ジョジョスの第三王子、ジョジョス・ファーレンハイトは有能な人物なのだという。
彼が、今回の王位争奪戦への参加の辞退を決めたとき、人々は落胆し、次期国王を補佐する立場につく、と宣言した時、人々は涙を流して喜びあった。――これで、ジョジョスも安泰だ、と。
確かにファーレンハイトは有能かもしれない。情報を制する者は世界を制する、と独自のネットワークを世界中に作り上げ、同時に無数のコネクションをも作り上げた。それは、ジョジョスという弱小国にとって、何よりも必要な強みだ。
そして、それ以上に、ファーレンハイトの周りにはこれまた有能な部下が集まった。彼が名前を与えた、直属の部下の数は、第一王子や第二王子のそれにはかなわないが、質では抜きん出ている。
そんな部下の筆頭、ファーレンハイトの最初の部下であり筆頭魔法使いであるP.T.プラチナは、隣に座るファーレンハイトのふくれっ面を見て、ため息をついた。
現在、アーディルの学院に単身留学中の彼は、暇されあればジョジョスのプラチナの屋敷へ帰ってくる。いくら、第一王子に貸し出されているとはいえ、基本的にプラチナはファーレンハイトの側近なのだから、戻ってくるなりプラチナを呼びつけるのは、問題ない。
問題なのは、プラチナの屋敷へ戻ってきて、王宮へは帰らない、という点なのだ。
「ファーレンハイト様、お父君様はお母君様もファーレンハイト様にお会いしたがっているのですよ」
「オレはプラチナに会いに帰って来ているんだ。絶対に会わないからな」
ファーレンハイトは言うなり、ぷいと横を向いてしまう。プラチナはファーレンハイトの耳に届くように意識して、特別大きなため息をついた。
ファーレンハイトは決して両親との折り合いが悪いわけではない。決して、特別仲がいいわけではないが、会いたくない、と突っぱねる程のものではないはずなのだ。
「ファーレンハイト様、子供みたいに駄々をこねないで下さい」
ファーレンハイトの顔をぐっと掴んで、自分の方へ向かせると、プラチナはわざとしかめっ面を作ってファーレンハイトを見下ろした。途端にファーレンハイトの目線が自信をなくした様に空を泳ぎ、地面に落とされる。
「ファーレンハイト様、何かおっしゃりたい事があるのでしたら、目を見てお話下さい」
むぅ、とファーレンハイトは唸り声をあげて、プラチナを見上げた。
「プラチナ、うるさい!黙ってよ!」
黙って、というのは言い返す言葉が見つからなかった時のファーレンハイトのいつもの台詞だ。成長のないファーレンハイトに内心で苦笑を浮かべつつ、それでも表情には出さずに、プラチナはファーレンハイトをにらみ続けた。
何年経とうと、プラチナがファーレンハイトの教育係であった過去は消えない。その事実がある以上、ファーレンハイトはプラチナには勝てないのだ。――身分上を除けば、の話だが。
「……黙れ、とおっしゃられたという事は、私の存在が不必要になったという事ですね」
ふう、と息をつきながら言うと、ファーレンハイトが訝しげな視線を向けてきた。
「ならば、私は自分を売るしか、この先の道は残されていませんね。――ソニアの領主のマダム、俺を買いたがってたな?」
丁度、ファーレンハイトの為に紅茶を運んできた自分の恋人にして、ジョジョスの第一領主に仕える魔道士のソニアが頷くのを見て、プラチナは立ち上がった。
「俺、幾らで売れる?」
「……一晩、三百万はいくんじゃないの?」
ソニアが首を傾げながら言うと、ファーレンハイトは慌てたように立ち上がり、プラチナのマントの裾を掴んだ。それをぱしりと払い落とすと、ファーレンハイトは泣きそうな表情を浮かべた。
「オレは、プラチナに中年マダムに身売りはして欲しくない」
「ですが、私はこれまでの人生をファーレンハイト様の為に生きてまいりました。ファーレンハイト様が私を必要ない、とおっしゃられるのでしたら、後は身売りしか生計を立てる術は残っておりませんので」
少し言い過ぎただろうか。
俯いてしまったファーレンハイトが気になって、ファーレンハイトの目線に合うように少しだけ腰を落とすと、ファーレンハイトはプラチナのマントをもう一度、ぎゅっと掴んだ。
「……ごめんなさい」
だから、身売りはしないでよ。と、ファーレンハイトの目線が訴えている。プラチナはしゃがんだまま、にっこりと微笑んだ。
「では、またファーレンハイト様のお世話をさせていただけますね?」
「うん。させてやる」
横柄な態度だが、ファーレンハイトの顔には満面の笑みが浮かんでいる。プラチナは笑いをかみ殺しながら、更に言葉を続けた。
「では、私のお願いも聞いていただけますね?」
「う……」
「ファーレンハイト様」
駄目押しするように、優しい笑みを顔一杯に乗せると、ファーレンハイトは観念したかのように、ソファに身体をうずめた。プラチナも、その横に腰を下ろしてやる。
「王宮って堅苦しくて好きじゃない」
「ええ、分かっております」
「血の繋がった親なのに、丁寧に喋らなきゃなんないし」
「ええ、分かっております」
「正装に着替えるのも面倒だし」
「ええ、分かっております」
「でも……」
ファーレンハイトは上目遣いでプラチナを見上げる。
「プラチナがどうしてもって言うから、聞いてやる」
ソニアが大きな音を立てて部屋の外へと飛び出した。先ほどからずっと、笑いを堪えている状態だったので、いよいよ爆笑してしまう段階になってしまったのだろう。
「ありがとうございます。私の為に」
嫌なことは早く済ませよう、とばかりに勢い付けて立ち上がったファーレンハイトに続いてプラチナも立ち上がり、にっこりと微笑する。ファーレンハイトは満足気に頷く事で返事を返した。
「あ、そうだ、ファーレンハイト様」
そのまま、ドアへ向かって歩き出したファーレンハイト声をかけると、ファーレンハイトは立ち止まり、首を傾げてプラチナの言葉を待つ。
「陛下達とどんなお話をされたのか、後で私にもお聞かせくださいね」
プラチナの言葉に、ファーレンハイトは嬉しそうに頷いた。
「笑い、治まったか?」
自分の紅茶のカップと、ファーレンハイトのカップを持って行ったキッチンで、ソニアの姿を見つけて、プラチナは穏やかな笑みを浮かべた。
「うん、何とか」
目じりには、笑いすぎた為か涙が浮かんでいる。
プラチナがそっと右手の指先を目元に当てて、涙をぬぐってやると、ソニアはくすぐったそうに笑った。
「ねぇ、プラチナは三百万では売れないね」
「そうか?」
そのまま右手を桃色の髪の毛に移動する。なすがままにされながら、ソニアはプラチナを見上げて、こくんと頷いた。
「だって、私が買い占めるから」
だから、市場には出ないでしょ。
続けられた言葉に、プラチナは笑みをこぼして、ソニアを抱きしめた。