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 ボールペンで書き殴られた文字ののたうつ紙切れを握り潰し、フン、と鼻先で笑った。
「やっと奴もやる気になったか…いい事だ」
 見上げる先には京の通う高校、今日はやけに人が多く、騒々しい。しかし庵は少しも気に止めず校門へと足を踏み入れた。いつもは勝手に高校まで襲撃に向かい、迷惑そうにあしらわれてそのまま戦闘に縺れ込んでいたのだが、今回は珍しく京からの呼び出しである。
 遠く名を呼ばれ、振り向けば指定の時間より一時間遅い到着である男が校舎の陰から現れた。
「いやあ待たせちまったな。準備が終わんなくってさ、今朝早くからやってんだけど」
 肩で息を継ぎながらも必死に笑顔を作る姿が何となく気にかかり、眉をひそめる。いつもの粗大ゴミを見るような態度は微塵も感じない。
 突然校舎の一角がざわめき、窓辺で生徒たちが騒がしく何かを設置し始めた。
「何の準備だ…それにこの騒々しさは何なんだ」
 途端、爽やかだった笑顔が何かを含んだ笑顔に変わる。
「今日、何で呼ばれたか分かった?」
 ハナから決闘だと思い込んでいた庵は、その沈んだ声音に今までの京の行動パターンから答えを照合、分析する。やがて導き出された答えが明確に浮上する前に思いっきり掻き消した。
「り、理由なんぞどうでもいい」
「『俺達の間にあるのは殺すか殺されるか』」
 言う筈だった台詞の先を読まれ、上げた顔に向けられた不敵な微笑み。取り敢えず何か反論しようとしていた口を思わず噤む。
「どうせ決着つけに来たとでも思ってたんだろ」
 甘いんだよと、突き出されたチラシにには予想を裏切らない内容が書かれていた。
「学園祭…だと!?」
 改めて校内を見渡せば、そこかしこを準備の為の生徒が駆けずり回っている。ベニヤ板を持って走る者、椅子を数人で運ぶ者、チラシを抱えて歩く者…。
「学祭デートは高校生のお約束だろ」
 ウインクと共にチケットを振って見せる京の言葉に、安易な誘いに乗った己の愚かさを悔いる。
「ココちゃんこ屋あるんだぜ、あとDJ喫茶とか…」
 チラシ裏の地図を広げ、デートコースを決め始めた京に意識が遠ざかった。宿敵と学祭デートなんて、バカバカしいにも程がある。
「第一貴様、女はどうした」
 基本的な問題を忘れそうになる。相手は宿敵以前に男なのだ。しかし忘れてはいけない、それ以前に草薙京である事を…。
 噂をすればなんとやら、京の出て来た辺りからショートヘアの少女が現れた。京は背を向けている為、その事に気付いていない。京の姿を認めた彼女は表情を明るくすると、こちらへ駆け寄ろうとした。
「でさー、プリクラとかあるんだってよ。俺あーゆうのあんまり好きじゃねえけど、一度八神となら撮ってみたいなあ」
 そんな事とは露知らず、馬鹿な事を口走る姿に自分事のように焦りを覚える。
 近づきにくそうにこちらを見詰めて立ち止まっている彼女は、二人の様子を暫く見守ると、何を思ったのか顔色を急変させた。
「おい…草薙っ…!」
 その様を何とか伝えようと後ろに聞こえない程度の声と身振り手振りで訴えるが、本人は涼しい顔で振り返ると、何も見なかったかのように顔をもどした。
「だいじょーぶだって。ユキとは明日…今は、お前だけだぜ」
 とんでもない台詞を真顔で言ってのけた根性に言葉も失せる。
 泣いて走って行った人影を見送り、引き摺られるままに校舎へと入った。


 散々模擬店をまわり、何処かでゆっくり展示でも見ようと連れて来られたのは怪しげにカーテンの張られた教室。一瞬恐ろしい予想が過ぎったが、まさかこんな場所で、と自分に言い聞かせた。
「いらっしゃいませ☆こちらの用紙にお名前と生年月日を記入して下さい」
 にこやかに笑いかける女生徒に胸を撫で下ろす。
 庵と自分の分を素早く書き終えた京は奥へと促す。この際何故自分の生年月日を知っているかなどもうどうでもいい。
 …甘かった。
「【射手座の彼の行動力で控えめな牡羊座の彼女をしっかりリードしてあげて】だって…仕方ねえなあ」
 何が仕方ないかは聞く必要など無い。出口のドアにでかでかと貼られた「コンピューター占い」のPOPが瞳に痛かった。

 ゆっくりとしたリズムの高い電子音がスピーカーから流れる。
『只今より体育館にてスペシャルゲストによるライブがあります。皆さんお誘い合わせのうえお越しください』
 続いて流れた放送部の明朗な発声による案内。
「よし八神、面白そうだし見に行こうか」
 庵の意見など聞くつもりもないのは当然で、既に決定項となった移動先へと足を向けた。


 黒い学生服の波の中、自分の格好は目立って仕方なかった。何処か一人浮いてしまっているようで落ち着かない。壇上では最近人気の上がったインディーズバンドが演奏していた。
「八神の方が上手いんじゃないか」
 音楽の事が分かるかさえも怪しい男に言われても嬉しくとも何とも無い。

…一方その頃。

「あっ」
 間奏でヴォーカルの少年が小さな声を上げた。
「別にさっきの歌詞、間違ってないぜ」
 彼のすぐ側にいたギターの大男がフォローを入れるが、そうではないと首を振ってみせる。
「赤い髪、さすがに目立つね」
 意味ありげに笑う少年に大男は危うくピックを落としそうになる。
 何やら様子のおかしい前の二人にキーボードの女性が気付き、間奏に遊びを加えた。
「大丈夫だって、今回あの人出てないんだし」
「ばかやろ、誰が気にするかよ」
 再びヴォーカルの歌が響き出し、ギターがステージを走った。
 曲調がスロウなバラードに変わった頃。

「今度ライブ、いつあるんだ」
 女殺しモードの声で問い掛ける京を無視して演奏に聞き入る。彼の言葉を一々間に受けていたのでは身が持たない。
「この前見にいったんだせ…」
 京の手がゆっくりと庵の肩にまわる。
「思わず見とれちまった…」
 耳元で息混じりに囁かれ、ぞわぞわと寒気が背を走る。空気のあたるくすぐったさに思わず振り向いて制止の為の視線を向けた。伸ばされた手をこんな狭い所で大きく避けられず、顎を捕らえられる。
 演奏そっちのけで寄せられた顔を力一杯…跳ね除けた。
「いい加減にしろっ!貴様は人目を気にせんのか!」
 人目が無かったら良いのかとか(以下略)。
「黙ってたら良いのかな〜とか思っちまうだろが!畜生、期待ばかりさせやがって!!」
「勝手に解釈するな。だいたい貴様は人の話は聞かんくせに自分の話が無視されれば怒る!」
 繰り出された青い炎を飛び退いて避ける。が、行き場を失った炎は直進した先へと燃え移った。
「危ないだろうが!」
 負けず赤い炎が椅子を薙ぎ払った。甲高い悲鳴がそこかしこで上がる。体育館内は修羅場と化していた。

「あ〜あ」
 溜息を吐く少年の後ろで大男は膝を折り、血の気の引いた顔で客席を見つめていた。
「リーダー、下手したらこっちにまで被害がきちゃうわ。早いトコ切り上げちゃいましょ」
 キーボードの彼女はとっくにスタンドを畳んでいる。
 彼は震える手でマイクを掴むと心の限りシャウトした。
「畜生ぉぉぉぉーっっ!」

   終


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