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 薬は嫌いだ。
 糖衣、粒状、液状、カプセル、形を変えようが中身は同じ、一様に毒だ。
 毒をもって毒を制するなど愚かなこと。
 死ぬときが来たのならば死ねばいい。
 …死なせればいい。
 だがその力を借りなければならない、今夜も。
 朝も、昼も、夜も。
 こうまでして自分が生きるのは何の為か。
 草薙京。
 今夜もまた、薬では癒えぬ病が蝕み始めた。


 薬は嫌い。
 とても苦いし、嫌な匂いがする。
 白い薬は少し甘いけど、粉になっていたりすると苦いし、飲むとき咽てしまって、母さんに怒られてしまうから。
 今日も、紙の上に乗せられた薬を突ついて、時間を稼いでみた。
 「大事なお薬よ、お飲みなさい」
 母さんが怖い顔をしてそう言うから、急いで口に入れると、いつもの苦みで口いっぱいになる。
 「貴方は次期当主となる身、病などに負けてはなりません」
 母さんがそう言ったとき、ふと思った。
 母さんは僕じゃなくて、次の八神の当主になる、僕の体が大事で、看病してくれたり、薬を飲ませたりするんじゃないかって。
 見上げた僕に向ける母さんの微笑みは優しかったけど、この思いは消えなかった。


 幼い日の思いは今でも尾を引いている。
 薬は悪戯に命を延ばし、体だけを癒す。
 気のフれてしまった母親が、何かあると薬ばかり飲ませるので、いつか薬漬けになってしまうと本気で 思ったものだった。
 ダルく、熱っぽい体を動かそうとした寸前、冷たい布が額に当てられた。
 「起きたか?」
 こんな時は絶対に聞くことはないと決め込んでいた声が聞こえてきたので瞼を無理矢理開く。
 「ドア開けっ放しで寝るなんて、不用心もいいトコだぜ♪」
 …能天気な声音に緊張が緩むのを感じた。
 兎に角、頭痛が消えないので頭痛薬を探す。
 「何探してんだ?」
 「…薬」
 結局はあれほど嫌がっていた薬に頼らざるを得ない自分が恨めしい。
 暫くそうやっていた自分を眺めていた草薙は、何を思ってか俺を抱え上げた。
 「貴様、何をする!」
 当然暴れた俺を無視し、ベッドまで運ぶと、鼻先に手にしていたおたまを突きつけた。
 「俺が今、きゅ〜きょくにウマイ薬よりも効く手料理を作ってやるから大人しくしてろ!」
 返す言葉も無いまま睨み合っていると、草薙の背後、台所のある辺りから微かな煙とコゲ臭い匂いがした。
 「京」
 「何だよ」
 「焦げているぞ」
 「だあああああっ!」
 勢い良く台所へと駆けて行く後ろ姿を見送り、溜息を吐く。
 そして酷く安心する自分を見付ける。


 その夜見た夢は、魘された自分に添い寝して、子守歌を歌っている母の姿だった。


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