京は呆然と瓦礫と化した試合会場を見下ろしていた。
そこには彼の探す人影はなく、ただ荒れ果てた場所に夥しい血痕。それは誰が流したものか定かでない。
京を打ち負かし、大会主催者との特別試合に出場したその男は、会場を襲った暴風の最中、その風と共に掻き消えてしまった。荒れ狂う風の中、確かに感じた強大な禍々しい二つの力。
一つは以前京を襲った男のもの。もう一つは馴染みのある筈だが、今までに感じたことのない程に膨れ上がった力。それが事の異常さを必要以上に物語っていた。
昨年より化物じみた彼の気に、草薙の血が沸き立っていたのを確かに覚えている。
脚に残った震えに笑みを浮かべた。
まだ、終わってない筈だ。あいつの目的はまだ果たせていない。
俺は、生きている。
あれから、既に二ヶ月が過ぎようとしていた。しかし未だに彼の動向は掴めず、次なる闘いを思っての修行も只の徒労となっている。…もっとも、修行らしき修行もしてはいないのだが。
これといって特定のつるむ仲間のなかった京の鬱憤の矛先は、大門と紅丸に向いていた。
元から統一感のない三人であったので、まれに会うぐらいであったのが、ここ最近はあっちこっちと引っ張り回しているのだ。
飲み屋を二、三軒ハシゴした辺りで京の機嫌はおさまり、解散となるのだが…。
行き交う人の最中、ふと京が足を止めた。
「どうした?京」
いち早く京の様子を察した紅丸が、彼の背中越しに問い掛ける。京は何か考えるように喉を唸らせ、裏通りの一角を繁々と見つめていた。
「キレーなおねえさんでもいるのか?」
固まってしまったままの表情と態度を真似ながら茶々をいれるが、彼はそのまま建物の間を抜け、どんどんと大通りから離れて行った。互いに溜息をつき、二人は京の後を追う。
裏通りを過ぎるとそこは随分と寂れていて、お姉さんどころか犬さえうろついていない。やがて、京はゆっくりと足を止めた。
京が目配せする先の景色が突如陽炎のように揺らめいた。懐かしい震えを感じ、素早く泳がせた視線が一点を捕らえる。
闇に溶け込むような美しい紫炎に染められ『彼』がいた。それはまるで己が焔に焼かれているかのようで…。
「八神っ!」
瞬間、呆然と炎に包まれていた庵と視線が合った。唇が何かを呟くようにかすかに動き、やがて糸が切れたようにその場へと崩れ落ちる。
炎がゆっくりと闇の中へと溶けていった。
心持ち距離を取って見下ろせば、確かに八神庵が倒れ伏している。
呆然と見守る二人の前で、京は庵を抱き起こした。
「…大丈夫か?」
大門の言葉は、庵ではなく京に向けられている。今までの京と庵の関係を知っている上での心配だが、彼は無言で頷きを返した。
「あのさ…ちょっと良いか?…ソレ、本当にあの八神?」
警戒した紅丸が遠巻きに訊ねる。彼も感じるのだろう、この違和感を。
その独特の凶々しい力は感じるが、それを操るあの殺気が生み出す緊張感が感じられないのだ。
第一に髪がその身に纏う炎と同じ鮮やかな青紫であること。
第二に先程まで感じられたオロチ独特の邪悪な気が以前より極端に衰えていること。言ってしまえば、全くの他人に感じられるのだ。
だが髪は染め変えてしまったのかも知れないし、気は体調不良による衰えかも知れない。
そして、その炎と同じく、外見とは裏腹に熱い体温が気にかかった。
「どうする?このまま放っておく訳にもいかないよなぁ…静さんとこに持っていくか」
女性だけは覚える紅丸から京の母親の名が挙がった。しかし京は即座に首を横に振る。
「…いや、お袋は下手に八神を知っている。面倒はかけたくねえ」
「うむ、見たところ外傷はない。意識を戻すまで誰かの所に置いておけばいいだろう」
大門の言葉に二人は顔を見合わせる。
「こいつを?」
「うむ」
「じゃあ京に決定だな!」
素早い紅丸の答えにまたも大門は大きく頷いた。
「なっ、何でよりによって俺なんだ!俺はこいつに命狙われてんだぞ!」
「俺達は他人だ」
冗談じゃないとばかりに叫んだ京に二人は即答する。
静かに沈黙が流れた。
少しばかり冷ややかな視線は「今まで一体何度お前らのケンカの巻き添えくったと思ってんだ?その上面倒な事はすぐ他人に回そうとする、もうやってられるか」と語っているようで、肩身の狭さに視線は重力を受け、ゆっくりと沈んでいった。
言葉を無くしてしまった彼を尻目に、二人はそれぞれに帰路へと向かい始める。
「ちょっと待てっ!」
すでに小走りになっている紅丸などは後で仕返し確実といったところであろう。
動かぬ182センチを抱えて途方に暮れた京は、仕方なしにタクシーを呼ぶことにした。
…目を覚ましたときが怖い。
そして、全てはここから始まったのである。
■だ…誰か形容詞を私の脳みそに詰めてやって下さい(T^T)全くもって浮かびません!ギャース!!本にするときはこれを三倍ぐらいにしなきゃな…(泣)ストーリーも妙だぞ!?大丈夫か俺!?