「やっぱ、お前って綺麗・・・だよなぁ・・・」
京は自分の目の前にある庵のひとみを見つめて、つくづく納得したかのように呟いた。
うっとりしていると言っても過言ではない、同性の嬉しそうな反応を見ていると、綺麗と言われた本人−八神庵−はめまいを超しそうな気持ちになってきた。
「・・・だから、男にそう言う形容をだなぁ・・・」
何度口にしたか分からない科白を同じように繰り返して言おうとした庵の唇を、しかし京は自分のそれで柔らかく塞ぐ。庵は行為の流れとして、京の肩口に手を置き拒否するような動作を一応してみたが、もちろんそれで京の唇が離れることなど無かった。
京と庵の間に挟まれた拒否の手を無視するかのごとく、京は庵の背中へと回した腕に力を込めて相手の体を自分の方へと引き寄せる。
「んん・・・・・・」
庵の甘い声が京の口の中へと引き渡される。その声を合図にするかのように、京は庵の舌を求め貪り始めた。ほんの少しだけ逃げようとするその舌を追い求め、絡め取ろうとするのであった。
ぬるりとした柔らかいソレが自分の口内を犯してくる感覚は、いつまでとっても身震いするものだ。本当は拒絶するつもりなど無いのに、いつでもとっかかりの際には逃げてしまう。が、彼のそんな行動も「照れの入った可愛いオーケーの意味」に捉えている京はそんなことには構わず・・・否、むしろ楽しんでいるかのように自分の舌で庵の理性を綻ばせてくる。
京は自分の舌先で庵の舌の表も裏も刺激し、口内の内壁も堪能しはじめた。上顎の敏感な部分に走らせると、庵がくすぐったそうに声を漏らす。
ドサリ・・・と、二つの陰が繋がったまま、ゆっくりとベッドの上に崩れていく。京は庵の脇腹から両腕を差し入れシャツの上から何度も上下に撫でさすり、いつの間にか拒否の形を取らなくなっていた庵の腕は、肩口に置かれていた手をそのままうなじに滑らせる形でしっかりと京をとらえていた。
「フ・・・庵・・・・・・」
庵が息苦しさに眉をかすかにしかめた頃、京はピチャリと音を立ててようやく唇を解放してやった。新鮮な空気をハイに入れようとする薄く開いた唇の上に、己の舌先を滑らせていく京。そのもどかしい感覚に、眉を寄せて小さな吐息を漏らしている庵。
「なんか・・・気持ちいい・・・」
京がふと、庵の吐息と混じるくらいの唇の距離でそう呟いた。本心からの言葉。全てを食らい尽くす程の激しい快楽の前の、もどかしい心地よさ。そう言う感覚を庵と共有している気持ちよさ。彼はそれがとても好きだった。
「ふん・・・馬鹿め・・・」
庵は唇の端をつり上げ、文字としてみれば小馬鹿にしているとも取れる科白を京に返したが、言ったときの声色と甘い吐息と、何よりも京を見つめる彼の無防備な瞳が、回された腕と共にその心の内を素直に表していた。自分を捕らえて離さない、濡れた紅い瞳を見据えながら京は庵のシャツをほどきにかかる。
着ている物をゆっくりと引き剥がされる感覚。庵は当然ながら、京とベッドを共にするまでそんなものを知るはずもなかった。彼にも経験はあるが、それは全て男としての異性との行為だった。正直この「脱がされる」と言う、一種独特の恥ずかしい感覚には一生慣れることは無いだろう。だが、
「庵・・・好きだ・・・俺、お前が好きだ・・・」
京にそうされる、と言うのは決して嫌いではない。その時に、庵の皮膚をなめらかに滑っていく京の熱い掌が、自分を塗り替えていく。行為が終われば、いつもの素直でない憎まれ口ばかりたたく男に戻ってしまうが、それでも体をまさぐる男の手は、刹那にも自分の殻を溶かしてしまう。
「京・・・熱いぞ・・・手・・・」
あえいだ息と共に吐き出される虚ろいだ言葉。一瞬、京は掌を庵の体から離してしまう。
