外伝:雪が降る前に
「そう思うよね、ラルフ」問われて、ラルフォンは微笑を返した。目の前で繰り広げられていた口喧嘩には耳を傾けていなかったのだ。そう思うよね、と突然言われても、何をどう思うのかわからない。
しかし、目の前の少女はどう受け取ったのだろう。ほら、ラルフもそういっているじゃない、と口喧嘩の相手である少年に向き直る。ラルフォンはほっとため息をついた。
少女の名はリチナ。リチナと口論を繰り広げられていた少年の名はトーン。二人はラルフォンにとっては大切な友人で、幼馴染で、そしてリチナはラルフォンがひそかに恋心を抱いている相手であった。とはいえ、その恋心を告げるつもりはない。大切な友人であるトーンもまた、リチナに淡い恋心を抱いている事を知っていたからだ。
もしも、ラルフォンが人間であったならば、あるいは、リチナとトーンがラルフォンと同じ魔族であったならば、告白をしていたかもしれない。けれど、現実はラルフォンは魔王、そしてリチナとトーンは人間なのだ。
魔族と人間は種族が違う、いくらリチナが勇者であろうともラルフォンとは時の流れが違うのだ。
同じ15歳だというのに、一人はるかに押さない自分。幼い頃は外見の差などほとんどないに等しかったというのに、時が経てば経つほど、時の流れは残酷にもラルフォンだけを置き去りにしていく。
もう会わないでおこう……。ラルフォンはふと思った。
リチナはもうすぐ勇者の力を手に入れるための旅にでる。離れるにはいい機会だ。
そして、もしもリチナとトーンがうまくいってくれたら――。
「ラルフ、ラルフォン、人の話、きいてる?」
「えと……なんだっけ?」ラルフォンは我に返って、照れた笑みを浮かべた。それに対して、リチナとトーンが呆れたような表情を向けてくる。
「ラルフ〜、ぼけんのはまだはやいぞ」
「まあね。僕よりも、トーンの方が当然はやいよね」ラルフォンは先ほどまでの考えを頭のすみに追いやって、にやりと笑う。トーンは何かをいいた気に口をぱくぱくと動かし、いい言葉が思い当たらなかったのか、がっくりと肩を落とした。
「トーン、僕に負けてたら、リチナには永遠に敵わないよ」
それ、どういう意味よ、とリチナがぎろりとにらみつける。ラルフォンが何かを言うよりも前に、トーンがそのままの意味だろう、と越えをあげた。
トーンは口論には滅法弱い。三人の中でもっとも強いのがリチナ、続いてラルフォンであり、トーンは生まれてからこのかた一度として、口論で勝利を収めたことがない。しかし、口論の原因を作り出すのは、大抵トーンであった。負けるとわかっているくせに、一言言わずには居られない性格なのだ。
「口喧嘩に強くなりたいなら、ディファン貸してやろうか?一月も顔を合わせていたら、嫌でも慣れてくるし」
『絶対嫌』リチナとトーンの声が見事にはもった。トーンが嫌がるのはわかるとして、どうしてリチナまで、とラルフォンが思わず首を傾げると、リチナはぎっと空を睨みつけた。
「ローラの息子でラルフの従者だかなんだか知らないけど、あの人、人で遊んでるとしかおもえないもん!」
勇者付き魔族ローラの一人息子ディファンはラルフォンにとっては兄代わりと言ってもいい存在だ。物心がつく前に父親を無くしたラルフォンの面倒を見てきたのはディファンである。その点は感謝すらしているが、しかしそのディファンは半端ではなく性格が歪んでいるのだ。
リチナのディファンに対する意見にはおおむね賛成であったので、ラルフォンは思わず頷いた。その直後、後頭部に鈍痛が広がる。
「何するんだよっ!」
「ラルフ様の頭に糸くずがついていましたので、払っただけですよ」ラルフォンは突然姿を見せたディファンに苦々しい表情を向けた。世界ひろしと言えども、魔王を平気で殴りつける存在はディファンともう一人ぐらいのものだろう。ラルフォンは黙ってディファンを睨みつけた。
「何しに来たのよ!」
何もいえないラルフォンにかわってリチナが声を張り上げる。ディファンはリチナに視線を向けた。
「勇者様とトーン様にご挨拶を」
にこにこにこにこにこにこにこにこ。
無邪気、とは言いがたい何かを含んだようなえ美に、リチナとトーンは思わず後ずさる。ラルフォンも彼らと同じようにディファンから距離を取りたかったのだが、首根っこをつかまれていたせいで、それを実行には移せなかった。
ディファンにはどうもわけのわからない怖さがある。ラルフォンはディファンを横目に深くため息をついた。
「挨拶は大切ですよね?勇者様?」
裏のある笑顔を向けながら、ディファンはリチナに訊く。それに嫌な予感を覚えたのは、ラルフォンであった。とっさに結界術を頭の中で組み立てる。
「ディファン、使うなよ……術」
万が一に備えて、結界をいつでも発動できる状態にして、ラルフォンは鋭い眼光をディファンに向けた。
もう、会いにこないと決めたから、今日で最後だから、せめて静かに分かれたいんだ。
ラルフォンは心の声にはのせないで、ただ視線だけで訴える。ディファンは、そのメッセージに気づいたのか、小さく嘆息した。
「そろそろ、お帰りください、ラルフ様」
「うん、そのつもりだったよ。迎えに来てくれたんだろ?」ディファンは肯定とも否定とも取れる曖昧な笑みを口元にのせた。
「あ、ラルフ、帰っちゃうの?じゃあ、私も帰ろうかな。それじゃ、また明日ね!」
リチナの言葉に僅かに動揺して、けれどラルフォンはいつもの笑顔で頷きを返す。リチナとトーンは軽く手を振って家路を歩き始めた。
もう、いつもと同じ「明日」はない。きっと、彼女は幸せを手に居いれて、自分を思い出の中の存在に追いやってしまうだろう。
自分もきっと大丈夫。長い人生の中、今のこの瞬間は初雪のように小さな思い出にできるだろうから。だからせめて、せめてしばらくはこの淡い恋心を大切なものとして守っていくことを許して欲しい。ラルフォンはリチナとトーンの背中を見つめたまま微笑した。
TAKO TAKO PAGE
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