2004年1月26日
「赤いフードに込められた思い」
日曜日にたまっていた洗濯をしました。今住んでいるアパートには自分の部屋に洗濯機が備え付けられているので便利です。靴下がなくなったので一気に洗いましたが、それと一緒に最近また着だしたチャンピオン製の赤いフード付きのトレーナーも洗いました。洗濯した後に出してみたら案の定靴下がピンク色になってました。一緒に洗ったお気に入りのアラバマのロンティーもピンクに染まり散々なことに・・・。
日本では普通でしょうが、衣服の乾燥を全部乾燥機でやってしまうアメリカでも大事な洋服はハンガーにかけて乾かすようにしています。部屋の中で乾かすので乾きは良くありませんけどね。そんななか、その赤いフードを乾かしているとき、ふとこのフードを貰ったときのことを思い出しました。
あれはまだ私が高校生だったとき。母親が駅前のデパートでセールだったのよ、といって買ってきたものでした。真っ赤な色にチャンピオン製と当時自分としては「なんだこりゃ?」といって着ることはめったにありませんでした。何よりも高校生にもなって母親が買ってきた服なんて着れるか!みたいなところも正直ありました。
19歳のとき渡米した際、その全然来ていなかったフードを一緒に連れてきて以来、寒いときはちょくちょくきるようになりました。あれから約8年が過ぎ、いまだアメリカに居座っているのも不思議なものですが、その10年以上前に母親が買ってくれたフードを今も着ているのも不思議です。
あれから大人になり、他人から与えられるだけでなく、他人に与えることの重要さを知りました。例えば誰かに料理を作ってあげて、おいしいといわれることの喜びを知ることで、相手に感謝する大切さを学び、何か手伝ってあげて、ありがとうといわれることで相手を思う大切さを知る。いつでも年下だった昔と違い、自分が年上の立場になりあらためて知らされた思いやりの大切さ。
あの頃、母親はこれなら息子は喜ぶだろうとか、これなら寒い日も安心だろうとかそういう思いをこめてあの赤いフードを買ってくれたんだなと、濡れたフードをハンガーに通しながら思い返しました。それを嫌がって着なかった自分を見たとき一体母親はどう感じただろうと思うと、ちょっと胸が痛みました。
誠意とか思いやりとかの大事さを赤いフードを通して再確認した日曜日でした。
|