■駆け出しATCの奮闘記@UF■

#1: GA探し

大学を卒業した後の進路をどうするかは大きな悩みです。私の場合、さまざまな現場実習で失敗を繰り返しながら卒業までこぎつけましたが、どうしてもそのまま実際の仕事としてアスレティックトレーナーをする自信がまだありませんでした。このまま出て行って実際やれるのだろうか? そんな疑問がいつも頭にあり、もっといろいろ学生として学びたい、そう思い始めていました。アラバマでの先輩である関場大輔さんに昔相談したところ、「一度社会に出て働いてから足りないと思ったら学校に戻るという手もあるよ。」とアドバイスを受けたこともありました。が、一度走り出したらそのまま突っ走りたい性格から、やはり大学を卒業したらそのまま大学院に行きたい、と思い始めました。もちろん、大学院に行って修士号をとることが大きな目的の一つであったことは否定しません。実際、修士号をもったアスレティックトレーナーの方が扱いがいいと聞いています。修士号をとれるなら何でもいい、という人も多いみたいですが、私はそうはなりたくなかった。だから大学院に行ってもアスレティックトレーニングを学べる場所に行きたかったんです。

大学院まで行ってなんでアスレティックトレーニングを専攻するんだ、といろいろなひとから言われました。幅を広げるためには、スポーツ心理学、スポーツ栄養学、運動生理学、運動力学等別の分野を選ぶことも出来ました。でもUndergraduate(学士過程)で学ぶアスレティックトレーニングの知識だけで十分とは到底思えず、もっと深くアスレティックトレーナーとしてその分野を学びたかった。あとはアスレティックトレーナーとしての意地ですね。実際、上にあげたさまざまな分野を学べばより知識の広いアスレティックトレーナーになれるでしょう。でも元来の要領のなさと頑固さからアスレティックトレーナーなんだからアスレティックトレーニングでしょう、みたいな思考になってました。酷く燃費の悪い車のようです(笑)。

大学院を選ぶ上で3つの必須条件がありました。まず一つはもちろんその大学院のプログラムにアスレティックトレーニングを学べる学部があること。そしてもう一つはディビジョンI-Aの大学であること。最後にその大学がGA(Graduate Assistantship)をオファーしていること。前者についてはNATA公認のプログラムかもしくはSports Medicine(スポーツ医学)と銘打った学部で絞りました。ディビジョンI-Aとは要するに大きな大学のことでスポーツ(主にフットボールやバスケットボール)が全米で有名なところで絞りました。なぜかといえばそれはモチベーション、もしくは私のミーハーなところからでしょうか(笑)。大きなところで大きなことをしたいという願望です。GAは勉強しながらチームで働く制度。授業料も大抵の大学ではカバーされ、お小遣い(Stipend)も払ってくれます。親からは授業料などはもう出せないと言われていたため、この制度を受けないと基本的には私はアメリカに残ることは出来ないのでした。

2000年12月に卒業を控えていた私は、NATABOCの試験の準備もしながら大学院探しもしていました。大学院探しといってもそう簡単ではなく、上の全てを満たした学校というのはなかなかありませんんでした。また4月の時点で大学院に行くならもう探し始めた方がいいよと教授に言われていたことをまじめに受け取らなかったのが失敗でした。10月、11月から探し始めては遅いことが締め切り間近につれて判ってきたのです。それでもやらないことにはいかないので5校まで絞って願書を提出することにしました。ちなみにその5校は、オハイオ州立大、ペンシルバニア州立大、ジョージア大、ノースカロライナ大、ウェスタンミシガン大でした。今考えると凄い名前ばかりで物事の分別がつかない私の様が伺えるようです。

上の5校に絞るのも大変でした。まず空きがある大学には履歴書を全て送り、空きがなくても興味のある大学には全て空きがないかという手紙を送りました。その数は40校を上回っていたと記憶しています。もちろん、もう決まったので募集していないとか、最初からポジションは空いてないとかそういった返信が殆どでしたが、そんな中でも書類送ってきなさいという大学が上の5校だったんです。

結論から言うと何処からも合格通知はいただけませんでした。あの頃の状況からすると当然といえば当然でした。準備不足が決定的。あわただしいまま書類を送ったりして、エッセーなどはほぼそのまま出してしまいましたから。その年は卒業はしたものの、NATAの試験の3つのセクションのうち1つがパスできずに、そのまま帰国となりました。卒業したら2ヶ月以内に国外に出なければいけないからです。

