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「追憶〜痛みと孤独〜」

  

 傷痕。

 それはまるで以前の庵を象徴しているかのように感じた。

 背中を、見ていた気がする。表情の見えない、何処か寂し気な。

 だがその理由を、彼は見せることがなかった。

 京が庵を知らなかった所為でもあるが、やはり今の庵は余りに以前の庵とは違っていた。その為か、逆に今まで自分の中にあった庵の断片が、強く明確になり始める。違う、前の八神はこうじゃなかった、と考えていなかったことが曝け出されていくのだ。

 

 その日もあちらから仕掛けてきた所為で、八神の言う「殺し合い」になった。

 加減を知らない炎、怯むことのない眼差し…本当にこいつは化物じゃないだろうかとさえ思った。

 気を抜けば本当に殺されてしまいそうな勢いで、こちらも加減が利かない。いつも入院寸前の傷を負うまで、闘いは終わることがなかった。

 そんな闘いの中で、俺は八神を知る余裕なんてなかった。終わってしまえばそれまでで、傷を負った八神を放置したままその場を去る。

 しかし今回の怪我の酷さは見てわかるほどで、いくら八神でもヤバいんじゃないかと俺らしくもなく手を差し出した。

 当然八神はそれを拒み、それどころか怒りに瞳をギラつかせた。

「ばっかじゃねーの?そんなことやってるから誰もお前に近付けねーんだ。寂しいヤツ」

 思わず口をついて出た言葉にしまったと思うのも日常だった。出会ったときからロクな会話を交わした覚えさえない。

「寂しいだと…?」

 痛みに掠れたかすかな声がした。いつもなら、ここで八神が黙ってしまうか鼻先で笑って終わる。本当にわからない、そんな感じだった。…今の八神でこそよくする表情だが。

「そうだろ?来るヤツ来るヤツ拒んでは反対に追い返しちまう。ずっと一人で寂しくねーかって言ってんだ」

 八神は袖口で口元を拭い、手首を伝い落ちる血を舐め取った。

「生まれたときから一人ならば、寂しいと思うことはない。…この傷も同じ。生まれ持った痛みなら、それは苦痛とは感じない筈だ」

 

 違うか?

 

 俺がその言葉の意味を知るのは、随分と後のことになる。