Who's Who
[脇キャラ強化:大臣編]
――貴方の子よ。
人生において、そう女性に告げられる男性というのは、一体どれぐらいいるのだろう。実際の統計はどうあれ、そう多くない事は確かだ。――少なくとも、私の周囲にはいない。
私自身を除いて、の話だが。
女は、私が初めて付き合った人だった。いろいろあって、別れる時に傷付けあって――というよりも、むしろ、私が一方的に傷つけられて――私を恋愛不信に陥れてくれた人だったが、私の心の中ではそれなりに美化されていたようで、彼女に七年ぶりに再会した時に、思わず絶句してしまったという事実は、この際無視しておく。
ともかく、女は私の最初の恋人で、そして最後の恋人だった。その彼女が、私に再会するなり、六歳の子供をぐいっと前に押し出して言ったのが、冒頭の言葉であったわけだ。
さて、ここで私はどう返事を返すべきだったのだろう。
本当に私の子か?身に覚えがない、そんな事知らない。
言葉としては数多にあったはずだったが、私が返した言葉といえば、それのどれでもなく、
「そうなんですか」
といったものだった。
決して、ほうけていたわけではない。現実を失っていたわけでもなく、私はいたって正気だった。ただ、私の子だと、そう言われて、自然と納得できるだけの理由があっただけだ。
「貴方、疑わないのね」
「疑われたかったんですか?それとも、本当は真実ではない、と?」
私がくすりと笑いながら言うと、女は慌てたようにかぶりを振った。
「嘘は吐いていないわ。……この子は貴方の子よ」
「ええ、そうでしょうね」
私が即答すると、女は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。
そういえば、彼女はプライドが高かった。つまり、自分が軽くいなされているという事実が許せないのだろう。私はもう一度鼻で笑った。勿論、その中に蔑みの意味を多大に含ませているという事は言うまでもない。案の定、彼女はますます顔をしかめた。
彼女がどう考えているのかは別として、疑う必要はなかった。
子供は、私ゆずりの優しい顔立ちをしていたし、全体的に濃い茶髪の中の、一房だけの金髪は、私の家系の男児の多くに見られる特徴だ。もっとも、私自身の髪は、突然変異なのか、金髪の中に茶髪、といった正反対のものだったが。
「何、この呆けたおっさん」
性格は、私譲りではなく、彼女譲りであるようではあったのだが。
「貴方のお父さんよ。貴方は、これからこの人と暮らすの」
何の脈絡もなく、そんな事を言われて、私は慌てた。
子供が自分の子である事は認めるつもりであった。それで、養育費やらなにやらで金をせびられても、それは仕方がないと考えていたのだ。
しかし、女の言う事は考えていなかった。
「誰が引き取るんだ?私は、そんな話はきいていない」
「仕方がないでしょ。私の彼、子供はいらないっていうんですもの。これまでの責任は私にあったのだから、これからの責任は貴方にあるはずでしょ?」
女は私に反論の余地を与えず、言うだけ言うと子供を残して、とっとと退室してしまう。それとも、それをまんまと許してしまった私がのろいだけだったのだろうか。
それはともかくとして、後に残されたのは、私と子供の二人だけだった。私は、子供に目を向けて、軽く息をついた。
「どうすんの?――僕、別に施設とか行ってもいいけど?」
子供は近くの椅子に勝手に腰を落ち着けて、私を見上げた。私は、椅子には座らずに、壁にもたれかかって、子供を軽く睨み付ける。
「バカいうな。……別に、子供一人ぐらい十分に養ってはいける」
「うん、だろうね。金、ありそうな服着てるもんね」
子供は途端に満面の笑みを浮かべた。
子供の言っている事は、少々アレだが、子供らしさが全くないわけではないらしい。
「それに、僕がいれば、あんたんとこに見合いの話はこなくなるかもしれないだろ?悪い話じゃないと思うな、僕」
本当に、言っている事は、アレ、なのだが。おそらくは、育ちの複雑さが、彼をそういう性格にしてしまったのだろう。ここは、私が大人になって割り切るしかない。
「……お前、名前は?」
息子である事は間違いないのだ。それに、もともと引き取ることに問題があるわけではない。
私が名前を尋ねると、子供はきょとんとした瞳を向けた。
「お前を引き取る。だから、手始めに名前を教えろ」
「あんた、いい選択したね」
子供は一瞬だけ息をのみ、やがて、にやりと笑った。
「名前はあんたが付けてよ」
「そうか。じゃあ、ミケ、でどうだ?」
「ミケ?」
子供が不思議そうな表情を作って、私の顔をまじまじと覗き込んでくる。私が一つ頷くと、子供は、不機嫌そうに顔を歪めた。
「別に……あんたがそれでいいっていうんなら、いいけどさ。……でも、僕が『パパが名前を呼んでくれないの』って泣けば、周りは誤解するんじゃないの?」
六歳とは思えない舌のまわりようだ。将来、恐ろしいものがある。
「名前をつけろと言ったのは、お前だろう?嫌なら素直に名前を言えばいいんだ」
私が少々きつめに言葉を紡いでも、子供は名前を言うつもりだけはないらしい。強情そうに口を引き締めて、私を少し下から真っ直ぐににらみつけてくる。私は疲れをおぼえて、小さくため息をついた。
「ウィンウェル」
「うぃんうぇる?」
「私の父の名だ。私には名づけの才能なんてないからな。とりあえず、それで我慢しておけ」
子供は数度、ウィンウェルという名前を舌の上で転がして、小さく頷いた。ミケと違って、今度の名前は気に入ったようだ。
「ウィン、私はお前を引き取る。だが、私は父親を知らない」
「だけど、名前はあんたの父親の名前なんでしょ?」
「名前だけだ」
何しろ、私が生まれた時、この国は今よりもずっと酷い状態だったのだ。今の平穏な時が幻なのではないかと、疑ってしまうぐらい、人が死ぬことはざらな事だった。
「だから、私に『父親』は期待するな。保護者にはなってやる、だが理想のお父さんにはなれそうにない」
それは、子供に告げるには残酷な事かもしれない。それでも、言わずにはいられなかった。
子供が俯いて黙り込んだ。しばらく静かな時が経ち、私が自分の言葉に後悔を感じ始めてようやく、子供は顔を上げた。
「いいよ。だから、あんたも僕に理想の息子を期待しないでね」
子供は、あくまでも普通の子供とは違っていたらしい。
私達は顔を見合わせて、小さく笑った。それは、秘密を共有するような、共犯者の笑みだ。こういう親子関係も、悪くはないのかもしれない。
――私とウィンウェルの二人は出会った。そして、それは、慌しくも穏やかでもある、不思議な日々の始まりであった。
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