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この嵐の始まり


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今の気持ちがとても大切。
自分の心が何よりも大切。
だから、それがどんなに暗い道へ続いていようと、
――伝えなくちゃ、始まらない。



 自分の心臓の鼓動が、ゆっくりと時を刻んでいる。

 時間にすれば、ほんの数分のことで、けれど、僕にはその時間が酷く長く感じた。

 何かに緊張するなんて事、これまでの人生で数える程しかなかった。一級賢者の資格を取るときでさえ、何の気負いもなく、いつもどおりの自分でいられたのに。――だけど、今、僕は確かに緊張していた。

「メラフィ……」

 躊躇いを乗せて、けれどはっきりと名前を呼ぶと、メラフィは小さく笑った。

「うん……、聞いてるよ」

 その笑みの中には、何の辛さも、悲しみも、ましてや苦しみも浮かんでいなくて、僕は内心で小首を傾げた。メラフィの態度が、僕の予想の範疇を大きく外れていたからだ。
 メラフィは僕の顔を見て、もう一度微笑んだ。

「シャルちゃんに好きな人が出来たのなら、それでいいと思うの。そもそも、私との結婚の約束だって、口約束以前の問題だったでしょ?」

 最初はメラフィの父親――つまり、アーディルの現国王の一方的な考えで、それが僕の父さんの知るところとなって、一時は大きく荒れた。父さんが、だけど。

 そんな感じだから、父さんは当然、メラフィの父親の考えには断固反対って感じで、本当は、僕が今王城に居る事でさえ許したくないのだ。それでも、兄さんが王城にあがったから、と現在は渋々ながらも許してくれているみたいだ。

「シャルちゃんの事、好きは好きだけど……それが結婚に繋がる好きじゃないこと、私も知っちゃったから」
「知っちゃったって……?」

 僕はメラフィの呟きに、思わず尋ね返した。

 知っちゃった、というからには、それを知るまでの経緯があったという事に他ならない。しかも、話の感じからして、ごくごく最近に。

 メラフィは、にっこりと微笑んだ。

「私にもね、好きな人が出来ちゃった」

 うっすらと頬を染めて言うメラフィの姿は、何処からどう見ても恋する乙女だ。よほどの役者でない限り、メラフィの紡いだ言葉は真実なのだろう。

 と、すれば、相手というものが知りたくなる。なにしろ、メラフィは僕以上に小さい世界で生きているのだ。そうそう人と知り合う機会などあるはずもない。

「……僕、会ったことある?」

 メラフィは少し考えて、こくりと頷く。僕は頭の中にメラフィと共通の知り合いの顔を思い浮かべた。しかし、それだけではいまいち絞り込めない。共通の知人の数は多くはない。けれど、王城に勤めている人もあわせてしまえば、少ないわけでもないのだ。

 それに、メラフィの事だ。探らなくとも、いずれ話してくれるだろう。だから、僕は無駄な努力はやめることにした。代わりに、別の質問を紡ぐ。

「告白、した?」
「好きだとは言ったけど」
「返事は?」

 メラフィは首を傾げて、複雑な表情を浮かべた。

「分からない。だけど、父様に言えば反対される恋だから……いい返事じゃないほうがいいのかな」

 僕はメラフィの言葉に首を傾げるより他なかった。メラフィの父親が反対する、というのがどうにもぴんとこないのだ。

「反対って……身分違いなら、マスターだって反対しないんじゃないの?」

 何しろ、彼自身、一般階級の女性を妻に迎えた人なのだから。もっとも、結婚生活は上手くいかなくて、メラフィが10になる前には離婚していた、という結末を迎えたのだけど。
 それでも、身分云々では反対はしないだろう。そういうところは、無頓着な人なのだ。

