出会い
[始闇01]
「ここは――」
真っ白の花が咲き乱れる小高い丘の上。我は、そこから下を見下ろして、思わずため息をついた。丘の上からは、小さな屋敷が見える。
「我が主と我が、初めて出会った場所ですね」
本来ならば、きちんとした手続きを踏み交わされる、絶対の契約。
しかし、我と我が主との契約は、それが始まりではなかった。
まだ、我が魔精王となる前――ただの魔精王の息子であった頃、我は彼に魅かれてしまったのだ。だから、他の魔精とは違って、我は無理やり彼のしもべとなったようなものである。
呼び出されたのは、確かに自分自身で――けれど、彼の僕になることは、出会ってすぐに決めていた。
「あの屋敷も、もうすぐなくなってしまうらしい」
我が主が感情の読めない声をあげた。
「いや、俺の知る、あの屋敷はなくなってしまうっていうべきか?」
「ああ――ファルビアンも、あの屋敷を手放されるのですね」
「どうせ、誰も住んでいないんだ。はぐれの魔精が住み着いて、大事になる前に、とっとと手放してしまおうって事らしい」
心なしか、我が主の声が沈んでいるように思えて、我はそっと我が主の顔に目を向けた。
「お寂しいですか?」
「いや。ただ、その後にあの屋敷に入る人の事を思うとな……。あそこは、間違いなくはぐれ魔精の巣窟となるぞ?」
「ならば、その時は主がお好きになさればよろしいのです。撲滅でも、説得するでも、何なりと」
我が主は、我の言葉にくすりと笑った。
「そういえば、初めて会った時も、お前はそう言ったな」
そういえば、そうだった。
我は過去に意識を飛ばした。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「本当に来るとは思わなかった……」
目の前のお子様は、我の姿を見て、呆然とした様子でつぶやいた。
呼び出された陣は稚拙で幼い。魔力だけは、確かに感じる事が出来たものの、どうしてこんな魔方陣で我が呼び出されたのか、疑問に思うようなものであった。
「本の通りにやっただけだったんだけど。ところで、これって何の魔法なの?」
……しかも、経験不足云々以前に、このお子様は、自分の描いた魔法陣の意味も分かっていなかったらしい。
我は頭痛を覚えた。 普通ならば、くびり殺しているところだ。
「あ、そうだそうだ。その前に、お兄さん、誰?」
我は穏やかそうに見えて、実はプライドが高い。お付きの流影(るえい)の事を毎日泣かしている程、我侭放題である自信もある。
なのに、我は何故か素直に名前を告げていた。始闇、と。
「始闇か。僕はキール・スプリング・ファルビアンだよ。春日って名前もあるけどね」
まだ、見習いの――いや、きっと見習い以前の魔法使いに、我は魅入られていたのだ。
「我、魔精王の一の息子、始闇は今後、キール・スプリング・ファルビアンにつかえ、忠実なるしもべとなる事をここに誓約いたします」
「誓約?」
「ええ。誓約でございます。我が主」
キールと名乗ったお子様は、何かを考え込むようにぐるりとあたりを見回し、屋敷の上で視線を固定した。
「僕はどうすればいいの?」
「主のお好きになさればよろしいのです。我の事は主のお好きなままにお使いください。それが、我の仕事です」
よく分からない、とお子様はつぶやいた。
「始闇を使うとか、よく、分からない」
「我はあなた様のしもべですから。何でもよろしいのですよ」
もう一度言うと、お子様はわずかに首をかしげて、それでもこくりと頷いた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「初めてお会いした頃よりは、ずいぶん逞しくなられましたけれど」
我が笑いながら言うと、我が主はくすりと笑って見せた。何か含みがありそうなところが、なんとも魅力的だ。さすがは我が主と周りに自慢したくなる。もっとも、実際にそれを実行に移すことはないのだが。
「ともかく、我はあなた様のしもべですから」
それにしても……ペットは飼い主に似る、というけれど、飼い主もまたペットに似るものなのだろうか。
昔の主と今の主にあまりもの変貌振りを思って、我は思わず苦笑した。
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