ、それは少し違うぞ。ペットに食わすな、と突っ込む以前に、一体何を飼っているのかを尋ねるべきであろう。
「近いうちに補強はしようと思っていたんだけどな。――ま、魔精界の自称エリートが補強してくれたんじゃ、問題ないだろ。いつまでも、ここにいたら新たな魔精花が咲かん。俺たちの存在が毒となるからな。……帰るぞ」
 結局、最後までキールはペットが一体何かを答えなかった。……魔精花を食えるペットなぞ、そうそういえるわけも無い。それ以前に、王女でさえ知らなかった地下室の存在を、何故キールが知っていたのか……なのだが……。
 それも、きっと答えはしないのだろうな。秘密守護のキールに対して、私はそっと溜息をついた。


「しかし、何故、シャル程の者がただの王女の婚約者として城におるのだ?」
 甘味処・数珠にて、私は餡蜜をつつきながらシャルに尋ねた。シャルは大きな宇治金時をスプーンですくいながらちらりと私を見、それから真横の人物に目を向けた。全てを話すには躊躇いが先行してしまうのだろう。
「心配する事もあるまい。その男は、おそらく事の真実までつかんでおると思うが?」
「まあな」
 キールは事も無げに答えて見せた。やはり、この男、全てをつかんでいるようだ。
「一人の方が気が楽でしょ」
 どこかで聞いたことのある言葉だ。どこで……。
「確か、ルー君が僕に臣下に下るように言った時に答えた言葉だったと思うよ」
 ああ、そうだ。シャルは、そう答えたのだ。遠まわしに、誰の臣下にも下らない、と、その意志をはっきりと見せて。
 引く手数多の優秀な人材。どこかの臣下に下れば、一生で使い切れないほどの財産と、そして誰もが羨むほどの地位を手に入れる事の出来る存在であるシャル。しかし、彼は誰の臣下にも下らないとその意志を決めた。
 そういう所が高く評価できる点なのだろう。……私が彼が対等である事を認める理由。
「そうか……」
「まぁ、別に誰かのもとで働くのが嫌とか、そういうんじゃないんだけどね。けど、今の年齢じゃ、絶対にバカにされるだろうし」
「一級賢者でも、か?」
「10歳で一級賢者になりました、なんて言ったら、このガキ、嘘ついてんじゃねぇよって思われるのが関の山でしょ。説明するのも面倒だしね」
 年齢以上に幼く見えるシャルにしてみれば、確かにそうかもしれない。
 何しろ、一級賢者と呼ばれる人物は全世界でも数える程しかいない。アーディルだけではなく、全世界で通用する称号である「一級賢者」になるのは、王家に生まれるよりも難しい、とまで言われる程なのだ。
 若干10歳という若さ――というよりも幼さ――で、その一級賢者の称号を家族にも内緒で手に入れてしまったシャル。何故、どうやって、家族に内緒に出来たのか、私も深い部分は知らないが……。ともかく、彼もまた普通ではないのだろう。
「いつでも臣下に下りたくなったら言うがよい。シャルならば、取り立ててやってもいいぞ」
「今のところ、遠慮しとくよ」
 さらりと言われると、苦笑するしかない。私は今度はキールに視線を向けた。
「ところで、お前は何用なんだ?」
「いや、別に何も」
「……ところで、例のペットとやらはどうなったんだ?魔精花を食したのであろう?」
 しばし沈黙し、キールはにやりと笑った。底意地の悪そうな、何かを思いっきり含んだ、人で遊んでいる笑みだ。
「ああ〜、あれね。おかげさまで、魔法力は回復しましたとさ。なんか、成長してしまったみたいだしな。俺様のペットとしてはそこそこじゃないか」
 ……何を飼っているのだ、こいつは……。いや、聞くまい。私はまだ、わたしの知らない世界へは行きたくない。
 無難に、そうか、と返すと、キールが小さく舌打ちをした。私で遊ぼうとでも思ったのやもしれないが、私はそこまで浅はかでもない。
「……キール……それ、人を食うようなもんじゃないよな?」
「大丈夫大丈夫」
 シャルの恐る恐るの問いかけに、キールはあっけらかんと手を振ってみせる。
「人の味は教えてないから」
 ……私は、この男だけには関わるまいと決めた。……そのささやかな願いが、絶対に叶わぬものだと知りながら……。

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