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パパの企み
[パパとキール01]


 どぎつい青色の液体の入った小さな瓶を前に、男は小さく喉を鳴らした。
「即効性がある。一秒もかからないはずだ」
 男に液体の入った瓶を渡した薬師はあくび交じりに説明する。男はちらりと薬師を見上げ、再び小さな瓶に視線を戻した。
「本当に効くんだろうね」
「ウム、大丈夫だ。兄で試したからな」
 薬師は文字通りにやりと笑うと、おもむろに立ち上がって男の肩に手を乗せた。
「俺も顧客を抱えている身でね。アフターサポートは出来んが、俺の薬に間違いはない」
 男はじっと小さな瓶を見つめたままだ。
 薬師はもう一度、そこの見えない笑みを浮かべると、部屋の外へと出て行った。


・ ・ ・ ・ ・


「…………夏日(なつひ)さん……」
 僕は目の前のあまりの光景に、男の名を呼んだ。夏日はびくりと肩をゆらし、恐る恐るといった体で僕を見つめてくる。
「つい、出来心で……」
「だからといって……夏日さんっ!」
 夏日さん――キールの父親らしい彼が息子の授業参観だ、とアーディルへやってきたのは数時間前の事。そして、現在、目の前には信じられない光景が広がっている。
「だって、かわいいじゃないかっ!」
「た、確かにかわいいです。かわいいですけど……」
 一つ溜息をついて、見下ろした先には小さな男の子の姿。茶色の瞳がきょとんと僕と夏日さんを交互に見上げている。
 突然やってきた夏日さんが持参した薬をキールが口にしたと同時に、キールの姿は子供の姿になってしまったのだ。どうやら、精神面でも子供になってしまったらしく、いつものキールの姿はどこにもない。
「彼がキールだと思うと、素直にかわいいと思えないんですけど……」
 そう、そのかわいらしい男の子の正体は、アーディルの筆頭魔法使いキールなのである。
「パパぁ〜」
 しばらく僕を見つめていた幼いキールは、つと夏日に視線を向けて泣きそうな声をあげた。
「はるひ、のどかわいた」
 僕はその場に崩れ落ちた。
 いつもの俺様キールは、今は可愛いお子様キールなのだ。同一人物だとは思えない。
「春ちゃん、喉が渇いたの?だったら、パパとジュース飲もうか」
「うんっ、パパ、大好き!」
 同一人物だと思えない……以前に、思いたくない。
 そうか、この子はキールじゃなくて春日なんだ。そう、そうに違いない……。キールも春日も同一人物なのだが、今は分けて考えないとやってられない。
 ぶつぶつ言っていると幼いキール……じゃなくて、春日君が僕の顔を覗き込んできた。
「お兄ちゃんもジュース、のむ?」
 お兄ちゃん……ですか。まあ、お姉ちゃんって言われなかっただけ、ましかもしれないけど……。いや、そうじゃないっ。
「夏日さん〜、もう気が済んだでしょう?うちの筆頭魔法使い、返して下さいよ」
 半分泣きを入れて言うと、夏日さんは困ったような表情を浮かべた。
「私はもう少し、かわいい春ちゃんと一緒にいたいなぁ」
「はるひもパパといっしょにいる!だから、ジュース!」
 父親として、なついてくれる息子が可愛いのは認めよう。うちの親もいい加減過保護だし。でも、平気で殴るけど。愛の鞭、とか言って。
 けれど、今の息子が気に入らないからって、怪しい薬師からあやしい薬を買うか、普通。しかも、それを飲ますか?
「はいはい、春ちゃんオレンジジュースでいいよね?」
「うん、はるひ、オレンジジュース好き」
「……夏日さん、一体何時頃から性格が屈折し始めたんですか?」
 それは純真無垢な春日君を見ていて、ふと浮かんだ疑問であった。
 今まで、僕はキールは昔からああなんだと思っていた。何しろ、キールの性格の悪さは年季が入ったものであったし、今日昨日で変わるようなものではない。
 けれど、今、目の前にいる春日君は普通の――否、普通以上にかわいい子供じゃないか。
「多分、学院にいるうちに自然と……。六つの時に学院の寮に泣く泣く放り込んだわけだし……。それから、二月に一度ぐらいでしか会っていなかったから」
 一体、学院で何があったんだ、キール。
 ……一度、こっそりと学院の姿をチェックしてみても面白いかもしれない。で、匿名で記事を書く。って、僕、現実逃避してるかも。
 けど、キールも実はいろいろと苦労してきたんだなぁ。なんて思っちゃったりもして。
「パパ、オレンジジュース、おいしいね」
 ……けど、なんか、嫌だ。このかわいい子がキールになるっていう事実が……。
「夏日さん……薬の効き目っていつ切れるんですか?」
 僕が尋ねると、夏日さんはにっこりと微笑んだ。
「わからないんだよね、それが」
 ……オイ、それでも親ですか?


・ ・ ・ ・ ・


「なっちゃんっっっ!」
 それから、二時間程たって、突然キールが大声をあげた。どうやら、薬の効き目がきれたようだ。
 ……幼児化している間の記憶ははっきりとあるみたいなんだけど……それってかなり辛いだろうなぁ。
「あの薬師から薬を買うなっていっただろうが!」
「だって、かわいい春ちゃんを見たかったんだよ」
「……昨日、アルバムでも整理した?」
 溜息をつきながらキールが尋ねると、夏日さんは一つ頷いた。
「春ちゃん、王女殿下には手を出しちゃうし、そのせいで雷光院家を潰しちゃうし……私も疲れてしまってね。少し、癒されたかったんだよ」
 ……キール、最低。
 夏日さんも行き過ぎだとは思うけど、そんな息子を持ってしまったら、懐かしい過去に戻りたいと望んでもおかしくはないかもしれない。
「なっちゃん、別に他の事ならまだ許せる。だが、リーヴァからは……あの薬師からは薬を買うな!」
 リーヴァ……ってきいた事がある。なんでも、凄腕の薬師だとか。かなりのシスコンで、その妹が一番懐いている自分の兄に嫉妬しているとか。だから薬の実験台には兄を使うって専らの噂だけど……でも、正体は不明。……そこまでばれといて、正体が不明ってのはなしだと思うんだけどね。
「これからは気をつけるよ、春ちゃん」
 夏日さんはにこにこ笑いながら軽く答える。
 この人、懲りてない……。
「なっちゃん……もしかしなくても、怒っていただろ?」
 キールが溜息をついた。キールの言葉に夏日さんを見ると、夏日さんは困ったような笑みを浮かべて、小首を傾げて見せた。
「そうだねぇ……二ヶ月に一度は家へ帰ってきてくれるって約束だったよね?もう、三ヶ月も春ちゃんの顔を見ていなかったんだけど?」
「その件については……悪かった……」
「うん、分かってくれたらいいんだ。今度約束を破ったら、私はまた薬師から薬を買うからね」
 なんだかんだ言っても、どうやらこの二人、仲はすこぶるいいらしい。意外と理想の親子関係を築いているのかな。
 僕としては、こんな親もこんな子供も持ちたくはないけれど。


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