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気付けば色の無い廊下に佇んでいた。
此処は何処かと見回すのもそこそこに歩き出すと、自分は病院にいることがわかった。
途端、喧燥を始めた周囲に疑問も持たず奥へと歩く。
…何故そちらが奥であるかに疑問は無い。
不意に目を向けた個室の扉の横にあるプレートの文字に目を剥いた。
「八神…庵」
声に出せばますます不可解で、躊躇い無く扉に手を掛ける。
静かな空間、いや、小さな機械音はあるがそれが余計に静けさを感じさせている。
ベッドに横たわるのは多分、八神。
ならばその側に座っているのは誰だ?
目に映った人物に驚き足を止めると、そいつは俺に笑い掛けた。
間違いなく俺だ、こんな男前他には無い。
「よぉ、馬鹿面下げて元気そうだな」
俺の笑顔に寒気を感じた。
偶に鏡の前で見る、作り笑い。
だがすぐに表情を無くし、八神の顔を覗き込む。
俺も少し歩み寄って覗き込むと、八神であろう人間の顔…があった。
もっとも、包帯だらけで誰だか分からない。
「闘うこと、楽しいか?」
突然の問い掛けに取り敢えず頷いてみる。
予想通りとばかりにまた作り笑い。
「俺も、そうだった」
明らかな過去形に眉を寄せるが、俺の引き攣れた頬に言葉を飲む。
震える手が八神の頬に触れるが、反応を返す兆しさえもない。
「こんな筈じゃ無かった…」
喉につかえたような声に耳を塞ぎたくなった。
「こんなつもりじゃ無かったんだ!!」
勢いよく開けたドアから逃げるように飛び出した。
振り返らず走り続け、襲う胸苦しさに目を伏せた。
色を失ったような廊下を歩く。
少したりとも周囲を気にせず、ただ真っ直ぐにそこへと向かう。
昼間の喧燥を感じさせない、暗い闇に閉ざされた廊下を奥へ。
計算されたようにピタリと病室の扉の前で足を止め、斜めにプレートを確かめた。
視線だけ走らせると、音も無く扉を開け放つ。
静かな空間、いや、小さな機械音はあるがそれが余計に静けさを感じさせている。
ベッドに横たわるのは…横たわるのは、俺。
歩み寄ったあいつは俺の顔を見るなり薄く笑んだ。
「無様だな、草薙」
だがいつもの毒を含んだ響きはなく、力の無い言葉。
俺は瞳を動かすことも叶わず、言葉はただ吐く息になって呼吸器へと消えた。
闇の中、一際無表情な八神の顔が俺を見下ろす。
「敵に情けをかけるなど、愚か者のする事だ」
俺は八神との闘いに負けていた。
無造作に邪魔な呼吸器が外される。
「これ以上醜態を晒す前に…」
八神の手が俺の首を捉えた。
草薙としての機能を失った俺を、消す為に…
終

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