「身分は問題ないと思う。低くはないもの」
「だったら……旧リファルナの人?敵対しているから、とか?」

 それに関しても、あの人は気にしないのではないか、と思うのだ。何しろ、メラフィの相手に僕みたいな人間を選んでいたような人なのだから。

 メラフィは僕の言葉にかぶりを振った。

「さすがに、あの父様でも許してはくれないと思う。……私の好きな人、人間じゃないもの」

 人間じゃない。その言葉に、僕は反射的に一人の名前を返していた。

「キールって事?」

 同時に、僕の後頭部に強い衝撃が加えられていた。


******


 くるりと振り向いた先には、もちろんだけど、キールの姿。珍しく仕事をしていたのか、右手にはやたらと分厚いファイルが握られている。

「俺様は、確かに人間を超越はしているが、人間を捨てたわけじゃない」

 それは初耳だった。僕は、キールは「人間」を捨てて、キールの言うところの「人間を超越した存在」になったのだと思っていたのだ。

「じゃあ、キール、人間なんだ」
「まあな」

 僕は納得したように頷いて――その実、今でもまだキールは人間ではないんじゃないかと思ってはいるんだけど――メラフィに目を向けた。

「キールじゃないよ」

 メラフィは苦笑を浮かべている。確かにキールを選ぶはずがないか。命が惜しいのだったら。改めて考えると分かることなのだけど。

 それにしても、キールでもないとすれば、誰なのだろう。

「俺様のしもべだろ?」

 僕の疑問を読み取ったかのように、キールが声をあげた。

「一のしもべ。魔精王の始闇」

 重ねるようにキールが声を上げると、メラフィは驚愕の表情を浮かべて固まり、ぎこちなく頷いた。

「そう……だけど……。どうしてキールが知っているの?」
「そうだな……実際はカマかけただけなんだけどな」

 キールはいつもの笑みを浮かべて、メラフィを真正面から見据えると、右手を口元に当てながら小さく頷いた。

「メラフィが始闇をな……。面白い事になりそうだな」
「キール、人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られてなんとやら、よ」

 キールの言葉に不穏な響きを感じてか、メラフィがキールを睨み付けながら言った。確かにキールに、面白い事になりそうだ、なんて言われて落ち着いていられるはずがない。

 しかし、キールはメラフィの言葉を気にする様子もなく、不敵ににやりと笑って見せた。

「へぇ、恋路ねぇ。アーディル国王に反対されたら困るから、実らない方がいいのかなぁ……なんてもんが恋路と呼べる程立派な物だというのなら驚きだな」
「それはっ――……」

 キールの手痛い反撃にあって、メラフィは途端に先ほどまでの威勢を失くして俯いた。

 キールの言葉はきつい。キールの冷たさすら感じられる言葉を耳にすれば、メラフィでなくとも大抵の人間はへこむだろう。キールに悪意を感じられず――ただ、本音のみを口にしている事がわかるからこそ――余計に突き刺さるのだ。

「それで諦めきれる恋なんだったら、やめておけ。種族を超えた恋なんて、荷が重すぎるって事だ」

 キールにしてみれば、まともな事を言う。確かに僕が考える以上に、種族を超えた恋というものは重いものなのだろう。――キールの言うとおり。

 もっとも、キールにしてみれば、メラフィの事を考えて言ったというわけではなく、簡単に諦められてしまうと面白くないという事なのだろうけれど。

「どうせ、反対されるだろうしな」

 キールが言葉を続けると、メラフィはおずおずとキールを見上げた。

「キールは反対?」
「お前と始闇の事をか?」
「そう。だって、始闇はキールのしもべでしょ?主として反対するのかなって」

 キールはにやりと笑った。

 そのまま、分厚いファイルを抱えなおし、頭一つ程下にあるメラフィの頭をそれで軽く叩く。別にわざわざ持ち直してまで、ファイルで叩かなくてもいいと思うのだけど、キールのすることはいまいち理解できない。

