オバケはオバケでオバケの子
[もうオバケ屋敷には行かない]
事の発端は、夏の思い出話だった。
なんだか、一夏の体験、という話で盛り上がっていて、結局、僕一人、口を挟めなかっただけの事だけど。なんせ、夏の思い出話ってやつに混ざるには、そういう思い出がなかったので。
僕は物心ついた頃には母親を亡くしていて、その上、コールストームの当主の父さんも、その後継者である兄さんも忙しくて、夏だからといって特別な事をしてくれたわけではなかったから、夏の思い出なんて、作るチャンスすらなかったわけだ。
そういう僕に話を振られても、曖昧に言葉を濁すしかなくって、結局、勝手に同情してくれたバカップルのおかげで、僕はここにいる。
――オバケ屋敷の入り口に。
いろいろあって、同行できなかったバカップルの代わりのキールと共に。
「キールはオバケ屋敷、来たことあるの?」
「――……人工的なもんは初めてだな」
列に並ぶだけという行為に少し疲れを感じて、横に立つキールに尋ねてみれば、無茶苦茶意味ありげな答えが返ってきた。
オバケ屋敷という響きそのものが初めてな僕には、人工的なそれと人工的ではないそれの違いが分からない。――それ以前に、分かりたくもない。だから、僕は曖昧に頷いておいた。
それにしても、その前に、本物とやらがあるのなら、どうして人は並んでまで、オバケ屋敷に足を踏み入れようとするのだろう。
取りとめもないバカな事を考えながら、列が進むままオバケ屋敷の中に一歩足を踏み出すと、とたんに辺りが薄暗くなった。
外は昼。真夏の太陽がぎらぎらと照りつけている。だけど、流石にそれは駄目だろうって事で、雰囲気作りの為に、照明を落としているらしい。
そして、中ではいかにもテープを流してます、といった様子の不気味な声と、作り物のオバケたちの行列。これの、どこが面白いんだろう。僕には理解が出来ない。
「なんか……大した事ないんだね」
期待はずれだった――というか、正直言うと、そう期待していたわけじゃなかったからがっかりしたわけではないのだけど。
そんな気持ちを込めてキールを見やれば、
「まあな」
キールは僕を見てにやりと笑った。その後、何かを考えるように、ふっと遠くに目線を飛ばして、再びにやりと笑う。
「オバケはオバケらしくねぇとなぁ」
キールがそう冷たく呟くのと、剣を抜くのはどちらが先だったのか。突然飛び出してきた、ろくろ首とかいう怪物を、腰にさしていた剣で一刀両断にし、キールはえらく真面目な顔をする。今、絶対に「人として間違った」行為である器物破壊をしたはずなのに、そうする事が正しいことなのだと言わんばかりの表情だ。
僕は、なくした首を追い求めるように、ウィンウィンと小さな機械音を立てている本体に目を向けて、そのまま、転がった首に目線を移した。
このままだと、オバケ屋敷のスタッフか何かに見つかって、怒られるんじゃないだろうか。
それはまずい。そうキールに伝えようとして、僕はぎょっとした。キールが不思議な蒸気を身体から発しながら――これが小説なら、オーラとでも呼ばれるのかもしれない――辺りをぎろりとにらみつけていたからだ。
その瞳に宿る光は、酷く剣呑なもので――そう、あれはライオン(メス)がトムソンガゼルを狙っている時の目と同じなのではないだろうか。……ライオンもトムソンガゼルも、実際に目にした事はないけれど。
「キールっ!」
キールの剣が、今度は一つ目小僧という怪物を直撃した。
ゴロンと音を立てながら首が落ち、丸い大きな物体が、舌を出したまま僕の足元に転がってくる。僕は、思わずそれを拾い上げて、キールに目を向けた。
やばい。絶対にやばい。
僕のあせりとは裏腹に、キールは余裕綽々といった体で憎たらしい。
「いいか、シャルズ。あれは敵だ。お前をたぶらかそうとしている敵だからな」
堂々といわれたら、僕もそんな気に――なるわけがない。
僕の気持ちを知ってか知らずか、キールは真剣な面持ちで剣を再び構えた。
「来るっ!」
鋭い声を上げながら、キールの言うところの敵に自ら突っ込んでいくキール。
暴れたいだけ暴れるつもりらしいキールを止める事なんて、所詮、僕には不可能な事だったのだ。
******
「いい仕事をした」
ようやく、オバケ屋敷の外に出て、青い空を仰ぐことが出来て、僕はぐったりと疲れ果てていた。反面、キールはさわやかに汗なんかをぬぐっている。
今頃、オバケ屋敷の中は大騒ぎだろう。何しろ、中のオバケたちはキールの手によってことごとくぶっ壊されているのだし、その損害を考えると――
「お客さん!」
支配人が悲痛な面持ちになるのも仕方がない事だろう。
「何をしているんですか!困ります!何とかして下さい!」
キールは、わざわざ支配人に見せ付けるように剣を掲げ、ゆっくりと鞘に収める。その気迫に圧倒されてか、支配人は突然言葉を切った。
「俺は、キール・ファルビアン、だ」
ごくりと支配人が唾を飲み込んだ気配がする。
「筆頭の魔法使いなんかをやっていたりする、キール・ファルビアン様だ」
「お名前は存じ上げておりますが」
支配人の言葉にキールは満足気に頷き、目線を僕の腕の中の一つ目小僧の頭に向けてきた。
一応断っておくけど、僕がそれを持ったままだったのに他意はない。ただ、いろいろな事がありすぎて、わけが分からなくなって、結局、置いてくる事を忘れていただけだ。
「あれはあまりにも人工的だ。よって、俺は、あれを非合法であると判断した」
……なんで?
人工的なのが駄目、というのは初めて聞いた。オバケ屋敷の定義なんて知らないけれど、キールの言っている事は、絶対に正しくないはずだ。
キールはにやにやと笑いながら言葉を続ける。
「代わりに、本物を縛り付けといてやったからな」
そして――オバケ屋敷の中から、この世の者とは思えない程の絶叫を僕は聞いた。
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「そういえば、クロックパークのオバケ屋敷、撤退したって聞いた?」
あれから数日後の午後。キャニオンの口からそんな事が飛び出してきて、僕はとびあがらんばかりに驚いた。そこは、僕とキールが行ったオバケ屋敷の事だったからだ。
「おう、何かあったのか?クロックパークで」
キールが平然と問う。その図太さが羨ましい。
「んー……何か、子供が凶暴化した、とか……パパがママになっちゃった、とか。……いろいろあったらしいけどね」
それって、もしかしなくても憑かれたんじゃあ……
「へぇ、それは怖いな」
怖いのは、あんたです。
僕は、キールを見やりながら、深い深いため息を一つついた。
僕は、もうオバケ屋敷には行かない。
一生。
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