「え!?ご、ゴメン・・・」
自分の掌をまじまじと見つめる京を、今度は庵がじっと見ている。そして、ふっ・・・と穏やかに笑みを浮かべると、自分を解放してくれる熱い掌を軽く握り自分の白い胸板の上にそっと置いた。
庵の瞳と、彼の胸に置かれた自分の手を交互に見比べている京はごくりと喉を鳴らすと、改めて胸から腹部、脇から腰までを何度も丹念に撫で、相手の躯を高めていった。
「京・・・、ん・・・ぁぁあ・・・」
力無く頭を左右に振っていやいやをしているようにも見える庵の媚態は、京を夢心地へと浮遊させる。掌にしっとりと吸い付いてくる肌の感触と混ざり合い、それは京だけが味わうことの出来る甘い果実となる。闘いの場に於いての、あるいはそれ以外の静かに佇んでいる時の庵しか知らない人間には口にすることも許されていない媚薬。自分は、それを知っている・・・京は、いつもそう思っている。二人だけの行為、時間と、それを許してくれている庵。
「庵・・・気持ちいい・・・?」
そして、こうも尋ねる。少し悪戯っぽい口調で、しかし切なげに囁く。
「知らん・・・」
苦しそうに、気持ちよさそうに言葉を吐き出す庵は、直ぐには答えてくれない。だから、京は庵の口からその答えが出るのを聞きたくて少し意地悪をしてしまうのだ。どうせ本当の答えは分かっているのに・・・などとは思わない。庵の腰骨辺りをまさぐっていた手が、ふいっと太股の付け根内側辺りへと滑り込んできて、そのまま親指で股関節の所を揉みほぐすように押さえつける。
「ああ・・・!!な、何・・・・?」
その瞬間、庵の腰がピクンとはねた。彼がこうされるのを弱いと知っている京は、特に中心に近い場所をしつこいほどに撫でて、同時に舌を這わせてぬめった感覚を与え始める。
庵の尻が緊張で硬くなってくるのが京にも感じられる。徐々にせり上がってくる快感に無意識のうちに対抗しようとしているのだろう。だけど、そんな事が無駄な行為というのは二人ともよく分かっていた。中心ではなく周りへの愛撫だけでも庵の呼吸を荒げさせるには十分だった。庵自身に触れるぎりぎりの箇所を徹底的になめあげ、三本の指での引っ掻くような刺激と大きな掌での穏やかな愛撫を、焦らしたり激しくさせながら絶え間なく施す。
「は、あ・・・!きょ、ぉ・・・!やぁ・・・・、ぁぁ・・・」
泣き出しそうな声で切なげに名を呼んでくる庵は、まだ京の求める言葉を言ってくれない。
「お前、ちょっと強情・・・?」
少し拗ねた感じの口調で京はそう言うと、周りを這わせている舌を少し滑らせて、庵自身よりもなお敏感で脆い二つの場所にたどり着かせた。精液を作り出すその場所は、刺激されればいやおうなく快楽の声を男にあげさせるのであった。
「っ、ひあ、ああ・・・・!!ひぃ・・・っ!!」
ビクンビクンと痙攣のごとく足と腰をひくつかせ背中を反って耐えている庵だが、しだいに自分を下から覆い尽くしてくる快感の波にあらがい切れなくなって来ている。指の腹でやんわりと揉みしだいてやれば、それだけで欲しい言葉が手に入るのだった。
「気持ち、いい・・・?」
もう一度聞いてみる。今度は正直に答えてくれた。
「京・・・、いい・・・。きもち、い・・・・い・・・・」
うっとりとした瞳で天井を見つめて答えるその声には、素直な気持ち以外の何物も含まれていなかった。聞く者全ての征服欲を呼び起こさせるであろう、庵の熱に浮かされたような声を満足げに耳にした京は、愛情を込めて庵自身を口に含んだ。
「ひ、あああ・・・・・・・・!!!!!」
自分の躯を全て知っている男の行為に、庵の躯と心が悦びの悲鳴をあげるのであった。
(終わり)