反逆者前線接近中 [中編]
昔から嫌な予感っていうのは当たる事が多かった。
いい予感なんて、ろくに当たった事もないくせに、悪い事ばかり現実になっていたような気がする。だから、昔はもっと回りに気を配っていたのだ。――それが現実にならないようにって。
だけど、何時からだろう――きっと、一級賢者になったあたりから……そのあたりから、僕は周りに必要以上に気を回すのを止めた。そのつけが回ってきたのかもしれない。
今の状況は油断していたとしか言い様がない。そう、明らかに油断していた。自分には魔力耐性があるから、と、魔法に対してあまりにも無用心になりすぎていたのだ。
僕は暗闇の中、あたりの気配を探る。――僕を取り囲んでいるのは、五人。キールやフォスの気配はあたりにない事から、僕一人だけ、ここへと飛ばされてしまったのだろう。
いずれは、キールが気付いて僕のもとへ駆けつけてはくれるだろうけれど、とりあえず、当座は僕一人でその敵らしき人物を凌がなくてはならないようだ。
(面倒くさい……)
僕は思わず心の中で呟いた。
(けど、ま、仕方がないか……)
キールが来るまでの辛抱だ。僕は再び、あたりに神経を傾けた。
何かの気配を感じる。それも、味方ではなさそうな気配。――味方でないとすれば、敵。となると、やることは限られている。
「退け」
僕は、出来る限りの低い声を出した。けれども、所詮は16の子供か。威圧感なんて醸し出すことは出来ない。もっとも、まだ顔をみられていないだけ、ましなのかもしれないけど。
だって、見られていたら、きっともっとバカにされる。
「退け」
僕はあえて、もう一度言った。それで退いてくれれば、面倒がなくていいな、なんて事を思いながら。
当然、予想通り、相手に退く気配はない。
僕は軽く溜息をついて、プラチナのペンを取り出した。緑色の宝石がキャップの部分に飾られた、一目で高価な代物だとわかるそれは、一級賢者の証。僕の本当の身分を示す、たった一つの証拠。
――まあ、暗闇では見えないだろうけど。
「命の息吹、知識の鼓動」
僕はゆっくりと、それに掛けられたロックの魔法を解くべく、キーワードを並べ始める。協力なロックの魔法は、僕の紡ぎ出すキーワードだけに反応する、僕だけが解くことのできるもの。一級賢者になるという事は、すなわち、この宝石に選ばれる事らしい。
「知と力と理の三柱よ、その真なる姿を汝が主の前に示せ」
キャップについた緑色の宝石が淡く輝き、ペン全体を包み込む。それは、僕の目の前で一本の杖に姿をかえた。
頭の部分には星と月と太陽のモチーフ。太陽の中心部分に、緑色の宝石がおさまっている。
僕の身長よりも僅かばかり短いそれは、僕の持つ唯一の武器なのだ。
「さて……準備は出来たよ」
幼い頃、ルーゼンテと共に学んだ棒術の腕前は、自分で言うのもなんだが、なかなかのものだ。ルーゼンテとは系統は違うが、それでも、ろくに武器を扱えない三流の魔法使いに負けるわけがない。
「最期に言っておくよ」
最後ではなく、あくまでも最期。容赦するつもりはない。
「僕はそんなに優しくも、気が長くもないから、今更退けというつもりはないよ。……僕に、三度目の忠告ってのはないんだ」
魔法を唱えようとした相手を一体、気配だけで確実に仕留めて、僕は小さく微笑した。「敵」を相手に棒術を使うのは、本当に久しぶりのことだったけれど、体が覚えている。
続けざまに、二体目、三体目。――残りは二体だ。
敵が炎の玉を投げつけてきた。魔力耐性のある僕には、何のダメージを与えないようなものだろうけど、避けられるようなものに、わざわざ自分から当たりにいくような奇特な趣味は持っていない。
炎の玉はあっさりと僕の横をかすめていく。僕は杖を軽く一振りして、一人を仕留めると、もう一人の気配をさぐった。
相手がいるのは分かっている。それでも、向こうが僕に攻撃をしかけてこようと動く気配を見せない限り、僕は動けない。
と、いうのも、僕の扱う棒術は、ルーゼンテのそれと違って、カウンター攻撃のみのものだからだ。
何しろ、か弱い僕では、力対力の勝負では負けてしまう。だから、相手の隙を突くとか、相手が仕掛けてきた時の力を逆に利用するとか――そういった、半分卑怯とも言える方法をとるしかない。
せめて、もう少し力があれば。考えるだけ、無駄な事ではあるのだけど。
と、突然、光がついた。どうやら、キールが停電の原因を見つけ出してくれたらしい。
僕は光と共に背後から襲い掛かってきた最後の敵を振り返らずにとどめをさして、杖の封印のキーワードを唱えた。杖は先程と同じように光輝き、やがてそれはプラチナのペンに姿を変える。
そのまま背後を振り返って、僕は唖然とした。仕留めたはずの敵の姿が、そこにはなかったからだ。残っていたのは、土。土になったって事なのだろうか。
「こっちもか」
僕の気配を探って来たらしいキールが、小さく舌打ちするのが聞こえて、僕は慌ててキールの姿を捜した。……っていうか、捜すほどの事もなくて、直ぐ横にいたんだけど。
「こっちもって……キールのとこも?」
「ああ。ブレーカーの前を陣取っていた」
どうやら、そこと僕のいるところ以外に、敵の気配はないみたいだけど……。
「これって、人ではないって事?」
「泥人形だ。ドール。……知らないか?」
僕は眉をひそめて、かぶりを振った。
「見るのは初めて。……文献を読んで、その存在は知っていたけど。……確か、リファルナの禁じ手だよね?」
リファルナ神家。かつて現在アーディルと呼ばれる地を支配していた一族のことだ。いろいろあって、長きの内乱の後、現アーディルがリファルナを打ち破って王位にたったわけだけど、リファルナは未だ歴史の中のものではない。なんせ、アーディルが王位に立ったのは、つい六年ほど前なわけだから。
「リファルナに限らず、こういう術は古くからあるぞ。泥人形や死人に、偽りの魂を封じ込め戦わせる。俺の美には反する術だけどな」
「僕も嫌だよ、気持ち悪い。――じゃあ、リファルナの残兵の仕業と決め付けるのは性急すぎる?」
僕の問いに、キールはにやりと笑った。
「いや、リファルナって事にしておこう。その方が断然面白い」
どこがどう面白いんだか。結局、あまり深く考えるなって事だろう。うん。
どうせ、キールには敵わないんだし、余計な体力は使いたくない。
「実際、リファルナって線は有力だろうしな。リファルナを捨てて、アーディルについたコールストームとファルビアンに対しての宣戦布告か?……それとも――」
と、再びキールがあのわけの分からない含んだ笑みを見せた。
「真実を確かめたか、だ」
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