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マイナス1の情熱
[短編]


 僕が正式にマスターこと、アーディル国王にメラフィとの婚約(口約束のものだけど)への断りを入れてから数日後、僕は王宮の歴史書作成編集特別室、略して歴編室で働き始めた。

 僕の役職は歴編室室長。立場的には、文官長クラスだろうか。とはいえ、部下は一人もいないのだけど。

 それは、王宮にいる理由をなくした僕を、それでも王宮に縛り付けていようというマスターの苦肉の策だったようで、僕は改めてアーディルにおける一級賢者への思いの深さというものを感じさせられて、ほんのちょっぴりだけど、怖く感じた。僕自身は、一級賢者という立場を深くは理解していなかったから。

 さて、そんな僕の仕事はというと、アーディルの歴史を作成する――といえば、聞こえがいいけれど、実際は数々の処理済の書類をデータベース化するだけの仕事だ。

 地位的にはそれなりのものを与えられてはいるものの、退屈で仕方がない。

「ま、しゃあねえだろ。一級賢者サマに面倒な仕事は押し付けられんし、その上、曲がりなりにもコールストーム本家のぼっちゃんだしな」
「特別扱い中の特別扱いだもんねぇ……」

 どこからか突然湧き出てきたキールに驚きもせず、僕はわざとらしいため息をついた。

 一級賢者がアーディルにおいて重要視されている存在であれば、魔法使いという存在もまた、特別な存在として扱われている。つまり、僕は特別扱いされるその要素をしっかりと保有してしまっているというわけだ。

 とはいえ、一級賢者としての僕、はともかくとして、魔法使いとしての僕なんてものは存在しないのだけれど。

「……『コールストームの御次男と御当主の間に確執があるのですか?』、『御長男が御次男を疎んでらっしゃるとか――』エトセトラ、エトセトラ」
「何、それ?」

 なんとなく、キールの言いたい事は分かっていたのだけれど、僕はあえてキールに尋ねた。

「俺にかけられる周囲の問い」

 案の定の答えがキールから返って来て、僕は脱力した。

 僕が一級賢者あである事も、魔法を使えない事も、知る人間は少ない。だから、何も知らない多くの人々は、何故コールストーム本家の次男である「魔法使い」が歴編室なんている、厄介払いのようなところにいるのか不思議がっているのだ。

「待遇はいいんだけどね、ここ。退屈なのを除けばね」

 何しろ、給料だってアーディルの一級賢者であるという事を考慮されてか、キールと同等学はもらっているし、有給だって、普通の二倍はゆうにある。

「裏を知らん人間はなぁ、いくらだっていえるから。お前の兄貴だって、お前の扱いには不服みたいだしな」

 僕はタルデ兄さんの顔を思い浮かべて、がっくりと肩を落とした。

 兄さんだって優秀な魔法使いなのだから、僕が魔法使いにはなれない事を分かっているはずなのだ。だけど、兄さんは――父さんもだけど――諦めてくれない。

「困った人だよね。あの人も」
「まあ、タルデの気持ちが分からんでもないがな」

 僕は首を傾げてキールをみやる。しかし、キールはなんでもないとかぶりを振った。そのまま、それより、と分かりやすく話しを変えてくる。

 僕は解せない気持ちのまま、それでもそれ以上キールを問いつめる事はしなかった。

「お前、書類くじって知ってるか?」
「書類くじ?」

 僕はかぶりを振る。そんなもの、聞いた事もない。

「書類くじってのはアーディルの王宮で三ヶ月に一度行われる、特別なくじだ」

 と、まあ、キールが延々と説明してくれたのだけど、かいつまんで言うと、書類くじというのは、書類の通し番号を利用したくじの事らしい。発表された通し番号の書類を処理中だった人間は、有給を一週間も続けて取ることが許されているらしいのだ。

「今回の番号は5674。つい一時間ほど前に発表されたばかりだな」
「5674……って随分古いよね。今の通し番号は五桁でしょ?」

 そんな通し番号を処理している人間あんているのだろうか。

 僕が内心で首を傾げたのが分かったのだろう。キールがにやりと笑った。

「オリジナルは、お前が持っていると思うぞ」
「ああ……あっちの古い箱の中とか?」

 僕はうんざりとした顔を四つほど詰まれたふるい箱に向けた。歴編室は出来たばかり。書類のデータベース化も始まったばかりなのだ。

「ん……?……ねぇ、キール、オリジナルってどういう意味?」

 オリジナル、という言葉が引っかかった。というのも、アーディルでは書類の複製は違法だ。だから、国の書類にはオリジナルしか存在しないはずなのだ。

 アーディルの王宮に勤めることが許されている人物は、たとえそれが女官であっても、アーディルの法律に関する知識を持っているはずだから、みんな、その事は知っているはずなんだけど。

「書類くじの当日のみ、書類の改ざんが認められているんだな、これが」
「改ざん?」

 僕は鸚鵡返しに尋ねた。キールがああ、と頷く。

「それもバレないようにってんじゃなくてな、いかにアーティスティックに出来るか、で競われる。あとで、きちんと元に戻すことは原則だけどな」
「アーティスティック……」
「優秀なのには三日の有給。よくある改ざん法は――」

 キールは僕の机の上から15211と通し番号の降られた書類を抜き出すと、鉛筆を使ってなにやら書き込みを始めた。15211は、キールの手によって無理やり25674という数字に書き換えられる。

「で、1は?」

 僕がキールの手元を覗き込みながら問うと、キールは僕の顔をちらりと見てにやりと笑うと、1を使って花を描き始めた。1の部分をくきとしたようだ。

「な、5674」

 確かに無理やりにではあるが、5674と見てとれる。

「まあ、こんなんじゃ、勝てないけどな」

 キールは消しゴムをかけて、再びもとの数字に戻すと、僕にその書類を渡してきた。

 こんなんじゃ勝てない。という事は、毎回、どんな「アーティスティック」な通し番号が集まるのだか。

 むぅ、と唸り声を上げる僕に、キールは思い出したと言わんばかりにわざとらしく、手を打って、

「シャルズ、俺、あの箱借りてくから」

 くいっと親指で指し示して見せたのは、件の古い箱。

 別に、僕はまだ仕事を始めたばかりで、一週間の有給というものにもさほど興味はなかったので、二つ返事で頷いた。代わりに、僕の仕事を少しだけとはいえ受け持ってくれるのならば――処理をしてくれるのは、5674のオリジナルだけだろうけれど――僕にとっても、悪い話ではない。

「それにしても……」

 僕は手元の書類に目を移す。

「やけに通し番号に修正が入っているのが多いと思っていたけど……」

 まさか、こんな馬鹿らしい理由だったとは。

 今更だけど、これからのアーディルの行方に心配を感じる。そして、少しだけ、僕がアーディルを選んだ事にも後悔を。

「アーディルって怖いなぁ」

 僕がそう呟いてしまうのも、きっと、仕方がないことで――。そんな国に属していながら、せめて僕だけはまともでありたい、と、僕は切に願った。



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