「言っただろ。面白い事になりそうだ、と。なんで反対する必要がある?」

 すさまじくキールらしい考えだ。もし、アーディルに「キールる」という言葉があるならば、その意味は「俺様的行動をする」に間違いないだろう。

 メラフィが真剣に悩んでいるというのに、僕は思わず笑ってしまった。それに、メラフィが咎めるような目線を送ってくる。

「シャルちゃん、笑うなんて酷いよ」
「ああ――ごめん」

 別にメラフィの事で笑っていたわけではないのだけど、こんなメラフィを前にしておかしな事を考えていた自分に非はある。

 僕が素直に謝ると、メラフィは満足したように頷いて、再びキールに顔を向けた。

「時間だから、私、もう行くけど……その前に教えて。……反対はしないって事だよね?」
「反対は、しない」

 メラフィは途端に表情に喜色をのせた。でも、僕はキールの言葉に含みを感じる。

 反対は、しない――。

 そう言うキールの言葉には、絶対に裏があって……。

「反対はしないんだったら……何するの?」

 メラフィがいなくなってから、こっそりとキールに尋ねると、キールはにやりと笑った。

「ちょっくら、しもべで遊ぼうかと思ってな」
「程ほどにね」

 キールはもう一度口元を歪めると、思い出したような顔つきで、僕に分厚いファイルを差し出してきた。

 促されるままに受け取りながら、僕は首を傾げる。

「何、これ」
「戻しといて。――魔術資料室な。俺、用事あるし」

 魔術資料室なら、僕に与えられている部屋からは目と鼻の先だ。二つ返事で頷くと、キールは僕の肩をぽんっと叩いて行ってしまう。

 僕はキールの背中を見送って、手元のファイルに目を落とした。好奇心に誘われるままぱらぱらとめくってみると、それはなんてことはない主要魔法使い家の家系図だった。魔法使いの私室には地図字が深く関係しているので、家系図は重要な資料の一つなのだ。

「へぇ……キール、ちゃんと仕事していたんだ」

 キールが聞いていたら殴られそうな事を呟いて、僕はそのまま家系図に目を走らせた。

「あ……」

 しばらく様々は名前を追っていた僕は、見知った人間の名前を見つけて、思わず声をあげた。

(キールってファルビアンの第一分家の養子なんだ……)

 いつも、あまりにも傲慢な態度を取っていた上に実力も伴っていたから、僕はてっきり上級魔法使い一家の生まれだと思っていたのだ。

 僕はわざと音をたててファイルを閉じると、小さくため息をついた。

(キールって、知れば知るほど謎が増えていくような気がする……)




 ともかく、一人そんなことを考えていたその時の僕は、僕にファイルを押し付けたキールが、どこへ何をしに行ったのか知らなかった。


・・・・・・・・



「我が主、お呼びですか?」

 キールは重々しく頷くと、たった今呼び出したばかりの己のしもべに目を向けた。――魔精王、始闇。強大な力を持ちし魔精界の王だ。

「ああ。少々事実確認をしておきたくてな」

 キールの言葉に始闇は下げていた頭をあげ、跪いたまま訝しげな視線をキールに送ってきた。

 ――キールは、このような礼儀を始闇に望んでいるわけではない。もっとざっくらばんに――というのは始闇の性格上難しいかもしれないが、せめて堅苦しい態度は改めて欲しいと常々考えているのだ。もっとも、始闇は主に似て驚くほど頑固だから、自分の態度を変える事はありえないのだろうが。

「突然だが、メラフィに告白されたんだろ?――お前の気持ちはどうなんだ?」
「と、おっしゃられますと?」

 始闇はますます訝しげにキールを見やった。

「好きか嫌いか」
「……気にはなります。それを好きと呼ぶのなら――好きなのでしょうが……」

 それに――、と始闇は言葉を続けた。

「それに我は魔精であり、彼女は人間です」
「種族が違うので想いには答えられませんって所か?」

 始闇の言葉を引き継ぐ形でキールが言うと、始闇は一つ頷いた。

 種族が違う事はキールとて重々承知だ。しかし、それを経てに全てをなかった事にする、という態度はキールのよしとするところではない。

 キールは横を向いて、小さく鼻で笑った。

「前例がないわけではない」

 始闇がキールの視界の端でぴくりと反応する。

「人間と結ばれた魔精だっているだろう?」
「流影(ルエイ)の事をおっしゃっているのでしょうが、彼と我とでは立場が違います。……我は魔精王ですから」

 人間の女性と恋におち、結婚までしてしまった流影という魔精の事は関係ない。キールは始闇の顔を真正面から見詰めた。

「それだって、前例がないわけじゃないだろ。もっとも、結末は悲劇だったがな」

 キールの顔が瞬時にこわばる。キールは半ば始闇を睨み付けるように見詰めたまま、言葉を続けた。

「理由は違えど、二人とも、各々の種族の手によって封じられたのだからな」

 魔精と人間。決して敵対していたわけではなかったが、二人の恋を認めるわけにはいかない事情というものが存在した。二人の仲を容認するには、彼らの存在はあまりにも強すぎた。

