戻る
 メインメニュー



 次々と繰り出される、紅蓮の炎を纏った拳。一瞬の隙をつかれての出来事だった。男は自分の判断を呪ったが既に遅い。そして宙に舞った男の体は、その勢いのまま地面に叩きつけられる。
「俺の・・・勝ちだ・・・」
薄れ行く意識の中で、彼は確かにそんな言葉を耳にした。


「−−−ハッ!!」
悔しさと屈辱。肉体と精神を痛めつけるような感覚にさいなまれ、庵は目を覚ました。体中を自分の汗が流れ落ちていた。呼吸も荒い。今しがた、闘いを終えたばかりの様に鼓動は速く、心臓の脈打つ感覚までもがハッキリと確認できる。
「ゆ、め・・・?」
自分に確かめるかのように独りごちた。流れ落ちる汗を手の甲で一ぬぐいすると、両の手のひらを無言で見つめる。
「この俺が・・・京に負ける夢を見るなど・・・馬鹿馬鹿しい」
体にまとわりついていたシーツを手荒く引き離すと窓の方に歩み寄り、ほんの少しカーテンを開ける。ここはKOF会場内にあるホテルの一室。夏の夜明けが早いとは言え、この時間ではまだ空は白んでもいない。ふい、と空を見ると蒼白く光る三日月がそこに浮かんでいた。庵は己を象徴する、その白く光る月を眺めながら口元に薄い嘲笑を浮かべた。何故、自分がそんな笑みを浮かべたのか・・・彼自身にも判らない。ただ、先ほど見た夢があまりにも生々しくて、まるで今までに経験したことがある出来事のように感じられて。
「馬鹿馬鹿しい夢だ・・・」
同じ言葉を再び口にする。そんな夢を見た自分に対する嘲笑なのだろう・・・彼はそう思うことにした。
 今日、太陽が昇れば・・・KOFで京と相まみえる。今年こそ、今度こそ、奴をこの手で殺す。あいつの命をこの手で終わらせる。今回こそは、本当の決着をつけるのだ・・・そんな、頑ななまでの思いが彼の中にはあった。気怠そうに体を反転させ、後ろ手にカーテンを閉める。室内の光と言えば、時刻を表す時計の数字だけであった。暗い、暗い、室内。
「くそ・・・!京を殺しさえすれば、この胸の内にあるものも消えるに違いない・・・!!」
彼は、薄暗い感情から来ているとは言え、彼にしては珍しく物事を心待ちにしていた。京を殺せる、その「試合」の始まる時を・・・。


 そして、勝負はその瞬間決まった。今朝方、彼が見た夢の通りの結末。
「な、にぃ・・・!」
自分の体に叩き込まれる草薙の拳。何故、と思う間もなく空中に放り出され、地面に叩きつけられる肉体と精神と感覚。全てが夢の通りであった。
「ばかな・・・ゆ、ゆめのとおり、だ、と・・・?」
もはや自分では指一本動かせなくなって来ている。完璧な敗北であった。
−これまでか・・・まさか、あんなものが<予知夢>だとはな・・・。
庵は血の味がする息を苦しげに吐き出しながら、近づいてくる京の足音を聞いていた。奴は、このままとどめを刺すだろう・・・。ゆっくりと瞼を閉じる。京に負けたのは悔やみきれないほど悔しい・・・しかし、今の彼には反撃を試みる力など残されてはいない。いつもの、プライドの高い高圧的な口調で負け惜しみ程度の言葉を発することすら難しい。それほどの拳をもって、京は庵に勝利したのである。
 京の気配が覆い被さって来た。庵はきつく目を閉じ、己の命の終える瞬間を覚悟した。
 しかし。
「ケリは、つけねぇ・・・」
庵の耳に入ってきたのは思いもよらない言葉であった。瞬間、我知らず瞳を開く庵。目の前には、天頂に輝く太陽を背に受け表情の見えない京が、庵に覆い被さる形でしゃがみ込んでいた。何も言えずに、ただ唇を薄く開くばかりの庵に、表情の見えない京は
「俺達は、おそらく決着をつけてはいけない。少なくとも、今こうして闘っている<今年の>俺達はケリをつけちゃいけないんだ」
心の中も読ませない、低い声で囁くように告げる。
「お前だって、本当は判っているんだろ?俺達に終わりはない、て・・・だから、あんなにムキになって逆にケリをつけようとするんだろ?庵・・・」
庵の、血のこびりついた白い頬を優しく撫でる。それは、まるで同じ罪を背負った同志・・・パートナーに対する信頼の証しでもあるように庵には思えた。己の感じた暖かさに狼狽する庵ではあったが、しかし、それを否定する気にもなれなかった。京の言ってることが庵自自身にも判っていたからである。
 今朝見た夢は、夢ではなかった・・・そう、あれは自分自身の身に起こっていたこと。であればこそ、彼は目を覚ました時にあれ程の生々しさを、その体と精神に感じていたのである。庵は以前にも、<同じこの場所で><同じ試合で><同じ相手に>負けている。そして、この薄れ行く意識が再び戻った時、そこはホテルのあの部屋になっているのである。
「京・・・これは・・・夢の・・・迷宮、なのか・・・?」
庵は、口元に今朝と同じあの嘲笑を浮かべながら京に言う。
「ああ・・・。誰かの・・・もしかしたら、俺達自身の見ている夢かも知れない・・・」
悲しそうに軽く眉を寄せ、それでも微笑みながら庵に答える京。
見えないはずの表情が見える。京の心が感じられる。
そうか、そうだな・・・最後に、同じ運命を享受しているパートナーの切なげな表情を見て取った後、庵は自身の意識を闇の中に沈めた。

 DREAM MATCH NEVER ENDS

其れは、誰かの見ている夢。終わることを許されない夢の永久迷宮。彼らの存在を終わらせたくない人々の見ているものなのか、或いは、宿命の結末を迎えた彼ら自身が見ているものなのか。彼らの闘いは、それを望む魂が有る限り終わることはない。
 そこは、現実の時間の流れから切り離された<悠久>の中に存在するのだから。

 終わり 


戻る