しかし、その前にいい話をもらうことが出来ました。それはUAB(アラバマ大バーミンガム校)でのGAのポジションでした。直接的にアラバマ大とは繋がりはありませんが、多くの卒業生がUABの大学院で学んでいます。またUABの大学病院は全米でも有名で、バーミンガム市内には東南部で最大の医療機関、Health Southも存在し、その関連施設ASMI(American Sports Medicine Institute)などもあり、学ぶ環境としては抜群でした。アラバマのヘッドトレーナを通して話をつけてくれ、インタビューの感じもかなりよく、このときの心境としては「ここしかないな」という感じでした。ただ、結果として私にオファーされたポジションがチアリーディングのGAでした。これにはさすがに考えさせられました。いかに学びに行くことが一番の目的とはいえ、チアリーディングのGAというポジションにまったくといっていいほど魅力を感じず、もったいない話だったかもしれませんが、その話はお断りしました。

結局1年間を大学院浪人として日本ですごすことになりました。もちろんその間もGA探しは続き、前年よりもより熟考することが出来ました。私の第1志望は何を隠そう、ノースカロライナでした。大学の大きさもあるのですが、私がアメリカに来て最初に触れたアスレティックトレーニングの教科書「Principles of Athletic Training」の共著者であるDr. William Prenticeが教えていた大学だったからです。リサーチ施設も充実していて、アスレティックトレーニングの大学院プログラムでは全米でも屈指だと聞いていました。そのかわり合格するのは至難の業。UNCの学士過程をでた生徒でさえ、難しいので願書を提出すらしないということでした。でもチャレンジしなければ何も始まりません。今回もここが第1志望でした。実際夏にアメリカに渡米した際に、ノースカロライナのキャンパス、チャペルヒルまで行ってDr. Prenticeに会うことも出来ました。そのことによってさらに行きたい!と思い始めたのですが、依然として高嶺の花ではありました。

その他の志望校としても遜色のないプログラムがあるところを狙い、どの大学も依然としてビックネームばかりですが、受かれば是非いきたいというところを選びました。その他の志望校は、フロリダ大、ケンタッキー大、オレゴン大、テンプル大でした。今考えるともし何処にも受かってなかったらどうなっていたんだろう、と怖くもあります。

出してからは待ちぼうけの日々でした。特に私は日本に居たので本当に合否がどうなるかには気が気ではありませんでした。そんな中、2月にとうとうノースカロライナから手紙が到着。残念ながらここはこの年もだめでした。そしてあと4つ・・・。それからまた沈黙の日々が続きました。もしこれらの大学がだめならば、志望校を落としてでもどんなところでもいいから募集しているところには全て願書を送るつもりだったので、だめならだめではやく教えてくれ!という感じでした。

そんな中。FID日本代表バスケットチームでアスレティックトレーナーとして手伝っていた私は3月に代表合宿のため福島県いわき市に遠征に行っていました。このとき、たまたま家に電話すると弟が「フロリダ大学から手紙が来てるよ」とのこと。一気にテンションが上がった私はとにかくなんと書いてあるか読んでくれと頼んだのですが、いまいち弟の英語がよくわからず細かいところまではわかりませんでしたが、とりあえず大学院には受かったようでした。とにかくほっとしましたが、家に帰ってしっかり読んでみると、大学院には通ったがアスレティックトレーニングのプログラムにも受かるには面接する必要があるので実際に来てほしい、とのことでした。もちろんいきます! という感じでしたが、そのころやっていたバイトの関係もあり、長期滞在は出来ませんでした。4月上旬に渡米したんですが、フロリダ大のあるゲインズビルに滞在したのは正味2日。巨大なキャンパスを全て回るには不可能でしたが(そもそも未だに全てを見て回ったことはありませんが・・・)、教授に会えたことは大きな収穫でした。一番確認したかったことは、どれだけの確率で私を採ってくれるのか? でした。ここがだめならばまたほかを考え直さなければならなかったからです。実はこのときオレゴン大からも合格通知を受け取っていたのですが、残念ながらGAとして授業料などの免除はない条件でした。もしGAのポジションをオレゴンからオファーされていたら間違いなくオレゴンに行っていたでしょうが、このときはとにかくGAをオファーしてくれるフロリダ大だけが頼りでした。ディレクターのDr. MaryBeth Horodyskiは正式にその場ではYesといえませんでしたが、安心してよい、とのことでした。

帰国後、2週間もしないうちにDr. Horodyskiからメールが入り、無事合格通知を頂きました。1年半にわたるGA探しもフロリダ大という素晴らしい大学に入ることが出来、このときの安堵感といったらなかったです。もちろん来てみて「あれ、こんなはずでは・・・」みたいなことも多いですが、それでもフロリダ大の一員として学べることは私にとっては本当にラッキーです。

こんな感じでGA探しは幕を閉じましたが、もしこれを読んでいる方でGAを探している方がいたら一言。GA探しは早く始めたことに越したことはない、ということです。これから探される方、頑張ってください。