 しかし、今は違う。二人とは違う方法で、自分達の想いを貫く事は出来るだろう。過去に起きた過ちを、反面教師として――。

「魔精の事情は知らんが……だが、人間は非力だったからな」
「我が主……?」

 始闇の強張った表情も、キールの理解の範疇だ。それは、キールには知りえない事。否、キールだけではなく、魔精王以外には知りえない事だったから。

「隠される真実は多いよな。――魔神シャルズルアンが、女性であった事実も含めて、な」
「我が主……」

 始闇がかすれた声をあげる。キールは小さく笑った。

「キール様、だよ」

 始闇が聞きたい事は分かっていて、キールは軽く答えた。

 ――魔精王以外に知りえない真実を知るキールは、一体何者なのか――。そう、始闇は問いたかったのだろう。

「お前の主で、人間を超越したキール様、だ。だから、何を知っていてもいいんだよ」

 本当に知りたいのならば、教えてやってもいい。しかし、どちらにせよ、それは今ではないのだ。今はまだ教えるわけにはいかない。その理由も意味もないのだから。

「俺はお前を……魔精王をしもべにおける人間だぞ?何があったっておかしくはないだろう?」

 始闇はキールに探るような目線を送り、やがて、一つ頷いた。

「そうですね……」

 納得したわけではないのだろう。しかし、キールは始闇の主であったから、だから無理やり納得させる事にしたのだ。主に従う為に。

 キールは腕を組んで、再び始闇に真っ直ぐな視線を向けた。

「それで、お前はどうしたい?立場を無視して――何がしたい?……お前が本気なら、本気でメラフィの事を考えているのなら、俺はお前に協力してやる」
「我は――」

 始闇はキールを真っ直ぐに見詰め返して、唾を飲み込んだ。


・・・・・・・・・



 小奇麗にセッティングされた小さな部屋には、僕とキールとメラフィと始闇――そして、この国の王であるメラフィの父親がいる。

 一体何があったのか、キールと始闇が二人でやってきて、僕とメラフィを呼び出したかと思うと、いつの間にやら用意されていた部屋で、国王マスターと対峙する事になった――というわけだ。

 何時ものことながら、キールの行動力には頭がさがる。何しろ、先ほどの会話から、まだ二時間も経っていないのだから。

「つまり、婚約を解約したいと?」
「そうじゃないでしょ?大体、私とシャルちゃんの婚約っていうのも、ただの口約束じゃない。シャルちゃんのパパが反対してるんだから、婚約は元から無効でしょ」

 きっぱりとメラフィに言われて、マスターは引き締めていた顔を情けない程に緩める。奥さんには逃げられたものの、基本的に娘には甘いお父さんなのだ。最愛の娘に嫌われる事程恐ろしいものはないらしい。

「し、しかしだなっ、彼はいかん!」

 びしっと始闇を人差し指で指すと、マスターは片手で頭を抱えてふるふるとかぶりを振った。その指先をすかさず始闇が叩き落す。

「お父さん、人を指で指しちゃ駄目でしょ?」

 その後、言葉を続けたのは始闇ではなく、メラフィであった。阿吽の呼吸とは、こういうものをいうのかもしれない。心が繋がりあっているというのか……気があっているっていうのか……とにかく、あらゆる意味でお似合いではあるのかもしれない。

「し、しかししかししかし、だっ。ともかく、許さんぞ!」

 僕はマスターの怒鳴り散らす様子を、半ば呆れながら見詰めていた。

 ここで、マスター一人反対したとしても、僕も含めて、他の人間はメラフィの味方なのだ。最強なキールさえメラフィの味方なのだから、マスターに勝ち目はないのだ。

「どうして駄目なのよ!」

 と、ここで、マスターが言葉に詰まる。

 メラフィはいまだ危惧しているようだが、僕が知っている限り、マスターは基本的に種族が違うとか、身分とか全くこだわらない人なのだから、それが原因で反対しているはずがない。

