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春、売ります
[ちょっと特殊な短編]


「春を売る男ってのはどうだ?」
 突然、キール・スプリング・ファルビアン――又の名を雷光院春日という――が突然言い出したので、如月和は読んでいた本を落としそうになった。
「ごめん、春ちゃん……なんて?」
「だから、俺のキャッチコピー。春を売る男、とか、春を売る魔法使いとか……」
 キールは和を見て、楽しそうに言った。
 和は頭痛を覚えながらも、きわめて冷静にキールを見つめながら、読みかけの本を閉じた。キールの相手をする以上、これ以上静かに本を読んでいられるはずもない。
「キャッチコピーはわかるけど、何の為のキャッチコピー?」
「魔法使いってアーディルでは雲上の人っぽく認識されてんだよ。だから、そのイメージアップ化も兼ねてクリーンなキャッチコピーを作ってみようかと思って。うまい具合に俺の名前にも春って意味が入っているわけだし」
 それ以外の理由はない、とキールはにたりと笑った。裏がありそうな笑みではあるのだが、それに裏がないことは、長年付き合いを続けてきた和は知っている。
 その事実に、和は再び頭痛を覚えた。
「春ちゃん……無知って罪だよね……」
 思わず呟いてみるものの、幸か不幸か、キールの耳には届かなかったようだ。キールの耳は、自分に都合の悪い言葉をシャットダウン出来るように、薄いフィルターでもついているのかもしれないと、本気で思う。
(それもあり得るか……)
 何しろ、光合成すらやってのけるのだから、今更少々人間離れしてようが、驚きはしない。
 とはいえ、キールの世間にすれているようで世間知らずという面は、十分驚くに値する事ではあるのだが。
(さて、どう説明するべきか……)
 和は頭を抱えた。どうやって説明すればキールが納得するのか、それが難しい。
「春を売る男って、どういう意味で春を売る男なわけ?」
 まずはキールの考えを知らなくては何にもならないと、和はキールに尋ねた。
 まずあり得ないが、万に一つの可能性で、キールが意味をきちんと理解して、その上でそのキャッチを使おうと画策している可能性だってあるのだから。
「いや、魔法で春を呼んで見せます。春が来ました〜的なのりで」
 ……やはり、万に一つの可能性だったわけだ。キールは本当の意味など理解していない。
 おそらくは、物心ついた時から家族と離れ、一人学院で教育を受けてきた弊害なのか、キールは恐ろしく物事を知らない面があるのだ。特に、独特の言い回しを持つ言葉についていえば、その大半を知らない。反面、恐ろしくマイナーな物事を知っていたりもするのだが。
「クリーンなイメージを売りたいんなら、そのキャッチはどうかと思うな」
「何か問題でも?」
 大有りだ、と大声をだしたいところをぐっと堪えて、和は小さく苦笑した。
「実は春を売るっていうのには別に意味があってね……」
 そこまで言って、和は言葉を切った。
 ここで真実を教えてしまうのは、面白くない。キールは、世間知らずな面があってようやく人間味が出てくるのだ。
 とはいえ、そのキャッチを使われて、キールが誤解されるのも、少しかわいそうに思う。基本的に和は善人なのだ。これが某国の筆頭騎士であれば、嬉々として「春を売る男」のキャッチを押していただろうが。
「和ちゃん、別の意味って?」
 突然黙り込んだ和に焦れてか、キールが怪訝な声を出した。 「ああ、そう、春ってつまりは春ちゃんの名前だろ?名前を売るってのは別の意味があるじゃない。国を売るってのと同じ感覚で……自分を売るみたいな……そういう意味」
 嘘は言っていない。嘘は。――真実を言っているともいえるわけではないのだが。
 キールは成る程とばかりに一つ頷いた。
「そういうのは、春ちゃんにとって一番大切な――恋殿下の為に守った方がいいと思うんだけど?」
「流石は和ちゃん!そうだよな!――別のキャッチを考える事にする」
 大きな音を立てながら部屋を出て行ったキールを見送って、和は軽くため息をついた。とはいえ、決して呆れたため息ではない。キールの性格がああなのについては、すでに悟りの境地に入っている。
「春ちゃんの場合、春を売るっていうよりも嵐を売る男……かな」
 ふと呟いて、和は自分がアーディルへ客人として入っている事を思い出して苦笑した。
(まあ、静かに本を読むってのもいいか……)
 多分、すぐにキールにその時間を潰される事になるのだろうけれど、それまでは本を楽しんでいよう。
 和は苦笑を浮かべたまま、閉じていた本を開いた。
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