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コイツら、本当はバカなんじゃないだろうか。いや、たぶんバカだろう。
 神楽のヤツがコイツらに預けておけば、きっと少しずつでも改善していく筈だとか何とかぬかして、当時の俺も本当に酷い混乱状態というか、一種のパニック状態というか、とにかくどうする事も出来なかったので、この、やたら人のことを知りたがる情報収集マニアな集団に、
 庵の事を預けてしまった俺が浅はかだったというか。
 部外者に、少しでも助けを求めてしまった自分が非力だったというか。

 ・・・なんていうか、−−−あぁ、もぅ、コイツら絶対バカに違いない。
 コイツらが妄信的に信じ込んでいる統計学や理論や確率や、推理力、想像力、認識力、後は何だ、哲学みてーなモンを、過去の教えにきっちり沿って計算した結果がコレだって云うのなら、やっぱりコイツら白い集団は、ただのバカな集団何だろう。
 確信犯だったら、コイツら今すぐ殺すけどね、一人残らず。

 目の前に広がる、とは云っても強化ガラスっぽいものの向こう側だが、部屋は無菌室と体操マットで構成されている様な造りになっていて、よくサイコ系の映画やら何やらでお目にかかるモノに似ていた。
 その部屋の、だだっ広そうな空間の真ん中付近に、何かのオブジェみたいな庵が存在している。
・・・ていうか、アレ、本当に庵なのか?
 両手両足どころか体の動きそうな所はほとんど全てベルトによって束縛されている。それだけなら、まぁ、普通かもしれない。こういう所においては。
・・・来たの初めてだけど。
 そしてそれだけなら、庵だって認識できる。
 問題は首から上に対しても、同じ様な扱いを受けている事だ。
 ヘッドギアと目隠しマスクを足して2で割った、SMグッズでよく見かけそうな形のマスクをつけていた。口には、これまた男のマラ並に太そうな管をはずれない様にしっかり固定されてくわえてらっしゃる。
 そんなエロティックともとれる姿がかろうじて痛々しく見えるのは、着ていた服が病院でよく見かけるものだったからだろう。
 それにしても、ココの医者連中は変態の集まり何だろうか。・・・否、あいつらはただのバカだ。
 こういう結果に持ってこざるを得なかっただけのはずだ。

 そんな考えをガラス越しの庵を見ながら巡らしていたのに、そばに居たらしい医者が俺の思考を打ち切る。
「非常に珍しいと云うか・・・正直、彼みたいなタイプとは接触したのが初めてでね。通常人間は、本能や生理的欲求に対して、抵抗することは出来ても打ち勝つことは出来ない。生きるための安全装置みたいなものだからね。しかし今の彼には、それらが正常に働いていないと云うか・・・、たまに居るんだよ、呼吸が出来なくなったりする人間は。でも彼の場合は呼吸をしようとしないんだ。明らかに意志が働いている。目も開きっぱなしだ。それを薬で抑制しようと思っても、何故か、彼には効かないんだよ。かといって彼は−−−−−」

 俺はチラリと弁明論を一生懸命語る医者を見やった。何に対してそんなに言い訳したいんだろう。自身が庵の思考回路を理解できない点だろうか、やっぱり。
 考えて見ればこの医者が庵の思考回路を理解できないというのは、当然の事かも知れない。俺以外の人間、みんな気づかなかったんだから、そう考えると別にバカでは無いのかもしれない。
・・・しかしよくよく考えて見れば、コイツら此処に居る医者は確か、精神科医だったか、分析医だったか、カウンセラーだったか、とにかくそこら辺の種類の医者だった筈だ。−−−、やっぱりバカじゃねーか。

「−−まり、今の私たちには、彼に対してこのような手段を取るしか方法が見つかって居ないんだよ。しかし今、此処には君が居る。君が八神くんとどの様な関係でどういった影響を及ぼし合っていたかは、神楽のお嬢様から聞かせてもらった。たぶん・・・いや、ほぼ間違いなく今の彼を−−−−・・・」
 ・・・まだ喋ってたのか・・・。気づけば俺の後ろに居る人の気配も5人に増殖していた。どうせ俺が庵に接触して、どういった反応を庵が示すのかを、データ収集という名目で興味本位に来ているだけなんだろう。
 ・・・何だか、笑いたくなってきた。
 だって、コイツら全然気付いてないんだぜ?
 庵に利用されてるだけだって事に。

 結局の所、庵の事は俺にしか理解できないらしい。そんな優越感もあってか俺は庵の今の状態が何であるかを、この物事をデータでしか判断出来ない医者に話してやることにした。
 俺にして見ればその解答は一目瞭然なのだが。

「庵は、もう、どうしようも無いくらい、マゾなんですよ」

 強化ガラスが粉々になって、床に落ちていく音がする。目の前の意外と若そうに見える精神科医は、俺が突如として裏拳一発でガラスを打ち砕いた音にびっくりしたのか、それとも俺の顔がたぶん、異常なまでに穏やかであろうそのギャップに対してか、庵がマゾだというそれだけの事実を処理し切れていないのか、とにかく目を見開いたまま俺に視線が釘付けになったみたいだった。
 俺はそんな・・・後ろの連中も似たような状況だろう金魚の酸素欠乏状態のような顔はシカトして、今の庵にとってたぶん最大の救いになるだろう言葉を、聞こえているのかさっぱり判別できない庵に対して投げかけた。さすがに今の状況が長時間持続すれば、完璧に、庵は、自身の快楽に破壊されるだろうから。
・・・・自分の口元が思い切り歪むのが判る。

「帰るぞ庵。−−−後でたっぷり、嫌っていう程いじめてやっからよ」

 俺は庵の体に付着していたありとあらゆる物質をはがし、肩にかつぎ上げてその部屋を後にする。

   END

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