「正統な後継者が……」

 しばらく考え込んで、マスターはようやくもっともらしい答えを思いついたのか、息つく間も惜しいとばかりに声をあげた。

「そうだっ、メラフィの夫となる者にはアーディルの王位を継いでもらわなくてはならない!始闇君は魔精王であるのだし、無理だろう。そう、無理だ!」

 まるで聞き分けのない子供が駄々をこねるように、無理やり正統な理由をこじつけてくる。メラフィは、そんな父親の態度に怒りを感じたようだった。

「だったら、私が継ぐ」

 とはいえ、突然飛び出してきた言葉は売り言葉に買い言葉、といった物ではなかったのだろう。真っ直ぐにマスターを見詰めてメラフィが言うと、マスターは驚いたように全ての動きを止めた。

「私が王様になればいいんでしょ?」
「駄目だ!」

 数瞬硬直していたマスターは、我に返り大声を上げた。

「王位は女性には荷が重過ぎる!簡単に勤まるものではないのだ!」

 僕の個人的意見としては、マスターが王様をやっていられる以上、メラフィでもやっていけるんじゃないかと思っているんだけど……。

「お父さんだってしてるじゃない!私に無理だって誰が決めたのよ!」

 メラフィもどうやら同じ事を考えていたらしい。酒場のマスターを兼任する国王様は、再び言葉に詰まることとなった。自業自得ともいえるのだけど。

「もし子供が産まれたら――」

 往生際悪く、マスターが更に言い募る。

「よかったな。魔法使いの血を入れたかったんだろ?生まれてくる子供はそれ以上だ」

 それまで黙っていたキールがにやにやと笑いながらマスターに告げた。

「それに、魔精王は世襲制ってわけでもないしな」

 キールの言葉に始闇が頷く。そのまま、始闇は真っ直ぐな視線をマスターに向けた。

「アーディルの国王、我は本気です。我には立場があり、彼女にも立場があり――それ故に、全てを捨てるとも、捨ててくれとも言えませんが――それでも、本気です。娘さんをいただきます」

 お嬢さんを僕にください、といったしおらしさを感じさせる挨拶ではないが、それは始闇なりの精一杯の挨拶なのだろう。マスターは苦々しい表情を浮かべた。

 さて、そろそろ僕もメラフィの友達として、メラフィの恋路を応援してやる必要があるだろう。

 僕は一歩前に足を踏み出した。

「メラフィが王位を継ぐのなら、僕はアーディルを選んでもいい」

 僕の視線の端で、マスターがぴくりと反応した。僕の言葉の意味を、正しく理解しての結果だろう。

「王としてのメラフィの助けとなってあげるよ――僕の石にかけて誓う」
「シャルちゃんの意志?」

 メラフィが別の言葉を思い浮かべている事を、僕は知っていた。だけど、僕は微笑んで頷いてみせる。

「そう、僕の石にかけて――。メラフィが王となる場合のみ、僕はアーディルを選ぶ」

 一級賢者として――。

 本当は、どこかの国に縛られた生活は送りたくなんてない。だけど、メラフィの事は大切は友人だから、協力はしてやりたい。

「ゆ――許したわけではないからなっ!」

 マスターは、小さく吐き捨てて、大きくため息をついた。


・・・・・・・・・



「ありがとね、シャルちゃん」

 メラフィが僕に向かって微笑んでくる。僕は、特に何もしていないので、苦笑してかぶりを振った。

「ところで、シャルちゃんの意志って何?」

 僕はもう一度かぶりを振った。

「今はまだ知らなくてもいいよ。――ところで、まだ、解決したわけじゃないんでしょう?」

 マスターは未だに往生際悪く、二人の仲を認めない。いずれは、二人の仲を認める事にはなるのだろうが、その前には、まだまだ多くの壁が立ちはだかっているのだ。

「うん。だけど、始闇がいるから」

 始闇は穏やかな笑みを浮かべながら、メラフィを守るようにそっと横に寄り添っている。僕も、二人の穏やかな様子につられるように微笑を浮かべた。

「二人なら、大丈夫そうだよね」
「今度はシャルちゃんの番だね」

 軽くメラフィに言われて、僕は胸がどきりと音を立てるのを感じた。顔はきっと真っ赤に染まっているのだろう。

「シャルちゃんの恋も、上手くいくといいね」

 メラフィと始闇の恋が上手くいったのかは別として――僕は、今度は自分自身の事を考えて、途端に不安になってしまったのだった。



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